うつろう夢のエレメント 作:カリフラワー
「さてさて、大鍋完了っと。まったく、イギリス魔法界は人の数に比べて狭いったらないよ」
騒がしい昼下がり、ダイアゴン横丁の路地の隅で、ウィズは買った錫製の大鍋をリュックサックの中に放り込む。
魔法によって軽量化と内部の拡張が行われ、見た目の何十倍もの荷物が入った旅の友。
その中身を漁り、入学の用意に足りていなかった物を買い揃えていたウィズは、あっちこっちと店を周り、また一つ買い物を終えた。
人混みにまみれてすっかり疲れたウィズはいつか自販機で買ったミネラルウォーターを飲みつつリストを再確認する。
「ものさしも終わって、望遠鏡と薬瓶は元からあって、教科書も足りないものは買って……あとは制服? 杖は……どうしよ。これより使いやすい杖はないと思うけど、取り回しの良い杖も必要かなぁ」
自分の身長超えという長さの杖を持つ魔法使いは、魔法界広しといえど殆どいない。
特別な木材に特別な芯。この杖は自分だけの、もう二度と同じ組み合わせが作られることはないものだという確信がウィズにはある。
それなりにこの杖を使ってきたウィズは、それゆえこの杖の短所も熟知していた。
即ち、長すぎること。
杖は成長しない一方で、自分は成長する。すぐに背丈が追い越し、もっと取り回しが良くなるだろうと考えていたのは数年前のこと。
それから身長は伸びてこそいれどその速度は亀の如し。
まだ数年は杖の方が背が高いなと悟っていたウィズは、自分より小さな杖を使った試しがなかった。
便利だろうが、その必要性がなかったため。商売をする上で、最善の杖一本があれば十分だった。
「だけど忠誠心どうこうも面倒臭いしなぁ。サブで使うことを喜ぶ杖がある訳ないし」
用意するにしてもその杖はサブになる。
その問題点くらいは、ウィズも知っていた。
魔法生物の一部を芯材に使い、その気高さが受け継がれた杖には忠誠心が宿る以上、そもそも複数持つことが推奨されていないのだ。
「……いいや。必要と感じたら来年買おう」
使うかどうか分からない、しかも上手く使えるかも分からない。
それなりにイギリス魔法界の通貨の蓄えはあるウィズだが、無用の長物となりかねない杖に何ガリオンも払う気はなかった。
「で、ペットはいらないし、それから……個人用箒は持ち込み禁止……は、リュックから出さなきゃいいか。バレなきゃ校則違反じゃありませんってね」
家もなく、グリンゴッツ銀行に金庫を作っている訳でもないウィズは、リュックサックの中身をどこかに置いておくことも出来なかった。
中に入った箒もホグワーツに持っていかなければならない。
入学前から校則違反が決定したウィズは致し方なしと嘆息した。
――なお、校則違反の代物はリュックサックに他にもたくさん入っている。
「じゃあ制服買って終わりだね! マジュナ!」
飲み干したミネラルウォーターのペットボトルに魔法を掛け消失させたウィズはリュックサックを背負い、洋装店へと向かう。
服飾の店はダイアゴン横丁にいくらでもある。
ウィズが見た限り、その中でもホグワーツ生と見られる子供の入りが良かったと感じた店は一つであった。
マダム・マルキンの洋装店。店の前まで辿り着けば、ちょうど同じタイミングで別の子供がやってきていた。
癖毛の目立つ小柄な少年だった。
そんな彼は丸眼鏡越しにウィズを見る。ぶかぶかのローブと三角帽子に巨大なリュックサック。色々と身の丈に合っていない少女に、少年は少なからず目を惹かれた。
「うん? どうかしたかい?」
「あ、いや……君は、その……ホグワーツの子? それとも――」
「九月からね。つまり、新入生さ。そういう君は?」
「えっと、僕もなんだ。今からここで制服を買うところで……」
「それじゃ、本当に同じタイミングだった訳だ。店の外で立ち話もなんだし、入っちゃおう」
人見知りする様子のないウィズに背中を押され、少年は洋装店へと入る。
少年としては彼女はホグワーツ生というよりその妹か何かだと思っていた。女子にしても十一歳とは見えないほど小さかったためだ。
「あら、坊ちゃん、お嬢ちゃん、二人もホグワーツ?」
「新入生だよ。こっちの子もそうらしいね。制服を誂えてくださいな。あ、帽子はボクの分はいらないよ。これ学校でも使うから」
二人が店に入ると、奥からまるい体系の魔女が足早にやってくる。
ぺらぺらと自分の分まで注文するウィズは随分手馴れていると少年は感じた。
「その帽子、サイズが少し大きいように見えるけど?」
「お気に入りなんだよね。特にサイズ指定はないみたいだし、いいでしょ?」
マダムは曖昧に頷いた。
確かにサイズが規定されている訳ではないが、サイズが合わないというのは格好が付かないものである。
とはいえ気に入っているというなら仕方ない。店主としては求められたものを売るまでだと割り切った。
「それじゃ、こっちに来てちょうだい。丈を合わせるわ」
「お先にどうぞ」
店の奥まで同行してから、ウィズは少年に先を譲る。
隣の踏み台にやってきた少年と、リュックサックを下ろして売り物の服を眺め始めたウィズ。
マダムが少年用のローブを合わせ始めた時、そんな二人をを見比べていた先客が口を開いた。
「やあ。君らもホグワーツらしいね? 僕もさ。父上は今頃教科書を買っているし、母上は杖を見ているよ」
「あー……僕はまだ買い物はこれからかな」
「ボクは制服で終わりだよ。教科書買いは苦行だったね。書店なのに人でごった返しているわ騒がしいわで」
「フローリシュ・アンド・ブロッツ書店ね。あそこはこの時期、毎年そんなものよ。指定教科書が多いともっと狭く、うるさくなるわ」
ウィズの返答にマダムが相槌を打つ。
先客――青白い顔をした少年は、父についていかなくて良かったと安堵した。そんな話を聞いて書店に足を踏み入れたくなる物好きではない。
「なら教科書を買いにいかせたのは正解だったな。これが終わったら二人を連れて箒を見に行くんだ。一年生は持ち込み禁止だとか書いてあったけど、父上を脅せばどうとでもなる」
「入学前から規則違反の予告? あまり褒められたことじゃないと思うよ」
ウィズは完全に自分を棚に上げていた。
「ふん、違反じゃなくしてやればいいんだ。父上はホグワーツの理事さ」
「個人に対する特例まで出せるのかい? そりゃあ凄いや」
十二時間ほど前にホグワーツ校長に特例を認めさせた者の言葉である。
青白い顔の少年はそんなことを知る筈もなく、評価されたことで気を良くした。
「そうだろう。君たちはクィディッチをやるのかい? ま、ホグワーツじゃ一年生は選手になれないらしいけどね」
「うーんと……」
「――クィディッチの経験はないけど、箒はそこそこ乗っているよ。チェイサーかシーカーなら真似事が出来るんじゃないかな」
ウィズは丸眼鏡の少年の様子を見て何となく察する。
さほど魔法界に明るくない。十中八九マグル生まれだと。
そして青白い顔の少年は、性格や得られた情報からして純血の家系。間違いなくマグル生まれと初対面で話の合う相手ではない。
これも何かの縁だと、ウィズは青白い顔の少年の話し相手となることにした。
「ふぅん? 僕は二年生になったら寮対抗のシーカーになるから、一緒の寮になったらチェイサーを志願することを勧めるよ。ところで、寮はどこにするんだい? 僕はスリザリンだ」
「さてね。自分で決められるものでもないって聞くよ。とはいえあえて望むなら一つ、勇気の寮だ」
「グリフィンドール? まあ、ハッフルパフって言い出すよりマシか。あんな寮に入ったら自主退学も考えないといけなくなる」
正直に言えば、ウィズはどの寮であろうとも良かった。
少年はああ言うがハッフルパフに悪感情もない。そもそもホグワーツについての知識もそこまでなく、各寮の特色については入学の返事をした後ダンブルドアに軽く聞いた程度でしかない。
あえてグリフィンドールの名を出したのも、寮の求める“勇気”という概念がウィズにとって特別だったからである。
「――そういえば。聞くまでもないけれど、君らは同族?」
「それは血統のことでいいのかな? つまり、純血かどうか」
「ああ。これだけで理解できるってことはそういうことなんだろうけど」
ウィズが少しの間、答え方を考えている間に、おずおずと丸眼鏡の少年は答える。
「……両親は魔法使いと魔女だよ。僕が小さい頃に死んでしまったけど」
「おや、失礼。君の方は?」
それが触れ辛い話題であることは、青白い顔の少年にも分かった。
ウィズの方に顔を向ければ、ウィズは歯を見せた笑みを返す。“ちょっとした”悪戯心の籠った笑みを。
「人外と人外の子だって言ったら信じるかい?」
「っ……」
二人の少年は、同時に息を呑んだ。
黄金に輝く瞳や、黒にも紫にも見える長い髪が周りに放つ独特な雰囲気が、冗談と分かるその言葉を僅かながら信じさせる魔力を発揮した気がした。
「はい、坊ちゃん。終わりましたよ」
二人が言葉に詰まったそのタイミングで、マダムが青白い顔の少年の分の制服の採寸を終えた。
少年はこれ幸いと踏み台から飛び降りる。
ウィズの言葉を有耶無耶にする好機と判断したのだ。
「――じゃあ、学校で」
速足で店を出ていく少年を見送り、ウィズは肩を竦める。
「マダム。その子の採寸も先に終わらせちゃって良いよ。ボク、もう少し服を見ているから」
「そう? なら坊ちゃんも手早く済ませてしまいましょうか」
冗談だが嘘ではない。そんな種明かしはもっと先になるらしい。
マグルに対する差別意識、結構。ではあの少年にとって、自分はどのような括りか。
同じ学び舎で過ごすに堪える存在なのか。
入学する以上、自身への差別は気にしないと決めたウィズではあったが、その点には単純な興味を持っていた。
《マジュナ》
「対象を消失させる魔法だよ。使い慣れているからこっちを使ったけど、