S.H.I.E.L.D.の捜査官であるフィル・コールソンを見失ったミアは、なし崩し的、全くもって不本意だが、記憶喪失の浮浪者であり、謎の変身パワーを宿す男、ショウイチ・ツガミを保護することになりました。
ただでさえ不幸でいる自分に神は一体どんな試練を与えるというのでしょうか。大学のゼミのクソ教授に出会ってからめっきり信じなくなった神への祈りはそんな辛辣なものだった。トボトボと医務室に戻ってきたミアは、同僚であるスイートとメリッサに手伝って貰い、ショウイチをラボの一般棟へと案内した。
記憶喪失であるが、幸いにもショウイチは読み書きや簡単な計算、道具などの使い方や言語による意思疎通は問題なく、彼自身の出生や人間関係、彼自身がこれまで歩んできた〝人生〟だけをポッカリと忘れているだけだったので、一般棟にある空き部屋に案内するまで苦労はなかった。
研究棟はS.H.I.E.L.D.のいろいろな研究(ミアも全容は知らない)ものがあり、基本的に一般人の出入りは固く禁止されている。なのでショウイチも研究エリアがある棟には入れず、ラボの一角にある一般棟に隔離される形となった。
ミア自身、さっさと手を離したい案件であったが捜査官のいうことは絶対という謎の風習がS.H.I.E.L.D.にあるため、コールソンのことを恨みながらもショウイチのことは全面的にミアに一任される事となった。
「いい?私からのお願いは単純。この棟から出て、変な真似はしないで。以上」
「内容は……わかりました」
「よろしい。ベッドはそこ。簡易のシャワールームはそこだから、浴びたらこれに着替えて今日は寝てね」
ショウイチが案内されたのは一般棟の中程にあるゲストルームである。出張にきた研究員などが寝泊まりに使う場所で、寝具やシャワーなども完備されている。とりあえず最低限の生活はなんとかなると言った具合だ。スイートが見繕ってきた着替えを渡して、浮浪者そのままな服はさっさと廃却する。
「ミアさん……ありがとう。見ず知らずの俺を助けてくれて」
部屋を後にしようとしたミアに、ショウイチは人懐っこい笑みをむけて感謝の言葉を言った。あぁ、こういう顔苦手だ。ミアは反射的にそう思ってしまった。彼女としては訳の分からない化け物に襲われて、その化け物を吹っ飛ばした未知の存在であるのが彼だ。ショウイチの感謝の言葉には、コールソンやスイートたちに彼の正体をバラさなかったことも含まれているのだろう。それが余計にミアのめんどくささを刺激していた。
「別に……厄介ごとにこれ以上巻き込まれるのが嫌だっただけよ。じゃ、おやすみ」
素気なくそう返して扉を閉めるミア。振り返りはしなかったが、扉が閉まるまでショウイチはずっとミアが苦手だと思った笑顔を浮かべていたのだった。
それから、ミアもスイートやメリッサと別れ、今度は〝タクシー〟で家路についた。帰宅すれば既に時計は4時00分を示していて、寝れても三時間程度。絶望感と疲労感に苛まれながらも休息を求める体をベッドを横たわらせて、ミアは短い睡眠時間を摂った。
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「あ、おはようございます。ミアさん」
「おはようございまーす。………んっ?」
ごく自然に挨拶されたので、ミアの眠気を訴える思考は今の状況を理解するのに数秒を要した。ホウキを片手に玄関周りの落ち葉を掃除する人物の顔に、ミアはものすごい既視感を覚えた。
大股で入口に戻る。そこには昨日渡した予備の服ではなく作業着を着たショウイチ・ツガミがせっせと掃除している光景が広がっていた。
「な、なにやってるの!?ショウイチ!?」
「なにって、掃除とかですけど」
さも当然のように返された言葉に、ミアは言葉を失った。絶句するミアを不思議そうに見ているショウイチ。その後ろから研究所の一般職を牛耳るチーフが大手を振ってこちらに声をかけてきた。
あぁ、それはそうだ。昨日の夜に突如とした研究所に居候まがいなことをし始めた情緒不定、職業不明な記憶喪失の男性が勝手に出歩いて掃除をしていたのだ。そのことを咎めにきたのだろうと勝手に解釈していたミアだが、やってきたチーフの言葉に耳を疑った。
「ショウイチ〜!キッチンの手伝いしてくれ〜!」
「はい!今いきます!」
思わずズッコケそうになった。ごめん!ミアさん、これ守衛のおじさんに渡しておいて!とホウキをミアに渡して、ショウイチは呼びにきたチーフと一緒に研究員の食堂がある方へと向かっていってしまった。
「なにがどうなってるの!?」
ポツンと残されたミアは思わず叫んだ。そしてミアは守衛のおじさんの世間話に付き合わされて、久々に早起きできたのでラボの朝礼に遅刻したのだった。
「彼がここに住まわせてもらうなら手伝わせてくれって言ってきてな」
研究チームの室長からお怒りを受けたミアは、デスクにいるスイートからそんな話を聞いた。なんでもシャワーを浴びて小綺麗になったショウイチは、お楽しみ中だったスイートとメリッサがいる医務室にやってきてそんなことを言い始めたのだ。
最初は冗談かと思い、スイートが使ってない部屋の片付けを頼んだ。ショウイチが居を構えるゲストルームは他にも沢山ある。そのほとんどが手入れされず、埃が被っている酷い状態だ。掃除を始めたらきっと嫌になって途中で投げ出すとメリッサと言っていたら、ショウイチは見事な手際でゲストルームの掃除を終えたのだ。
埃ひとつない部屋に唖然とするスイートに、ほかにすることは?と聞くショウイチ。そこからはノンストップだったと後に彼は語る。
「ショウイチ〜!次は花壇の整備を〜」
「はーい!」
「ショウイチ〜!この封筒を会計の人に渡してきてくれ〜」
「おまかせあれ!」
「ショウイチ〜!野良犬が敷地内に〜!」
「はい!お手!骨とってこーい!!」
そんなこんなで早くも一週間。
ショウイチは困っている人、助けを求める人のところに出向いては手伝い、手伝い、手伝い。その手腕を一般職のチーフに気に入られて更に拍車が掛かった。中でも料理の腕前がピカイチで、万年人手不足な研究員の食堂に救世主が現れたとちょっとした騒ぎになっていたりする。
「なんだか最近、ショウイチの名前を聞かない日がない気がする」
「ハッハッハッ!彼は人気者だからな!」
ショウイチの保護責任者に任命されていたはずのミアはすっかり影が薄くなっていた。指示をする前に保護する相手が独断で動き始めて、それが助かるもんだからみんな彼を頼った結果、収拾がつかない状況に陥っていた。
そんな激動の日々の中、ショウイチは毎日毎日、本当に楽しそうにこの施設の中を駆け回って手伝いをしていた。夕方にカウンセリング兼、内心するスイートはショウイチのカルテを見ながら笑っていた。
「毎日記憶喪失になりたい、か。彼らしいな」
この施設の中でショウイチとの接点が多いのは実はスイートである。問診とカウンセリングをする次に接点が多いのはミア。その次が一般職のチーフである。
ミアは毎日の帰宅時に今日は何をしたという話をショウイチから聞き、日誌的なものコールソンに送る役目を言い付けられているので、毎晩ショウイチの話(業務連絡)を聞いては書き起こしている。明日の8時から花壇の水やりから始まり、夜の守衛の手伝いまでのワークスケジュールをコールソンに送ったら「彼は業者なのかね?」と真面目な返事が来てミアは少し頭を抱えたりした。
カルテを横から見ていたメリッサが不思議そうな顔でスイートに質問をした。
「手先が器用なのが意外ね、記憶喪失なのに」
「そう言った作業というのは記憶とは別のところに格納されているともいうのさ」
スイート曰く、ショウイチのような記憶喪失の症例は珍しくなく、ある特定のポイントをピンポイントで失うと言った事例もある。とは言っても、ショウイチのように自分と自分に関わった全ての人との記憶が無くなっているというのは珍しいことだ。
「それに……そう言った症例は、脳に莫大なストレスがかかって起こることが多い。彼は一体、何があってあんなにも記憶を失ったのだろうな」
そう呟きながらスイートは満点の笑みを浮かべるショウイチのカルテの写真を見ながら、物悲しい表情をしたのだった。
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研究員たちが利用するキッチン。そこに並べられた魚たちを真剣な眼差しで眺めるショウイチは、その口に指を突っ込んでゆく。
「この魚、生はまずいですね。焼いてしまいましょう」
4匹目あたりでそう言うと、キッチンスタッフが「じゃあこれはソテー行きだな」とショウイチが調べ終えた魚をマリネにするか、焼くかと言う選別をしていく。彼は魚の口に指を突っ込むだけで、その魚の具合や鮮度、傷みを瞬時に見抜くことができるのだ。
「さすがはショウイチくんだなぁ」
厨房の掃除、皿洗いから始まり料理の下拵えからソース作り、調理、飾り付けまでを十全にこなすショウイチに、キッチンスタッフたちは称賛の声を上げた。彼が来てからスタッフたちの激務は大きく改善された。手際がよく、欲しい時に欲しいものを用意してくれるショウイチの存在はとても有難いものであった。たまに独創的すぎる創作料理のプレゼンを始めるのがたまに傷ではあるが、それでもショウイチのセンスは目を見張るものがあった。
さて、明日の調理の下準備も終わったところだったが、ふとショウイチは違和感を覚えた。神経を逆撫でするような嫌な感覚。途端、彼はキッチンエプロンを脱いで食堂を後にした。
「すいません、料理長さん!少し席を外します!あ、仕込みは終わってるので!」
すれ違った料理長にそう告げて、ショウイチは施設の裏口から出てフィラデルフィアの市街地へと走り出した。しばらく走った後、薄暗い路地に差し掛かった。違和感の正体はこの奥から来ている。特に何の変哲もない路地であったが、ショウイチには直感的な理解できた。
そして、彼が踏み出そうとした時。
「どこに行くつもりなの?」
ふと、路地に踏み入れた足が止まった。静かに振り返ると、そこには家路についていたはずのミアが立っていた。悪いけど尾行させてもらったわ、とミアはスマートフォンを取り出してショウイチに見せる。それは彼の服に仕込んだ小型の追跡装置だった。ミア自身、捜査官の真似事をするつもりはなかったが、コールソンから「目を離すな」と言明されていたので、仕方なくショウイチの後を追っていたのだ。
「ミアさん……」
「貴方、一体何者なの?なんでそんな真似をしているの?」
奇しくも、その路地はミアが暴漢と化け物に襲われた場所に近かった。明らかに人が進んで通るような道ではない。薄暗い路地は、市街地の街灯やネオンも届かない闇に包まれている。
その闇を見据えながらショウイチは、ミアの問いに答えた。
「自分でも……良くわからないんだ。ただ、戦わなくちゃいけないって……」
「……貴方は何と戦っているの?何のために戦うの?」
「ご飯を美味しく食べるため、かな」
「は?」
真剣な話をしていたはずなのに、思わずミアから変な声が出た。ご飯?使命とか、運命とか、そう言ったものじゃなくて?混乱しているミアに、ショウイチは振り返っていつもの人懐っこい笑顔を見せる。
「生きるってことは、おいしいってことじゃないですか。だから、死を背負っていたりすると不味くなります」
それだけ言ってら彼は真剣な表情に変わり、踵を返した。
「単純なことだけど……自分勝手なことかもしれないけど、俺は、自分のいるべき場所があるっていい、そのくだらない理由のために戦います」
ジャリ。薄暗い路地の奥から何かを踏みつける足音が聞こえる。それは人のそれではない。明らかな違和感と恐怖心がミアとショウイチの前に体現している。
間違いない。あの時と同じような化け物が、すぐそこにいる。すると、ショウイチの腰にあの日と同じ金と黒と赤が配色されたベルトが甲高い音が唸りを上げると共に現れた。
「ミアさんには、ご迷惑をかけてる自覚はあります。それでも、俺は戦い続けます。……それが、この力を手にした理由だと、思うから」
彼は鋭い呼気を発し、手を前にかざす。神々しい光を溢れさせるベルトの前に手を出すと、ショウイチは高らかに声を上げた。
「スゥ……ハァーー……変身っ!!」
両サイドのバックルを手で叩くと同時。エンジンが唸るような音共にショウイチの体が眩い光に包まれ、その姿を人間のものから遠ざけた。
「貴方は、何者?」
黒の四肢。真っ赤な複眼と黄金の角。その特徴を備えた戦士は、肩越しにミアを見据えてこう答えた。
「アギト。……この力の名はアギト」
その夜。再び語られることない死闘が、ミアの前で繰り広げられる。化け物とアギトの戦い。その光景を見つめるミアは気づかなかった。
ビルの屋上から、アギトの戦いを見つめる……至高の魔術師の存在を。