ウタカタノ花~血戦編   作:薬來ままど

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一章:無限城


鬼の本拠地、無限城。

 

内臓が押し上げられるような感覚に吐き気を覚えながらも、汐は周りを見回した。

 

そこは壁や天井が滅茶苦茶に繋ぎ合わされた異空間。まとわりつくような嫌な気配が、鬼の根城であることを否が応でも気づかせた。

 

(こんなところで足止めを食っている場合じゃない。珠世さんが奴を押さえつけていたみたいだけれど、奴があのまま大人しくしているはずがない)

 

汐はすぐさま床らしきものがせり出しているところに右手をかけ、腕一本でぶら下がった。だが、汐のすぐそばを落ちていた炭治郎は、体勢が悪いのかそのまま落下していく。

 

「炭治郎!!」

 

汐が叫んで手を伸ばすが、刀を持っているため炭治郎を掴むことは不可能だ。だが、炭治郎の身体は、柵らしき場所から身を乗り出した義勇によって掴まれていた。

 

「ぎっ・・・」

 

炭治郎が義勇の名を呼ぶ間もなく、義勇は遠心力を利用して炭治郎を下の隙間に放り込んだ。

炭治郎は受け身を取ると、すぐさま起き上がり上を見上げた。

 

「大丈夫か?」

「はい、ありがとうございます。助かりました」

 

覗き込む義勇に炭治郎は答え礼を言った。

 

「あのっ!反対側に汐が・・・」

 

炭治郎は反対側にいた汐を心配し顔を動かそうとした、その時だった。

 

炭治郎の鼻が鬼の匂いを感じ取った瞬間、背後に鬼が迫っていた。

 

――水の呼吸 壱ノ型

――水面斬り

 

炭治郎がすぐさま振り返り、鬼の頸を落とす。だが息をつく間もなく、目の前の襖が膨れ上がった。

 

「炭治郎!!」

 

義勇の声とほぼ同時に、襖を突き破って夥しい数の鬼が炭治郎に襲い掛かってきた。

 

「どいて!!」

 

空気を斬り裂くような声と共に汐が反対側から飛び出し、鬼の頭を蹴り潰した。

目玉が潰れる嫌な感触に顔をしかめながらも、汐は弦をはじくような音を響かせた。

 

――ウタカタ 参ノ旋律

――束縛歌

 

汐の歌が響き渡り、たくさんの鬼達を一斉に拘束した。

その隙を突き、炭治郎と義勇が動く。

 

――水の呼吸 陸ノ型

――水の呼吸 参ノ型

 

――ねじれ渦

――流流舞い

 

二人の水の呼吸の技が、寸分の狂いもなく動きを止めた鬼の頸を全て弾き飛ばした。

 

「・・・・」

 

塵と化し消えていく鬼の屍を背に、炭治郎は何とも言えない表情で口をつぐんだ。

 

(義勇さんが凄い・・・)

 

炭治郎は淡々と刀を納める義勇を見て、顔を青くしながら汗を流した。

 

(俺の僅かな動きを見て何の技出すか把握。その後に自分も技を出して、お互いが斬り合わないように動く)

 

それから、と。炭治郎は義勇の表情を見て、さらに顔を強張らせた。

 

(この人やばい。どういう気持ちの顔これ)

 

相も変わらず義勇の全く読めない表情に困惑するも、義勇は顔を崩すこともなく歩きだした。

 

「行くぞ」

「はい!」

 

歩きだす二人の背中を、汐は少し悲しげな表情で見つめていた。

 

しかし、鬼の本拠地の名は伊達ではなく、あちらこちらから鬼が汐達に襲い掛かってきた。

汐はウタカタと呼吸を。炭治郎と義勇は水の呼吸を駆使し、先へと進む。

 

「ねえ、義勇さん」

 

何匹めかの鬼を倒した後、汐は義勇にだけ聞こえる声で話しかけた。

 

「何だ?」

 

義勇は怪訝な顔をしながら、汐の方を振り返った。

 

「奴の根城にいるせいか、さっきから殺意が沸き上がって止まらないの。今は何とか理性で押さえつけているけれど、本当は今すぐ鬼を殺したくて殺したくてたまらない」

 

汐は右手で自分の胸のあたりを掴みながら言った。

 

「それだけウタカタノ花の浸食が進んでいるみたいなの。完全に人じゃなくなったら、あたしは何をするか分からない。もしもあたしがおかしくなって、皆の敵になった、その時は・・・」

 

――私を、殺してほしい

 

汐の言葉に、義勇は微かに眉根を動かした。

 

「何故それを俺に頼む?」

「あなただから頼むのよ。あなたなら、情に絆されずにやるべき事ができる人だから」

 

汐は顔を伏せながら呟くように言った。

 

「だから、その時は「断る」

 

汐の言葉を遮って、義勇は静かに答えた。

 

「え?」

 

ぽかんとする汐に、義勇は更にづつけた。

 

「今はここを抜け、鬼舞辻無惨を討伐することだけ考えろ。雑念は迷いを生む。そして――」

 

――これ以上、誰かを悲しませるような真似をするな

 

義勇は静かにそう告げると、そのまま奥へと足を進めようとした。

 

だが、鬼の気配を感じてすぐさま振り返る。

すると、汐の死角から鬼が大口を開けて迫ってきていた。

 

義勇はすぐさま刀を抜こうとしたが、それよりも速く群青色の閃光が煌めいた。

そして間髪入れずに、鬼の頸が落ち灰となって崩れ去った。

 

「そうね。ありがとう」

 

汐は鬼の血を静かに払うと、刀を納めて歩きだした。

通り過ぎる汐をの姿を見送りながら、義勇は微かに目を見開いた。

 

(先ほどの反応速度、明らかに俺よりも速かった)

 

義勇は初めて汐と出会った時の事を思い出していた。

粗削りだったが、刀を初めて持ったとは思えなかった動き。

あの時とは比較にならない程、汐は強くなっていた。

 

(今の大海原の実力は、柱と同等、いや、それ以上かもしれない。継子の名は伊達じゃない)

 

義勇は汐の成長を驚き喜びながらも、危うさを感じていた。

 

 

*   *   *   *   *

 

無限城別室では。

 

鬼の群れの中を、桃色と緑色の鮮やかな髪が舞う。

桃色の長い刀身が煌めき、鬼の群れを一瞬で細切れにした。

 

(きゃー!!鬼がいっぱいで気持ち悪い!!)

 

蜜璃は顔を思い切りしかめながら、群れの中を突き進む。

先程無惨に斬りかかる者の中に、大切な継子である汐の姿を見てから、蜜璃の心には焦りが生まれていた。

 

(しおちゃん、大丈夫かしら?私は、しおちゃんが一番辛いときに傍にいてあげることができなかった)

 

産屋敷邸で汐の秘密をワダツミの子から語られたときから、蜜璃はずっと悔やんでいた。

自分の存在の意味と正体に苦しむ汐に、かける言葉が見つからなかった自分を、心の底から恨んでいた。

 

(私が何を言っても、しおちゃんの真実は変わらないけれど、あの子が私の大切な継子な事は変わらないわ!)

 

蜜璃はキッと表情を引き締め、目の前の鬼を見据えた。伝えなくてはならない。師範としてだけではなく、甘露寺蜜璃としての自分の言葉で。

 

「だから私は、こんなところで負けるわけにはいかないの!!」

 

蜜璃は声高らかに叫んで、思い切り地面を斬ると周りの鬼を両断した。だが、突然天井の襖が開き、新たな鬼が落ちてきた。

 

その時だった。

 

――蛇の呼吸 伍ノ型

――蜿蜿長蛇

 

背後から伊黒が飛び出し、うねる蛇のような蛇行した動きで鬼の頸を次々に落とした。

 

その手には、波打った形状の日輪刀が握られている。

 

「甘露寺に近づくな、塵共」

 

その雄姿を見た瞬間、蜜璃の胸はこれ以上ない程高鳴った。

 

(キャ――ッ!!伊黒さん素敵!!)

 

鬼の消滅を確認すると、伊黒は刀を下ろして振り返った。

 

「怪我は?」

「ないです!」

 

蜜璃の返答に伊黒は安心したのか、目を伏せて背を向けた。

 

「行くぞ」

「はいっ!!」

 

蜜璃は高らかに返事をすると、伊黒の後を追った。

 

(しおちゃんならきっと大丈夫。だってあの子には、炭治郎君がいるんだもの!!)

 

蜜璃は新たな決意を抱き、そして目の前の凛々しい背中を見つめるのだった。

 

更に別の場所では。

 

鬼の屍が灰となって消える中を、二つの人影が進んでいく。

一人は悲鳴嶼で、もう一人は無一郎。二人が無惨に斬りかかった時に近くにいたため、共に行動していた。

 

「凄い量の鬼ですね」

 

悲鳴嶼の背中を追いながら、無一郎が呟く。

 

「下弦程度の力を()()()()()いるようだな。これで私達を消耗させるつもりなのだ・・・」

「・・・お館様は?」

 

無一郎が問いかけると、悲鳴嶼は淡々と答えた。

 

「一足先に逝かれた。堂々たる最期だった」

 

静かに紡がれた言葉は、無一郎の胸を締め付けた。

 

「あの方が鬼に見つかるような失敗をするとは思えない」

 

無一郎はずっと気になっていた疑問を口にした。

 

「・・・自ら囮に?」

 

その言葉に悲鳴嶼は、少し間を置いた後答えた。

 

「・・・、そうだ。余命幾許もなかったために」

「・・・・・」

 

無一郎の表情は引きつり、顔は青くなっていた。

 

(お館様・・・)

 

無一郎は思い出していた。記憶を取り戻し、失っていた過去を。

 

「お館様は、僕が鬼に襲われて生死の境をさ迷っていた時、ずっと励ましてくださった。今際の際の隊士たちには同じくそうしていた・・・。父のように」

 

無一郎の脳裏に浮かぶのは、瀕死の重傷を負った自分を見まいに来てくれていた時の事と、意識不明だった炭治郎と汐の元へ訪れていた輝哉の姿。

 

「ああ、知っている」

 

悲鳴嶼は振り返らないまま静かに答えた。

 

「無惨は兄だけでなく、僕たちの父まで奪った。あいつ・・・、無惨・・・!!嬲り殺しにしてやる。地獄を見せてやる」

 

無一郎は両目から涙をこぼしながら、怒りに震える声で言った。

 

「安心しろ・・・。皆同じ思いだ」

 

淡々と答える悲鳴嶼だが、その顔には修羅の如き怒りが宿っていた。

 

更に別の場所では。

 

四方を襖や障子、畳などで囲まれ哉部屋で、実弥は一人静かに鎮座していた。

 

(お館様・・・、守れなかった・・・)

 

その顔には表情はなく、ただ後悔と苦悩だけが実弥を支配していた。

しかしそんな彼に、鬼は容赦なく牙と爪を向けた。

 

そんな鬼を実弥は立ち上がることなく、右手一本で振るった刀で細切れにした。

 

だが、それを合図にしたのか四方八方から鬼が次々にわき出し、実弥を取り囲む。

 

「次から次に湧く。塵共・・・。かかって来いやァ・・・」

 

実弥はゆらりと立ち上がると、鬼の群れに向かって顔を上げた。

 

「皆殺しにしてやる」

 

その表情は涙を流しながらも笑う、鬼を屠る者のものだった。

 

更に別の場所では。

 

「猪突猛進!!」

 

凄まじい足音を立てながら、獣の如く場内を駆け抜ける者がいた。

 

猪の皮を頭からかぶった少年、伊之助だった。

彼もまた、この無限城に落とされていたのだった。

 

「なんか突然わけわからんところに来たが、バカスカ鬼が出てくるもんで、修行の成果を試すのに丁度いいぜぇぇ!!」

 

伊之助は状況がわかっていないのか、笑いながら鬼を蹴散らしていく。

しかしその動きは以前よりも遥かに精錬されており、下弦ほどの実力の鬼を軽々しく打倒していった。

 

この無限城に落とされているのは、汐達や柱達だけではない。

 

玄弥、カナヲ、善逸もまた、別の場所だが落とされており、そのほかに何十人科の隊士達も落とされていた。

 

(何なんだ、ここは・・・。鬼の根城か?)

 

玄弥は次々に襲ってくる鬼を何とか倒しながらも、あたりを見回し走り続けていた。

 

(汐や炭治郎、他のみんなは?)

 

混乱しながらも玄弥は、大切な人達の無事を祈りながら足を動かす。

 

(兄貴・・・、兄貴も無事でいてくれ・・・・)

 

一方善逸は、床が障子張りになっている場所を走り抜けていた。

 

薄い障子のため力を込めれば抜けて落下してしまうのだろうが、善逸は韋駄天の如く速さで足を動かしていた。

 

だが、いつもの善逸なら怖い怖いと泣き喚くが、泣き声は一切聞こえず、その顔には一滴の涙どころか怒りの表情が浮かんでいた。

 

(音が、聞こえた・・・。アイツが近くにいるかもしれない)

 

善逸はその"音"に引き寄せられるように、ただひたすら前を目指した。

 

その場所に近づくにつれ、その表情は次第に歪んでいく。

 

「許さない・・・、アイツを。絶対に許さない」

 

普段の善逸からは決して聞くことのない強い怒りと殺意の声が、誰もいない廊下に響いた。

 

そして。

 

(血の匂いがする)

 

他の柱達と分断されたしのぶは、一人廊下を歩いていた。

 

妙にひんやりした空気の中、左側には蓮の花が植えられた小さな水辺がある。

 

(ここは何処?)

 

しのぶは漂ってくる血の匂いに顔をしかめながら、分厚い扉に手をかけた。

匂いの元は、この奥の部屋だ。

 

しのぶは扉を少し開け、中の様子をうかがった。

むわっとした血の匂いが鼻をつき、そして中から聞こえてきたのは。

 

ぼりぼりと骨を砕くような不快な音。そして次に目に映ったのは。

 

部屋中が水で満たされ、あちこちには蓮の花が植えられ、木製の橋がかけられていた部屋だった。

 

だが、その橋の上には夥しい量の死体が転がり、その中心で下品な音を立てて死体をむさぼる一人の男がいた。

 

「ん?」

 

男はしのぶの気配に気づいたのか、顔をぐるりとこちらに向けた。

その口元には血がべっとりとこびりつき、両手には食べかけの人間の腕が握られていた。

 

「あれぇ、来たの?」

 

男は侵入者と対峙したにもかかわらず、笑みを浮かべながら嬉しそうに言った。

 

「わあ、女の子だね。若くて美味しそうだなあ。後で鳴女ちゃんにありがとうって言わなくちゃ」

 

そう言って笑う男の目は、目を奪われるような虹色に輝き、そこには上弦・弐と刻まれていた。

 

その顔を見た瞬間、しのぶの顔がはっきりと歪んだ。


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