私は不意を突かれて吹っ飛ばされたものの、空中で足を振って姿勢を制御、転がって着地し受け身を取る。
獲物を横取りされて苛立ったのか、白銀色の災厄が吼え猛る。悉くを破壊せんと言わんばかりに私たちを睨みつけている。
「天彗龍…バルファルク!?」
「撤退すべきよ!もうクエストは完了してるでしょ!?こんなの相手してたら命がいくつあっても───」
「言ってる場合か!攻撃、来るぞ!」
翼脚を伸ばして振り回す範囲攻撃の後に、ヘイトを買った私に向けて突進攻撃を仕掛けてくるバルファルク。私は何とか回避したものの、突進が掠めた左足が痺れている。この痺れが取れるまでは、咄嗟の回避は難しいだろう。
と、そこに横槍が入った。一本の矢が鈍く光を反射する堅牢な装甲を叩き、青い瞳が矢の発射元を向いた瞬間に今度は火炎弾と爆破の矢が連続して炸裂する。古龍と言えどこれは堪えたようで、たたらを踏んで攻撃の元凶…ガンナーの二人を見据える。
「こっち向きなさい、デカブツ!」
「こんがり焼きあげてあげますよ~♪」
極限まで鍛え上げられているとはいえ、かの天彗龍の攻撃をガンナー用装備で喰らえばひとたまりもない。せめて注意を逸らそうと、落ちていた石ころを拾い上げた瞬間に翼脚での突き刺しが飛んだ。けど不思議なことに、ガンナーの二人にはあと一歩届いていない。
「…ぐ、お…おおぉぉッ!!」
なんと、超重量級の古龍であるバルファルクの身体が一瞬だけ浮き上がった。脚の下から覗くのは、ユーリィの姿。恐らく攻撃を盾で受けて、そのままかち上げたんだろう。一連の行動で限界を超えた盾が真っ二つに割れた。
「くっ…これまでか…!」
「ユーリィ!そこから一歩も動かないで!」
痺れの取れた足でしっかりと大地を踏みしめ、ユーリィとバルファルクの下へ走りながらアウラとアイコンタクト。ユーリィの脇をすり抜けて迫る二発の火炎弾を踏み台にして跳び、バルファルクの目を見据えて瞬時に鬼人化へと切り替える。
「くたばれ!」
斬りかかろうとしたまさにその刹那、私の身体は空中で静止した。
全身の骨が軋む痛みから、バルファルクが己の翼脚をトラバサミのように使って私を拘束したのだと分かった。
「うあぁぁぁッ!?」
「クロナ!」
「クロナを返せ、銀メッキ野郎!」
「クロナちゃんを放しなさい!」
砲撃や様々な属性の矢が雨霰と乱れ飛ぶが、目の前の忌々しい龍が私を放す気配は微塵もない。それどころかより一層締め付ける力が増している。このままでは本当に私の身体がもたない。唯一自由になる右手に持った双刃の片割れを無我夢中で振り回せば、悲鳴にも似た咆哮と共に、急に拘束が解かれた。見ると、バルファルクの頭に私の剣が深々と突き刺さっている。
「今すぐ逃げろ!逃げるんだ、クロナ!!」
ユーリィの声で我に返るも、今までにない敵意を込めて目で睨まれている。腰が抜け、足がすくみ、逃げられるような状態じゃない。
「…た、たすけ」
言い切る間もなく鋭さを増した翼脚での攻撃に腹部を貫かれ、まるで昆虫標本のように崖に磔にされる。
血が噴き出し、バルファルクの翼槍が赫く染まっていく。四肢が急速に冷えていく感覚を味わいながら、私は意識を手放した。
次に私が目を覚ましたのは、龍歴院の治療室だった。私が寝ているベッドの横では、ユーリィがこくりこくりと舟をこいでいる。
「…ゆーりぃ。」
「んむ…ぁ…ふが。あ…クロナ!良かった、目が覚めたか!」
「…せめてよだれ拭いたら。せっかくのいい女が台無し。」
「あ、あぁ…すまない。具合はどうだ?」
ハンカチで口元をぬぐいながら、ユーリィが問いかけてくる。そういえば、派手に出血した割には痛みも違和感もない。毛布をめくってみれば、傷跡こそ残っているものの、すっかり治ってしまっている。
「ここの研究者が優秀でよかったよ。治療用の回復薬グレートを満たした培養槽の中にクロナを入れて、きっかり一日で完全に治ってしまっていたんだ。あれを開発した研究者にはどれだけ礼を言っても足りないな。」
その光景を想像して、若干のおぞましさに背筋を震わせてしまった。嫌な感情を振り払うように頭を振り、私は別の質問を投げかけた。
「あれから何日たったの?」
「三日と少しだ。色々あったぞ、色々な。クロナに言っておかなければいけないこともある。」
目の前に何か差し出された。これは、何?燃える炎のような橙色で、龍の鉤爪のような装飾が付いている。私の愛刀にそっくりだ。おかしいのはたったの二点。一振り足りないという点と、刃がいくつかに折れているという点だけだ。
「残念だが…クロナの双剣は一振りが破損、もう一振りはバルファルクと共に行方不明だ。」
「…そんな気はしてた。大丈夫。新しい武器のために素材を集めるのは、少し骨が折れるけど。」
形あるものは、いつかは壊れる。それを受け入れられないほど子供じゃない。かといって、私も全く悲しまないほど非情でもない。砕け散った刀身をそっと撫でる。
「そこで相談なんだが…その刀身をもう一度鋳融かして、新しく作る双剣の芯材にしないか?」
「えっ?」
「鍛冶屋の親方さんに聞いたんだ。普段私たちが使っている武器は、使える素材の数の関係で芯が無い。いや、正確に言えばあるんだが、同じ硬さだからあまり意味が無いんだ。けれど、より粘りのある芯材を入れることができれば、さらにしなやかで強い武器が作れるんだそうだ。」
なるほど、それは思いつかなかった。そうすればこの子も新たな武器となって生き返ることができる。
「武器はそれでいいとして、装備は今のままじゃ防御力不足が否めない。」
「もちろん、そこも考えてある。私たちが討伐したミラルーツの素材を使った新しい装備の案が龍歴院から送られてきた。〈αルーツ〉装備というらしいが、正直私はこれでも怪しいと思う。」
「とは言っても龍歴院の装備でしょう。防御力の底上げはできそうだけど。」
「そうじゃない。私が心配しているのは、あのバルファルクの攻撃力が跳ねあがっているという点だ。これに関しては自分の目で見た方がいいだろうな。」
そう言うとユーリィは椅子から立ち上がった。私もベッドから起き上がって近くにあったベルダー装備を着こみ、ユーリィの後をついていく。
私達が乗っていた龍識船は、ほぼ撃沈と言ってもいいほどに破壊されていた。船体中央部に横から穿たれた大穴がひときわ目を惹いている。船首に備えられた撃龍槍は完全にへし折られていて目も当てられない。
「な…!」
「酷いものだ。私たちが龍識船に帰還してすぐ、バルファルクの襲撃に遭った。撃龍槍をはじめ、龍識船や私たちハンターの持てるすべての兵器を使って迎撃したが…結果はこの有様さ。」
「バルファルクの攻撃に耐えられるよう、強化してあったはず。それなのに…」
「龍歴院はこのバルファルクを特殊個体と認定したらしい。写真も撮られている。」
「特殊個体…どういうこと?」
「ほら、これがその写真だ。」
ユーリィから受け取った写真に写っていたバルファルクは、誰が見ても異常とわかる見た目をしていた。赤黒く染まり、より攻撃的に鋭く尖った全身の甲殻。噴き出す龍気はどす黒く、そして頭には私の双剣、その一振りが深々と突き立てられたままだった。
「個体識別名、『憤怒せし紅蓮なるバルファルク』。発見次第最優先で狩猟するようにと、全ハンターに通達が行った。オストガロア以上の脅威だと認識されたらしい。」
「そう…」
「クロナのせいじゃないさ。いつかは起こり得ることだった。たまたま私たちがかち合った時にトリガーが引かれてしまった。それだけさ。」
「…うん、ありがとう。」
ユーリィが私の頭を撫でながら抱きしめてきた。私は子供じゃない…けど、今は少しだけ甘えさせてもらうことにする。私の頬を伝う雫は、きっと流れ出た汗に違いない。