まだ朝もやが一帯を包み込み、ポテムキン砦の赤いレンガの壁、褐色の屋根に小さな水滴をたわわに実らせる。ビルフォード・パウエル兵長が持ち帰った情報によると、この砦にはノバ元帥の切り札『アイアンエイト』に関する重要な資料があるという。無論、ここを叩かない理由などないフロンティア軍ではあったが、このポテムキン砦は難攻不落の要衝として広く知れ渡っていた。砦に続く道、及び砦の入口付近に多数のバズーカ兵を配備しており、軽戦車と軽偵察車で突撃するのは無謀極まりない。そんな事をするのはハーマン将軍くらいだ、と口中につぶやいたロイスは、タイラーの横顔をちらと見やった。
「エディー」
まるで見透かされていたかのようなタイミングで、タイラーの横顔がこちらを向いた。
「お前なら、ここをどう攻める?」
彼はロイスに意見を求めた。バズーカ兵に対して歩兵は有利でこそあるものの、それが圧倒的なアドバンテージになるかと言われれば、首を縦には振れないのが現状だった。
「ポテムキン砦は難攻不落、ソーラーエンパイア国のチキベイ島、エキシルバニア帝国の本拠地にも匹敵すると名高い要衝ですね。これほど地の利を活かした防衛拠点は珍しいと思います」
見れば分かる、とタイラーに額を小突かれ、どう攻めるかを訊いていると改めて言われた。
「砦に続く二本の道にはどちらもバズーカ兵が配備されていますが、地図の上で西側の道…砦から最も離れたこの場所なら、バズーカ兵もそれほどはいません。外側から突き崩すのが良いかと」
ふむ、と顎に手をやったタイラーは、少し考え込む仕草を見せたが、直後に後ろ斜め上から降ってきた、軽戦車長マシュー・サンダース軍曹の言葉で作戦が決まった。
「タイラー少尉、オースティン大佐からの連絡によると、砦から離れた場所に捕虜収容所があるとの事です。そこに、我らがフロンティア軍の火炎放射兵が数名捕まっているとの事です」
火炎放射兵、対歩兵戦闘においては右に出る者はいない存在。高圧火炎放射器で眼前の敵を焼き払い、灼熱地獄へと叩き落とす。無論、自分達もかなりの輻射熱を浴びるため、防護用のマスクが欠かせない。車両には効き目が薄いのが難点ではあったが、この砦の攻略には欠かせないと判断したらしい。西側の道からはタイラーとロイス率いる歩兵混成部隊、まっすぐ砦へと向かう道にはパウエルの乗る軽偵察車が敵の動向を監視、火炎放射兵の救出には軽戦車を向かわせる事にした。
「ウェスタンフロンティア軍、攻撃開始!」
タイラーの言葉に、ポテムキン砦攻略部隊が行動を開始した。
「あの~……」
「何だ」
ポテムキン砦から少し離れた場所に建つ仮設の捕虜収容所、ラルフ・ロビンズ少尉は両手を高く掲げたままで、自分達を監視するツンドラ兵に話しかけた。
「手、上げっぱなしだとしんどいから、少し下ろしていい?」
「下ろすのは貴様の勝手だが、そうした場合にはすぐに撃つからな」
遠回しに却下された彼は、堪え難い時間をただ過ごすだけであった。H-2火炎放射器も取り上げられ、柵の外に置かれている。それさえ手に入れば、戦えなくもないと判断したが、この有刺鉄線の柵を取り囲む兵の数、そしてT-26軽戦車の存在があっては、動くに動けないのが現状だった。
「……おい」
「何だ?」
「何か聞こえないか?」
「えっ?」
ツンドラ兵が何か不穏な音を耳に入れたらしく、額を並べて相談している。この収容施設の周囲に響く音といえば、歩兵部隊を援護するために配備された軽戦車のエンジン音くらい。腹の底から揺さぶるような重低音が、彼らに届くはずの他の音を遮断していたのだが、今になって聞こえだしたこの音は、確かに戦車のエンジン音ではあったが、音の低さが違っていた。次の瞬間、突風が辺りを駆け抜けると同時に爆音が轟き、軽戦車が見るも無残な屑鉄へとその姿を変えた。吹き飛ばされてきた車載の機関銃がゴロリと地面に転がる。
「敵襲! 総員、戦闘配備!」
ツンドラ軍の歩哨が声を張り上げ、敵を待ち構える。だが、相手はフロンティア軍自慢の軽戦車、ハーマンMk.5である。ライフルを構えた歩兵が数人いた所では、どうしようもなかったのである。
「火炎放射兵、確認しました! そのまま前身です!」
サンダースが叫び、軽戦車がうなりを上げて地面を蹴り、草地を引き裂いて猛進する。銃を構えた歩兵に対しては、彼の機銃が片っ端からなぎ払った。そして仕上げは火薬庫への一撃。炸裂音と共に爆風が有刺鉄線を吹き飛ばし、囚われの身となっていた火炎放射兵の部隊を助け出した。
「助かった~……よし、お前達。いっちょお返しといくか!」
ロビンズが真っ先に火炎放射器に手を掛け、残りを他の兵に投げて渡す。慌てて向かって来た歩兵に向かい、放射器を構えて走り出した。放たれた火線が地面をえぐりながら、その狙いを徐々に定めてきたが、素早い身のこなしでそれから逃れたロビンズは一気に間合いを詰めて、自慢の火炎放射をお見舞いした。ツンドラ兵は悲鳴を上げながら転げ回り、しかし彼を執拗に追いかけ回す高温の炎は、とうとう絶える事がなかった。
肉の焦げるような、鼻を突く臭いが風に乗って東の方角から流れて来る。
「火炎放射部隊が動き出したな。俺達も行くか」
タイラーはバズーカを構え、橋を渡った先に陣地を構えるツンドラ軍に狙いを定めた。彼の視界にはスコープの、丸く切り取られたような風景と、目盛りの振られた白い十字線だけが映る。
「攻撃開始!」
彼の怒号と共にH-1ロケットランチャーから対戦車弾が射出され、白い硝煙の尾をなびかせながらツンドラ軍の元へと直進する。そして、爆発の炎がテントを宙に舞い上げては焼き払い、暴風がキャンプ用の焚火を兵士もろとも吹き飛ばした。虚を突かれたツンドラ軍は大いに狼狽し、そこをフロンティア軍によって突き崩される事となった。
「確かに手薄だったようだな。さて、次はどうする?」
タイラーは二つに分かれた道を見て、どちらに進むのが正解かを考えていた。右の道は傾斜が急で、恐らくこの小高い丘の頂上までつながっている。左の道はなだらかな上り坂だが、見通しが良過ぎるために待ち伏せを食らったらひとたまりもない。
「タイラー少尉、自分は歩兵部隊を率いて右を選びます」
ロイスがそう言うと、タイラーは「じゃあ俺は左だな」と決め、善は急げとばかりに走り出した。
「よし、行こうか」
彼はアルファ分隊の生き残りに、タイラーがチャーリー分隊から兵員を補填してくれた部隊を率いて、やや傾斜の急な、左に湾曲した坂を上り始めた。走り出して数分後、異変に駆け付けたツンドラ軍の火炎放射兵と二人、鉢合わせとなった。コンマ数秒、敵の方が動きが早く、フロンティア兵の一人がデフロスター火炎放射器の餌食となった。ツンドラの厚い氷をも溶かす、とさえ言われる灼熱に全身を焼かれてのたうち回り、声にもならない声で水、とだけ叫び、崖下の川へと転落した。
「くそっ、反撃だ!」
ロイス達歩兵部隊が一斉にH-16の引き金を引き、鉛弾の嵐でツンドラ兵を蜂の巣へと変えた。
「他にも火炎放射兵がいる可能性がある。決して気を抜くな!」
ロイスは部隊に気合いを入れ直すと、率先して先を急いだ。恐らく、先ほどの銃撃戦は敵の耳に入ったかもしれない。十分過ぎるほど注意を払い、足音を殺して進む。小高い丘の少し開けた場所に、ツンドラ軍が陣地を構えているのが目に入った。褐色のテントに焚火、そして複数の兵士。さらに、そこには不自然な陣地の広さを納得させる物が置いてあった。有刺鉄線の柵に囲まれた、フロンティア軍の軽戦車である。運転手、砲撃手、装填手、機銃手が両手を上げて立たされており、彼らを救出すればどれだけ楽だろうかと思い、ロイスは物陰から少し身を乗り出し、火薬庫を狙い撃った。近くにいた歩兵が吹き飛ばされ、岩場に叩き付けられる。有刺鉄線はいとも簡単に、まるで紙くずのように引き千切られた。たちまちツンドラ兵は混乱の渦中に突き落とされ、右往左往している間にロイス達の猛攻撃を受けた。慌てて火炎放射兵が駆け付けるも、彼の右横からは覆い被さる黒い影、発進した軽戦車がその重量を生かして敵を押し潰したのであった。
『助かった。私は車長のナッシュ・キートン少尉。後で例をさせてもらいたい』
ロイスのインカムに、軽戦車から通信が入った。
「はっ。ではまず、この作戦を生き延びなければ」
『そうだな』
キートン少尉はそう言うと、ライフル片手に空しい抵抗を続けるツンドラ兵を片っ端から撃ち抜いた。
「少尉、こちらの敵はMGネストだけでしたね」
マイヤー軍曹がタイラーに明るい顔で話しかけた。だが、当の本人は心ここにあらずといった表情で、心配そうに分岐していた道に目をやった。こちらの道が楽だったから、もう片方は難所であるはずだからだ。
「ロイス准尉は……大丈夫だと信じましょう。あの人、運は強いみたいですし」
タイラーはマイヤーと目を合わせると、そうだな、とだけ返し、坂の先を見た。すると、聞き慣れた重低音が坂の向こうから聞こえてくる。ウェスタンフロンティア軍の兵士には聞き慣れた、おなじみの音だった。
『西側に軽戦車が捕まっているらしいのだが…もう解放されたみたいだな』
オースティン大佐からの通信が届く頃には、ロイス達歩兵部隊の後ろからついて来る、軽戦車の頼もしい深緑色のボディが目に入った。雨と埃にさらされたせいか、薄茶色のマーブル模様が装甲プレートに見え隠れする。
「タイラー少尉、そちらの被害は?」
「全員無傷だ。そっちは……」
「一人が火炎放射兵にやられました」
そうか、とだけ返したタイラーは、インカムにまた通信が入っているのに気が付いた。
『こちらサンダース軍曹、応答願います』
火炎放射部隊の救出に向かわせた、もう一輛の軽戦車からの通信だった。
「どうした?」
『こちら、砦の入口付近にまで攻め上がりましたが、内部に重戦車がいるもよう。死者が出る前に後退しました』
「……そちらを確認した。今から合流する。そこで待機だ」
通信を終えたタイラーは、制圧を済ませた西側の丘を後にし、サンダースやロビンズらの待つ砦の入口付近を目指し、橋を渡り始めた。谷間を流れる幅の広い川が眼下に流れ、そこだけ穏やかな時を刻んでいた。
「さて……ロビンズ少尉、貴官ならどう攻める?」
「そうだねぇ…このまま正面から攻めても、道なりに裏手へ回っても、守りを固めていそうだし……」
ロビンズはタイラーの問い掛けに対し、困ったように腕を組んでは首を傾げた。
「タイラー少尉、自分は途中、岩の切れ目から砦の内部が覗ける場所を見つけたのですが」
ロイスが手を上げた。確かに、橋を渡ってすぐにその切通しは見えたが、その幅は戦車が通り抜けるには若干狭そうにも見える。仮に通過しても砲塔が回せず、満足に主砲の撃てない可能性があった。
「それなら……軽戦車をそれぞれ正面と裏手から攻めさせる。キートン少尉の方は正面からロビンズ隊と一緒に、もう片方は俺の部隊と一緒に裏手を攻める。ロイスは歩兵部隊とパウエルの軽偵察車でその隙間から奇襲だ」
部隊を三手に分けての同時攻撃。敵からすればどれかひとつ、もしくはふたつに兵力を集め、残りを疎かにしたら最後である。しかも、ロイス達の攻める口は、ツンドラ軍も警戒していない場所だった。軽戦車のエンジン音に紛れて部隊が移動する。ツンドラ軍としては、強敵が分散してくれた事は幸運だったかもしれないが、それは逆に不幸でもあった。パウエルの乗る軽偵察車が切通しを半分ほど進み、ロイス達歩兵部隊を後ろに従えていたのだった。100mmシングルキャノンの砲声を皮切りに、フロンティア軍の攻撃が始まる。その時ツンドラ兵は、まさかただの隙間程度にしか思っていなかった切通しから敵が来るとは、夢にも思っていなかった。