ホットフラット作戦の決行中、機甲部隊、歩兵部隊と相次いで合流したロイス達重偵察車の乗員は、ようやく生きた心地がした。だが、歩兵部隊を運んで来た輸送ヘリが何者かによって撃墜され、爆発によって胴体が前後に引き裂かれたサムソン・タイプCが地面に叩き付けられる。二名の乗員は即死であった。
「対空戦車だな」
バートンが言う。輸送ヘリの装甲は戦闘ヘリのそれよりも厚く、地上から見れば速度も出るため、機銃や小銃による撃墜はやや難しい。確実に仕留めるなら対空ミサイルなのだが、標的補足の早さから見て、対空戦車による攻撃と判断したのである。エキシルバニア帝国で採用されているフラッカー4型対空戦車は、追尾機能に優れた対空ミサイルを装備しているという情報は、間違いではないようだった。
「戦闘ヘリを突っ込ませるわけにはいかないし、重戦車で囲むか」
重偵察車が先行し、重戦車が追従する。AH-86にはその場での待機が伝えられた。その間、パウエルとハンターだけを偵察要員として派遣したロイス、バートン、カーターが作戦の進行について話し合っていた。
「やっと我々にもガンシップが回されたと思ってたが…まさか対空戦車と戦闘ヘリの配備された場だったとは」
バートンが渋い顔をする。
「しかも、そのヘリ破壊に駆り出したのは、坊主達みてぇなごく少数の部隊……」
「大佐は、この配備は将軍が行ったと」
「当たり前だ。あの大佐がこんな訳の分からん事するか」
バートンとの会話の中で、カーターはいつになく憤慨の様子を見せる。黒人の血が混じっているカーターとしては、オースティン大佐をどうしても援護したくなるらしい。
「とにかく、自分達のするべき事は、この採掘基地の制圧です。重偵察車からの連絡が入り次第、動きましょう」
ロイスの言葉に上官達はそうだな、とうなずき、同時に入り込んできたパウエルからの無線連絡を聞くと「了解」と返した。採掘基地に続く橋の付近には、エキシルバニア軍が二輛の対空戦車を配置していた。一輛は橋よりフロンティア軍側、もう一輛は橋より基地側にあった。
「こちら重偵、対空戦車の姿を確認。距離は二〇〇〇、M1A5の射程圏内」
『了解』
パウエルとハンターは二人で敵の対空部隊の配備状況を探っていた。自分達のさらに後方五〇〇メートルに待機している重戦車部隊に無線で状況を伝える。いくらフロンティア軍の虎の子、世界にその名を轟かせるM1A5ハーマネーターといえども、敵地の情報がなければ単なる堅くて重い車に過ぎない。戦車兵はそれがよく分かっているため、偵察部隊を軽視したりはしない。事の発端となった、あのスパイ事件に代表されるように、今も昔も、情報と食糧は欠かす事が出来ず、それを的確に運用出来る国家こそが強い。そういった意味では、エキシルバニア軍は決め手に欠けていると言っても過言ではなかった。
「目標、正面の敵対空戦車」
ターナーの乗り込む重戦車がエンジン音を張り上げ、赤い砂埃を巻き上げて動き出す。何十トンという鋼鉄の塊が動く様は、見る者に隔たりなく威圧感を覚えさせる。増してや、明確な意思をもって向かって来るとなれば、よほど有利な立場でない限り、それは恐怖の対象でしかなかった。橋の前に陣取る対空戦車の乗員は、そんな恐怖を味わう間もなく消し飛んだ。ツインキャノンから放たれた砲弾が車体の正面装甲を貫き、全身をずたずたに引き裂いたからであった。
『こちら重偵、橋の向こうにもう一輛。対空戦車です』
「了解」
パウエルからの無線に、ターナーは冷淡な返事を返すと、重戦車を走らせるように指示した。総重量千トンまで耐えられる鉄橋の強度から見れば、M1A5数輛がその上を移動する事など何も感じない同然であった。ターナーの戦車が橋の途中で停止し、砲身を持ち上げる。仰角と砲の向きを細かく調節し、ニ連装の砲口から120mm砲弾を発射した。その重量は四十キロにまで届くほど、そしてその弾がマッハ四という速度で対空戦車に飛び掛かる。避けようなどなかった。採掘基地の入口から随分と離れた橋のたもと、エキシルバニア軍の群青が赤い火柱へと姿を変えた。その跡に残ったのは、焼け焦げた土くれだけであった。
『採掘場入口付近、敵対空戦車を殲滅。近くに重戦車とバズーカ兵が待機している模様』
「了解」
合流地点から若干、採掘場に近付いていた歩兵、航空部隊に無線で通信が入る。
「それでは、一仕事して参りますか」
カーライルの戦闘ヘリがローターの回転数を上げ、AH-86の機体が悠然と前に出た。陸上選手のスタートの構えよろしく前傾姿勢をとったガンシップが、鉄条網の中に林立する巨大ドリルを見下ろす。柵の間にどっしりと構える重戦車の姿を捉えると、ノードはすかさずミサイル発射のボタンを押し込んだ。AGM-115対地ミサイルが白い尾を引いて、ウーベルマイスター3型重戦車に迫る。張り裂け、めくれ上がった装甲から灼熱の赤が吹き上がり、中にいたであろう戦車兵もろとも粉砕する。近くにいたバズーカ兵にはカーター率いるMG兵部隊が自慢の得物で掃射した。
「よし、採掘場へ突撃だ!」
カーターが声を上げる。しかし、この大尉のときの声は常に自軍の被害を知らせるものであり、この時もまた例外ではなかった。M1A5の最後尾の戦車が砲塔の後ろを弾かれ、搭載していた砲弾を誘爆させられた。元々正面よりも装甲の薄い側面に直撃弾を受けるのに弱い戦車にとって、増してや弾を誘爆させられるとなると、まさに泣きっ面に蜂である。砲塔は爆炎と共に吹き飛び、近くの歩兵も巻き添えを食うはめになった。
「エキシルバニア軍めがッ!」
ターナーの戦車が砲塔を回し、反撃をお見舞いする。並んだ砲弾は狙いが定まり切っていなかったらしく、弾は鉄条網を引き裂いて採掘のドリルに直撃、それを囲っていた鉄骨を巨大な棍棒に変えてエキシルバニア軍に襲いかかった。重戦車の乗員は慌てて車外に避難したのだが、ターナーの定めた狙いは彼らを生かすつもりなど毛頭もなかった。命からがら脱出し、直後に自分達の戦車を鉄骨に押し潰されたエキシルバニア兵は、両手を上げて降伏の意を示したが、それがフロンティア軍に伝わる前に、機銃弾がその胸を幾度も貫き、目撃者を出す前に皆殺しにした。無論、この行為は決して正しくはなく、むしろ犯罪行為に近い。だが、彼女の戦車に乗り込む兵はすべて、ターナーの兄ナッシュ・キートンに世話になった者ばかり。見て見ぬふりをしているのであった。
『敵部隊接近、敵の目的は採掘基地の占領。歩兵部隊を狙え』
「了解」
基地からの連絡を受け、MGバンカーに座るエキシルバニア兵は、いつでも自分に与えられた命令をこなせるようにと、もはや鼓動すら感じられる機関銃のトリガーに指をかけていた。
『戦闘ヘリからの連絡だ。敵部隊に重偵察車と重戦車、戦闘ヘリの姿を確認…何? 我が軍のヘリが落とされた!? ミサイル兵がいる! 全滅させろ!』
一瞬にして慌ただしさに包まれる採掘基地。MGバンカーの兵士が重戦車の姿をその視界に収めた時、彼は足下から迫る凄まじい圧力と熱波に包まれ、バンカーの天井を枕に吹き飛ばされた。
『戦闘ヘリか! 対空戦車、出撃せよ!』
空飛ぶ戦艦のお出ましに、採掘基地はますます忙しさを加速させた。対空戦車がミサイルを発射する準備に至るまでに、重戦車とバズーカ兵数名を屠り、疾風のごとく離脱した。ただちに追跡に入った対空戦車だったが、MGバンカーの瓦礫に近付いた次の瞬間、重戦車の主砲を受けて呆気なく撃破された。
「さて、ミサイル部隊! 仲間の仇討ちといくか!」
バートンがシルバーフィッシュを構え、右目のスコープに迫るウルヘンヴォッカー戦闘ヘリの姿を捉えた。相手よりも早く攻撃しなければ、こちらが撃たれる。チャフで回避、そして反撃というパターンも考えられる。様々な思考が頭の中を交錯したが、彼はそれらをすべて吹っ切り、ミサイルを発射した。対空ミサイルはその性質上、敵機のエンジンを狙う。少し行き過ぎたミサイルは、急角度で反転してからヘリに襲いかかる。シルバーフィッシュは戦闘ヘリのテールローターを弾き、炸裂した。その破片がメインローターをも破損させ、ヘリの推進力は大幅に落ちた。
「いらっしゃい!」
高度を落とすヘリを待ち受けていたのは、カーターらMG兵部隊であった。大口径マシンガンから走る火線がキャノピーを砕き、操縦席を飛び散ったガラスの破片、パイロット達の血肉で満たす。もう一機もミサイルを横腹に当てられて撃墜、採掘場の入口は完全にフロンティア軍の手に落ちたといって良かった。
「坊主、これで突っ込んでも平気だな?」
カーターはロイスに確認した。自分の先走った発言が毎度毎度、厄介な事態を引き起こすという自覚があるようだった。
「いえ、確かヘリは六機いました。自分達が破壊したのが二機、今の戦闘で落としたのが三機。まだ一機残っています」
ロイスの答えに、カーターは沈黙する。恐らく待ち伏せをしていると考えていたが、ここで手をこまねいているわけにもいかなかった。
『大尉、進みましょう!』
ターナーから通信が入る。エキシルバニア軍を憎む彼女の事、一刻も早く彼らを殲滅したいという気持ちが、口調の節々からにじみ出ていた。
「あー……まあ落ち着け。急ぎ過ぎは良くない」
カーターはそう返すと、無線機を離してロイスに向き直った。
「坊主、俺あの女苦手だ……」
そうつぶやいた大尉に、ロイスは苦笑いで返した。
採掘場に乗り込んだフロンティア軍は、MG兵部隊と重戦車部隊で暴れ回り、待ち受けていたエキシルバニア軍を蹴散らした。設計上は充分な広さを確保出来ているとはいえ、基地内では重戦車はその車体を回すことさえ一苦労。その隙を突いたM1A5の主砲がウーベルマイスター3型の青い車体を打ち破っていた。二連装のキャノンが轟音を打ち鳴らし、立ちはだかるもの全てを吹き飛ばした。
「この基地には三箇所の旗が立ってる! 引きずり下ろせ!」
重偵察車の後部席から、無線で歩兵部隊に指示を出す。その間にも機銃を旋回させ、重戦車を狙うバズーカ兵の始末に当たっていた。ハンターも共に引き金を引き、並み居る兵士をなぎ倒す。
『戦闘ヘリだ!』
占領に取り掛かっていた歩兵が叫ぶ。エキシルバニア軍戦闘ヘリの機影が砂漠の空に浮かび、その影はみるみるうちに迫って来る。ローターの分厚い音が空を裂き、地を這うもの全てを振るわせた。
「ミサイル部隊、ただちに敵戦闘ヘリの撃墜に……」
『心配ありませんよ! 大尉!』
カーターの指示に、カーライルからの無線が割り込んだ。AH-86の緑色が逆光により黒ずんで映る。彼は敵ヘリの前まで接近し、索敵用のライトを幾度か明滅させた。モールス信号である。
――貴様が臆病者でなくば、自分と勝負しろ――