うつろう夢のエレメント   作:カリフラワー

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Stage.1 旅立ちの日 ~ジルマ・マジーロ~ ②

 

 

 天空聖界マジトピアと地底冥府インフェルシアの戦いが終結したのは一年前の話。

 この世界の遥か地底に存在する、地獄とも例えられる国の帝王は、地上界に侵攻し支配することを目論んでいた。

 そんなインフェルシアに立ち向かったのが、地底とは反対、天空にある世界に住まう聖者たち。

 長き時を生きる魔法使いの上位種、天空聖者と呼ばれる存在であった。

 

 インフェルシアの住民たる無数の冥獣や冥獣人たちに対し、マジトピアから遣わされた戦士たちは選び抜かれた精鋭だった。

 勇敢なる天空聖者ブレイジェルと彼の弟子たちは激戦の末、帝王諸共インフェルシアを封印し、かの世界へと通じる門を閉じた。

 しかし、戦いの後、マジトピアへと帰還した戦士は一人としていなかった。

 

 ――ウィズの父は、この戦いで散ったとされる天空聖者の一人であり。

 ――ウィズの母は、天空聖者と道ならぬ恋に落ちた冥獣人の一個体であった。

 

「ボクのパパは何百年も前に人であることをやめた。ボクのママはそもそも人とは相容れない怪物だ。その二つの子であるボクだって、この姿は“ボクに許された擬態”に過ぎない」

 

 人であった頃の姿を自身の姿の一つとして扱うことが出来る父。

 生まれ持った特性から人に見せかけた姿を取ることを得意とする母。

 その子供であれば、人ではなくとも人の姿は取れる。ゆえに両世界の間で生きるウィズは、当たり前に“人間のように”暮らしてきた。

 前提として自分は人ではない。そこに確かな線引きをした上で。

 

「天空聖者と人間の子であれば、自覚しなければ人間と変わらない。そんな風に生きている家族を、ボクは知っている。けどボクは違う。夢に巣食って人間の精を吸う、ボクはそういう生物だ」

「それでも、お主はお父さんから力を制御するすべを学び、人を害さぬ道を選んだ。ゆえに、かの地底の帝国に封じられることなく、いまダイアゴン横丁に立っている。違うかね?」

 

 事情はしっかり知っているのか、とウィズは目の前の人物への評価を内心高める。

 “ただの”魔法使いにとって、マジトピアもインフェルシアも基本的には縁のない世界だ。

 天空聖者や冥獣という存在の一般的な認識は非魔法族――マグルにとっての魔法生物と同様。常識として存在するとは信じられていない。

 精々がマイナーもマイナーなおとぎ話のキャラクターだ。歴史ある純血の家系ではその存在が伝わっているが、それでも実在を疑う者は多い。

 この辺りは、人間から天空聖者へと昇華されるとき、地上界におけるその人物の痕跡も記憶も消し去られるという特性によるものだろう。

 天空聖者が地上界にその痕跡を残すには、マジトピアから降臨して事を起こすしかない。

 そうした例は、一年前の決戦に至るインフェルシアとの争いを含めても数少なかった。

 

「……そりゃあ、やり過ぎない程度に加減はしているけどさ。それは餌があるからだ。つまり、この性質を完全に封印はできない」

 

 婉曲的な表現ではあったが、それは“ホグワーツに入学した場合、生徒を糧にしないといけない”ということ。

 夢を操り、精を吸う夢魔としての性質は、ウィズにとって趣味でもなんでもない生命活動である。

 優先度としては食事や睡眠よりも上にある母から受け継いだ特性は、人に寄り添って生きる上では常に隣人を利用する必要性に駆られる。

 ゆえにウィズは決まった住居を持たず、主に魔法界を転々とし、身売りに扮して“夢を売って”生活しているのだ。

 そんな生物を学校に置くのか。ウィズは言外にそう伝えるが、ダンブルドアは目を細め、微笑んだ。

 

「翌日の授業に支障の出ない加減は出来ると、わしは君のお父さんから聞いておるよ」

「……パパから?」

「かの聖者が認めたならば、わしも認めざるを得ない。楽しい夢を見せて、元気を一匙つまむ程度じゃがの。校内で売り買いの関係を持つのは困るが、“おやつのやり取り”を咎めることは、わしら教師には出来ぬじゃろう」

 

 黙認、という形の許可を出されたウィズは困惑する。

 子供に見せるに適した夢に限定しろ、学校生活の妨げにはなるな。それだけの制約――実はそれだけでも少々厳しいが――だけで、冥獣人の子を容認するなどと。

 

「ちょっと待ってお爺ちゃん、じゃなくて……そう。ダンブルドア先生。パパを知ってるの?」

 

 再度手紙を見て名前を確認し、呼び直したウィズ。

 親のことを聞きたいという真摯さが感じられ、ダンブルドアは苦笑する。

 

「うむ。君の一家がイギリスに住んでいた時は“ちょこちょこ”と付き合いがあったものじゃ。君に会ったのは二歳の時じゃったかの」

「んじゃ顔見ただけで思い出すわけないじゃん……」

「まあ、そこは老い耄れのジョークというやつじゃ。さて、わしが君にホグワーツへの入学を認めたのには、君のお父さんが関係しておる。インフェルシアとの決戦が始まる少し前、彼はわしを訪ねてきたのじゃよ」

 

 マジトピアとインフェルシアの決戦。

 その詳細を、ウィズは知らない。父と母、常にどちらかが側にいれど、ウィズのこれまでの生活とは旅であった。

 思えばそれは、両親が自分たちの末路を予感し、一人で生きられる強さと知恵を身に付けさせるためだろう。

 だんだんと付き添いがいる時間が減り、やがて一人旅が当たり前になった頃、インフェルシアの門は閉じられた。

 それを何となく感じ取ったのは、冥獣人の血によるものか。

 

 その後、事情を知る日本の知己に確認を取ったことで、戦いが終わったことを知り、そして両親の末路を悟った。

 生き証人などいないため絶対に、とは言えないが、生きていたところでもう会えることはあるまいと自分の中で諦めをつけた。

 そこに至るまでの、部外者であることを望まれた一人旅の最中、その天空聖者はダンブルドアを訪ねた。

 

「わしはそこで初めて決戦のことを知っての。君のお父さんはその決戦に赴く旨をわしに伝えたあと、君のその後について、続けてきた」

 

 言いながら、ダンブルドアは杖を取り出し、自身の額に軽く触れさせた。

 杖は忠実に、持ち主の頭から求められたものを引っ張り出す。

 ウィズは知っていた。記憶の抽出。特別な道具を用いることでその記憶を共有できる高度な魔法だ。

 しかし、この場にその道具はなく、ダンブルドアはただ杖の先をウィズに向ける。

 それを指で触れ、ウィズは記憶を自身に取り込んだ。

 記憶の回想、それは夢が持つ役割の一つ。自分だけが知るためであれば、ただその“精気の一種”を取り込むだけで十分だった。

 

 

 ――恐らく自分と妻は死ぬだろう。だが、その後も娘は生き続ける。ダンブルドア。あの子が十一歳になった年、あの子が望むならば、ホグワーツに入れてやってほしい。

 

 ――あの子はもう吸い過ぎるということはない。自制の方法は教えた。あの子はきっと間違わない。

 

 ――かつての自分のように、ホグワーツで尊い時間を過ごす。その権利は、あの子にもある筈だ。

 

 

「……ホグワーツ出身だったんだね、パパ」

「残念ながら、そうであると証明できる者はおらぬがの」

 

 父が天空聖者となる前――数百年前の学生生活など、ウィズにはまるで想像できなかった。

 あまり感情を表に出さない父が、人間の頃とはいえ、尊い時間などと表現できる学生生活を送っていたなどと。

 記憶に残った言葉を、ウィズは自分の中で反芻する。

 改竄や捏造の施された記憶とは感じられない。あまりにも自然な、愛の味がした。

 

「……全寮制なんだよね? ホグワーツって」

「そうじゃな。グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、スリザリン。生徒はいずれかの寮に所属し、共に過ごすことになっておる」

「夜の出歩きは?」

「基本的には厳禁じゃ。やむを得ない事情がある、と先生が判断した場合のみじゃの」

「夢魔は夜の種族」

「よもや入学前に深夜特例を求める生徒が出てくるとはのう」

 

 夜に最も活発になる、というのは習性のようなものであった。

 先程まで鼻歌交じりで気分よく歩いていたのも、その影響はある。

 夢を操り、精を吸い、夜を往く。睡眠など気が向いた時に取ればいい。夢魔がそうでなくて何とする。

 そう主張するウィズに、ダンブルドアはほんの少しの時間頭を悩ませた後、仕方なく頷いた。

 

「……自分で言っておいてなんだけど、一生徒に与えるには結構な特権だね」

「程よく遠慮してもらえるとわしとしてはありがたいのじゃが。君の父によって退治された冥獣の数を考えればのう。その娘の“ワガママ”を少しばかり受け入れることも、ホグワーツとしては必要じゃろうて」

 

 何から何まで父にお膳立てされていたことに若干の複雑さを抱くも、ウィズはその要求をダンブルドアの言う通り、自分なりの我儘と捉えることにした。

 考えてみれば両親に対する我儘など、そうそう記憶にない。

 そういうことをやたらと言える生活環境ではなかったのだから仕方ないが、であれば暫くの“尊い時間”とやらに我儘を言ってみるのも悪くあるまい。

 

「……」

 

 迷惑だと分かっている行いに、ウィズは少しばかりの満足感を覚えた。

 そして、数年先までの大半を一つの場所に留まる決意をする。

 リュックサックに杖を再度向け、呪文を唱えることで飛び出したのは未使用のレターセットとボールペン。

 マグル製の二つを手に持ち、ウィズは更に一言唱える。

 

「――ジルマ・マジーロ」

 

 杖から零れた細やかな光は二つを包み、変化を齎す。

 ボールペンの中に入ったインクを材料に、手紙に入学許可証への返答を。

 本来魔法を使うべきものでもない。しかし、こんな夜更けに人を待たせるのもナンセンスだから――と礼儀に反した行いを言い訳する。

 そして手紙を封筒に収め、すぐ傍にいた宛先その人に手渡した。

 

「よろしくね、校長先生」

「うむ。良い返事を貰えたようで何よりじゃ。七百八十枚も送った甲斐があったのう」

 

 大きな三角帽子を被り直し、ウィズはにっかりと笑う。

 その夜、ホグワーツは滑り込みで二人の新入生を受け入れたのだった。




《ジルマ・マジーロ》
「物体から別の物体を生み出す錬成魔法だよ。等価交換の原則は絶対だけど応用性は高いんだ。手紙の返事を書く時間の短縮とかね」

『天空聖界マジトピア』
「遥か空の向こうにある天空聖者たちの楽園だよ。始祖である五色の魔法使いによって築かれた世界で、天空大聖者マジエル様の下、世界中の魔法使いを秘密裏に管理しているんだ。もちろん、マジトピアを知らない普通の魔法使いもね」

『地底冥府インフェルシア』
「地中のずっと、ずっと深くにある闇の世界だよ。冥獣や冥獣人が棲んでいて、ボクのママもここの出身。帝王ン・マ様の下、地上界を支配しようとしていたけど、天空聖者たちによって封印されたんだ。……いやまあ、抜け道はあったり、なかったり」

『天空聖者ブレイジェル』
「炎をつかさどる天空聖者だよ。魔法だけじゃなく剣術も卓越した、ボクの知る限り最強の戦士だよ。誇り高くて厳格だけど優しいところもあって、家族の前で浮かべる笑顔は温かかった。一年前、弟子たちを連れてインフェルシアとの決戦に臨んだけど、弟子たちも含めて誰一人帰ってこなかったんだ……」
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