Avengers of AGITΩ   作:紅乃 晴@小説アカ

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序章
01.遭遇


 

 

ミア・ロンドベルは自分の不幸さを呪った。

 

彼女の人生はケチがついてばかりだった。ハイスクール時代はリケジョとクラスメイトからいじめられて、やっとの思いで大学へ進学するも入ったゼミの教授が最悪でハラスメントの嵐。最終的に研究資金を横領したとして刑事事件まで発展してしまい、大学で専攻していた物理学の研究も手につかないまま卒業の時期を迎えてしまった。

 

やりきれない思いから、ミアは藁にも縋る思いで大学院の研究部へ片っ端からキャリアシートを送り付けたが、クズ教授の元にいてロクな研究成果も出せなかった彼女の論文に目を向ける者は少なく、大学卒業をしても苦学生のような生活を続けていた。

 

そんな彼女の人生が上向いたのは、大学院を諦めて一般企業、行政関係なく自分の専攻したい物理学の研究をしている施設へキャリアシートを送り始めた時だ。

 

ある日、一通の手紙がポストに届いていた。また不採用の通知だろうと雑に開けた封筒の中に入っていたのは、フィラデルフィアにある研究機関からの合格通知だった。

 

飛び跳ねて喜んだ上に、何も考えずに受けますと答えたミアが向かった先が、戦略国土調停補強配備局……のちにS.H.I.E.L.D.と呼ばれる国家組織だったなど知る由もなかった。

 

住居も慣れ親しんだボストンからフィラデルフィアへと移し、新生活と研究室の雑用として忙しい日々を過ごす彼女は、ようやく自分の運も上に向かってきたと喜んでいた。

 

だが、彼女の不運はまだ終わってなかった。フィラデルフィアで起こる謎の怪奇現象と行方不明者が続出する異変に、ミアは気づいていなかった。

 

それどころか、不用心にも彼女は深夜に終わった研究帰りを徒歩で行っていたのだ。しかもひと目のない路地を通るルートで。

 

「おい、女ぁ……怪我したくなかったらそのバッグを渡しな」

 

不幸だ。ミアは怖面でナイフをひけらかす男を見て思わずそう呟いてしまった。後ろには二人の男がいて、完全に退路は断たれている。

 

アメリカでの鉄則は抵抗しない、とりあえず鞄を出せという要求を飲むであるのだが、ミアの鞄には集めたデータのソースファイルが保存されている。金目のもの……具体的に言えば財布の中身程度で済むなら良いが、おそらく鞄ごとやられるだろう。幸いにも容姿はリケジョといじめられていた時から変わっていない丸メガネでボサボサの髪の毛だから、性被害は考えにくいが、ミアにとっては性被害よりも鞄の安否の方が死活問題であった。

 

「さっさとよこせ!」

 

「い、いや!離して!」

 

堪え性の無い男が無造作に鞄を奪おうとしたので反射的に抵抗してしまう。すると後ろから二人の男たちも駆け寄ってきてミアの体を取り押さえてしまった。

 

「Wow!結構良い体してんじゃねぇか……」

 

ゾッとするような男の視線に思わず顔が歪む。男たちにとって顔よりも女であれば誰でも良いのか。

 

「もう頭にきたぜぇ!お前を殺して鞄を頂く!!」

 

そんな思考が頭を過りながらもしっかりと鞄をホールドするミアに、男はついにナイフを振り翳した。あぁ、だめだ。仕事もうまく行き始めて、やっと同僚にも褒められるようになったのに。やっぱり私って運がない。ナイフを呆然と見つめながら自分の人生の終わりを予感するミアだが、それは突如として裏切られた。

 

バシュ、という吐瀉物が降りかかる音共にナイフを振り翳していた男が音を立てて倒れた。男は断末魔の悲鳴をあげることもなく、糸が切れた人形のように倒れ伏せて、そして身体中の皮膚がブクブクと泡立ち、消えてゆく。その姿はまるで泡になって消えた人魚姫のようだった。

 

何が起こったのか全く理解できない。理解できる範疇を超えていた。目の前で今まさに自分にナイフを突き立てようとしていた男が泡になって消え失せたのだ。事実を受け入れられずにいると、後ろにいた二人の男が一目散に逃げ出した。犯罪者の防衛本能というか、危機意識だろうか。だが、その選択は彼らの命を終わらせるものだった。

 

「ゲェゲェゲェッ」

 

酷い声だ。ヒキガエルの鳴き声を何倍にも酷くした声が路地に響き、人型の何かがミアの頭上を飛び越えた。今まさにフェンスをよじ登って逃げようとする男に、人型のそれは口から何かを吐き出して命中させた。

 

すると、フェンスをよじ登っていた男はそのまま張り付くように脱力して、先ほどの男と同じような皮膚が泡立ち、そして消えた。

 

「ひ、ひぃいい〜〜!?」

 

仲間が泡になって死ぬのを二回も見た残りの男は、ズボンのベルトに突っ込んでいたピストルを取り出した。銃口を向けられて少し動きが鈍ったことにより、人型の〝何か〟が鮮明に見えた。

 

濃い茶色の硬い外骨格に覆われ、頭部の形は人間のものではない。手には鋭い爪、強力に発達した足。明らかに自然界の生き物ではない。一言で言い表すなら……怪物であった。

 

「く、くるなぁ!!うわぁあああ!?」

 

銃声が何発も響く。六発装填可能なリボルバー式の回転拳銃から全ての弾薬が吐き出された。だが、その怪物はピストルで撃たれても怯みもしない。

 

薄笑いのような独特な声をあげて怪物は男を掴み上げ、その首筋から針を突き刺し体液を吸い上げてゆく。

 

「う、うげぇ……ぁあ……」

 

持ち上げられている男の両足がビクビクと痙攣し、そして体液を吸い尽くされ、骨と皮になった男も泡となって消え去った。

 

「ゲェゲェェ……」

 

ゆるりと怪物がミアの方へと振り向く。〝次はお前だ〟と言葉がなくてもミアには理解できた。暴漢に襲われるのも不幸だし、データが入った鞄を奪われそうになったのも不幸だし……こんな化け物がこんな場所にいるなんて、想像もしていなかった。

 

ジャリジャリと音を立てて近づいてくる化け物に、ミアは今になって恐怖と震えがやってきていた。怖い、怖い怖い怖い怖い!!無様に後ずさることしかできなかったミアを、ゲェゲェと笑い声のような声を上げて追い詰める怪物。

 

 

 

その時だった。

 

 

 

ガシャン、と鎖で施錠されていたはずの金網の扉をこじ開けたような音が響いた。

 

怪物が振り向く。ミアも音が響いた場所を反射的に見た。そこには扉を開け放って立つ、一人の影があった。

 

暗い路地と言っても街明かりが路地の外には溢れている。にも関わらず、入ってきた人影の顔ははっきりと見えなかった。

 

その理由は単純。眩しすぎる光が人影の腰部から爛々と輝いていたからだ。

 

その逆光で男の顔が影になり真正面にいるミアは見ることができなかった。

 

言語化できない声で人型の化け物が光を放っている人影へと迫ると、その影は軽やかに怪物からの攻撃を避けて脇腹に痛烈な一撃を叩きつけた。

 

もんどり打って倒れた怪人を前に、人影は静の動きから腕を前にかざし、鋭い呼吸を放って調息する。腕が完全に前に出た瞬間、呼吸を止め、こう叫んだ。

 

 

「……変身っ!」

 

 

両サイドのバックルへ手を叩きつける。

 

何かのスイッチが入るような音と同時に、聞いたこともないような音と閃光が放たれた。思わず顔を手で覆う。

 

眩い光と音が静かになって手を下ろすと、そこには真っ赤な複眼と黄金の角、漆黒の四肢。腕と足には黄金の防具。光を放っていた腰部は黄金と黒と赤を基調にしたベルトに変わっていた。

 

明らかに人と一線を画す姿だった。真っ赤な複眼がやけに鮮やかに見えて、その存在は緩やかに腕を交差させると起き上がろうとしている怪人に身を構えた。

 

覆いかぶさるように襲いくる相手を上半身を最低限動かすことで躱し、腹部に二発、顔に一発、そして怯んだ相手の側頭部に上段回し蹴り。一回の攻防で計四発に及ぶ打撃を叩きつけて容赦なく怪物を吹き飛ばす。

 

「すっご……!?」

 

軽く3メートルほど路地の間を吹き飛んだ怪物を見てミアが驚愕の声を上げる隙に、黒と金の戦士は両足の幅を広くし、深く腰を落とす。独特な構えと静かな調息の中、額に備わる金のクロスホーンが展開され、アスファルトの地面に黄金の紋章が浮かび上がった。

 

構えを取ると同時に紋章が渦巻き、足にパワーを集中してゆく。

 

「ハッ!!」

 

掛け声と共に戦士は高々と前方に飛び上がり、起きあがろうとしていた怪人めがけて飛び蹴りを繰り出す。

 

「ハァァーーッ!!」

 

「ゲェハッ!?」

 

力強い声と共に降り注ぐような飛び蹴りを怪物に喰らわせた戦士は音も無く着地する。蹴りを受けて再び飛んだ怪物はヨロヨロと起きあがろうとするが、それが最後の瞬間だった。

 

苦しみ始めた怪物の頭上に白い輪が形成され、もがき苦しんだ後で怪物は爆発。跡形もなく姿を消し去ったのだ。

 

「え……なに……なになになに!?何が起こったの!?」

 

もうパニックだった。暴漢に襲われ、怪物に襲われ、それを倒す戦士……?のような存在に遭遇して。ミアのキャパシティは限界をとうの昔に超えていた。

 

取り乱すミアの傍で、ベルトの両サイドを再び叩くと変身時と同じ音を奏でて、黒と金の戦士は普通の人へと戻った。その姿は……見るからに浮浪者だった。服はボロボロで履いてある靴も両方バラバラ。髪の毛はボサボサで身なりも汚らしい。男は変身を解いたと同時にミアを見て。

 

そして倒れた。

 

「え、えぇえええぇええ!?」

 

ミアの絶叫が響き渡る。足元に倒れた浮浪者は虚ろな目のままこう呟いた。

 

「お腹……減った」

 

そして彼……ショウイチ・ツガミは、度重なる戦いの中で空腹の限界を迎え、そのまま意識を手放すのだった。

 

 

 

 

 

 

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