ウタカタノ花~血戦編   作:薬來ままど

2 / 11
零章
夜光虫の誓い


それは夏の気配が近づいたころ。

薄い月明かりの下で動くのは、大きな影と小さな影の二つ。

 

小さな影はあわただしく動き、大きな影はそれを見守りながら指示を出していた。

 

大きな影の主は、大海原玄海。小さな影の主は、彼の娘である大海原汐。

訳あって日光を浴びることができない玄海は、夜の間に汐の訓練に励んでいる。

 

やがて月に薄い雲がかかり始めたころ。

 

「今日の訓練は今日で終いだ」

 

へたり込む汐を見降ろしながら、玄海は口元に笑みを浮かべて言った。

 

「はぁ~、やっと帰って眠れるわ・・・」

 

その言葉を聞いた汐は、安心したような顔で見上げた。

 

「何間抜け面して勘違いしてやがる。眠るのはまだ先だぜ」

「はあ!?」

 

玄海の思わぬ言葉に、汐は表情を一変させながら叫んだ。

 

「たった今訓練は終わりって言ったじゃない!呆けるには早すぎるんじゃないの?」

「でけぇ声出すんじゃねえよ!それと俺は呆けてねえ!次んなこと言ったら、はっ倒すぞ。おら、さっさと立て」

 

玄海は呆れたように首を振ると、座り込んでいる汐に立つように促した。

 

「これから海で面白いもんが見られそうなんだ。うだうだしてねぇで来い」

 

玄海はそう言って、家とは反対方向へと歩きだした。

その後を、汐は怪訝な顔をして追う。

 

「ねぇおやっさん、どこいくの?」

「いいから黙ってついてこい」

 

玄海はそれだけを言うと、汐の方を振り返りもせずに歩き続けた。

 

やがて二人は、船着き場のある海岸へとたどり着いた。

 

「え?ここなの?こんな時間に船なんて来ないと思うんだけど・・・」

 

汐が疑問を投げかけるが、玄海は答えず海の方を見つめている。

 

月明かりがあまりないせいか、海は墨を流したような真っ黒な色をしていた。

 

玄海の意図がわからず、汐は眉根を寄せた。

 

「ねえ、ここに何があるっていうのよ。おや・・・」

 

だが、汐は言葉を紡ぐことができなかった。目の前の光景に、目を奪われたからだ。

 

真っ暗な海の中に、青白い光が見えたのだ。

 

それはまるで生き物のように動き、暗い海を染めて行く。

 

「なに・・・これ・・・」

 

汐の口から、絞り出すような言葉が漏れた。

 

「こいつは"夜光虫"って言って、大量の海ン中の小さな生き物が発光してんだ」

 

玄海は海を見ながら、汐にそう説明した。

 

「条件が揃わなきゃ見られないもんだが、その反面漁に影響が出るから、生業にしている連中からは嫌われてるがな」

 

玄海はそう言って薄く笑った。

 

汐は玄海の説明が殆ど耳に入らない程、夜光虫が織りなす海の出し物に魅入っていた。

そんな汐を見て玄海は一つため息を吐くと、空を見上げながら言葉を漏らした。

 

「本当は俺みてえな爺とじゃなく、惚れた野郎と見るもんなんじゃねえかな・・・」

 

玄海は目を閉じて、ある事を思い出していた。

 

それは、汐がまだ今より幼い頃。

 

隣の村で結婚式があり、参列した村人から話を聞いたことがあった。

何でも二人が結婚を決めたきっかけが、夜光虫の輝く海を見たからだということ。

 

それのせいかは定かではないが、夜光虫を見た二人は必ず結ばれるという噂が広まっていた。

 

最初は馬鹿馬鹿しいと思っていた玄海だが、もしも汐が成長し好きな相手を見つけたらと、考えた。

 

(もしも本当にそうなるなら、父親としてこれ以上嬉しいことはないんだろうな)

 

玄海は目を開け、未だに海から目を離せていない汐に顔を向けた。

 

「なあ、汐」

「ん?」

 

汐はようやく海から目を離し、玄海を見上げた。

 

「今度は俺とじゃなくて、別の奴と一緒に見ろよ」

「何それ?絹とってこと?」

 

きょとんとする汐に、玄海は吹き出すと大声で笑い出した。

 

「な、なに笑ってんのよ!」

 

汐が抗議をすると、玄海は笑いながら汐の頭を優しくなでた。

 

「いや。なんでもねえよ。お前がお前で安心したわ」

 

玄海の言葉の意味が分からず、汐は首を傾げた。

 

波の音と夜光虫の光だけが、二人を優しく見守っていた。

 

 




感想の設定がログインユーザーのみになっていました。
現在は修正済みです。
申し訳ありません
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。