ウタカタノ花~血戦編   作:薬來ままど

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その日は、穏やかな風が吹く日だった。

 

村の外れの海岸に、赤子が流れ着いていた。海の底のような真っ青な色の髪の女の子だった。

 

その赤子を、村はずれに住んでいた大海原玄海が引き取り、【汐】と名付け本当の娘のように育てていた。

 

だが、村人たちは青い髪の少女を気味悪がり、迫害こそはしなかったものの皆距離を置いていた。

 

玄海は奇病のせいで昼間は動けず、友達もいなかった汐はいつも独りぼっちだった。

 

そんな中、汐に近づいてきたのは、汐よりも年下の少女だった。

 

『ねえ、あなたが【噂】の汐ちゃん?』

 

その少女は黒檀のような髪の、可愛らしい少女だった。

 

『あんたは、確か・・・、絹だっけ?』

『覚えていてくれたのね。嬉しいわ』

 

絹はそう言うとにっこりと笑い、汐の隣に座った。

 

『玄海おじさんの事は村の人から聞いたわ。あなたも一人なのね』

『あなたもって?』

『私も、お父さんが漁の時はずっと帰ってこないから一人なの。お母さんが死んじゃってから、ずっと』

 

絹はそう言って少し寂しそうに目を伏せた。

 

『でもね、そんなときは、寂しくなったときは歌を歌うの。そうすると不思議と、寂しい気持ちが消えていくのよ』

 

絹は顔を上げると、微笑みながらそう言った。

 

『だから、汐ちゃんも一緒に歌おう?玄海おじさんが早く元気になるように・・・』

 

絹は汐の手を取ると、海の方に顔を向けて口を開いた。

 

―そらにとびかう しおしぶき

 

ゆらりゆれるは なみのあや

 

いそしぎないて よびかうは

 

よいのやみよに いさななく

 

ああうたえ ああふるえ

 

おもひつつむは みずのあわ ―

 

絹の可愛らしい歌声は、汐の耳を通り抜けていく。

 

『この歌ね、玄海おじさんから教わったのよ。もしも汐ちゃんが悲しんだり落ち込んだりしたら、一緒に歌ってあげてって。なんでも、ワダツミヒメ様を慰めるための歌が変化して、おじさんの家に昔から伝わっているものだって・・・』

 

そこから先の絹の話は、汐は覚えていなかった。覚えていたのは、自分の胸が嬉しさでいっぱいになっていた事。

 

そして――

 

絹の"目"の中に微かに宿る、得体のしれない何かの事だった。

 

 

 

*   *   *   *   *

 

 

「絹・・・」

 

汐は肥大化し、完全に異形の者となり果てた、絹だったものを見据えた。絹は全身から毒霧を吹き出しながら、じりじりと汐ににじり寄る。

 

そんな中、汐は息を吸った。さざ波のような呼吸音が辺りに響く。

 

汐が刀を構えた瞬間、絹だったものは奇声を上げ全身から珊瑚の槍を放った。

いや、全身からだけではない。壁や床、天井全てに飛び散った肉片から、凄まじい量の槍を出現させた。

 

瞬きをする暇も与えない程の刹那の時間で、部屋中は珊瑚の槍に覆われ、毛髪一本通る隙間すらない。

しかもそれは全て毒のある珊瑚で、絶え間なく猛毒の霧が吹き出しているのだ。

 

「オワリ、オワリ。ゼンブオワリ」

 

絹だったものからかすれた声が漏れ、結界の中に響く。これで本当に終わり。自分をずっと苦しめてきた異物は、これで排除された。

幻影歌を歌う暇も与えず、自分の耳は血鬼術で塞いでいるため聞こえるはずもない。

 

今度こそすべてが終わった。そう思った時だった。

 

絹だったものの耳に、さざ波のような音が聞こえた。そんなはずはなかった。

 

耳は塞ぎ、毒を撒き、この量の珊瑚で人間が存在するほどの隙間は存在しない。

 

それなのに、その音だけが聞こえる。

 

どこか懐かしさすら感じる、その音が。

 

「エ?」

 

その途端。絹だったものは信じられないものを見た。空間全てを覆い尽くしたはずの珊瑚が、自分に向かって道のように切り開かれていた。

 

そしてその中心を、汐が鉢巻きを揺らしながらこちらに向かって歩いてきていた。

 

(ナンデ、ナンデ?何で?)

 

絹は混乱しながらも、汐を殺そうと血鬼術を放とうとした。だが、何故か血鬼術が出ない。

否、血鬼術だけではなく身体が動かない。束縛歌を使った形跡もない。

 

それなのに、絹の身体は動かなかった。汐のさざ波のような呼吸音が、絹の戦意を削いでいるかのようだった。

 

(すぐそこにいるのに、すぐ殺せる位置にいるのに、どうして動けないの?)

 

絹は汐を睨みつけようとして、ハッと息をのんだ。自分に向かってくる汐は、口元に笑みを浮かべていた。

 

その表情を、絹は覚えていた。自分が殺した母親の葬儀の後に、かわいそうと言われていた絹に声を掛けてきた、あの時と同じ表情だった。

 

「うしお、ちゃん・・・」

 

絹が口を動かしたその瞬間。絹の視界がぐるりと動き、天上、壁、床を映していく。

そしてその視界が汐を映した時、汐の声が聞こえた。

 

「さようなら、私の親友、尾上絹」

 

――海の呼吸・拾壱ノ型

 

――【汐】

 

その声を聞いたとき、絹は理解した。汐はあの量の珊瑚を、自分に届く前に全て瞬時に斬り裂き、そして絹が汐を認識した瞬間には既にその頸は斬られていた事を。

 

(嗚呼。結局、私は誰からも見て貰えていなかったんだわ)

 

家族も、仲間も、心の隙間を埋めてくれたと思った無惨でさえ、絹の本質は理解していなかった。否、理解しようとすらしていなかった。

 

結局自分はただ一人、一番憎んでいた相手に殺されたという、みじめで醜い存在だったと。

 

それを否が応でも気づかされた絹は、涙を流しながら汐を睨みつけていた。

 

「あなたなんか、私の前に現れなければよかったのよ」

 

絹は身体を崩壊させながらも、汐の背中に向かって言葉を吐きだした。

 

「あなたがいなければ、私はこんな思いをしなくて済んだのに。全部、全部あなたのせいよ・・・」

 

絹の頸は地面に落ち、黒ずみながら崩れていく。

 

「あなたは私に苦しみを持ってきた。全部、全部いらないものだった。私の世界を壊した、あなたが本当に憎い。そして・・・」

 

――あなたと友達に慣れて嬉しいと思う私自身が、惨めで憎い・・・!

 

絹はそれだけを呟くと、灰になって静かに消えていった。それと同時に絹の生み出した空間も溶けるように消え去った。

 

「ごめんね、絹。あんたの事、もう少し早く気づいて止めていたら、こんな風にはならなかったわね。あんたの心を鬼にしたのは、あたし。それは確かね」

 

汐は刀を鞘にしまうと、顔を下に向けた。

 

「これでけじめをつけられたなんて、当然思ってない。でも、まだあたしにはまだやるべきことが残ってる。だから、全てが終わるまで――」

 

――地獄で待ってろ

 

汐は両目から涙を流しながら、歯を食いしばった。

 

戦いはまだ終わっていない。ここには無惨と上弦の鬼がまだ残っているはずだ。

 

「行かなきゃ。まずは炭治郎と義勇さんのところに戻らないと」

 

汐は顔を上げると、炭治郎達がいるであろう方向に顔を向けた、その時だった。

 

「ゴフッ・・・!!」

 

汐の口から、鮮血が霧状になって飛び出し畳を赤く染めた。

 

慌てて口を押えるが、血は止まらずみるみるうちに手を赤く染めて行く。

 

(さすがに鬼みたいに、毒の分解は出来ないか・・・)

 

汐はその場に崩れ落ち、血を吐き出しながら蹲った。

 

(参ったなあ・・・。あたしは、まだ死ねないのに。流石に二回目の還り咲きは、無理だよね・・・)

 

薄れゆく意識の中、視界の端に何かが動く気配がした。

 

仲間か、それとも鬼か。それを考える間もなく、汐の意識は闇の中に沈んでいった。

 

*   *   *   *   *

 

汐が絹と対峙していた、そのころ。

 

炭治郎と義勇は、猗窩座の底の見えない強さに苦戦を強いられていた。

 

義勇の刀が戦いの最中にへし折られ、その中でさらに強さを増す猗窩座の技を、凪で相殺することすら難しくなっていた。

 

しかしそんな中、炭治郎が【透き通る世界】という新たな力に目覚め、闘気を隠した炭治郎が遂に猗窩座の頸に刃を振るった。

 

これで終わったと二人が思った時、なんと猗窩座は頸を斬ったのに身体が崩れず、そのまま再生しようとしていたのだ。

 

このままでは無惨のように頸の弱点を克服してしまう。それだけは避けなければならない。

 

だが炭治郎は体力の限界をとうに超えていたため失神。義勇も立てていることが奇跡と言えるほどの傷を負っていた。

 

それでも、まだ戦いは終わっていない。何より、ここで炭治郎を死なせたら、汐との約束を破ることになる。

 

「炭治郎を殺したければ、まず俺を倒せ・・・!!」

 

義勇は折れた刀を構えそう叫んだ。

 

左耳は全く聞こえず、右手の感覚はない。それでも義勇は前を見た。託されたものを繋いでいくために。

 

猗窩座の頭が再生し、義勇に向かって行く中炭治郎は意識を取り戻した。

 

義勇を守るために刀を振り上げるが、既に握力は殆どなく刀がすっぽ抜けてしまった。

しかし炭治郎は、そのまま猗窩座の顔面に拳を振り下ろした。

 

それでも猗窩座は止まらない。その体制のまま義勇に向かって、煉獄を倒した滅式を放とうとしていた。

 

炭治郎はすぐさま動き、義勇の身体を抱えて飛びのいた。

 

その時だった。

 

猗窩座は炭治郎に視線を向けると、口元に笑みを浮かべ――

 

――自らの身体に、滅式を放った。

 

(自分で、自分を・・・?)

 

炭治郎は猗窩座の意図が分からなかった。ただ、ひとつだけわかったのは、技を放つ直前に猗窩座から感謝の匂いがしたことだ。

 

ボロボロになった猗窩座の身体は、再生しながらも、ふらふらとどこかに向かって歩きだそうとしていた。

 

まるで誰かを探しているかのように。

 

するとある一点で止まると、そのまま膝をつき、両手を前に伸ばした。それはまるで、誰かを抱きしめているかのように。

 

「あ・・・」

 

炭治郎は小さく声を上げた。再生していた猗窩座の身体が崩れ始め、そのまま灰になって消えていった。

 

炭治郎達に猗窩座の過去はわからない。だが、身体が崩れる直前に悲しい匂いがした。きっと彼も、どこかで何かを失ったのだろう。

 

「終わっ・・・た・・・」

 

炭治郎はそれだけを呟くと、床に吸い込まれるように倒れていった。

 

(早く、汐の所に・・・、そして、珠世さんのところに・・・)

 

しかし炭治郎の意志に関係なく、意識は闇に沈んでいく。

義勇も疲労困憊で動けず、折れた刀で身体を支えながら蹲った。

 

「カァー!!炭治郎、義勇、上弦ノ参撃破!!疲労困憊ニヨリ意識保テズ、失神!!」

 

鎹鴉の声が、二人の勝利を城中に知らせる中、もう一つの情報が飛び込んできた。

 

「カァー!!大海原汐、上弦ノ伍撃破!!疲労困憊ト毒霧ニヨリ意識不明!!」

 

その報せは幸か不幸か、炭治郎の耳に届くことはなかった。

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