ウタカタノ花~血戦編   作:薬來ままど

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黒死牟という鬼がまだ、継国巌勝という人間だったころ。彼には、継国縁壱という双子の弟がいた。

 

彼には恐ろしい程の身体能力と、常人には決してたどり着けない世界が見えていた。

 

そんな縁壱を、巌勝は心の底から憎悪していた。

 

二人は一度は離れたが、十数年後に再び出会い鬼狩りの道へと進んだ。

 

そんな中、遠くへ任務に出ていた縁壱が連れてきたのが、一人の若い女性だった。

 

その姿を初めて見たとき、巌勝は驚愕した。

 

身体はやせ細り、手当てはされていたものの所々に傷があった。だが、そんなものよりも皆が目を奪われたのは、彼女の海の底のような真っ青な髪の色だった。

 

縁壱やとある家の者を除き、皆はその髪の色を気味悪がり、得体のしれない者を連れてきた縁壱を咎めた。だが、お館様の許可はすでに貰い、彼女を手厚く迎えることは決定事項だった。

 

女性は驚くほど、何もなく、何も知らず、何も出来なかった。名前すらなく、辛うじて言葉は話せるもののの、まるで幼子のように拙い口調だった。

 

そんな彼女には"みお"という名前が与えられた。

 

みおはとても賢かった。一度教えたことはすぐに覚え、六月程経つ頃には鬼殺隊の裏方の仕事までできるようになった。

 

そして時折奏でられる美しい歌声は、戦いに疲れた皆の心と体を癒した。

 

それは、巌勝も例外ではなかった。

 

(やはりそこにいたのか。みお)

 

黒死牟は汐の姿を見て目を細めた。人間の記憶をほぼ完全に残しているため、かつで出会ったワダツミの子を思い出していたのだ。

 

汐は静かな視線を黒死牟に向けた後、静かに口を開いた。

 

その瞬間、悲鳴嶼と実弥は身体に異変を感じた。痛みが激減し、身体の奥底から力が沸き上がってくる。

 

だが、その感覚が異常すぎた。まるですべての命をかき集められているような、そんな感覚だった。

 

――ウタカタ 壱ノ旋律・転調

――活命歌

 

それは文字通り、命を活性化させる歌。だが、それはすなわち命を削る事にもなる危険な歌。汐を含め痣が発現している者にとっては、更に寿命を縮めることになる行為だった。

 

汐はともかく、悲鳴嶼と実弥は了承すらしていない。しかしそれでも、汐はためらいもなく歌った。柱の、鬼殺隊士の覚悟を心得ていたからだ。

 

悲鳴嶼と実弥は、すぐさま刀を握りなおすと、目の前の鬼を今一度見据えた。この歌の効き目が切れる前に、この鬼を必ず討つ!

 

だが、二人が動く前に、汐が凄まじい速さで黒死牟に躍りかかった。

 

黒死牟は一瞬だけ目を見開いたが、手にしていた巨大な刀を汐に向かって振り抜いた。

 

――月の呼吸 捌ノ型

――月龍輪尾

 

そのひと振りであたり一面は薙ぎ払われ、斬撃の周りの月輪が容赦なく汐を襲う。だが、汐はそれを読んでいたかのように軽々と交わすと、柱を蹴り黒死牟の上空へとその身を投げ出した。

 

その動きに、黒死牟の表情がはっきりと変わった。柱二人が何とか躱せた攻撃を、いとも簡単に躱されたことに衝撃を受けた。

 

(何だ、この動きは・・・!?)

 

黒死牟はありえないことに驚愕しながらも、汐を引き裂こうと刀を振り上げた。

 

――月の呼吸 玖ノ型

――降り月・連面

 

背中から振り上げられた刀から発せられた、巨大な斬撃の柱が汐に向かって放たれる。だが、汐は焦った様子もなく大きく息を吸った。

 

――ウタカタ 伍ノ旋律・転調

――爆塵歌!!!

 

汐の全身から衝撃波が放たれ、鎧のように月輪斬撃を弾き飛ばしていく。そして

 

――海の呼吸 陸ノ型

――狂瀾怒濤!!

 

衝撃波を纏ったまま、汐は刀を目にも留まらぬ速度で振り、全ての斬撃を弾き飛ばした。

 

(あり得ぬ、あり得ぬ!)

 

黒死牟は自分に食らいついてくるワダツミの子に、違和感を感じていた。

 

あまりにも強すぎる。柱二人が手傷を負い、やっとの事で回避できるような攻撃を、柱でもない小娘がこんなに容易く防ぐことができるはずがない。

 

この絡繰りには何かがある。そう確信した黒死牟は腕と足に力を込めた。

 

――月の呼吸 

――漆ノ型 厄鏡・月映え

 

枝分かれした刀から放たれた怖ろしい程間合いの広い攻撃が、おびただしい量の月輪を伴って汐に迫る。どこにも逃げ場などなく、吹き飛ばす暇すら微塵もない。

 

その時だった。

 

(何!?)

 

突然、汐の姿が溶けるように消え、それと同時に黒死牟の死角から何かが放たれ、彼の頭部を微かに抉った。更に間髪入れずに、凄まじい鎌鼬が足元を切り刻む。

 

(奴等か!)

 

黒死牟はすぐさま振り返ると、そこにいたのは悲鳴嶼と実弥、そして磔から解放されていた無一郎だった。

 

そして微かに聞こえる、不可思議な歌。

 

――ウタカタ 肆ノ旋律・転調

――幻影歌

 

黒死牟は全てを理解した。先ほどまでの汐は全てウタカタによる幻覚であり、注意をそらすための陽動だったこと。

その隙に、柱達が確実に間合いの内側に入れるように、誘導する事。

 

自分を囮にした、時間稼ぎだということに。

 

(侮りがたし、ワダツミの子!やはりあの時、止めを刺しておくべきだった!)

 

黒死牟は自分の中に残っていたものに、激しい怒りを覚えたのだった。

 

一方、汐が時間を稼いでいる間に、悲鳴嶼は奇妙な感覚を感じていた。

 

見えないはずの目に、鬼の姿がはっきりと映った。しかも普通の見え方ではなく、身体が透けるように映ったのだ。

 

その事に一瞬驚くも、無一郎の気配を感じた悲鳴嶼は叫んだ。

 

「不死川!!」

 

悲鳴嶼と同時に、実弥も強く床を蹴り黒死牟の方へ向かった。

黒死牟もその事に気づき、参人を同時に仕留めようと振り返った。

 

――ウタカタ 参ノ旋律・転調――

――繋縛歌!!

 

その瞬間汐の歌が響き、黒死牟を拘束する。その一瞬の硬直に、弐つの刃が迫る。

 

だが

 

――月の呼吸 拾肆ノ型

――兇変・天満繊月

 

折り重なる渦巻き状の斬撃が放たれ、三人を容赦なく穿つ。悲鳴嶼も実弥も、攻撃の隙間を搔い潜って頸を狙おうとするが、全く隙が無い。

 

その光景は、身を隠しながら援護する汐も歯がゆい思いで見てた。

 

(クソッタレ!幻影歌も一瞬で見破られるし、繋縛歌もほとんど効かない。上弦の壱。今までの奴らなんかとは比較にならない・・・!)

 

汐は音が出る程奥歯をかみしめ、何とかもう一度隙を作れないか考えた。

 

(でももう、どうしたらいいか分からない。どの歌も、あいつにはきっと効かない・・・。何か、何か方法は・・・・!!)

 

悲鳴嶼と実弥は勿論、無一郎は片腕を斬り落とされているうえに、隊服から絶え間なく血が流れだしていた。

 

もう残された時間は少ない。何とか、何とかあの鬼の動きを乱れさせることができたら・・・!!

 

その時、突然。汐の脳裏に旋律が浮かんだ。しかしその歌は、ウタカタの新しい歌ではなかった。

なぜ今この時、この歌なのか。汐には考える余裕などない。

 

汐は大きく深呼吸をすると、その口をそっと開いた。

 

今までの歌とは全く違う、優しく温かい旋律が流れだす。それは文字通り、何の力もない、ただの歌だった。

 

生死を分ける戦いの中に聞こえる、力が増すわけでも、鬼を弱らせるわけでもないただの歌に、悲鳴嶼たちは混乱した。

 

(なんだ、大海原は何をしている・・・!?)

(何を考えてやがる!あのガキ!?)

 

しかし、その疑問は次の瞬間否が応でも解消させることになった。

 

三人に向かっていたはずの斬撃が、大きく逸れてあらぬ方向に飛んだのだ。

 

(何だ!?奴の動きが大きく乱れた!)

 

何が起こったのか分からず、皆は思わず足を止めた。すると、

 

「う・・・歌を・・・やめろ・・・!!」

 

その視線の先では、黒死牟が苦しそうに耳を塞ぎ、歯を食いしばっていた。

 

(あいつ・・・、汐の歌に苦しんでいる・・・!?)

 

離れた場所にいた無一郎は、目の前の光景がにわかに信じられなかった。だが、それは一瞬の事。再び鬼の斬撃が三人に向かってきた。

 

(だけど、さっきよりも明らかに技の精度が落ちている・・・!理屈はわからないけれど、汐の歌を途絶えさせちゃ駄目だ!!)

 

「悲鳴嶼さん、不死川さん!!」

 

無一郎の声と同時に、悲鳴嶼は身に着けていた数珠を、黒死牟の刀を持つ手に投げつけた。

黒死牟が気を取られるとほぼ同時に、強烈な風の刃が再び向かう。

 

――風の呼吸 壱ノ型

――塵旋風・削ぎ

 

 

風は黒死牟の両足を削ぎ落とし、大きく体勢を崩す。そして死角から、悲鳴嶼の投げた鉄球が右肩を大きく抉り取った。

 

その間にも歌は黒死牟の耳と脳、そして記憶を揺らし蝕んだ。

 

(やめろ、やめろやめろ!!)

 

身体を再生させながら、苦しみに抗いながら、黒死牟は叫んだ。

 

「これ以上私をかき乱すな!みお!!!」

 

その名を叫んだ一瞬の隙を突いて、鳩尾に何かが突き刺さった。視線を動かせば、左足を斬り落とされながらも刀を突き刺している無一郎の姿があった。

 

その時の彼は気づかなかったが、無一郎にも悲鳴嶼と同じく、鬼の身体が透けて見える世界が見えていた。汐の歌で心を乱されながらも斬撃を放ち続ける攻撃を掻い潜り、ここまでたどり着くことができた。

 

(離すな、離すな!!バラバラにされても、汐の歌を途絶えさせるな!)

 

無一郎は歯を食いしばって、必死で刀に力を込めた。その背後からは悲鳴嶼と実弥が向かってくる気配がする。

 

いや、気配はもう一つあった。

 

皆から遠く離れた場所。柱の影から、黒死牟に銃口を向けていたのは玄弥。

 

戦いのさなかで落ちた黒死牟の一部を身体に取り込んだため、その姿は彼に酷似していた。

 

微かに震えながらも、玄弥はその視線を黒死牟にむけ、そして。

 

弾丸を放った。

 

音と同時に気づいた黒死牟は、息を乱しながらも飛んできた銃弾を刀で弾いた。しかし、それはまるで生き物のように軌道を変え、肩と腕に命中した。

 

視線を移せば、そこには自分と似た玄弥の姿を捕らえ、彼の構えている銃には自身の刀とよく似た目玉が蠢いていた。

 

それを認識した瞬間、黒死牟の身体から突如木の根が生え身体を拘束した。

 

(木・・・・!根を張って動けぬ・・・!それにこの忌々しい歌のせいで、思考がまとまらぬ・・・!!)

 

「があああああ!!!!」

 

黒死牟は雄たけびを上げ、その勢いで悲鳴嶼と実弥の動きが一瞬止まった。その一瞬の隙を、見逃さなかった。

 

黒死牟が身体に力を込めたその瞬間。一筋の青い閃光が目の前を走った。

黒死牟の目に映ったのは、腹立たしい程美しい、どこまでも深い青。

 

汐の群青色の刀が、彼の頸を穿っていた。

青いその目から、大粒の涙を流して。

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