マジで当たらんのよアレ。
一騎打ちを誘う挑発の旨をつづったモールス信号。ウルヘンヴォッカー戦闘ヘリは機首を前屈みに倒し、カーライル達の右横を通り過ぎた。その際、前部座席の兵士が彼に向かって親指を下に向ける。地獄に落ちろのサインだ。
「ノード、受けて立つそうだ」
「了解」
互いに背を向けたまま直進、基地を囲う白い壁の対角線上に差し掛かったところで、両者は回頭して向き合い、ロケット弾を発射した。AH-86の一撃はウルヘンヴォッカーの機体下を通過し、敵ヘリの一撃はこちらの左脇をすれすれで通過した。衝撃波を受けて、キャノピーがビリビリと震える。
「ノード、しっかり狙え! こっちの方が大きく外したじゃねぇか!」
「大丈夫、次はもっとまともに外しますよ」
カーライルの激に対しノードはいたずらっぽく答え、その宣言通りに次弾はメインローターを掠めるほどの近くまで寄せた。対する敵の無誘導型Xファクターロケットは機体の右脇を大きく外れ、川面に突き刺さっては白い柱を立てる。すると、今度はわざと左の腹を見せ、開け放たれたハッチからの機銃による掃射がAH-86に正面から降りかかった。わずかに放物線を描く火線が機体の装甲をガンガンと撃ち鳴らす。銃弾一発一発の衝撃が直にコックピットを駆け抜ける。
「よし、お返しといくか」
「了解」
今度はAH-86の機体が横向きに回頭し、右脇から伸びるマシンガンが銃火を瞬かせた。口径も連射も段違いの代物で、ウェスタンフロンティアとエキシルバニア、両国の技術力の差が明らかになった瞬間でもあった。群青の機体の左腹に弾痕を穿ち、火花を飛び散らせる。装甲の差も同時に露呈してしまったようだった。銃弾の一発がテールローターの片方を掠め、エキシルバニア機の旋回性能を大幅に低下させた。今頃、コクピット内はアラーム音で満たされているだろう。
「よし、そろそろ当てるか?」
「燃料も危ないですし、そうしますか」
二人がそんな会話を交わしていたのは、なんとかして機体の向きをこちらに向け直し、攻撃態勢を取ったウルヘンヴォッカーが発射したロケット弾、それを回避すべく機体を上昇させている時だった。その動きには、どこか歴戦の余裕が感じられる。テールローターの損傷を抜きにしても、上昇性能もAH-86の方が勝っているようだった。
「よし……撃て!」
「了解!」
態勢を立て直したAH-86がAGM115を二発発射する。先行したミサイルが直進し、敵も回避行動を取る。機体を傾けて直撃を避けたが、遅れて発射した二発目を回避するには、一基のテールローターを破損したこの機体では、態勢を立て直す時間が足りなかった。弾を無駄撃ちするな、エキシルバニア帝国の物資の不足からそう言われていた射手は、彼らの考えでは貴重なミサイルを、湯水のごとく乱射する。なるほど、これが国の差か――ミサイルを直撃され、機体ごと爆炎によって焼かれる中、パイロットの脳裏をよぎったのは完全なる誤算、そしてフロンティア軍に対する畏怖と羨望の念であった。最後のヘリが撃墜された頃、ホットフラット採掘基地はすべてのエキシルバニア軍旗をフロンティア軍旗に取り替えられ、占領された事を意味した。
「ふー……一時はどうなるかと思いましたね、准尉」
ロイス達が基地に帰還したのは、陽もとうに落ちた、月の光に照らされた夜中であった。満月には二、三日足りず、その冷たい光もいつもより淡く、そして優しさを帯びて輝いている。
「これでエキシルバニア軍の侵攻速度が緩むと良いんだがな」
安心した顔立ちのパウエルに対し、ロイスはまだまだ油断は出来ないと言った顔で返す。ハンターも彼に同じで油断は何よりも敗北を呼び込むものだと付け加えた。かつてツンドラ軍に苦戦し、エキシルバニア軍による突然の空爆で大打撃を受けた事は、今もフロンティア軍人の中でも自信を失わせる要因のひとつであった。昔のフロンティア軍の兵員募集のポスターに描かれていた、屈強な兵士が国旗を掲げてツンドラからエキシルバニア、果てはソーラーエンパイアにまで大陸をまたぐイラスト、そのイメージは今はこの軍には感じられなかった。
「准尉と軍曹は先に降りててください。自分はこいつを車庫に入れてきます」
そう言われて、ロイスは機銃席を囲う鉄枠を潜り抜けるようにして後ろに降り、ハンターもゆっくりと降りる。二人を下ろした銃偵察車は、ギアを入れ直してエンジンの回転数を再び上げた。
「それじゃごゆっくり、准尉」
「馬鹿、早く行け」
こちらに向けた手の平を下品に―何かを揉むように―わさわさと指を動かす。そんなパウエルをロイスは一蹴し、ヘルメットを脱いでフードを外した。ややくすんだ黄土色の髪があらわになり、普段は影になって見えにくいほとんど黒に近い色の瞳もはっきりと伺える。同じようにハンターも自分の頭を覆っていたものを外した。彼とは対照的に、首の後ろまで伸びた髪はしなやかなウェーブの掛かった美しい金色で、この殺風景な場所においては、それは秋口の麦の穂のごとく輝いてさえ見えた。
「おーい、エディー! 戻ったか!」
テントから出てきたばかりの男の声が彼らの背中にぶつかった。彼をこの名で呼ぶのは数少ない。その代表格、タイラーだった。別の任務にでも当たっていたのか、左の頬にテーピングが施されている。
「アル、そっちでも何か任務があったのか?」
「おぉ。ロビンズの部隊と軽戦車に自走砲、対空戦車で別のネロサイト採掘場を叩きに行ってた」
彼は定期テストで良い点を取った子供のような、自慢げな顔で胸を張る。そんな彼にはロイス達の体験した、あの戦闘ヘリ地獄は理解出来ないだろう。天地両面から攻められる恐怖というものは並大抵のものではない。
「そうだ、テントの中で祝勝会やってんだ。お前も来るか?」
タイラーは親指で背後のテントを指差した。彼が出て来た時に開けられた入り口からが黄色い光がふんだんに沸き出で、夜の色に染められた地面を照らす。そこから聞こえる笑い声や歓声から、中の人間が飲んでいる事くらいは労せずして理解した。酒は苦手なので付き合いたくない、それがロイスの本音である。
「おぅ、宴会やってんのか。俺達も混ぜてくれよ」
彼の後ろから声を掛けてきたのはカーターだった。MG兵達やバートン、パウエルまで従えている。さらに程なくして、カーライルとノードもテントに集まりつつあった。完全に置いてけぼりを食った形のロイスとハンターだったが、彼女が彼の手を引いて光の元へと走って行った。
「私達も参加しましょう、准尉」
「わ、ち、ちょっとハンター軍曹!」
ロイスの嫌がる素振りも気にせず、ハンターは彼の手を引いている。その時、彼の目には彼女の背中が、少し大きく見えたような気がした。元々男性としては身長が低いロイスと、女性にしては背の高いハンター。二人はほとんど同じ身長だったため、後姿ではたまに見間違えられる。彼女は学生時代、ソフトボールの選手でもあったため、肩幅がやや広くなってしまっているからだ。だが、今の彼の目に映っている背中の大きさとは、そういう意味ではなかった。言葉では現しようのない、包容力のようなものを感じていたからだった。
テントの中では大の男達が大声ではしゃぎ、作戦の成功を祝っている。ここまで大規模に騒いだのは、ツンドラとの戦争中にポテムキン砦を占領した時だった。あの時は、キートン少尉が宴会の主役だったか、ロイスは相変わらず申し訳程度のグラスに社交辞令のビールを注ぎ、ちびちびとその量を減らしている。タイラーはバートンと肩を組んでそれほど上手くない歌を歌い、ロビンズとパウエルはキャンプの料理長が腕によりをかけて作った料理に舌鼓を打っている。カーライルとノードは手拍子で盛り上がる面々をはやし立て、スミスとアンバーは口笛やどこからか持ってきたラッパを吹いて盛況ぶりに彩りを添える。ロイスは一人静かに、机に顔を伏せた。
「……こういうのを見ると、生きてるって感じしますね」
ふと耳に入った声に顔を上げると、そこにはウィスキーのロックを左手に持ったハンターが笑みを浮かべていた。彼女は自分よりも圧倒的に酒に強い。というよりは酒豪の領域にすら達している。ここはひとつ、男として多少の強がりくらいは、と立ち上がろうとしたロイスであったが、それをハンターに止められた。
「良いんです、無理しないで。准尉」
「……こういう時は……エディーで良いよ、グレース。」
恥ずかしそうに顔を背け、ぶっきらぼうに言った。ハンターはそんな彼の側に座り、グラスをテーブルに置いた。互いに視線を絡ませ、瞳を微動だにさせない。二人とも酒に酔っているのだから、そう思った矢先の事だった。
「よう、坊主!」
突然の声に二人は我に返り、思わず飛び退いた。そして、先ほどより氷の一回り小さくなったグラスを取って、また今度と言った視線を寄越して席を立つ。何がなんだかと頭の中で色々なものがぐるぐると回転している中、あぁ、カーター大尉が来ているんだという事に気が付いたのは、彼に額を小突かれてからだった。
「大丈夫か? 顔赤いぞ」
「いえ、酒には弱いので……」
酒気帯びによる紅潮と、体調が優れない蒼白が入り混じった顔色のロイスに、カーターが尋ねた。とは言っても彼自身がかなり酔っているらしく、少々上体がふらふらとしていて、目線もやや定まりきらない、嫌な感覚が拭えない。
「なぁー……坊主、これ見てくれねぇかー?」
「なんですか?」
カーターは普段首から下げているロケットをロイスに差し出した。開けてみると、その中には写真が入っていた。家族の写真らしく、黒髪の女性とその子供らしき少年、そして女性の横にはカーターと思わしき男が写っている。これは、という言葉が喉をついて出たロイスに対し、酒の酔いなどどこかに葬り去った顔のカーターが答える。
「家族だ。妻と息子。っても、今は別居中だがな」
「自分と……同じですね。自分は両親が離婚して、母方につきました。」
「なるほど、俺のせがれと同じって意味か」
ばつの悪い沈黙が流れ、同じテント内で行われている宴会の声さえも溶かしてなくしてしまう。
「なぁ坊主、戦う意味って……考えた事あるか?」
カーターのあまりに唐突な質問にロイスは「え?」と返すしかなかった。
「国のためってのは分かるが、こんな辺鄙な場所に飛ばされて、腹満たすだけの飯食って、変わり映えしない景色見て、大同小異なマッチョ野郎と四六時中顔合わせて、俺はそうする事でしか稼げねぇ。だがよ坊主、なんかお前はそういう感じじゃねぇんだよな。なんかもっとこう……意味を持って戦ってる、そんな気がする」
はぁ、とだけ答え、うつむきざまに自分の戦う動機を記憶の中から引き出そうとするロイス。彼にとって軍は、離婚した母方の息子である事への冷たい視線が嫌になって、それから逃げるようにして入った場所であった。そして、軍の中に彼の居場所が生まれ、その頃になると母もそれほど生活が窮屈ではなくなっていた。それらを一通り思い返し、ロイスは自分の戦っている意味や理由、目的をひとつの線につなげる事が出来た。
「自分が戦う意味は……自分の居場所を守りたいからです」
「……いい答えだ」
そう言うとカーターは席を立ち「邪魔したな」とだけ言って、テントを後にした。自分の居場所を守る、そうは言ってみたものの、実感などまったくない。しばらく考え込んでいたロイスは、タイラー達の手によって、宴会の輪の中に強制的に引きずり込まれる事となった。