ウタカタノ花~血戦編   作:薬來ままど

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三章:愛、憎悪、殺意


いつからだろうか。私が青を疎ましく思うようになったのは。

 

いつからだろうか。ワダツミの子を哀れに思うようになったのは。

 

いつからだろうか。彼女のことを思い出さなくなったのは。

 

いつからだろうか。

 

いつからだろうか。

 

 

 

 

*   *   *   *   *

 

 

汐の刃が黒死牟の頸に届いたとき、鬼の気配が膨れ上がった。

その不穏な気配を察知した無一郎は、残った足で汐を蹴り飛ばした。

 

それと、黒死牟が全身から刃を飛ばしたのは同時だった。

 

刃は汐の二の腕をかすめ、実弥と悲鳴嶼は寸前で避け、そして。

 

無一郎は胴体を、玄弥は中心から身体を真っ二つにされてしまった。

 

「無一郎ーーっ!!玄弥ーーっ!!」

 

汐の悲鳴に近い声は、二人の名を呼んだ瞬間に飲み込まれた。

 

黒死牟の全身から、刀と同じ刃がいくつも突き出ていた。

 

汐はすぐに体制を建て直し、今一度ウタカタを放ち全員を強化する。

実弥と悲鳴嶋も躍りかかるが、黒死牟はふたたびあの技を放つ気配を感じた。

 

(また技が来る・・・俺が何とかしなくちゃ。まだ無惨が残っているんだ。汐、悲鳴嶋さん、不死川さんを守らなければ・・・)

 

 

俺が、死ぬ、前に

 

 

無一郎は最後の力を振り絞って、全ての命を燃やし尽くすように、刀の柄を強く、強く握った。

 

その瞬間、黒死牟を貫いていた刀身が真っ赤に染まった。

 

(何だこれは・・・!!体が強張る・・・!!内蔵を灼かれるような激痛・・・!!)

 

痛みで一瞬怯んだ隙に、実弥、汐の刃が頸に当たる。しかし鋼のような頸は簡単には斬れない。

 

一方、真っ二つにされてしまった玄弥は、鬼化の影響で命と意識を繋ぎ止めていた。

 

兄と師範と友が命を燃やしながら刃を振るい、激しい戦いを繰り広げている姿を見ながらも、玄弥は冷静に場を分析していた。

 

(まだ、残ってる。俺の肉弾、あいつの体の中に・・・。みんなの猛攻で、構ってられないんだ)

 

なら、好機は今しかない。玄弥も最後の力を振り絞って口を開いた。

 

「血鬼・・・術・・・」

 

すると黒死牟の背中に先程の木が生え、身体を固定した。

 

(また固定か、目障りな。両断して奴にも止めを)

 

黒死牟は玄弥を確実に葬ろうと構えたが、その手が止まった。

 

(技が、出ぬ!!!)

 

そのとき、

 

 

――ウタカタ 伍ノ旋律

――爆砕歌!!!

 

汐の歌が黒死牟の左半分を吹き飛ばし、実弥が離れた瞬間悲鳴嶋の鉄球が頸を捉えた。

 

肉が焼ける音と、焦げ臭い臭いが辺りに充満する。

 

「ぐぅアアア、ぬァアアアア!!!」

 

黒死牟の獣のような咆哮が響き渡った。

 

(体制を崩しても尚耐える、何という強靭な頸!まだ攻撃が足りない!!)

 

汐の歌の効果が切れる前にと、悲鳴嶋は下から頸を挟み込むように斧を投げつけた。

 

(技が出ない!!背中の木か!?大量に私の血を吸って幹を伸ばしている。さらにはこの激痛による・・・体の強張!!赤く染まった刀のせいだ!!)

 

赤い刀。それに彼は見覚えがあった。

忌々しい、憎らしい、弟の縁壱。

 

遠い過去のあの日。巌勝は縁壱に技の継承をどうするか尋ねた。

 

『我らに匹敵する実力者がいない。呼吸術の継承が絶望的だ。極めた技が途絶えてしまうぞ』

 

すると縁壱は穏やかに答えた。

 

『兄上、私たちはそれ程大そうなものではない。長い長い人の歴史のほんの一欠片。私たちの才覚を凌ぐ者が、今この瞬間にも産声を上げている。彼らがまた、同じ場所までたどり着くだろう。』

 

縁壱はさも当然と言った様子で空を見上げた。

 

『何の心配もいらぬ。私たちは、いつでも安心して人生の幕を引けばよい』

 

その言葉が、巌勝にとってこれ以上ない程の侮蔑の言葉になろうとは露知らず。

 

『浮き立つような気持ちになりませぬか、兄上』

 

 

 

「オォラァアアア!!」

 

実弥が飛び出し悲鳴嶋の鉄球の上から刀を振り下ろし

 

「ダァアアア!!!」

 

汐が下から斧ごと刀を振り上げた。

 

その時、鉄同士がぶつかり合ったせいか、二人の刀と鉄球が赤く染まった。

 

「ぐあああ!」

「ああああ!」

 

二人は渾身の力で刀を振り、そしてついには黒死牟の頸を斬り落とすことに成功した。

 

頸が落ちた場所から血が滝のように流れ落ち、切断した頸は潰されて跡形もない。

 

普通の鬼ならこれで終わりだが、相手は上弦の鬼。簡単にはやられない可能性があることを皆は知っていた。

 

案の定、流れ落ちていた血は止まり、残った身体は力を取り戻すかのように拳を握った。

 

(出血を止めた!!)

 

「不死川、大海原ー!!攻撃の手を緩めるな!!畳み掛けろ!!時透と玄弥の命を、決して無駄にするな!!」

 

その声を聞いた瞬間、汐と実弥の目から涙があふれでた。

言葉の意味を理解してしまったから。

 

「上等だゴラ゛ア゛ア゛ア゛!!消えてなくなるまで刻んでやら゛ァ゛ァ゛ァ゛!!」

 

 

――風の呼吸 捌ノ型

――初烈風斬り

 

実弥の斬撃が竜巻のように黒死牟の回りを渦巻き、刃を削ぎ落とす。

 

――岩の呼吸 伍ノ型

――瓦輪刑部

 

 

悲鳴嶋の鉄球が縦横無尽に飛び回り、周辺ごと黒死牟を吹き飛ばす。

 

――海の呼吸 拾ノ型

――海神舞

 

汐の舞うような斬撃が黒死牟の下半身を切り刻む。

 

しかしそれでも、黒死牟は膝をつかなかった。

 

無一郎の残りの腕を切断し、刺された刀と木を抜こうと力を込めた。

 

(俺はもう、二度と敗北しない。たとえ頸を斬られようとも。体は崩れていない。まだ再生できる。これを抜き去れば、まだ死なぬ。奴らは死んだ。歌も聞こえない。刀の効力も術の効力も、まもなく消える)

 

そして私は、頸の切断からの死を克服する

 

悲鳴嶋の鉄球が黒死牟の顔面を捉えようとした瞬間、一撃は空を斬った。

 

目を見開く悲鳴嶋の背後に気配が回り、汐と実弥がみたその姿は。

 

背中からは触手のようなものが生え、斬り落とした筈の頭は鬼の象徴とも言える角が生え、六つの目はそのままに歯がいくつも突き出た異形の姿。

 

最早、人の姿は影も形もなかった。

 

「なんなのよ、こいつ・・・!!」

「頭を再生しやがった、あの野郎!糞が!!畜生がアア!!」

 

汐と実弥が苛立ちのあまり声を上げ、悲鳴嶋が直ぐにいさめた。

 

「攻撃し続けろ!!頸を落とされた直後で体が脆いはずだ!!無惨ほどの速度では再生していない!!頸を狙え!!何度でも!!」

 

三人が一斉に躍りかかり、刀を振り上げた。

 

 

――ウタカタ 参ノ旋律・転調

――繋縛歌!!!

 

汐の歌が黒死牟を拘束するが、直ぐに振り払われ背中の触手が周りを薙ぎはらった。

 

――岩の呼吸 参ノ型

――岩軀の膚

 

悲鳴嶋の鉄球と鎖が汐を守るように飛び交い、触手を防ぐ。

 

(克服した。これでどんな攻撃も無意味。太陽の光意外は。これで私は、誰にも負けることは・・・)

 

黒死牟は、振り上げられた実弥の刀に映ったものを見て、思考が停止した。

 

そこには、背中から触手を生やし、六つの目でこちらを見ている異形があった。

 

(何だこの、醜い姿は)

 

その瞬間、黒死牟の脳裏に二つの声が聞こえた。

 

『兄上の夢は、この国で一番強い侍になることですか?俺も兄上のようになりたいです。俺は、この国で二番目に強い侍になります』

 

『巌勝様のような、ご立派なお侍様と生涯を共に過ごせる方は、幸せだと思います。わたくしも、そんな方とお会いしたかったです』

 

 

それは、彼がもっとも疎ましく、憎いと思っていた二人の言葉。

 

(侍の姿か?これが・・・これが本当に、俺の望みだったのか?)

 

黒死牟が自分の姿に、存在に疑問をもったその時。

 

無一郎に刺された場所が突然崩れ落ちた。

 

そして間髪いれずに、悲鳴嶋の鉄球、実弥の刀が次々と穿たれる。

 

(技を出せ、技を・・・、血鬼術が使えぬ・・・!!)

 

身体がどんどん崩れ、ついには刀すら握れなくなっていく。

 

(まだだ、まだ再生できるはず?まだ、負けではない。私は、まだ)

 

黒死牟が顔を上げた瞬間、光のような物が真っ直ぐに彼の眉間に突き刺さった。

 

目をうごかしてみれば、それは銀色に輝く一本の懐剣。

その先には、投げた姿勢のまま、青い髪を靡かせて立つ汐。

 

(その懐剣を、何故お前が・・・)

 

しかし黒死牟がその問いを口にする前に、頸が汐によって切断された。

 

(頸を落とされ、体を刻まれ潰され、負けを認めぬ醜さ)

 

 

生き恥

 

 

こんなことのために私は、何百年も生きてきたのか?

 

負けたくなかったのか?醜い化け物になっても

 

強くなりたかったのか?人を喰らっても

 

死にたくなかったのか?こんな惨めな生き物に成り下がってまで

 

 

(違う、私は、私は、ただ)

 

 

縁壱、お前になりたかった。

 

(そして・・・)

 

汐の姿が、長い髪のワダツミの子、みおに変わる。

 

みお、お前に感謝と想いを、伝えたかったのだ。

 

 

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