Avengers of AGITΩ   作:紅乃 晴@小説アカ

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04.魔術

 

 

 

アギトの力。

 

その力を有した起源を、ショウイチは全く知らなかった。気がつけば体の一部になっていて、そしてその力を何使うべきかを心得ていた。彼は争いごとを好まない性格ではあったが、一度アギトの姿に〝変身〟すれば、それまでの天然な雰囲気から一転して、その気迫と闘気を滲ませながらフィラデルフィアの街に現れる正体不明の化け物との戦いを繰り広げていた。

 

研究施設一般棟の便利屋さん。家に一人欲しい家政婦。料理はレストランが開けるレベルという認識がS.H.I.E.L.D.の職員あたりにまで浸透し始めた頃、ミアはコールソンに提出する報告書を前に頭を抱えていた。

 

彼の普段の生活なら何ら問題ない。基本的にショウイチは何をするにしてもミアに一報を入れてくるので、彼女のスマートフォンの連絡アプリには彼の日頃や勤務状況が更新されてゆく。あとはその時間と勤務内容をまとめてコールソンに提出するだけなのだが……時折、施設の外に出て何をしているのかと言うのが頭を抱える原因だった。

 

ショウイチには文字通り追跡機器が取り付けられていて、彼が路上でアギトとなって戦っている様子もバッチリモニターされている。だが、正直にコールソン捜査官へこの事実を報告したらどうなるのか?

 

おそらくショウイチはS.H.I.E.L.D.の生体研究施設へと運ばれ、そこでありとあらゆる検査や実験を行われるに違いない。ショウイチのことを一切知らないミアだったら、その事実を躊躇することなくコールソンへ報告するだろうが、彼女は化け物の魔の手から救われていて、アギトは命の恩人。そんな相手を明らかにやばいことをする相手に引き渡せるほど、ミアは冷徹にも合理的にもなれなかった。

 

スイートの話では、ショウイチの記憶喪失の症状はかなりの負担とストレスが原因ということもあり、普段の人の良さからミアはすっかりショウイチに情を持ってしまっていた。そしてそれはミア個人に限った話ではなく、この研究施設にいるほとんどの職員が感じていることだ。

 

今日も元気に一般棟の掃き掃除から始まって、昼間は食堂での調理。そして今は、報告書に頭を悩ませているミアをリラックスさせようとキッチンで甘味を作っている最中だ。

 

「できたよ、ミアさん。プリンアラモード・ショウイチスペシャル!」

 

トレーの上に果物とクリームがたっぷりのプリンを乗せてにこやかにテーブルにやってきたショウイチを見て、ミアは気楽そうでいいなと内心呟きながら、デザートカップに入っているカロリーの暴力たるプリンアラモードを受け取る。

 

ここ最近、怒涛の日々すぎて落ち着くタイミングなどほとんどない。そんな疲労困憊なミアにショウイチはキッチンの余りの食材を融通してもらってデザートを作るようになったのはここ数日の話だ。たまにスイートやメリッサもあやかりに来るが、ショウイチは拒むことなく料理を振る舞ってくれる。

 

「いつも悪いわね、ショウイチ」

 

「俺のために頑張ってくれてるんだから、少しは恩返ししないと」

 

そう笑うショウイチに、ミアはどこか申し訳なさを感じた。彼は本当に実直で素直で、真面目な人だ。打算で生きている自分とは全く違う。そんな彼の生殺与奪をミアは握ってしまっている。その事実が彼女に罪悪感のようなものを覚えさせた。

 

彼が何のために戦うのか。なぜアギトの力を手にしたのかはまったくわからない。けど、望んでそうなるような人にも思えなかった。じゃあ、どうして?その真実にミアはすごく興味がある。それと同時にショウイチの過去や真実を知れば……もう後に引き返せなくなる。そんな確信めいた感覚があった。

 

ふと、目の前にいるショウイチが周囲に視線を向けた。ミアも釣られて辺りを見渡す。時間は午後3時過ぎ。この時間の食堂は一種のカフェテリアのような扱いで、休憩など研究員たちが少なからずいるはずなのに。

 

「ねぇ、ショウイチ?」

 

「何?」

 

「この食堂……わたしたちだけだったかな?」

 

誰一人として食堂にいない。それどころか人の気配すら消えていた。正面にあるガラス張りから見える外の景色にも歩いている人やベンチに座っている人影もない。誰一人としていない空間。その不気味さに、ミアは小さく息を呑む。

 

パキリ。

 

ミアの真後ろでガラスにヒビが入るような音が響く。咄嗟に振り返ると、そこには歪な鏡面があった。ただ、何もない空間のはず。まるで自分の目の前が巨大な鏡になかったかのように、突如とした現れたそれはひび割れるように形を変えながらミアとショウイチを映し出していた。

 

「突然の来訪を許してください。Ms.ロンドベル」

 

反響音のような声が、屈曲したガラスに反射したかのように歪んだ食堂の中に響く。コツコツと硬いブーツの足音を響かせ、黄色を基調としたローブとフードを見に纏った一人の人物が現れた。その後ろからは黒人の偉丈夫もついてきており、黄色のフードを被った人物が指を振るうと食堂に並べられていた机や椅子が折り畳まれるように端へと寄せられてゆく。

 

「えーっと、どう見てもラボ見学の来賓者じゃないよね?」

 

見学を示すネームプレートを首から下げていないのは確かだった。戸惑うミアたちの前にたどり着いた人物は、フードを脱ぎ、剃り上げた頭部と整った顔立ちをあらわにした。

 

「失礼、私は至高の魔術師(ソーサラー・スプリーム)のエンシェント・ワンと申します」

 

そう言って彼女……エンシェント・ワンは二人へと挨拶を交わす。

 

「はぁ、これはご丁寧に……ってちょっと待って?ソーサラー・スプリーム?エンシェント・ワン?」

 

「科学技術を信奉するそちらとは別の視点を持つ者……とでも思っていてください。ところでMr.ツガミ。私は貴方に用があってきました」

 

ニコリと微笑みながら穏やかな口調で言うエンシェント・ワンであるが、この謎の鏡面世界や、現れ方から見てどう見ても穏やかな内容じゃなさそうだ。ミアは警戒心を高めつつ、横目でスマートフォンを見るが見事に電波は圏外となっていた。

 

「私としては蜂蜜入りのお茶でも飲みながらお話をしたいところですが……悠長なことを言ってる場合もないので」

 

「ちょっと待って!ここはダメだ!せめて外に……」

 

「安心なさい。ここはミラーディメンションです。多元宇宙(マルチバース)のひとつで、現実世界をもとに生成された仮想空間次元です」

 

「マルチバース?」

 

思わずミアが聞き返した。ミラーディメンション?などと言った摩訶不思議な単語はまだいいが、マルチバースはもはや眉唾物だ。物理学を専攻してきたミアにとって、その内容は信じ難く、かと言って軽んじることのできる内容ではなかった。

 

そんな物理学を主とするミアの言葉に、エンシェント・ワンはさも当然のような口調で答えた。

 

「この世界がひとつと貴方たちは思っているでしょうが、それは鍵穴から世界を見て全てを知っている者の言い分に過ぎません。ここは鍵穴の中。我々の生きる世界は無限に広がるマルチバースの一つに過ぎないのです」

 

このミラーディメンションもその一つです。アストラルディメンションも体験させましょうか?とくいくいと彼女が手をこまねくがミアからしたらそれどころじゃなかった。

 

この食堂が異界化していると言われて「はいそうですか」と納得できる方がどうかしているわけだが、ミアは前例を知っていたからまだ混乱はマシだった。物理法則を無視した生物変換をする男がすぐ横にいるのが少しの慰めでもある。

 

「あぁ、ダメだ。理解する前に頭が現実について行ってない……」

 

「理解することはありません。ただ委ねるだけです」

 

微笑んで言うエンシェント・ワンの前に躍り出たショウイチは警戒心を緩めずに穏やかな気配を出す彼女と向き合う。

 

「委ねると言って、なぜ貴方は俺たちにこんな真似をする!」

 

「それは貴方が特異点(シンギュラリティ)だからですよ。ショウイチ・ツガミ。具体的に言えば、貴方の力がですが」

 

たとえば……アギトの力。そう彼女が呟いた瞬間、ショウイチの雰囲気がガラリと変わる。無言のまま手を構えると、音共に彼の腰にベルトが出現した。

 

「ワイズマン・リング。別名オルタリング……本当に実在したとは。では、彼が?」

 

「えぇ、彼こそが……」

 

それを見てモルドは目を見開き、エンシェント・ワンは表情を変えないままショウイチとミアを眺めている。

 

「スゥーー………変身っ!!」

 

「ΑGITΩの力を宿す者。どうやら伝説は本当だったようですね、モルド」

 

ショウイチの声と共に発せられる凄まじい光の奔流。目を開けてられない光の中をエンシェント・ワンはみじろぎせずに立っていた。光が止むと、そこにはショウイチの姿はなく、黒と黄金の配色となったアギトが佇んでいた。

 

さて、そのままエンシェント・ワンが相手になるかと思いきや、彼女の後ろに控えていた黒人の偉丈夫……弟子、モルドが背負っていた杖(スタッフ)を取り出してアギトの前へ向かう。

 

「失礼、私はモルド。君の相手をさせてもらう。ちなみにレリックは知っているかな?これはリング・トリビューナルの杖だ」

 

モルドがそう言ってスタッフを軽く振るう。途端、杖が多節棍のように可変し、現れた関節部には輝くオレンジ色のエルドリッチ・ライトが迸った。バチリと凄まじい火花とスパーク音を轟かせるそれを見ても、アギトは動ずることなくじっと赤い複眼でモルドを見据えていた。

 

「レリックは人間の手には余る魔術を封じた魔法具だ。こうやって魔力を使えば武器にもなる」

 

反応のないアギトにも律儀に説明するモルド。彼の身につけるブーツもレリックであり、魔法陣の力場を作って足場にすることが可能だ。その説明を聞いたミアが力なく近くにあるテーブルに腰を下ろした。

 

「もう物理学の研究やめようかしら」

 

「その学びも重要ですよ、Ms.ロンドベル。ちなみにネパールの茶葉は?」

 

「え、あ、はい。いただきます」

 

何食わぬ顔で持ってきたポットからお湯を注ぐエンシェント・ワン。渡されたお茶は蜂蜜の風味が効いていてどこか心が安らぐものだった。

 

エンシェント・ワンから振られる何気ない話に応じるミア。その二人の前ではスタッフを振るうモルドと、洗練された肉弾戦を仕掛けるアギトの戦いが繰り広げられていたのだった。

 

 

 

 

 

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