ウタカタノ花~血戦編   作:薬來ままど

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紡ぎ歌(胡蝶しのぶ編)

その時は、何の前触れもない平和な日に訪れた。

 

柱稽古の際に怪我をしてしまった汐は、傷薬を貰うために蝶屋敷を訪れていた。

怪我自体は大したことはなさそうだが、小さな傷でも悪化してしまえば命に関わるものになってしまう。

 

そして間の悪いことに、汐がいた屋敷では薬が切れてしまっていたため、やむを得ず蝶屋敷に戻ることになったのだ。

 

屋敷の前についた汐は、中が妙に静かであることに首を傾げた。

 

(あれ、随分静かだわ。誰もいないのかしら)

 

「おーい!誰かいないの―!?」

 

汐が呼びかけるが、返事はない。今は鬼は出ないから重傷の隊士はいないはずだ。

 

(みんな買い物にでも出かけているのかしら。でも、全員で屋敷を開けるなんて不用心にも程があるわ・・・)

 

汐は少し嫌な予感を感じながらも、屋敷の中へ足を進めた。

 

中は本当に静かで、聞こえるのは自分の足音だけ。

少しずつ沸き上がる不安に耐えながらも、しのぶがいるであろう診察室へと足を進めた。

 

「こんにちはー。しのぶさん、いる?実は怪我しちゃって・・・」

 

だが、汐の言葉は診察室を除いた瞬間に途切れた。

 

そこには、床に倒れ伏すしのぶの姿があった。

 

「しのぶさん!!」

 

汐はすぐさましのぶに駆け寄り、その体を起こした。

そしてその顔を見て、思わず息をのんだ。

 

しのぶの顔色は、真っ青を通り越して土気色に近い色になっていたのだ。

 

「あ、汐・・・さん・・・?」

 

しのぶはか細い声で汐を見上げるが、その目は明らかに焦点があっておらず、素人目で見ても尋常ではないことはわかった。

 

「ああ、すみません。少し眩暈を起こしてしまって。でも大丈夫ですよ。心配しないでください」

 

しのぶはそう言って笑うと、机に手をかけて何とか立ち上がろうとした。だが、その足ははっきりとわかる程震えており、自力で立てるとは思えない。

 

「ちょっと、全然大丈夫に見えないわよ。足が震えているじゃない!」

「大丈夫ですから、私に構わないでください」

 

しのぶはそう言って汐の手を振り払った。だが、やはり大丈夫には到底見えなかった

 

「しのぶさん、ごめん!」

 

汐はそういう否や、ふらつくしのぶの身体を抱き上げた。

 

「!?」

 

しのぶは驚いた顔で汐を見、慌てた様子で言った。

 

「な、何をするんですか!?大丈夫ですから、おろしてください!」

 

しかし汐はしのぶの言葉を無視すると、寝室の方へ向かおうとした。

 

「聞こえませんか!?下ろしてと言っているんです!!」

 

しのぶは先程よりも強い口調で言うが、汐は聞き入れない。

 

「下ろしなさい!!」

 

しのぶが強い命令口調で言うと、汐は足を止めてしのぶを睨みつけた。

 

「うるさい!!」

 

汐の大声に、しのぶは思わず肩を震わせた。

 

「こんな顔色の人間がいるか!!体調が悪いのに柱もなにも関係あるか!!」

 

汐はしのぶを怒鳴りつけると、そのまま寝室へと運び込んだ。

 

それから無理やりしのぶを布団に寝かせ、何かないかとあたりを見回した。

 

(もー!こんな時にアオイたちはどこに行っちゃったのよ・・・)

 

医療関係に疎い汐では大した看病ができないことに気づき、焦りが生まれる。

 

「アオイたちなら今は買い出しに行っていますよ。今は重傷患者もいませんからね」

 

しのぶは力なくそう言って起き上がろうとしたが、汐は慌ててそれを制止した。

 

「動いちゃダメだって。それくらい馬鹿なあたしでも分かるわよ」

 

汐はしのぶを寝かせた後、畳に座りなおしながら言った。

 

「あの、さっきは怒鳴ってごめんなさい。あたしも少し混乱していたみたいで・・・」

「いいんですよ。気にしないでください」

 

汐の謝罪に、しのぶは笑みを浮かべて首を振った。

 

「ここのところ色々あってあまり寝ていませんでしたから、寝不足がたたったみたいですね」

「そうなの?無理しないでよ。体調を重んじるしのぶさんが倒れてちゃ、世話ないわ」

 

汐は呆れたように溜息をついた後、思い出したように言った。

 

「それよりさっき、しのぶさんを運んだ時に気づいたんだけれど・・・。あんた軽すぎるわよ!人間の体重じゃないわよ!」

「言いたい放題言ってくれますね、あなたは」

 

しのぶは額にうっすらと青筋を立てながらも、笑顔で言い放った。

 

「まあでもともかく、あなたには余計な心配をかけてしまいましたね。本当にすみません」

 

しのぶが笑いながらそういうと、汐は少し顔をしかめながら見つめた。

 

「私の顔になにかついています?」

「ううん。あのさ・・・」

 

汐は目を伏せた後、意を決したように口を開いた。

 

「しのぶさんが何を背負って、どんな覚悟で今までやってきたかは、あたしには全部わかんないけどさ・・・。せめて、せめて体調悪い時くらいはやめたら?」

 

――その、気持ち悪い笑顔。

 

「・・・え?」

 

心臓を鷲掴みにされたような衝撃が、しのぶの身体を駆け抜けた。その顔にはいつもの笑顔はなく、心の底から驚いたような顔だった。

 

「本当はあんまりこんなこと言いたくなかったけれど、ずっと気になってた。初めて会った時から、しのぶさんの"目"と笑顔の違和感に」

 

汐はしのぶの顔を見据えながら、はっきりと言った。

 

「いつも無理して笑っている感じがして、不自然で気味が悪かった。"目"と表情が全然合ってなくて気持ち悪かった。でも、それがしのぶさんなんだって思って、言えなかった」

「あなたにはそんな風に見えていたんですね」

 

しのぶはそう言って力なく笑った。そして改めて、汐の洞察力の高さを失念していたことを悔いた。

 

「そこまで見抜かれているなら、もう隠す必要もありませんね」

 

しのぶは観念したように溜息をつくと、汐の目を見ながら言った。

 

「汐さんの言う通り、私はずっと無理をして笑顔を作ってきました。前に炭治郎君と話した時に、笑っているけれど怒っているんじゃないかと言われたことがあります」

「炭治郎と?」

「はい。あなたが前に彼を喧嘩をした前日の夜です」

 

しのぶの言葉に、汐は驚きのあまりのけ反った。

 

「炭治郎君の言う通り、私は怒っている。ずーっと怒っているんですよ。以前少しだけ話しましたね?私には姉がいて、鬼に殺されたということを」

 

汐が頷くと、しのぶは目を閉じて話し出した。

 

「私の姉は胡蝶カナエといい、柱の地位に就いていました。私なんかよりもずっと優しく、鬼と仲良くすることを夢見ていました」

「鬼と、仲良く?」

 

汐が問うと、しのぶは頷いた。

 

「ええ。自分が死ぬ間際ですら鬼の事を憐れんでいた。鬼は悲しい生き物だと、そう言っていた。まるで炭治郎君のように」

「そうだったの・・・」

 

しのぶの語る重い話を、汐は拳を握りながら聞いていた。

 

「でも私は無理だった。人の命を勝手に奪っておいて可哀想?そんな馬鹿な話がありますか。鬼は自分の事しか考えず、本能のままに人を喰らい殺す。勿論、今なら例外がいるということはわかりますが」

 

しのぶは小さく息をつくと、汐に顔を向けて言った。

 

「汐さん。私が今までずっと笑顔を作り続けてきたのは、姉カナエが私の笑顔が好きだからと言ってくれたからなんです」

「そうだったのね」

「ええ。それから私は、どんな感情を抱いても笑顔でいるようになった。姉が好きだった笑顔を絶やさないように」

 

しのぶはそう言って再び笑った。だが、汐はしのぶが泣いているように見えた。

 

「しのぶさんのお姉さん、カナエさんだっけ?いくらしのぶさんの笑顔が好きだって言っても、しのぶさんが無理をしていい理由にはならないんじゃない?」

「え・・・?」

「あたしがカナエさんなら、自分を傷つけてまで無理してるなら、笑って欲しくなんかない」

 

汐の容赦ない言葉がしのぶの心に突き刺さり、しのぶの布団の中の拳は微かに震えた。

 

「今のしのぶさんは、まるでカナエさんの言葉を免罪符にしているみたいで、見ててすごく嫌だ」

 

汐の子の言葉に、遂にしのぶの何かが切れた。

 

「あなたに私の何がわかるの!!」

 

しのぶは体を起こすと、汐を睨みつけた。

 

「勝手な事ばかり言わないで!!!」

 

しのぶは胸の中の怒りを全て汐にぶつけるように叫んだ。

 

汐はしのぶの変化に驚いたが、ふっと笑みを浮かべて言った。

 

「なんだ、ちゃんとできるじゃない。そういう顔も」

「えっ・・・」

 

しのぶは面食らい、汐の顔を呆然と見つめた。

 

「今のしのぶさん、すごく"らしい"顔をしてるわ。偽物の笑顔なんかじゃなく、胡蝶しのぶっていう人間の顔をしてる」

 

そういう汐の顔は、心の底から安心したような表情だった。

 

「あたし、正直しのぶさんが怖かった。色んな感情がごちゃ混ぜになった"目"を見て、人の心を忘れたんじゃないかって思った。でもそうじゃなかった。しのぶさんは、ちゃんと人間だった。よかった」

「汐さん・・・」

 

しのぶは汐の卓越した人間性に、驚きと尊敬、そして畏怖の感情抱いた。

自分よりも年下のはずなのに、まるで自分よりも永い時を生きてきたように。

 

(この子は・・・、いえ、この人は・・・いったい何者なの・・・?)

 

だが、考える間もなくしのぶは強烈な眠気に襲われ布団に身体を預けた。

 

「眠いの?」

「ええ。流石に疲れたようなので、少し休みます。あの、アオイたちが帰ってきたら・・・」

「大丈夫、うまくごまかしておくわ。だからしのぶさんはゆっくり休んでね」

 

汐がそういうと、しのぶは頷きにっこりと笑った。

それは作り物の笑顔ではなく、心からの笑顔だった。

 

「あと、しのぶさんが何を決意しているのかは知らないけれど、無理をしてカナヲやアオイたちを心配させる真似はしないでよ?」

「約束はできませんが、検討します」

「言うじゃない」

 

汐は憎まれ口をたたきつつも、笑顔を返しその場を後にした。

 

汐が去った後、しのぶは一人天井を見つめていた。

 

(大海原汐さん。私は、あなたが怖い)

 

しのぶは目を伏せ、口元を微かに歪ませた。

 

(あなたの言葉が、私の決意を揺らがせる。怖くなかったことが、怖くなってくる)

 

――でもあなたには、私のようになってほしくない。幸せになってもらいたい。

 

「ありがとう・・・」

 

しのぶはそう呟き、ゆっくりと目を閉じた。眠気がしのぶを夢の世界へと連れて行く。

 

その日、しのぶは久しぶりに十分な休息をとることができた。

 

運命の血戦の日まで、あと少し・・・。

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