ロイス達が軽偵察車を先頭に奇襲、混乱の風が陣地内を吹き荒れる事となった。
キートンの適格な指示により、まるで戦局を目で見ているかのように軽戦車が走り回る。放たれた100mm砲弾はT-23の砲塔に突き刺さり炸裂、乗組員をことごとくあの世へ送り込んだ。サンダースが車長として乗り込む軽戦車は、不運にもツンドラ軍の重戦車、ユージンTEA-590と会い見えた。主砲の口径は段違いで、遠目に見ても125mmは下らなかった。戦車砲の口径が一回り違うと、それは砲弾の重量にかなりの差をもたらす。そして、その差は超音速に達してさらなる破壊力の差を生み出すのだった。こちらが敵を捉えるのが早く、ハーマンMk.5の一撃がツンドラ戦車を射抜いたように見えた。しかし、砲弾はわずかに中心を逸れ、衝撃を受け流す曲線構造の装甲に弾かれる。とはいえ、さすがに戦車砲を受けたのは大きく、重戦車は反撃が遅れた。そのわずかな隙が、彼らの運命を決めたのは言うまでもない。タイラー率いるバズーカ部隊が次々とH-1ロケットランチャーで撃ち掛け、キャタピラや側面の機銃席、後部燃料タンクと貫いた。仕上げは軽戦車の100mm砲、砲身の付け根を突いた一撃がTEA-590の息の根を止めた。
自身の五体が散り散りになる中、車長は何故、援護がなかったのかを悟った。マシンガンを添え付けられたフロンティア軍の軽偵察車が切通しから強襲、この大混乱を招いていたからだったのだ。してやられた、やはりあの隙間は埋めておくべきだった―そんな事を考えながら、彼の魂はまるで煙のごとくかき消えた。
「よし、このツンドラ軍旗を引きずり下ろせ、我らがフロンティア軍の旗を掲げるんだ!」
ロイスの猛々しい声が歩兵部隊を突き動かし、基地の所有を意味する軍旗を差し替えにかかった。赤い正五角形の枠に固く握られた右の拳が描かれた、力強く粘り強くを謳ったツンドラ軍の旗がずるずると下ろされる。それに取って代わったのは深い緑の地に三本の太い尾を引いた白い五芒星の描かれた、不朽の自由と世界の保安官を謳ったウェスタンフロンティア軍の旗。それが高く掲げられた頃、残存していたツンドラ兵は皆、降伏の意を示した。
「やったなエディー!」
タイラーが声を張り上げ、ロイスの背中をばんばんと叩く。
「アル、痛いって! よしてくれよ、もう! いつもその扱いなんだから!」
彼は迷惑そうな顔だったが、この幼馴染みの上官はそんな事はお構いなしと言わんばかりの顔であった。
「ところで……」
白い泡だけがこびりついた、空のジョッキをテーブルに置いたロビンズが口を開いた。耐熱マスクを外した、年相応の精悍な顔立ちが酒気によってうっすらと赤みを帯びている。
「砦の中にあった情報は、ちゃんと活用されるんだよな?」
その瞬間、ロイスとタイラーは言葉を失った。ポテムキン砦に保管されていた資料によると、ここから東に40kmほど離れたポイントに、ツンドラ軍の『アイアンエイト』――八輛の重戦車を中心に軽戦車、戦闘ヘリで編成された一個大隊――が陣地を構えていると言う。ロイス達歩兵部隊が見つけたその情報は、ただちにオースティン大佐からハーマン将軍に渡った。すぐにでも重戦車の大部隊を送り込んだに違いない。だが、ロビンズは妙な不安が拭えないでいた。いくらフロンティア軍の重戦車とツンドラ軍のそれでも、数の差が開けば性能の優劣などあっという間にひっくり返る。もし、ハーマン将軍が派遣した部隊を散り散りにして、そこをツンドラ軍の大部隊に各個撃破されれば――まさかの逆転が巻き起こる可能性もゼロではなかった。
「何しけた顔してるんですか少尉、飲みましょうよ」
そう言って彼の思考を断ち切ったのは、軽偵察車のドライバー、パウエルだった。他の車両部隊の将兵も、一人につき二本以上、ビールの瓶を持っている。まぁいいか、と自分に言い聞かせたロビンズは、ロイスとタイラーを連れて、歩兵部隊も巻き込んでの大規模な酒盛りに身を投じた。嫌な事は飲んで忘れる、職業柄か酒飲みの多いのがこの手の人間である。
「ロイス准尉」
酒にはあまり強くないため、250mlグラスに注いだ薄味のビールを、なんとかして空けようとしていたロイスの背中に、作戦中にも聞いた声がぶつかった。振り向くと、男らしい顔立ちが目に付く戦車兵がいる。
「私だ、ナッシュ・キートンだ」
自他共に認める酒豪であったキートンは、ロイスの手の内にあるグラスの数倍の大きさのジョッキを持って、明るい顔でこちらを向かって歩いて来た。そして、下士官のグラスを見て尋ねた。
「なんだ、君は弱いのか」
「あ、はい。医者からも肝臓が弱いと言われましたし…」
うつむき気味に返したロイスの表情を見て、キートンはそれを笑い飛ばした。嘲りやからかいの意味ではない。
「自分の許容量をちゃんとわきまえている、良いではないか。ソーラーエンパイア国では、飲む側の耐性を考えずに一気飲みさせるなどという悪習が、未だに残っているらしいからな」
「聞いた事あります。毎年、それが原因で死人まで出すとか…」
ロイスは相槌を打った。その間にもキートンはジョッキをあおり、その度に白い泡立ちが水位を下げる。自分も強くした方が良いのか、彼は一人考えていた。グラスの酒がなくなるまで、もう少し時間がかかりそうだった。
翌朝、彼らは一人残らず、フロンティア軍の現状を聞かされ、昨夜の酒などいとも簡単に吹き飛ばされる思いを味わった。信じられない、馬鹿な、嘘だ―陣中はその声で埋め尽くされた。
「ハーマン将軍の重戦車部隊が……壊滅的打撃を受けて敗走……」
まるで悪夢を見たかのような、沈痛な面持ちのオースティン大佐が戦況を告げる。
「駆り出した部隊には重戦車だけではなく、戦闘ヘリもいたはずです。何故、将軍の部隊は?」
タイラーが挙手して質問した。大佐も仕方ないと言った表情で返す。
「ツンドラ軍の兵力は重戦車三輛、軽戦車四輛、歩兵やミサイル兵が多少という構成だった」
フロンティア軍はポテムキン砦で入手した情報を元に、ハーマン将軍が大部隊を派遣して『アイアンエイト』が揃う前に叩き潰そうと考えたのである。確かに、ツンドラ軍の虎の子は三輛しか揃っていなかったが、部隊を散開させたのが重大なミスだった。軽戦車部隊も合流し、頼みの戦闘ヘリもミサイル兵によって叩き落とされ、各個撃破されていった。生存者が火炎放射兵二名という辺りが、惨敗ぶりを物語っている。
「嫌な予感が当たった……か」
慌ただしく移動を開始したフロンティア軍輸送車の中で、ロビンズはふと洩らした。彼の乗る装甲車には、各部隊の隊長格が乗っており、ロイスとタイラーも同席していた。
「昨晩の酒席で見せた顔は、それを予感していたんですね」
ロイスは溜め息ばかりのロビンズに目をやり、言った。
「ラリーの勘はよく当たるからな」
「……恐らく、今度はツンドラ軍が同じ手を使うだろう。侵入者であるフロンティア軍をしらみ潰しに捜して回るなら、そうする。戦闘ヘリも用いてな。条件が同じなら、数の違いがモノを言うだけだ」
なるほど、とタイラーは小さくうなずき、自分のバズーカを点検し始めた。このペースで進軍すれば、強敵『アイアンエイト』のポイントに到着するのが宵過ぎ、作戦の開始が真夜中になると予想される。
「今回のために、ハーマン将軍はデルタ分隊からミサイル兵を借りた、と大佐が言ってたな」
タイラーがその分隊の名を口にした時、ロイスは思わず縮み上がった。デルタ分隊のミサイル兵といえば、あのテリー・バートン中尉のいる隊である。前の任務でパウエルと共に軽偵察車をおじゃんにした事を何か言ってくるかもしれない。彼はその中尉が苦手であった。そんな事はお構いなしに、輸送車の車列は東へと伸びる。傷んだ軍用道路を、大小様々な車両がその緑の影を連ねて、南天を目指して昇る太陽に向かって進んで行った。ツンドラの大地を縦横に伸びる道は質が悪く、どの車両に乗っても、ガタガタと上下に揺れる事で尻が痛む。入り込む風はどこか冷ややかで、まさに自分達が冷遇されていると感じさせた。
太陽が西の空に傾き始めた頃、フロンティア軍は少し開けた平原で昼休みを取った。装甲車のドライバーは長時間の運転で疲れた目をもみほぐし、歩兵部隊や戦車兵も車を降りて腰を伸ばす。
「今はどの辺りだ?だいぶ進んだと思うんだが……」
タイラーは大きく伸びをしてから、ロビンズに話しかけた。
「そうだな、だいたい八割ってところか」
「そろそろですね」
腰を回して体をほぐしていたロイスが口を挟んだ。
「なんだ、早く戦いたいのか?」
珍しいものを見るような目でタイラーが返す。
「いえ、そう言う意味ではありませんが……多くの仲間がやられたんです。仇を討ちたいとは思うでしょう」
珍しく怒りを露にした彼の言葉に、鋭い横槍を入れたのはパウエルだった。
「ロイス准尉、感情的になりすぎるのは良くないですよ。仲間をやられたのはみんな同じです」
彼の言う事はもっともだった。怒りに照準を乱される事はあってはならない。部隊を率いる人間は、自分だけではなく部下の命も握っているからなおさらだ。
「そうだぞエディー、ビルの言う通りだ。頭を冷やせ」
「作戦中でないとはいえ、こんな時に部下をニックネームで呼ぶとはな」
ロイス達のいる周辺に、今までなかったはずの、威圧的な声が割って入って来た。
「相変わらず、貴様には緊張感がないな。タイラー少尉」
「そういうテル少尉こそ、居眠りはどうかと思いますよ」
デルタ分隊のミサイル兵、テリー・バートン少尉であった。
「タイラー少尉、知り合いだったのですか?」
ロイスはパウエルの影に隠れて、恐る恐る尋ねた。まるで子供のような仕草に、この同年代の上官に対して余計に愛着が涌く。元々パウエルの方が背が高いので、ますます両者の立場が逆転していた。
「おぉ、小学校時代の同級生だ。この頃からこいつ、授業中の居眠りが多くてな。その割には他人に厳しいもんだから、結構な嫌われ者だったぜ。なぁ? テル」
「ロイス准尉、貴様はタイラー少尉の同郷と聞いていたが、まさか俺を知らなかったとは……」
「いや、知ってましたよ。僕は昔から、中尉が苦手でした。すぐ怒るし…」
彼は浮ついた声で、兵長に隠れながら言葉を返す。
「なるほど、それで他人のふりをしてたのか。まあ……俺の同級生にもそういう奴、いたからなあ……」
ロビンズが腕を組み、天を仰ぐかのような仕草をする。
「それはそうと、今度の作戦は今までとはまるで違う。この部隊と現地で待機している部隊、その両者が合流して行われるんだ。息を合わせない事に、勝利はないと思え」
「はっ!」
一同は揃ってバートンに敬礼し、小休止が終わった事に気付くと、自分の装甲車に向かって駆けて行った。このチームワークがあれば、バートンは気心の知れた昔馴染みと共に作戦が実行出来る事を決して顔には出さず、心の奥底で喜んでいた。いつの間にか車列に合流していたデルタ分隊の輸送車と共に、『アイアンエイト』が潜む丘陵地帯へと進む。新たな作戦、それも、戦況を左右する一大決戦の開始は、刻一刻と迫っていた。