深い群青に染まった空に、戦闘ヘリのサーチライトが明滅する。こちらの大部隊はまだ、ツンドラ軍には気取られていないようであった。歩兵を率いるロイス、バズーカ兵を引き連れるタイラー、火炎放射兵を従えるロビンズ、そしてミサイル兵を後ろに付けたバートンが夜の闇に紛れて動き出した。後ろからはキートンの乗り込む車両を先頭にした、軽戦車と軽偵察車の車両部隊が追従する。
今回の作戦は、ハーマン将軍の重戦車部隊を打ち負かし、その後になって集結したツンドラ軍最強の機甲部隊『アイアンエイト』の撃破である。先の戦いでフロンティア軍は自慢の重戦車をかなりの数失い、他の戦線に回す分もあるため、ロイス達にはたったの一輛も回されなかった。しかも、ツンドラ軍には戦闘ヘリまでいる。
「上層部は何考えてんだ……」
タイラーがぼやく。ポテムキン砦で重戦車を相手にした事のある彼にとって、こちらにも重戦車が必要だと思っていたからだ。いくら二連装砲が売りのフロンティア軍重戦車、M1A5ハーマネーターでも、主砲の口径は120mm、対するツンドラ軍重戦車TEA-590の主砲は125mmは下らなかった。重戦車同士の撃ち合いでもこちらが若干有利に過ぎないのに、軽戦車でどうしろと、誰もが口々に洩らし始めたが、それを言ったところでどうにかなるかと言われれば、全くどうにもならない。次々と吹き出す愚痴を抑えている間に、視界に入っていたツンドラ軍の重戦車の背中が丘の向こうに消えてしまった。
「あ~あ……追いかければ倒せたのに……」
ロビンズが勿体なさそうな声を上げる。確かに、『アイアンエイト』のうちの一輛を撃破するチャンスではあったが、直後に彼らの視界に戦闘ヘリが入った。
「なるほど、あれは外角に切れるボール球か」
タイラーはそうつぶやき、急勾配に沿って二つに分かれた道を眺めた。
「ノバ元帥! 敵襲、フロンティア軍です!」
ツンドラ軍の司令部にて、駆け込んで来た兵の言葉を受けてノバは椅子を蹴って立ち上がった。
「性懲りもなく来たか。敵の司令官は?」
「ハーマン将軍です、今度は歩兵部隊と軽戦車を主力にしている模様!」
それを聞いて、彼は含むような笑いを堪える事が出来なかった。
「誰を出すかと思えば……またハーマン将軍か。で、状況は?」
ノバの自信に満ち溢れたその態度は、次の瞬間には打ち砕かれる事となった。
「こちらの損害は……重戦車二輛、歩兵二名、バズーカ兵三名、戦闘ヘリが一機です。敵は歩兵と火炎放射兵が一人」
明らかにこちらの方が大きい。すでに『アイアンエイト』の精鋭が二輛、乗組員八名を道連れに撃破された、勝ち戦を予感していただけに、ノバが受けた衝撃は計り知れなかった。
「本当に……本当にハーマン将軍の指揮なのか!?」
彼は現実に起きた事を信じられないと言った表情で机を叩き、兵に怒鳴った。
「それが……今回の部隊は、ポテムキン砦を陥落させた連中で……」
「……分かった、全部隊にこう伝えよ。決して油断するな、全力をもって叩き潰せ!」
「はっ!」
元帥からの伝令を受けた兵は、部屋を出たところで突然、黒い影に覆い被せられた。目の前にはツンドラ軍の赤い軍服、特殊歩兵仕様の毛皮付きコートにフード、見下ろす黒い瞳は威圧感に満ち溢れている。
「ル……ルシコフ大尉!」
セルゲイ・ルシコフ、『アイアンエイト』を支援する部隊のミサイル兵だった。
「全力でフロンティアのカウボーイどもを仕留めろとの事だな。俺のミサイルで奴等の戦車など……」
「まさか、出撃を許可してもらうために……?」
伝令の兵は恐る恐る尋ねた。ツンドラの鉄人と称されるルシコフの徒手格闘の技量は、丸腰であるにも関わらず、H-16を構えたフロンティア兵六人を絞め殺したほどである。そしてその肉体には、幾多もの弾痕が刻まれている。
「そうだ。奴等にヘリや爆撃機がいようがいまいが、それは問題ではない」
ルシコフはそう言うと、兵を押し退けて司令室へと入って行った。
「よし、三輛目を撃破した! そっちはどうだ?」
『火炎放射兵数名が陣取る高台を制圧、救助パックや修理機材が多数ありました』
重戦車の弱点や破壊の狙い所など、コツを掴んだらしいタイラーが、ロイスと通信する。彼も小高い丘を制し、恐らくツンドラ兵が使うであろうと思われた救助パックを入手した。
「准尉、あれは……」
歩兵の一人がロイスを呼んだ。木々の枝葉の切れ目から、道路を走るツンドラ軍重戦車や、それを援護するかのように真上をかなりの低空で飛ぶ戦闘ヘリが目に付いた。
「これは……このポイントは思ったよりも重要だったみたいだな」
そう言うと、再びタイラー達と通信を始めた。
「タイラー少尉、バートン中尉、そちらにツンドラの重戦車と戦闘ヘリが向かっています。数はそれぞれ一―」
『了解』
針葉樹が剣山のごとく連なる林を抜け、タイラーは遠くに見える橋の周辺に、先ほどロイスが言っていたらしい、重戦車と戦闘ヘリの姿を目撃した。まだこちらの存在には気付いていない。
「なるほど、あれか」
ずいと前に繰り出したバートンは、おもむろにミサイルを構えると、照準器の十字線にミリセントハウンド戦闘ヘリの赤い機体を捉え、引き金を絞った。瞬間的に彼の周囲が昼間のような光に包まれ、甲高い噴射音に乗って、シルバーフィッシュ対空ミサイルがロックオンという餌を目掛けて突進する。チャフを吐き出す間もなく、戦闘ヘリは横腹に銀の一撃を突き立てられた。地響きさえ誘う轟音が、火の玉と化したヘリの膨張に合わせて広がる。
「よし、ヘリは落ちた。次は俺達の番だな!」
タイラーは部下を引き連れ、道路脇に放置された車両の残骸――恐らく、先行して壊滅したフロンティア軍重戦車のもの―に隠れ、慌ててこちらに向かって来る重戦車に狙いを定めた。
「バズーカ部隊、攻撃!」
彼の雄叫びと共に、重戦車から見て左右の斜め前から数発ずつ、対戦車弾がうなりを上げた。弾数は四、最初の二発は左右のスカート上に備え付けられた機銃座を乗員もろとも吹き飛ばし、残りの二発は砲塔の装甲に弾かれる。さすがに対戦車弾程度で、ツンドラ軍重戦車の装甲が簡単に破れるはずがなかったが、軽戦車の100mm砲を立て続けに受けては、曲面構造の装甲も凹み、砲身の根元に一撃を撃ち込まれ、装填済みの砲弾を起爆させた。砲塔が飛び出すようにして車体から外れ、焼け焦げた鉄屑と化して地面に転がる。
「ここから先は……奴等の陣地だな。ロイスを待とう」
バートンは部隊を止め、赤煉瓦の橋に目を向けた。夜の闇に人口の光を受け、白く積もった雪が輝いて見える。赤と白のコントラストが映えるこの橋も、直後には血生臭い戦場の一端を担う事になると思うと、彼は息苦しい気分になった。ほどなくして、ロイス率いる歩兵部隊が到着する。
「パウエル兵長、軽偵察車で橋の向こうを探ってくれ」
「はっ」
パウエルは軽偵察車を走らせ、橋に差し掛かった。機銃手が、新たに備え付けられた前方攻撃用のマシンガンに手を添える。それほど広くない川幅に掛かる橋の向こう、山道に差し掛かる辺りの林に、数人のうごめく影が見えた。
「歩兵が二人……バズーカ兵も二人……合わせて四人ですね」
機銃手が橋の向こうのツンドラ兵を数える。出来れば、この橋を迅速に制し、山道の奥にどっしりと構えているツンドラ軍の陣地を攻撃する足掛かりにしておきたい。兵長は前方を睨むように眺めた。
「どうします? 兵長……我々だけでも、攻撃しますか?」
機銃手が声を掛ける。確かに歩兵やバズーカ兵が相手なら、軽偵察車の機動力と火力で勝てないこともない。だが、パウエルはそれを退けた。
「俺達の役目は偵察、部隊の目になる事だ。どんな武器も、使うべき敵が見えなければただの鉄屑だ」
そう諭すと、山道を下りて来た重戦車の姿が目に入り、やはり突っ込まなくて正解だったと、軽偵察車は隊の待つ所へと戻って行った。そして、ツンドラ軍は偵察されている事に気付かなかった。
パウエルの持ち帰った情報を元に、フロンティア軍は橋を渡って歩兵部隊を全滅させた。だが、その時の戦闘で、軽戦車の一輛がバズーカ兵の攻撃を受け、左の履帯を撃ち抜かれてしまった。
「乗員はただちに離脱! 急げ!」
車長のキートンがハッチから飛び出す。機銃手もすぐに飛び降りたが、負傷した運転手を抱えて出ようとした装填手が、直後に訪れた衝撃と高熱に、車体もろともその身を粉砕された。ツンドラ軍重戦車による必殺の一撃、125mm砲を直撃させられたのである。キートンと機銃手は爆風で吹き飛ばされたものの、命に別状はなかった。
「よくもやったな……お返しだ!」
林を織り成す針葉樹の上の方まで上っていたタイラーが、重戦車の上部装甲目掛けて対戦車弾を発車した。自慢の曲面構造も、真上に等しい角度から弾を撃ち込まれればその限りではない。上部装甲を凹まされた重戦車は、さらに林の中に潜伏していた対戦車部隊の集中砲火を受け、火を吹きながら瓦解した。黒煙の向こうに、ツンドラ軍の陣地へと続く山道が口を開けている。
夜の闇がよりいっそう深くなり、星々の輝きが上弦の月と共に、戦場を照らす光となった。向かって左側の山肌は雪化粧で白く染まり、それを背にツンドラ軍は陣地を構築していた。地の利を活かしているという意味では、フロンティア軍が力押しで勝てなかった理由がよく分かった。
「前方より戦闘ヘリ、来ます!」
Mx-500軽偵察車のパウエルが何かを察知した。ツンドラ戦闘ヘリの赤い機体が山道の向こうから、偵察目的で飛来する。赤外線カメラを搭載しておらず、遠距離まで届くライトで直接探索していたのが裏目に出た。バートンがミサイルの照準を、その光源に合わせて引き金を絞る。射出されたシルバーフィッシュは戦闘ヘリのキャノピーを撃ち抜き、誰の目にも分かる火の球を闇夜に浮かび上がらせた。
「フロンティア軍の攻撃だ!」
巻き舌の悲鳴が聞こえ、ツンドラ兵が次々と現れる。歩兵、バズーカ兵、火炎放射兵。そしてその後ろからは、『アイアンエイト』の重戦車二輛が同時に迫って来ていた。一輛でも苦労する相手が二輛もやって来る、それだけでロイス達は疲れが倍加したような錯覚に襲われた。
「バズーカ兵は俺達が潰す! 残りは頼んだ!」
ロビンズが部下を率いて突撃する。立ちはだかる者を片っ端から火炎放射器で焼き払い、軽戦車の道を切り開いた。自慢の戦車砲が歩兵部隊のど真ん中で炸裂し、直後に駆け付けた重戦車にはバズーカ兵部隊が一斉攻撃を加える。前の車両の履帯が弾け飛び、擱坐する。全速力で飛ばしていた後続の戦車は前の同士の急ブレーキに間に合わず、派手な金属音を撒き散らしながら追突した。二輛とも身動きが取れなくなり、願ってもないチャンスではあったが、ここに来てタイラーは、ある重大な問題に気付いた。
「くそっ……弾切れかよ!」
最も恐れていた事態、『アイアンエイト』を三輛も残して弾が切れるとは――そう考えた矢先、きりもみ回転しながら重戦車に突進する何かが彼の目に入った。バートンのミサイルである。対空ミサイルのシルバーフィッシュは地上目標に対しては、追尾機能が正常に働かなくなるため、このような奇妙な軌道を描く。そのため、相手としても予想外の位置に着弾する可能性があるため、存外の脅威となっていた。ミサイルは奇跡的に重戦車の砲塔基部に突き刺さり、装填された砲弾を巻き込む形で起爆した。砲身が付け根からへし折れ、残存する砲弾を次々と誘爆させる。そして、砲塔を吹き飛ばすほどの爆炎を天に向かって伸ばした衝撃が、後続の戦車をも巻き込んだ。
「よし、なんとかなったな。あと一輛だ、行くぞ!」
バートンは部隊を連れて、山道を下りて行った。その後、最後の重戦車も見事に撃破し、フロンティア軍は勝利を収めた。
「なんと、『アイアンエイト』を軽戦車と歩兵だけで……なんという戦いぶりだ……!」
その光景を遠くに確認したルシコフは、フロンティア軍とは敵としてではなく、味方として戦いたいと思うようになっていた。その彼の希望は後日、現実のものとなる。