『アイアンエイト』の敗北は戦況に大きな変化をもたらした。フロンティア軍は重戦車を失いこそしたものの、持ち前の生産力で持ち直したが、対するツンドラ軍は数の不利を感じずにはいられなかった。戦争は明らかにフロンティア軍の優勢である。そんな中、将兵の間に奇妙な噂が立つようになっていた。
「ツンドラがエキシルバニアと?」
エキシルバニア帝国、東の大陸の大半を統治する大国ではあるが、過去に起きた災厄から立ち直れず、国土は硫黄系ガスが吹き出す死の大地と化している。そのため、他国の領土へ侵攻する事でしか緑の地を手に入れる事が出来ないのである。戦況の傾いたツンドラ軍が、他国侵攻の足掛かりを作りたいエキシルバニア軍と手を組むのは、何ら不自然とは見えなかった。
「それに、テルから聞いたんだが、少し前にゴルギ大帝が私兵を率いて、エキシルバニアの城に向かったらしい」
タイラーは自分のバズーカ部隊やロイスの歩兵部隊を集め、面白半分に言っていた。確かに対空ミサイル班のバートンであれば、ツンドラ軍の動きをレーダーで探る事ぐらいはわけなかった。
「おい、坊主ども」
噂話に興じていた面々にドスの利いた声が浴びせられる。まさか、ハーマン将軍か、振り向いたタイラーの前に立っていたのは、H-70大口径マシンガンを抱えた大柄の男であった。左の頬を上下に走る古傷が目を引く。
「今回の部隊を率いる事になった、ウィリアム・カーター大尉だ」
カーターの後ろには、すでに四人のMG兵が待機しており、いつでも出撃出来るようにしていた。彼らの扱う大口径マシンガンは、歩兵部隊相手に絶大な威力を発揮し、軽装甲車両を蜂の巣に変える。人数を揃えて弾幕を張れば、ヘリくらいなら撃墜が可能な代物であった。
「今回のミッションは時間が命だとの事だ。ツンドラ軍を叩き潰すため、我が軍は第51爆撃部隊の出動を決めた。動きを察知されて地上から墜とされてはいかん」
「で、この先のレーダー基地を叩くと」
タイラーが返した。カーターは無言でうなずき、行くぞと手で合図を送った。
もはや見飽きたと言ってもいい針葉樹を切り開いた道路を進む。偵察に来ていたらしい火炎放射兵を二人、バートンの右目、対空ミサイル用のスコープが捉えた。
「どれ、俺の相棒をお見せするかな」
カーターはマシンガンを構え、向かって来る火炎放射兵の一人に狙いを定めた。ダン、とロイスの小銃よりも遥かに重く、破壊力に満ちた音が空気を震わせた。弾はツンドラ兵の頭のかなり右を通過し、その向こうの木に突き刺さった。次の弾は初弾より少し間が開いて撃ち出されたが、やがてその連射速度は格段に早くなっていた。空を切り裂き、衝撃が音速を超えて突き抜ける。怒濤のごとく押し寄せた大口径弾が、火炎放射兵二人の体を瞬時にして引き裂いた。蜂の巣と化した人間の死体が路傍に転がる。
「よし、なかなか好調だな」
カーターはマシンガンを撫でながら言うと、再び大股に走り出した。
フロンティア軍を待ち受けていたのは、ツンドラ国特有の大河であった。川幅はとてつもなく広く、歩兵部隊の攻撃が届く距離では決してない。戦車砲なら届くかもしれないが、そんな事を悠長に試している時間はなかった。
「あの川の向こうに基地があるんだが、今突っ込んだら、対岸のMGタワーに見つかってミンチにされちまう」
「大尉、上の方々は何か用意してあるのでは?」
ロイスが尋ねた。
「まあな、あの巨乳ちゃん、自走砲を三輛も使わせてくれると言ってたな」
カーターの返事は気楽なもので、ここが戦場であるという気さえ失われる。この人で大丈夫か、不安に思ったフロンティア兵をよそに、重苦しいキャタピラ音がけたたましいエンジン音を伴って現れた。
「ベティー准将より、カーター大尉に合流するよう言われました。自走砲部隊の隊長、ビクター・シモンズ少尉です」
「おぉ、早いな。早速、一仕事頼むぞ」
そう言うとカーターは、川の向こう岸にそびえる、二本のMGタワーを指差した。
「あれ、頼むわ」
「了解、自走砲部隊、攻撃!」
シモンズの合図に併せて、自走砲の砲身が揃って持ち上がる。機銃手が双眼鏡で敵部隊の動きを察知しながら、細かい指示を出す。フロンティア軍自慢のPk.772型自走砲が、銀の砲身の狙いを定めていた。
「仰角よし、風向きよし。自走砲、目標ヨシ! ファイア!」
砲身の先端から火柱が発し、轟音と共に大地が揺れた。自走砲ならではの長砲身88mmという口径から放たれた榴弾は、対岸のMGタワーの根元に突き刺さり、砂上の楼閣に等しきタワーを傾かせた。こちらを狙撃するために構えていた機銃手は地面に叩き付けられる間もなく、機銃に頭をめり込ませて永久に沈黙した。
「よし、これで大丈夫だな」
小さくガッツポーズをとったカーターは一仕事を終えた自走砲に振り向いた、その時だった。一輛の自走砲が爆発炎上、近くにいた兵を数名吹き飛ばし、見るも無惨な姿と化した。
「野郎ッ!」
バートンが上空に戦闘ヘリの姿を確認し、ミサイルを発射した。シルバーフィッシュの追尾機能がガンシップの横腹を執拗に追いかける。しかし、とっさにチャフを撒かれてミサイルは獲物に噛み付く前に爆発した。
「しまった、ミサイル班!」
「下がってな!」
もう一人のミサイル兵に怒号を飛ばしたバートンを押し退けたカーターが、部下と並んで戦闘ヘリの行く先を読む。かなりの仰角を付けて引き金を引いたMG兵部隊は、曇りがかった空に大口径弾の弾幕を張った。ミリセントハウンド戦闘ヘリのキャノピーに幾つもの弾痕が走り、座席を血で染め上げる。パイロットを失ったヘリは川面に叩き落とされ、仕上げにバズーカの一撃を受けて炎上した。
「ざっとこんなもんよ。さて、行くぞ!」
カーターが川に架かる橋を指差した途端、その方角に自走砲の榴弾が赤い炎の尾を引いて、着弾地点で炸裂した。
「おい、スミス! 俺達の獲物を横取りする気か!」
足を止め、振り返ったカーターは、砲撃して間もない自走砲に向かって怒鳴った。しかし、自走砲はお構いなしに車体の向きを変え、もう一発を空に向けて放った。放物線を描いた榴弾はMGタワーのてっぺんに直撃し、機銃手をその火器もろとも粉砕した。ツンドラ軍の将兵に動揺が走る。
「こら、スミス!」
カーターがさらに声を張り上げる。すると、自走砲の外部座席に座り、次の目標を探していたらしい兵が、こちらに気付いた。頬の辺りのそばかすがあどけなさを残す、童顔の男だ。
「何言ってんですか。軽戦車にMGタワー、歩兵部隊じゃ被害が出るでしょう」
相手が上官であるにも関わらず、芯の通った口調で返したのは、ロバート・スミス軍曹であった。驚異的な視力を買われ、自走砲兵として今までかなりの場数をこなしている叩き上げだ。ただ、自分の思った事をはっきり言う性格からか、どの部隊も彼の扱いに困ったため、シモンズの部隊が引き取る事となった。
「まぁ、そうだが……戦果が……」
「死んだら戦果もクソもないでしょう。こっちはすでに自走砲を一輛やられてるんですし」
決して退かないスミスに押し切られ、カーターは渋々前に向き直った。そのやりとりは、どちらが上官か分からなくなるほど。ロイスは階級が下であるにも関わらず、スミスにある種の敬意さえ覚えていた。
「しかしだ、スミス軍曹。現在この部隊を指揮しているのはカーター大尉だ。慎んでもらいたい」
バートンが割って入った。確かに、上下関係が乱れれば指令系統にも乱れが生じる。そうなってしまえば、いくらフロンティア軍と言えども烏合の衆。ツンドラ軍に簡単に突破を許してしまう。
「それに、無闇に突っ走って被害を出したら、全部はカーター大尉の責任だ」
彼の言葉に、カーターは救われたような気がしていながら、うまい事落とされた気分になった。
「……まぁ、お前らの指揮は俺が取ってるんだ……同時に、責任もな」
大尉は疲れたような仕草でマシンガンを構え直すと、ゆっくりと歩き出した。
「……出過ぎた真似を、申し訳ありませんでした」
「いいのいいの。分かってくれれば。ほら、行くぞ!」
スミスはカーターに心底申し訳なく思っての言葉だったが、これは大尉の方が一枚上手だった。彼はスミスの癖をあらかじめ聞かされていたため、それを叩き直す意味で部隊に加えたのである。
橋に差し掛かったフロンティア軍を待ち受けていたのは、ツンドラ軍の歩兵、バズーカ兵、火炎放射兵の中隊だった。カーター達のマシンガンが激しい炸裂音を打ち鳴らし、空気を切り裂いて並み居る敵を吹き飛ばす。人間には効果の高い火炎放射器も、射程距離の不利を覆す事は難しく、増してや遮蔽物の少ない橋では尚更の事であった。
「よし、ロイス准尉。歩兵部隊であのレーダーを占領しろ。バートン達ミサイル班は歩兵部隊の護衛だ。残りはついて来い! ツンドラ軍に目に物言わせてやれ!」
カーターは一通りの指示を出すと、今度は西方面に向かって走り出した。このまま進めば、先ほどの砲撃で壊滅的打撃を受けた、二つ目のレーダーがある。
「軽戦車か。タイラー、破壊しろ!」
「了解」
電光石火の速さで接近したバズーカ兵部隊は、軽戦車にその存在を気付かれる前に、自慢の対戦車砲弾をお見舞いした。幾筋もの弾頭を直撃させられたT-23軽戦車は赤い光を撒き散らしながら瓦解、乗組員ごとスクラップへと変える。
「MG兵部隊、レーダーを占領だ。ロイス達が合流したら手伝わせる」
「了解、占領に移ります」
そう応じて四人のMG兵がレーダー基地の占領に向かったが、そのうちの一人が突然の一撃、焦熱を帯びた音速の弾丸を受けて倒れた。あらぬ方向を向いた首が、その衝撃の凄まじさを物語っている。
「MGネストか! シモンズ!」
カーターは舌打ちして怒鳴り、自走砲に攻撃を命じた。敵のMGネストはなだらかな丘の上にあり、そのかたわらには重戦車が待機している。二輛の自走砲は、その砲身を大きく持ち上げ、爆炎と共に天をも揺るがす榴弾を発射した。一発は重戦車のやや左に着弾し、もう一発はMGネストの真ん前で炸裂、熱を帯びた破片と撒き散らす爆風で、それを無力化した。機銃手は後方に大きく吹き飛ばされて仰向けに倒れたきり、動かなくなる。
「重戦車が来る、タイラー」
バズーカ兵部隊が丘の斜面を利用して伏せ、こちらに向かって来る重戦車を待ち受ける。彼らの視界に目標が入った時、必殺の砲弾が幾つも重戦車に突き刺さった。後方では戦闘ヘリがミサイル班によって撃墜された音が聞こえる。そして、二つ目のレーダー基地も占領が完了した。
カーター達が基地を占領し始める少し前の事、第51爆撃部隊は発進を前に、滑走路に集結していた。これから間もなくテイクオフ、ツンドラ軍を徹底的に爆撃するというのだ。これで、この戦争はフロンティア軍の輝かしい勝利に幕を閉じ、自分達は英雄として扱われる。この場の誰もがそう思っていた。だが、突如として重苦しいエンジン音が頭上に聞こえ、パイロット達は困惑した。
「おい、どこの馬鹿が抜け駆けしやがった!?」
三番機の機長が叫ぶ。その時、彼らに黒い影が覆い被さった。そしてそれは、彼らにとって最後に見た光景となった。飛び立つ前の第51爆撃飛行隊を、何者かが蹂躙する。滑走路ごと破壊し尽くされた爆撃機は、翼をもがれた無様な姿で、多くの乗員と共に横たわっていた。