うつろう夢のエレメント   作:カリフラワー

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Stage.2 勇気の卵 ~マジーネ・マジュナ~ ①

 

 

 ダイアゴン横丁での買い物を終えたウィズは、九月の始めまでの一ヶ月をいつも通りに過ごした。

 それどころかあちこちを歩いているうちにホグワーツの件を忘れ、八月末に急いでイギリスに戻ってきたほどである。

 

 生徒たちを乗せてホグワーツへと向かう特急は、ロンドンのキングス・クロス駅から出発する。

 ウィズはホグワーツを思い出すきっかけとなった切符の内容を見てここまで来たものの、人混みに早くも気が滅入っていた。

 

「住所か最寄りの町でも教えてくれればいいのに。それに汽車って。車は無理にしても、煙突飛行なり姿現し……は禁止なんだっけ。最悪箒とかでのんびり行くことは出来ないのかな」

 

 ぶつぶつと文句を並べつつ、ウィズは駅の中を歩いていく。

 九番線のプラットホームにまで辿り着いたあと、ひらひらと切符を揺らし、目的地を再確認。

 この切符にも物申したいことがなくもなかった。

 

「十一時、九と四分の三番線。二年生以降ならともかく、新入生にこれは不親切だよねえ。マグルからしてみればこんなの――」

「そら。九番線と十番線があるぞ、小僧。ただお前の言う九と四分の三番線とやらはまだ出来ていないようだな? え?」

「――とまあ、こうなるよねえ」

 

 たまたま耳に入った意地の悪い声に苦笑する。

 神秘なんてまったくもって信じない性質が十二分に伝わってきた。

 そういう保護者もいるだろう。魔法を一つ二つ見せても認めない者だっているのだから。

 ウィズがちらりと見てみれば、声の主であるずんぐりとした嫌味な壮年男性は、トランクやら鳥籠やらを積んだカートを新入生らしい少年に押し付け、満面の笑みで去っていく。

 そして呆然と立ち尽くしていた少年と目が合った。

 

「……あ! 君、この前の!」

 

 さて、どこかで会ったかとウィズは記憶を引っ繰り返す。

 人の顔と名前など、ウィズにとって重要な面々ばかりしか覚えていない。

 一回関わっただけの客などすぐに忘れてしまうし、思い出すには取っ掛かりがないとどうにもならない。

 この前――新入生と会うタイミングなど、ダイアゴン横丁での買い物くらいか、と思い返し、ようやくそれらしい顔が記憶に見つかった。

 

「……ああ、制服を買った時の」

 

 思い出した。純血主義の少年を揶揄った時の、丸眼鏡の少年である。

 であれば魔法界のイロハも知らないような様子であったし、当然この駅でも途方に暮れるだろう。

 

「あれかな。その顔と、さっきのおじさんの言葉を聞く限り、どうしたらいいかって感じ? つまり、九と四分の三番線が分からないってこと」

「う、うん。君は分かる? 確かに九番線と十番線の間には何もないんだけど……」

 

 さもありなん、とウィズは頷く。

 ホグワーツについて書かれた本を読めば答えも載っていようが、ノーヒントで辿り着くのは困難だろう。

 親切な魔法族なり何なりに会うか、この場で閃かなければ詰みという訳だ。

 

「キャハハ! まあ、そりゃあそうだ。駅に九と四分の三番線なんてある訳ない。そんなスペースどこにある? 九と十の間の柵の先に秘密のプラットホームでもあるの?」

 

 ならば親切な魔法族もどきになってやろう。

 ウィズは笑って示した柵へと近付いていき、慌ててカートを引きついてくる少年に振り向いて告げる。

 

「大事なのは“ある”って信じることだよ。信じた者に応えるのが魔法だからね」

 

 返事を聞くことなく、ウィズは柵へと飛び込んだ。

 魔法族の交通機関など割とこのようなものだ。何分の何番線だの何分の何階だの、なぞなぞ(リドル)の類である。

 少年がやってくるのを待つことはない。答えは見せたし、少年があの場から離れることはないだろう。

 躊躇いがあるなら、新しい親切が来るまで待てば良い。

 

 

 両親との別れを惜しむ出発前の生徒たちが多く見られるホグワーツ特急のホームで、人混みをすいすいと抜けていき、躊躇いなく汽車に乗り込んだ。

 まだ乗り込んだ生徒は少なく、コンパートメントの空きは多い。

 ウィズは適当なコンパートメントに入り、入り口で引っかかったリュックサックを引っ張り込む。

 

 それから暫く教科書で時間を潰していれば、来客が現れた。

 丸眼鏡の少年と、もう一人。赤毛とそばかすの少年。どうやら“親切”はすぐに見つかったらしい。

 

「ごめん、ここって空いて……あれ?」

「よく会うね。よっぽど縁があるのかな。どうぞ。汽車の中まで一人旅ってのも少し寂しいしね」

 

 カートを入れるのに苦戦していたようなのでウィズは手を貸す。

 力は大してないがそれを補うのが魔法というもの。杖を取り出し、引き寄せの呪文を唱えれば、カートは自らコンパートメントへと入ってきた。

 

「ありがとう。大きな杖だね」

「うわ……僕そんなの見たことないよ。オリバンダーで買ったのかい?」

「ん? これは昔から持っていたものだね。だからオリバンダーの世話にはなってないよ」

 

 向かいに座った二人の少年に説明しつつ、杖をリュックサックに仕舞う。

 基本的に杖の長さとは二十から三十センチというものが殆どである。

 そうしたものの五倍はありそうな杖はオリバンダーと言えどそうそう在庫はあるまい。

 

「ハリー、君はこの子と知り合い?」

「ちょっとだけね。僕らと同じ新入生で、困っているところを助けてもらったんだけど……そういえば、自己紹介してなかったね」

「ああ、そうだっけ。ボクはウィズ・オズ。ファミリーネームは呼ばれ慣れていないから、出来ればウィズと呼んでほしい」

「よろしく、ウィズ。僕はハリー。ハリー・ポッター」

「ロン・ウィーズリーだよ」

 

 二人の名前を聞いて、ウィズは頷く。その名前について、再び記憶を掘り出しつつ。

 

「よろしくね。ウィーズリーは純血家系のウィーズリーだよね。ポッターは……うん? ポッター……ハリー・ポッター……どっかで聞いたなぁ」

 

 ウィーズリーはすぐに出てきた。イギリス魔法界の純血家系については、名前を聞く機会がそれなりに多かった。

 そして、もう一人――ハリーについて、ウィズは引っかかるものがあった。

 ファミリーネームだけでなく、ファーストネームと含めてセットで聞き覚えがある。

 その反応を見て、ハリーもロンも驚いた。

 ハリーはこの魔法界で自分の名前を聞いて、反応が鈍かった初めての例だったこと。ロンはその名を知らなかったことに。

 

「君知らないの? ハリー・ポッター。例のあの人を倒した、生き残った男の子じゃないか!」

「例のあの人……ちょっと待って、思い出す。……あー、あれだ! 闇の帝王、ヴォルなんとか、みたいな」

 

 イギリスの魔法使いのほぼ全員が同じ顔をするだろうという表情を、ロンは浮かべた。

 どんなに記憶力が低かろうが、その名前だけは忘れまいとする者さえいる、イギリス魔法界暗黒期の象徴。

 それを過激な抵抗派のような侮蔑の意味も込めず、本当にうろ覚えで『ヴォルなんとか』などと。

 

「……その反応凄いや。一生同じ反応する人見ない自信があるよ。君、マグルの子?」

「ううん、違うよ。ただ、イギリス魔法界にずっといたって訳でもないし。ヴォルなんとかが猛威を振るう時代だってならまだしも、もう過去の人なんでしょ? グリンなんとかと同じで」

 

 少なくともウィズにとって、ロンの言う例のあの人は恐怖の対象ではなかった。

 その恐ろしさを体感したこともなく、姿だって知らない。大層な名前を持った一人の犯罪者という認識である。

 

「まあいいや。それを倒したのが君って訳だね。ボク知らない間に凄い人と知り合いになってたんだ」

 

 目の前の少年と、それから自分の幸運に感心するウィズ。

 その反応は到底、闇の帝王の名前を出した話題で見せるものではなく、ハリーとロンは微妙な気持ちになった。

 

 

 それから他愛のない話をしつつ、汽車の旅は続いた。

 ロンの兄妹の話になり、七人兄妹であることを聞いた時はウィズも流石に驚いた。

 彼女の知り合いである五人兄妹を更に上回る人数である。

 

(そう言えばミユキに返事、返してないな)

 

 ホグワーツへの入学を決めて暫くした後、どこから聞きつけたのか、その兄妹の母から手紙が来ていた。

 学校で暇な時間が出来たら返事を書こうとウィズは決める。

 

 昼を回って車内販売がやってきた時、ハリーは物珍しそうに商品を見て、魔法の菓子類を一通り買った。

 聞けば、ハリーは最近まで魔法界を知らず、マグルの家で暮らしていたらしい。

 魔法界の英雄がクィディッチやら何やらを知らなかったのはそういう理由か、とウィズは納得した。

 

 並べられた菓子の山を分け合うことをハリーは提案し、ロンは喜ぶがウィズとしてはさほどテンションが上がるものでもなかった。

 魔法界の菓子類とはとにもかくにもゲテモノが多いというのがウィズの感想である。

 甘いものは嫌いではない。寧ろ大好きだが、それはあくまで一般的な菓子の話。

 食べるための菓子の癖に動き回る蛙チョコレートだの、パーティーグッズにしても性格の悪い味が紛れている百味ビーンズだの、一体どこに需要があるかも分からないゴキブリゴソゴソ豆板だの、“本物”に存在を知られたら地獄すら生温いことになるだろう吸血鬼用ブラッドキャンディだの、とにかく趣味が悪い。

 よって数少ないまともなかぼちゃパイやらケーキをつまみつつ、ロンとハリーの蛙チョコレートや百味ビーンズ談義に適当に参加していれば、ガラリと音を立てて戸が開いた。

 

「ごめんね。僕のヒキガエルを見なかった?」

「見てないよ」

 

 ウィズのあまりの即答に、顔を覗かせた丸顔の少年は目を瞬かせた。

 

「っと、ごめん。つい反射で。でも、うん。見てないよ。コンパートメントの戸は閉めていたし、ここには入ってきていないんじゃないかな」

「そう……もし見かけたら教えて……」

 

 それまでのウィズと比べ、少しだけ早口だった。

 焦っていることにハリーとロンは気付くも、少年は特に気にせず俯いて出て行ってしまった。

 

「……ウィズ、何かあった?」

「ううん。ちょっと、ヒキガエルは苦手でさ。動揺したというか」

 

 自分を落ち着かせるように、そわそわとしながら蛙チョコレートを一つ開けて素早く口に放り込むウィズ。

 苦手なのにチョコレートは大丈夫なのか、と二人が思ったのは言うまでもない。

 カリカリと噛み砕きつつ、中のカードを引っ張り出す。

 

「あ、プトレマイオスだって。ハリー、ロンにあげていい?」

「うん、いいよ。持ってないって言ってたやつだよね」

「本当に!? ありがとう二人とも!」

 

 ロンが未所持のカードだと言っていたものだったため、それを手渡す。

 ヒキガエルについての追及がなかったことにウィズは内心安堵した。

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