うつろう夢のエレメント 作:カリフラワー
セブルス・スネイプ教授の魔法薬学。ホグワーツにおける陰気さの代名詞である。
薄暗い教室で皆黙って薬を調合する数時間。
その間スネイプは教室中を見回って生徒たちの集中を崩し、判断を誤らせ、それに対して嫌味を言う。
スリザリン生でさえ、毒が多少弱くなるだけで変わらない。
スネイプが言うには、そうした状況下で適切な調合が出来なければ、魔法薬学を修めるには及ばないとのことだが、毎度執拗にプレッシャーを掛けられれば生徒たちもポテンシャルを発揮できない。
まず、調合のコツを掴むまではそのような態度は控えるべきではないか。そんな風に思う生徒は多いが、スネイプに意見するとはつまり減点を覚悟するということ。
ゆえに魔法薬学の授業は、必然的にスネイプが作り出す空気に大人しく従うほかないということだ。
「うん、三十秒。ハーマイオニー、干イラクサの計量終わった? ありがと。次は……っと、ネビル、それもう少し細かくした方が良いよ。溶けにくいから。ん? どしたのロン。あ、そこは順序変えた方が良いかな。どうせ火が通るまで時間かかるし、蛇の牙の下処理をその間にやっちゃえば後が楽だよ」
「……噂の通りだな、ウィズ・オズ。君は授業中にしゃしゃり出ないと気が済まないと見える。君のお節介で他の生徒が注意力を磨けなく可能性があることを少しでも考えたかね?」
「んー? まあそうだね。でもそれで失敗したら本末転倒だよ――ネビル、そのくらいで大丈夫。ディーン、少し火を弱めて。それだと強すぎて茹でる時間がずれちゃう――失敗して鍋でも割っちゃえば危ないし――シェーマスもしかして牙の粉末を先に混ぜた? あー、そしたら鍋に入れるのを半分ずつに分けた方がいいよ、爆発するから――よし、準備オーケー。ハーマイオニー、鍋任せていい?」
「……この授業を受ける態度としてあまりに不適切だ。その無礼により、五点を減点する」
「えっ、ちょ、流石に五点は多……あー、それ駄目っ、そこの見覚えあるスリザリンの人! 角ナメクジは水を温める前から茹でると成分全部抜けちゃうから!」
――魔法薬学の授業は、必然的にスネイプが作り出す空気に大人しく従うほかない筈だった。
スネイプは口元をひくつかせていた。ホグワーツの教師に就任してから初めての異常事態に見舞われていた。
自身が陰気であることは自覚している。生徒に恐れられ、そして嫌われていることも理解している。
しかし、自分のスタイルを崩すつもりなど毛頭なかった。ホグワーツの教師である限り、魔法薬学の授業は己のやり方が徹底されると確信していた。
魔法薬学のコマとは厳粛な時間たるべし。
――正確には、フクロウ試験やイモリ試験を前にした重圧に心が折れて半狂乱に陥った生徒によって混乱が生じることも無くはないが、そればかりは毎年の恒例行事のため仕方ないとして。
少なくとも、このような腑抜けた空気の授業になったことなど一度たりともなかった。
見るがいいこの惨状。自身の雰囲気と、グリフィンドールとスリザリンの不和、最悪の空気となるべき組み合わせに突如投下された劇物により、緻密なバランスが崩壊し混沌空間が展開されていた。
手遅れになる内に減点によって制御しようとしたスネイプ。
しかし、混沌の主はあろうことか天敵の筈のスリザリンまで巻き込んだ。
ここまでの工程は特段文句のなかったドラコ・マルフォイが何故このタイミングでヘマをしたのか、彼を贔屓する用意のあったスネイプは舌打ちしそうになった。
「なっ……お、お前に指摘されなくても分かっている! 僕に関わるな化け物め!」
政治に長けたルシウス・マルフォイの子息が聞いて呆れる大暴言に、思わずスネイプの顔が引き攣った。
性格はともかく――本当にともかくとして、人外の子であるという点は少なくとも教師として、授業中に触れるべきではない事柄である。
どれだけ嫌味は言っても禁句というのはあるもの。
マグル生まれへの差別発言などがそれに当たるが、ドラコのそれはあまりにもドストレートな“人外版『穢れた血』発言”である。大っぴらに発言されたならば、スネイプとてスリザリン生に減点をしなければならないレベルである。
そこから予期できるのは、ドラコに乗じて、スリザリン生からウィズ・オズへの――そしてそれを受けてグリフィンドールからスリザリンへの大ブーイング大会の開催。
スネイプは眩暈がした。学生時代から色々と世話になっているルシウスに吠えメールを送ることも辞さない油の注ぎ方を受け、ひとまず怒号でその場を鎮めようとして。
「なら良かった。んじゃ頑張ってね」
「は?」
「わー、スリザリンは作業が丁寧だね。ねーねーダフネ、これも寮の特色なのかな」
「え、あ、うん、そうね。家柄の問題で予習している人は多いと思うよ」
「やっぱり。あ、ネビルー! ヤマアラシの針は鍋を火から下ろしてから入れないと駄目だよー! ……ところでさ、君らのそれは?」
あまりに自然にドラコの言葉を受け流し、スリザリンのテーブルを見て回り出した。
唯一、多少なり親交があったダフネですら困惑する空気の中、ウィズは一つの鍋を見た。
ヴィンセント・クラッブ、グレゴリー・ゴイル共同制作のもと、順番などなく、ぐつぐつと煮込まれる“全材料”。またの名を『カウントダウンを始めた爆弾』である。
ドラコはそれを見てぎょっとした。グリフィンドールの謎すぎる空気にちょこちょこ目が行き、自分の調合だけで手一杯になってこの二人の“介護”を忘れていた。
「薬だ」
「あと三十分煮込めば完成だ」
「三十分も煮込む工程ないよ、今日の魔法薬」
「あれ?」
「それじゃあ俺たちは何を作ってるんだ」
「爆薬かな」
「飲んでも美味くなさそうだな」
まともに頭を使って行われているのか分からない会話だった。
適当に受け答えしているウィズではあったが、内心若干焦っている。
このままだとやがて教室中にこれが飛び散って全員仲良くおできまみれになり、みんなの『おでき治し薬』がこの授業の後始末で全部なくなってしまう。
使わないらしいが仕方あるまい。何やら唖然としているスネイプを横目に杖を持ってきて、爆発数分前の鍋に向けた。
「ちょっと反則だけど……混じり合いて姿を変えよ――ジンガ・マジーロ!」
より複雑な魔法薬を調合する際、さまざまな特殊過程の援けとなる調合魔法。
はっきり言えば、低学年で習うレベルの魔法薬であれば、材料を全部鍋に放り込んで唱えれば完成まで導いてくれるほどの反則である。
しかし、このまま熱しても放置しても厄介なことになる薬を“どうにかする”には基本的に薬そのものを消し去るしかない。
この状態まで努力して進めた、という雰囲気な二人を見て、ウィズはこの魔法を行使した。
「ちょっとだけ薬の状態に手を加えたよ。あとはまあ煮込んでいれば完成するから」
「三十分か?」
「十分でいいかな」
「飲んだら美味いのか?」
「これそもそも飲み薬じゃないからね。んじゃ、ボクはこれで」
何が間違っていたのかも分からないまま薬を修正されたクラッブとゴイルは、微妙に和やかな空気のままウィズを手を振って見送った。
その後、困惑真っ最中のスリザリン生たちの何人かに助言し、ちょうど材料を煮込む工程が終わった頃に自分の鍋に戻る。
グリフィンドールとスリザリンの垣根を容易くすり抜けそのまま戻っていったウィズへの「なんだこいつ」という気持ちは、きわめて貴重なことに二つの寮の気持ちを一つにし、スネイプさえも共感させた。
ようやくスネイプが我に返った時、性質の悪い“夢魔の悪戯”は殆どの生徒の工程を適切に進め、自身の指摘が必要な生徒の方が少ない始末。
最終的に全員が“まともな出来の”魔法薬を提出するという前代未聞の結果に終わり、スリザリンに二十点を、仕方なくグリフィンドールに五点を与えるという形で、どうにかスネイプは落としどころを作ったのであった。
飛行訓練はグリフィンドールとスリザリンの合同授業となる。
そんな連絡が談話室に張り出され、グリフィンドールの一年生はげんなりとした。
ウィズの影響でメチャクチャになった魔法薬学の授業だが、スリザリンの嫌味な性質はよく伝わってきたのだ。
「最悪だよ。マルフォイの目の前で箒に乗って、僕らはめでたく物笑いの種だよ」
「いいや、あいつもきっと口先だけだよ。クィディッチが上手いって法螺を吹いてるんだ」
大広間での食事の時、いつもドラコはグリフィンドールのテーブルにも聞こえてくるほど大声で箒の技量を自慢していた。
マグルの乗ったヘリコプターを躱した逸話は持ちネタのようで、その話で締める度に拍手に包まれる。
一年生はクィディッチの寮対抗チームに入れないことに不満を漏らし、自分がシーカーならスリザリンの全勝は確実だとまで言う彼の自慢話は大変にグリフィンドール生を苛々させた。
ドラコを特別に気にしていない生徒も、飛行訓練に対しては気が立っていた。
他でもないハーマイオニーである。
理論派の彼女にとって、ただ本を読んで暗記するだけでは済まない飛行訓練はまさに天敵と言えた。
規則で持ち込みを禁止されている以上、あらかじめ箒を買って予習しておくことも出来ず、ハーマイオニーはこの授業に限って経験値がゼロであった。
「……つまり、体重の移動が重要らしいわ。思いっきりじゃなくて、何事もゆっくり、慎重に」
「ゆっくり……ゆっくりだね。わ、わかった」
ハーマイオニーなりの予習――『クィディッチ今昔』なる本でひたすら飛行のコツを読み上げる念仏に縋るネビル。
そんな二人を、ウィズはパーバティ、ラベンダーと共に眺めていた。
「飛行訓練ってそんなに気を張ることかしら」
「初めて乗る人にはそうなんじゃない? ウィズは大丈夫なの?」
「うん。そこそこ乗ってるよ。旅には欠かせないしね」
大抵の魔法使いにとって、箒といえばクィディッチである。
世界のあちこちを旅するにしても、昨今箒を扱うなどということは少ない。
箒を使うのは余程交通の便の悪い場所を行くような物好きくらいである。
ゆえに“旅の必需品”と聞いてもパーバティとラベンダーはあまりピンときていなかった。
「じゃあ来年からはクィディッチチームに入る予定?」
「んー……試験は受けてみようかな。実際ボクの飛び方がクィディッチ向きかどうか分からないけど。クィディッチ、見たことないしね」
「見たことない!?」
「クィディッチを!?」
「そんなに驚く?」
ルールを知っているくらいでウィズは特に、クィディッチに強い興味がある訳ではない。
魔法使いたちが白熱するほどのスポーツであるとは分かっていても、試合の観戦にガリオン金貨を支払う気がないだけ、ともいう。
「それは駄目よ、ウィズ。駄目なの。クィディッチに縁がないとか考えられないわ」
「これはもう教育決定ね。ウィズ、あなたにはクィディッチに狂ってもらうわ」
「待って、どうしてそうなったの? パーバティもラベンダーも目が怖いよ」
流石に失言だったとウィズは軽率なカミングアウトを後悔する。
魔法使いの大半はクィディッチ狂いである。ジョークだと思っていたそれが紛れもなく真実なのだと、その日ウィズは知るのだった。
《ジンガ・マジーロ》
「複数の材料を混ぜ合わせて魔法薬を調合する魔法だよ。過程を省略して、材料の合成と変化を発生させるから、魔法薬学の勉強には向いていないのが難点かな」