ウィンドブレーク山での戦闘から数日後、Mx-500型軽偵察車の運転手で、フロンティア軍の偵察部隊に所属していたビルフォード・パウエル兵長は、いずれ来るであろう救援の部隊を待ちながら、どんよりとした曇り空を仰ぎ見ていた。彼がそう思えるのは、その手に収めた情報の価値によるものであった。ツンドラ軍の要衝、ポテムキン砦を攻め落とすために必要な情報だからだ。砦には更に、この戦いの勢力図をひっくり返すような情報があると言う。パウエルは何だか、自分が戦局を握る重要な存在にでもなった気分で、救助の手が差し伸べられるのを待った。
「ロイス准尉、この基地ですね?」
「あぁ、ここに偵察車が捕まっている」
ツンドラ軍の前線基地を前に、ロイス率いる救助部隊が出撃のタイミングを伺っていた。兵力は歩兵4人とバズーカ兵が3人、計7人による部隊となった。今回ロイスに与えられた役割は、この部隊で前線基地を強襲、軽偵察車を解放して運転手の後ろに銃撃手として乗り込み、10キロ先のフロンティア軍の前線基地まで行く事である。この作戦のメイン指揮官はベティー准将だが、軽偵を救助した後の部隊を回収するために、オースティン大佐の戦車部隊が背後に控えていた。無論、ツンドラ軍には気取られないよう細心の注意を払う。
「よし、まずはあの軽戦車を排除しよう。奴等に見つからないよう、慎重に近付くぞ」
ロイスはH-16を構えて態勢を低くし、小走りに基地へと向かった。少し進んでは後ろを向き、手で合図を送って部隊の兵に指示を出す。数メートルずつ、確実にツンドラ軍との距離を詰めたロイスは、1人だけかたわらに寄せたバズーカ兵に、軽戦車の狙撃を命じた。H-1ロケットランチャーが照準器の中央にツンドラ軍軽戦車の砲塔基部を収めた。そして、吐き出された対戦車砲弾は空気を切り裂きながら一直線に、白い硝煙の筋を軌跡に残して、狙い通りのポイントを射抜いた。砲身の下を滑るように、その基部へと突き刺さった砲弾はたちまち起爆し、乗員に脱出の機会さえ与えずに炭へと変える。突然の敵襲に驚いたツンドラ兵は、慌てて小銃を構えて迎撃の態勢を取ったが、ロイスの命令によるフロンティア軍の一斉攻撃の方が早かった。軽戦車の残骸を遮蔽物に銃弾を回避していたが、それもバズーカの弾を受けて、タンクに残った燃料を巻き込んでの大爆発が隠れた歩兵達を引き裂くまでの事だった。
基地の入口近辺の戦いは部隊に任せ、単身で乗り込んだロイスは、H-16の銃口を無造作に置かれた火薬樽に向けた。大して広くない基地の内部はツンドラ軍のテントが幾つかと、捕らえられた軽偵察車とその運転手を囲んでいた有刺鉄線の柵しかなく、迷う事はなかった。樽を吹き飛ばし、爆風で有刺鉄線を引き千切った彼は、軽偵察車の後部機銃座席に乗り込み、運転手に早く乗るように言った。
「ビルフォード・パウエル兵長だな、自分はエドワード・ロイス准尉だ。急げ!」
「はっ!」
言われるままに急いで運転席に乗り込み、ハンドルを握ったパウエルは慣れた所作で半クラッチ。二速発進で走り出したMx-500が基地の裏口から、北部のフロンティア軍基地へ向かう。残された救助部隊には、すぐに回収のための部隊が向かうらしい。気にしないで、とベティーから通信が入った。
「全力で飛ばします、多少揺れますよ!」
「構わない、お前の命だけではなく、この戦いの行く末まで掛かってる。敵には構うな!」
「了解!」
パウエルはアクセルを踏み込み、エンジンの回転数を一気に跳ね上げた。速度計の針はみるみるうちに時速100キロの大台を突破し、道中に立ちはだかるツンドラ兵も、まるで疾風のごとく駆けて来る軽偵察車を前にしては、轢かれないうちに道を開けるしかなかった。豪速の突進を回避して、反撃の銃撃を加えようとしたが、小銃を構えた者はロイスの機銃によって容赦なく撃ち殺された。山間の道を疾走し、川沿いに大きく左カーブを描く。簡素な木の柵など、コースアウトを受け止めてくれるほどの強度が感じられない。川沿いの道を駆けていると、前方で道がふたつに分岐しているのがパウエルの目に入った。右の道は川沿いに、左の道はちょうど幅の広い切り通しのような道となっている。彼の直感が、既に近道を導き出していた。
「兵長、左だ!」
ロイスが叫び、パウエルは左にハンドルを切った。小高い丘の間に挟まれる形となった左の道には、ツンドラ軍ご自慢の軽戦車が、砲身をこちらに向けて出迎えていた。前方に対する武装を持っていない軽偵察車では、天地がひっくり返っても勝てる相手ではなかった。
「やばい、撃たれる!」
思わず鉄帽のあご紐を解き顔を伏せたパウエルだったが、次の瞬間には、放たれた戦車砲弾は自分達のかなり上を通過していった事が分かった。急な下り坂に差し掛かったため、坂の上に狙いを定めていたツンドラ軍軽戦車の砲弾を、見事に回避する事が出来たのだ。
「弾が装填される前に、急いで抜けろ!」
「了解!」
坂から飛び下りたも同然の衝撃がロイス達を襲ったが、今はそんな事を気にしていられる状態ではなかった。もし、先程の戦車砲が直撃していたら、フロンティア軍で最弱の装甲しかないMx-500など、熟れたトマトをバットの芯で捉えるかのごとく、無惨な姿になっている所だったからだ。その後も軽戦車がこちらを狙って来たが、ロイスの威嚇射撃で乗員を負傷させ、追撃の手を緩めさせた。
「げっ!」
突如、パウエルが蛙でも踏みつぶしたような声を上げた。ロイスも何事かと振り向いたが、前方にはツンドラ軍の軽偵察車が機銃をこちらに向けて走って来ていた。思わず彼も同じような声を上げる。
「すり抜けろ! 多少の被弾は問題ないはずだ!」
前輪がスキー板のようになった――雪原での戦闘に特化した――ツンドラ軍の軽偵察車の機銃が火を吹き、Mx-500に襲いかかる。だが、パウエルはフロンティア軍の偵察部隊の中でも、かつては期待の新人と持てはやされていた程のドライバーである。ツンドラ軍の軽偵察車の脇をすり抜け、一気に雪山の方へと走り去って行った。そして、追撃の火線はロイスの射撃で封じる。バンパーにいくつかの弾痕が刻み付けられたはずだが、気にしていられる余裕などなかった。パウエルはそれ以上に、雪にタイヤと取られまいとしなければならなかったからだ。ひとつスリップでもしようものなら、粗末な木の柵をぶち破って崖下に真っ逆様になる。幸い、ウィンドブレーク山の戦いが始まる前の点検でタイヤを新しくしたため、スリップはおろか空回りさえする事なく走り抜ける事が出来た。
「兵長、前に厄介な奴がいる。ここは覚悟を決めるしかないようだ」
「前に……? あ、確かに……」
ロイスが先に発見し、少し遅れてパウエルが発見した厄介な奴、それはツンドラ軍のMG兵だった。大口径に高速連射、歩兵の小銃とは比べ物にならない殺傷力を有するマシンガン、カスパロフ社製KA600を携えたエリート兵まで駆り出していたとは、彼はパウエルの手にした情報はよほどの物かと察し、雪道を走る事で精一杯の彼に代わって前方を注視した。木製の橋を渡り切り、再び雪の降らない落ち着いた道に出た軽偵察車を、今度は急カーブと見通しの悪い崖沿いの道、そして二人目のMG兵が出迎えた。木の陰から高速連射による狙撃を加えてくる。
「タイヤに当てられたら最後だ、もちろんお前にもな」
ロイスは車載の機銃の代わりにH-16を構え、MG兵に向けて発砲した。軽偵察車の揺れ具合から当てる事は不可能に近いが、弾道が読めないという点では、攻撃の抑止くらいの役には立った。
「今度は……前!」
パウエルが悲鳴を上げた。前方にバズーカ兵が一人、こちらにご自慢のRPG-1を構えて待っている。
「突っ込め! 敵の恐慌を誘うんだ!」
ロイスの命令に、パウエルはアクセルを踏み込み、さらに加速した。バズーカ兵は右カーブの途中に立っており、こちらが曲がるために減速する所を狙っているようだった。
「いいか、合図したら一瞬だけ、ハンドルを右に切れ」
ロイスは機銃を放し、正面に居座るツンドラ兵の動きを注視した。高速で突き進む軽偵察車と、それを仕留めんとバズーカを構えたツンドラ兵。両者は急速に接近し、それはどちらかの死が近づいている事とも意味していた。
「今だ!」
車体はほんの少しだけ右にそれ、先程まで自分達が走っていた場所を対戦車ロケット弾が突き抜ける。まさに紙一重のすれ違いをやってのけたパウエルは、右カーブを曲がると、今度こそまずいと目を見開いた。
『橋が……』
ベティーの声が聞こえてくる。見れば分かる状態、橋が中央で破壊され、大きくめくれ上がっていたのだ。
『アクセル全開よ!』「アクセル全開だ!」
2人は同時に叫び、彼もまたそれに従うために、アクセルを踏み込んだ。エンジンはすでに灼熱しているかもしれなかったが、そんな心配はしてられなかった。壊れた橋を駆け上がり、Mx-500の車体が宙に投げ出される。少しの浮遊感を味わった後、軽偵察車は見事に川を越え、道路に着地した。
『着地成功! あなた空軍出身だったっけ?』
ベティーの明るい声がインカム越しに聞こえる。だが、その時、ロイスは衝撃でH-16を落としてしまったのだ。軍からの支給品をなくすと後が面倒だ、などと言ってられる場合ではない。これで自分達は、前方からの敵に対する攻撃力を失った。更に、軽偵察車を待っていたのは少しの上り坂と、雪の積もった下り坂であった。しかも、川には橋が架かっていない。また飛べと。しかしそれしかない現実に叩き落とされたロイスは、パウエルに全てを託して後方から追いすがる火線を黙らせていった。
「ロイス准尉、ここはさっきより滑ります。しっかり掴まってて下さい!」
「任せたぞ!」
パウエルの運転する軽偵察車は、二度目のフライトも見事に成功させ、ツンドラ軍基地に正面から突っ込んだ。狭い通路を駆け回り、裏口を見つけ出すと、他の物には目もくれずに走り抜けた。
「准将……もう一度お願いします」
これから木々の生い茂る森へと差し掛かった頃、ロイスはベティーとの通信で信じられない事を聞いたようだった。
『だから…ツンドラ軍の戦闘ヘリよ!』
その叫びと共に、軽偵察車が突然の衝撃で浮き上がった。爆風による強烈な浮揚感、それは紛れもなく炸薬の爆発、それも戦闘ヘリの放つ対地攻撃用ロケット弾によるものであった。
「ガンシップ……!」
ガンシップ(空飛ぶ戦艦)―すなわち戦闘ヘリによる攻撃まで始まった。ツンドラ軍主力戦闘ヘリ、ミリセントハウンド。対地制圧能力に関しては爆撃機に次いで秀でた存在。戦闘機と対空攻撃以外には無類の強さを発揮する生残性、対地ロケットによる攻撃力、航空部隊らしい機動力。地べたを這いずり回るしかない軽偵察車がこの空飛ぶ戦艦の猛威から逃れるには、この森の木々を目くらましにする事しかなかった。しかも、所々に歩兵やバズーカ兵が潜伏しており、逆にこちらが目くらましを食らっているような気分にさえなった。
「当たるなよ……!」
パウエルは必死でアクセルを踏み、ハンドルを握り締めた。少しでも速度を緩めると、上空からロケット弾の雨が降り注ぐ。一発でも直撃を許せば、たちまち自分達はあの世逝きである。
「パウエル兵長、ま……前!」
ロイスの絶叫に、パウエルは気張っていた事を後悔した。目の前にツンドラ軍歩兵がいる。避け切れない、彼の理性がそう判断した時、鈍い衝撃と共に軽偵察車は制御を失ってスピン、深い茂みの中に埋もれて動かなくなってしまった。