ダスティスプリングの町を守るツンドラ軍に加勢したウェスタンフロンティア軍、そして両者に襲いかかるエキシルバニア軍。ノバ元帥がツンドラ軍最高司令部に、輸送ヘリによる救助を求める信号を発した。それが到達し、迎えが来るまでの間、町の通信基地で徹底抗戦に切り換えた。丘の向こう、ネロサイト採掘場へとつながる鉄橋の方から、ヘリのローター音が響く。
「戦闘ヘリだ! 対空戦闘用意!」
「敵重戦車、来ます!」
無線での指示が飛び交い、通信基地は慌ただしさに包まれる。アンバーの乗り込むプロメテウス対空戦車が標的を補足し、IS-3ミサイルを発射する。空をも切り裂く甲高い音が白い尾に続き、戦闘ヘリの脇腹にねじり込まれる。単独で飛び込んで来たヘリを叩き落とすと、迫り来る重戦車をM1A5ハーマネーターの二連装砲から放たれた弾が、重装甲をやすやすと貫いた。青い車体から砲塔が弾け飛び、火柱が吹き上がる。立ち昇った黒い煙は空へと伸び、それはあたかも、乗員の魂が姿を変えたようでさえあった。
「いいぞ、その調子だ。エキシルバニア軍に、基地を奪われるなよ!」
タイラーが声を張り上げる。
「タイラー少尉、敵の兵力は分かるか? 少しでも情報が欲しい」
ルシコフが尋ねてきた。
「こちらが知る限りは、戦闘ヘリと重戦車がメインで、輸送ヘリによる高機動輸送で歩兵やバズーカ兵を送り込んでくるとしか。ウチの准将も詳しくは把握し切れてないみたいだ」
そうか、と返すとルシコフは礼を言って、再び戦線に身を投じた。それにしても情報不足だ、タイラーはそうつぶやき、敵を待ち構える重戦車の緑を見据えた。時間が経つにつれ、エキシルバニア軍の数は増えてくる。少しでも早く救難信号が届く事を祈りながら、半ば孤立したとも見える自分の身を守る事を考えた。
「こちらツヴァイ分隊、司令部に指示を乞う」
『アインツ分隊、ツヴァイ分隊は輸送ヘリから降下後、ただちに行動を開始せよ。攻撃目標は通達の通り、ウェスタンフロンティア軍とツンドラ軍。戦闘ヘリによるドライ分隊も援護に回る』
「了解」
黄色く縁取られた群青の機体の前後に、同じく黄色と群青のコントラストに塗装されたローター。エキシルバニア軍のGu-52型輸送ヘリが、灯台を目指して北上していた。眼下には青い海、手に持つは自動小銃。帝国の復興という、皇帝とその側近達の掲げる野望に付き合わされる存在、それが自分なのだと、その兵士は理解していた。ほとんどの将兵、国民はそれが可能だと心酔してついて行く。それが破滅への道だと知る者など、彼の知る限りでは片手の指を曲げるだけで数えられる程度に過ぎなかった。歩兵部隊を率いるバート・ヴォルフ准尉は溜め息をつき、古来より続いてきたエキシルバニアの呪われたに等しき歴史を振り返っていた。
「准尉、到着までどのくらいですか?」
分隊に所属する若手の兵が話しかけてきた。昆虫をも思わせるマスク越しに、やや高めの声もくぐもって聞こえる。『バグヘッド』などいうあだ名も、あながち間違いではなかった。
「三十分だ。装備の点検を怠るな」
「はっ」
敬礼を返した兵が座席に戻り、武器の点検を始める。この若者もまた、皇帝の掲げる無謀同然の野望に付き合わされ、遅かれ早かれ命を落とすのか、そう思うと彼の心はいっそう重苦しいものになった。ヘリは速度を一定にしたまま、ダスティスプリングを目指して飛んで行く。このローターが一回りする分、自分達は地獄の門へと突き進んでいるのだと感じていた。黙って従うしかない自分の立場に、ヴォルフはいっそうの重苦しさを覚えた。
ウルヘンヴォッカー戦闘ヘリが輸送ヘリを囮に、対空戦車のミサイルを撹乱した。輸送ヘリは真正面からIS-3対空ミサイルを叩き込まれて機体を爆炎に染め、その隙を突いた戦闘ヘリが、撃ち下ろすようにして無誘導型Xファクターロケット弾を発射した。鉄槌が如き一撃はブースターによって更に加速、対空戦車の一輛が発射機に一撃を受け、それが残りのミサイルを誘爆させる。その周囲は瞬時にして高熱と爆風、死の空気が立ち込める場と化した。三名の乗員は即死。結果フロンティア、ツンドラ連合軍の対空戦闘能力は半減する事となってしまった。
「野郎……なめるなよ!」
ルシコフがミサイルを構え、戦闘ヘリに狙いを定める。監視衛星と連動したスポッドニック追尾装置はよく働き、放たれた報いの一糸が戦闘ヘリのローター軸を打ち砕いた。飛翔力を失った機体が地面に叩き付けられたのは当然の道理で、勢い付いて墜落したのは、同じエキシルバニア軍の重戦車の上であった。突然十トンを超える鉄の塊が降ってくれば、重装甲でも耐えられるものではない。ヘリの燃料が爆発を起こし、それがロケット弾、戦車砲弾と連鎖的に誘爆した。
「エディー! ラルフ! 被害はどうだ!?」
タイラーがインカム越しに叫ぶ。
『歩兵部隊は二人やられました!』
『火炎放射兵部隊は一人やられた!』
結構やられたな、口中につぶやいたタイラーは、爆発したM1A5の風圧に吹き飛ばされた。重戦車に気を取られていたところに、バズーカ兵の攻撃を受けたらしかった。エキシルバニア軍自慢の、シュレッケンファウスト対戦車ミサイルだ。またもフロンティア兵数名がたちまち蒸発し、対戦車戦闘に支障をきたす。仲間の数が減りつつある中、リンスキーの声が聞こえてきた。
『退却のヘリが、こちらに向かってます! 場所は南の灯台付近です!』
やっと来たか――誰もがそう心の中で叫び、通信基地を放棄して走り出した。このまま逃げ切る事が出来ればフロンティア、ツンドラ連合軍の勝利であり、また彼らを逃がさずに全滅させる事が出来ればエキシルバニア軍の勝利である。相変わらず上空にローター音が響き渡ったが、そのいずれにも赤い機影は見当たらない。獲物を逃がすまいと追いすがる、群青の機体が迫っているだけだった。
『こちらアインツ分隊、降下準備完了!』
「こちらツヴァイ分隊、降下準備完了」
ヴォルフは冷静に答え、ヘリが高度を下げているのを全身で感じていた。
「諸君、フロンティア軍もツンドラ軍も侮れない戦力だ。決して油断するな!」
「はっ!」
Gu-52型が着陸し、後部ハッチが開く。対空戦車に狙われなかったのは、戦闘ヘリ対策に的を絞ったためであろう。十数名の兵士の命と引き換えに、自分達が戦場に下り立つ。その意味を深く噛み締めた二個分隊は、すぐさま行動を起こした。先行するツンドラ軍歩兵部隊に向かって小銃を発砲、たちまち足を撃たれてその場に倒れる者、腕に弾を受けて引きずるように走る者、頭に当たったのか倒れたきりピクリともしなくなった者など、多くの死傷者を生じさせた。だが、奇襲もそこまでとなり、反撃の火線がツヴァイ分隊の歩兵の眉間を撃ち抜く。
「敵に先回りされている! 同志よ、気を付けろ!」
ルシコフが叫ぶ。真上に現れた戦闘ヘリをミサイルで叩き落とし、倒れた歩兵の小銃を掴んで応戦する。的確な射撃はみるみるうちにエキシルバニア兵の頭を撃ち抜き、その数を減らしていった。鉄人とも称された豪胆な大男ではあったが、それに似合わず射撃の腕も一流、それがルシコフという男であった。
「アインツ分隊、兵力半減!」
分隊を率いていたバズーカ兵が無線に向かって叫ぶ。しかし、それが壊れていたらしく、まともな通信が成立する間もなく、アインツ分隊の生き残りには容赦ない射撃が浴びせられた。皮肉にも、彼らの最期の瞬間に繋がった無線を通じて、破壊的な機銃の炸裂音がツヴァイ分隊に届いた。
「准尉、アインツ分隊が……!」
「どうしたのだ?」
うわずった声で駆け付けた歩兵が、悲鳴に近い声を上げる。
「アインツ分隊、全滅です!」
「何だと! ツヴァイ分隊は大丈夫か!?」
ヴォルフは行動開始から間もなくして全滅という報告を聞き、激しく狼狽した。上空を飛び交うヘリの音も徐々に少なくなり、代わりにツンドラ軍の赤に染められた輸送ヘリが、南の空からやって来る。
「仕方がない、ツヴァイ分隊は退却だ。これ以上戦っても、被害が大きくなるばかりだ」
ヴォルフは戦局を見極めると、勝ち目がなくなった事を悟り、生き残った部隊を連れて退却に移ろうとした。
「エキシルバニア兵……兄の仇……!」
ターナーがヴォルフの部隊を見つけたのは、それから間もなくだった。M1A5重戦車の機銃が旋回し、照準をぴたりと定める。まるで何かに取り憑かれたかのような、正確無比な火線がツヴァイ分隊に襲いかかった。ヴォルフに追従した歩兵達の体を、次々と機銃弾が引き裂く。足を撃たれて倒れ、戦闘能力を失った兵にまで執拗に射撃を続ける様は、まさに憎しみの込められた猛攻と言えた。
「なんて事だ……俺の判断で部隊が……!」
引き揚げのヘリが到着したのか、火線の止んだ隙を見計らって、建物の隙間を縫うように走るヴォルフは、あまりに執拗な攻撃と自分の不甲斐なさに、怒りで心がいっぱいになる。そして彼もまた、密かに復讐の鬼として、覚醒しつつあった。今までの戦争に対する考えなど、全ての正常な思考が吹き飛んでしまった。
「……助かった、フロンティア軍よ」
救助の輸送ヘリの中で、上半身を包帯で巻かれたルシコフがタイラーに頭を下げた。ツンドラ軍の輸送ヘリ、Z-192型カメルロトコフの安定性は見た目以上で、フロンティア軍のサムソン・タイプCをも上回っていた。
「いえ、共に戦う仲間のためならば、だよ」
対空戦車を吊り下げているため速度の出ないヘリではあったが、しばらくは敵の追撃も来ないという安心感からか、暖かな空気が流れていた。アンバーも無線を私用で使わせてもらい、親友のスミスに無事を伝えている。
「ロイス准尉、本当にありがとう」
「あぁ、僕の事を呼ぶ時はエディーでいいよ、ミック」
「ミック?」
聞き慣れない呼び方に、リンスキーは思わず聞き返した。
「名前、ミハエルだろ?僕の本国ではマイケル、Michaelって書く。だからミックさ」
ロイス達の本国、ウェスタンフロンティアではニックネームを付けるのは当たり前の事であったが、その習慣のないツンドラ人のリンスキーは面食らったように目をしばたかせたが、気に入ったらしくロイスに礼を言った。
重戦車を吊り下げて飛行する、もう一機のヘリには、ロビンズら火炎放射兵と重戦車兵が乗り込んでいた。その荷の重さから、大した高さと速さが出せないのがもどかしかった。
「ターナー伍長……君、兄の仇と言っていたが、君の兄はエキシルバニア軍に殺されたのか?」
「はい、兄も自分と同じ、戦車兵でした。軽戦車の乗員でしたが」
ロビンズの言葉に、ターナーは硬質な態度で答えた。しかし、彼にはこの伍長の口調に違和感を感じていた。努めて硬質な声を出しているのだが、その声には男性にはない独特の柔らかさが宿る。
「君の兄は……何と言う名だ?」
その質問に、ターナーははっきりとした口調で答えた。
「ナッシュ・キートン少尉。エキシルバニア軍の奇襲の折、無線で『巨象』の言葉を残して謎の砲撃で死にました」
それを聞いて、ロビンズは背筋が凍り付くような気分を味わった。その両目に、エキシルバニア軍に対する激しい憎悪が渦巻いていたからである。その渦は、見入る者全てを引きずり込まん勢いであった。
「そうか。君はキートン少尉の弟……」
「いえ」
ぴしゃりと言葉を止められ、とうとう言葉を失ったロビンズに、決め手の一言が浴びせられた。
「私はクリス・ターナー。キートン少尉の妹です」
ヘルメットを外し、フードを取り払ったその素顔は、短めに刈り揃えられた褐色の髪と不釣り合いな女性のものであった。他の重戦車兵は全て知っていたようで、別段驚くといった様子は見られない。
「……ベティー准将といいハンター軍曹といい、フロンティア軍には気丈な女が多いのね……」
ロビンズは呆気に取られながらも、自分をまっすぐに見つめる彼女の瞳からは、目を逸らす事がなかった。復讐がさらなる復讐を生む。そしてそれが一回り大きくなった復讐となる。憎しみの連鎖は、もはや止められないほどにまで加速していた。この悪循環があるからこそ、戦争は終わらないのだった。