「……大丈夫か?」
「はっ、自分は大丈夫ですが、准尉は?」
「……問題ない」
茂みに突っ込んだMx-500型軽偵察車は、目前にまで迫った木に激突する直前で、車軸に草が絡まる事で止まった。
「装甲が随分と傷んでますね。まあ…散々撃たれましたし、MG兵の弾も掠っただけで済みましたし。少しだけ修理すれば、また走れます。准尉はちょっと、周辺を見張っててください。見つかるのが時間の問題なんで」
パウエルは軽偵察車の周囲を歩き、修理が必要な箇所をひとつひとつ見て回った。タイヤと車軸はほとんど無傷、エンジンも高熱はあるものの、基地まで走るには問題なし。ただ、ツンドラ軍に散々に袋叩きにあった装甲は損傷が激しかった。至る所に小銃弾を受けたと思われる弾痕が見受けられ、前バンパーの右の角は、MG兵の放った大口径弾が掠めたらしく、えぐれて焼け焦げている。もし、真正面から当てられていたらエンジンに突き刺さって爆発炎上、自分達はあっという間に炭化した有機体と化している所だった。そして何より、先程ツンドラ兵を轢いた事による正面の凹みが痛々しかった。恐らく轢かれた兵士は目も当てられないほど損傷しているはずだったが、以前に戦車に轢かれた兵士を見た事のあるロイスには、もはやそれは衝撃とは感じられなくなってしまった。
人が死んで当たり前という、戦争という環境。平時には大罪であるはずの殺人も、相手が交戦中の敵兵士であれば、それは功績となる。ロイスもパウエルも、その他の多くのフロンティア兵も、それは十分理解していた。だが、そうして挙げた功績、最終的には他者の命を否定する行為の果てに得た勲章は、見る者によっては堪え難い怨恨となる。それが報復を生み、さらなる反撃を誘う。今の自分は、その悪循環のど真ん中に立たされている――
「准尉?」
突如パウエルの声がして、ロイスは正気に戻った。
「何ボケッとしてるんです。応急処置が済みました。早く行きましょう!」
既に運転席に乗り込んでいたパウエルが声をかけた。ロイスも慌てて乗り込み、軽偵察車は再び走り出した。茂みを脱し、森を抜けるためにもがき、這いずるようにしてでも前に進むという意思を、行動に変えた。周辺でこちらを捜索していたツンドラ兵は、仲間を無惨な姿にした憎きフロンティア兵を撃ち殺さんと、躍起になっている。軽偵察車の姿を確認すると、餌に群がる魚のごとく襲いかかって来た。
「歩兵は大して怖くありません。むしろ…あれの方が」
パウエルの言う『あれ』とは、森の上からこちらを見下ろしている、空飛ぶ戦艦――ミリセントハウンド戦闘ヘリの事であった。修理中に辛うじて聞けたノイズ混じりの無線からは、戦闘機を寄越す意思はないらしい。F-19の放つシルバーフィッシュ対空ミサイルがあれば、戦闘ヘリなど張り子の虎のように撃ち落とされる。しかしそれがないというのであれば、今の自分達にあのガンシップを落とす術は皆無という事である。こちらの位置は逐次、周囲の歩兵が無線で連絡しているだろうし、見つからないという事はない。
「とにかく蛇行するしかない。ザコには構うな!」
ロイスの声だけがパウエルの耳に入る唯一の音となり、わだちを滑らかにくねらせた蛇行は、戦闘ヘリのミサイルを回避するには十分な効果を発揮した。先の見えない森を、闇雲に走り回る。そろそろエンジン回りに異常のひとつやふたつ、見つかってもおかしくなくなった頃、彼は前方に光を見出だした。森が終わる、それはつまり、戦闘ヘリに狙われ放題という事を意味するが、こちらも視界が開けるという利点もあった。そうなると、いよいよツンドラ軍もこちらを全力で足止めするつもりらしい。バズーカ兵やMG兵までもが強烈な一撃をこちらに浴びせて来たのだ。バズーカ砲弾が車体の右を通過し、大口径弾がバンパーの左の角を削り取る。ガンガンと、激しい金属音に加えて衝撃、もはやいつ死んでもおかしくない状況であったが、パウエルは逃げずに軽偵察車を走らせた。やっとの思いで森を抜け、道沿いに右へカーブする。すると、道は緩やかな斜面と、平坦に分かれていた。
「准尉、自分の信じる方に進んでいいですか?」
「構わない」
ロイスはパウエルの選択に自分の命を預けた。恐らく、どちらかにツンドラ軍がバリケードを張っている。それを読んだのだった。軽偵察車は、向かって奥の斜面を選び、全速力で駆け上がった。平坦な道には、案の定ツンドラ軍が待ち構えていた。
「よし、飛べ!」
これで助かる、高揚感に駆られたロイスは、思わず口にした。
「了解!」
パウエルもそれにならって楽しそうに答える。斜面が途切れ、勢いよく飛び出した軽偵察車は、今回の疾走で最も優雅な飛翔を見せ、無事に着地した。背後から伸びてくる火線も気にする事なく、Mx-500型軽偵察車は基地へ向けて走っていった。無論、ツンドラ軍も口封じのため、急いで部隊を向かわせた。
「バートン小尉、軽偵察車が来ます」
フロンティア軍基地の見張り台に上っていた兵士が、この部隊を率いるテリー・バートン小尉に声を掛けた。
「……」
「小尉?」
「……ん、あぁ、すまない、寝てた」
見張りは嘆息を漏らし、この居眠りがちな指揮官をなんとかしてくれ、と心にぼやいた。だが、再びバートンに目をやると、彼の表情はたちまち真摯なものとなり、その視線は向かって十時の方角に伸びていた。
「……ガンシップだな」
右目をすっぽり覆う形のスコープが、数キロ先から飛来するであろう敵を確認した。
「来るぞ、迎撃態勢を取れ」
途端に空気が張り詰め、薄氷一枚ほどの静けさが基地に広がる。見張りはバートンの指した方角から、ミリセントハウンドE型戦闘ヘリのローター音がけたたましく鳴り響くのが聞こえた。赤い機体の両脇から吊り下げられたロケットランチャーが不気味に光る。まさか――彼がそう思った時は、既に手遅れだった。放たれたロケット弾が見張り台に向かって一直線に伸び、硝煙の軌跡を空に残す。それは見張り台の座席に突き刺さり、凄まじい暴風と熱量でその場を引き裂いた。
「ちっ……よくも……」
バートンはスコープの中央に、遥か遠くを飛行するミリセントハウンドを捉え、引き金を引いた。彼の得物から放たれたのは、ウェスタンフロンティア軍が誇る対空ミサイル、シルバーフィッシュであった。その名が示す通り、海中で餌を見つけた青魚が銀の腹を光らせながら飛び付くように、戦闘ヘリの横腹に吸い込まれていった。まさか戦闘ヘリのパイロットも、ミサイル兵が配備されているとは思っていなかっただろう。このヘリを配備したのは極秘であり、情報が漏れるはずがないと思っていたからである。大口を開けて獲物に飛び掛った猟犬が、突如として飛び上がった肉食魚に腸を食い破られたのだった。
「……ここの部隊を率いている、テリー・バートン小尉ですね?」
間もなくして、ロイスとパウエルを載せた軽偵察車が到着した。車体の所々に弾痕が刻まれ、今にも炎上しかねない。
「ご苦労……早く降りろ。危ないぞ」
バートンに言われて二人が軽偵察車から降りた、ちょうどその時だった。既にエンジンにも被弾していたらしく、Mx-500は爆発炎上、燃え盛る炎に浮かぶ無惨な鉄くずと化した。まさに間一髪である。
「後は我々に任せておけ。貴様達は報告に向かえ」
「はっ」
二人は無事に情報を持ち帰ったとして評価される事になるが、やはり軽偵察車をスクラップにした事、ロイスが小銃を落とした事は、しっかりと査定の対象となっていた。
「さて、前方からツンドラ軍のお出ましか」
バートンはミサイルを装填し、次にやって来る敵を遠くに確認した。
「軽偵察車か。バズーカ部隊、かかれ!」
先程、雪山に差し掛かる頃に襲いかかってきたと思われる、軽偵察車が斥候としてやって来る。フロンティア軍のバズーカ兵達は基地の外にある茂みに身を隠し、残りの部隊も極力目立たない場所に隠れた。
「なあ、あの基地……もぬけの殻じゃないか?」
「どうだか、見てみないと分からん」
不気味なほど静かなフロンティア軍基地を前に、ツンドラ兵は軽偵察車の速度を緩め、歩兵数人を伴って近付いた。彼らが基地の入口に差し掛かった、ちょうどその時だった。近くの茂みからバズーカ兵が姿を現し、対戦車ロケット弾を浴びせてきたのだ。左右から挟撃された軽偵察車は、驚く間もなくその身をずたずたに引き裂かれ、焼け焦げた鉄くずへとその姿を変える。突如、目の前で軽偵察車を破壊された歩兵達はたちまち恐慌に陥り、基地の中へと戻るバズーカ兵部隊の背中を追う事が出来なかった。
「よし、先手は打った。次、頼むぞ!」
「任せて下さい!」
バズーカ部隊の一人と言葉を交わしたのは、新参の軽戦車長マシュー・サンダース軍曹だった。おおよそ軍人らしからぬ、その小柄な体格は逆に、戦車に乗り降りするという面では有利であった。戦果も着々と挙げており、後々は戦車隊のエースと噂されている。
「前方にツンドラ軍歩兵部隊、数は五。ハーマンmk.5、攻撃!」
軽戦車の頼もしいエンジン音が辺りに響き渡り、ツンドラ兵のど真ん中に狙いを定めた100mmシングルキャノンが火を吹いた。砲弾は瞬く間にして狙い通りの位置に着弾、炸裂した。少し遅れて現れたバズーカ兵も、歩兵部隊によってただちに沈黙させられる。バートンは部隊の兵に的確な指示を出しながら、次々とやって来るツンドラ軍を撃破し続けた。若干の負傷者は出るものの、完全にフロンティア軍の優勢である。
「よし、あの軽戦車でひとまず片付くようだな」
視界の奥、小高いふたつの丘に挟まれるように通っている道を、ツンドラ軍の軽戦車が走って来る。早速、迎撃せんとバズーカ兵数名が基地の入口付近に集まった、その時だった。バートンらミサイル兵の感知よりも遠くから、戦闘ヘリのロケット弾が飛んで来たのであった。バズーカ部隊のど真ん中で炸裂したロケットは、先程こちらの軽戦車が歩兵部隊に戦車砲をお見舞いしたのと同じように、巻き込まれた者全てを冥府に送り込んだ。対戦車能力が著しく低下したフロンティア軍に、ツンドラ軍がここでも自慢の粘り強さを発揮する。
「粘り強さというか、ただのしぶとさというか……!」
バートンは右目のスコープの中央に戦闘ヘリの機体を捉えると、一撃必殺のミサイルを発射した。巧みな操縦技術で身をよじらせたミリセントハウンドに対し、シルバーフィッシュは炸裂した弾頭で痛撃を加えるも、致命傷を与える事が出来なかった。次の弾頭を装填するまでは、バズーカ兵と同等以上の時間がかかる。
「ちっ……仕留められなかったか」
後部から火を吹き、まさに尻に火が付いた戦闘ヘリは、またも自慢の粘り強さで飛行を続けた。ロケット弾を撃つ余裕がなくとも、機銃弾がほぼ真上に等しい角度から降り注ぐ。不幸にも、バートンともう一人しかいないミサイル兵に弾が当たり、彼はその戦闘能力を奪われてしまった。さすがの対空ミサイルも、発射されなければ意味がない。バートンは急いでミサイル兵の元へと駆け寄り、彼のミサイルに手を掛けた。
「小尉……上……」
当たり所が悪かったのか、ミサイル兵は息も絶え絶えの様相でバートンに敵機の位置を告げる。
「分かっている。俺に任せておけ」
彼は十分に狙いを定めたシルバーフィッシュを放ち、それは今度こそツンドラ軍の戦闘ヘリの横腹を貫いた。それはまさに銀の魚どころか、銀の槍となっていた。血飛沫のごとく火を吹いた空飛ぶ戦艦が地に墜ちる。同時に軽戦車による戦闘もフロンティア軍に軍配が上がっていた。
この戦いでは、フロンティア軍はツンドラ軍の戦闘ヘリ二機を落とすという成果を上げたが、やはり兵の負担や犠牲が大きすぎる。ロイスやバートンはじめ、多くの指揮官や兵士がそう思っていたが、肝心の司令官達は彼らの気持ちを察しているとは、どうにも微妙な線であった。