うつろう夢のエレメント 作:カリフラワー
「イッチ年生! イッチ年生はこっちだ!」
夜になり、すっかり暗くなったプラットホームに停まった汽車から溢れるように生徒たちが出てくる。
行き先を心得ている上級生たちに続こうとしていた一年生は、毛むくじゃらの大男の一声で立ち止まった。
「ハグリッド!」
「おう、ハリー。元気だったか?」
ハリーにハグリッドと呼ばれた男は新入生の先導を任されているようで、戸惑う新入生たちを大声で集める。
「さあ、集まれイッチ年生! こっちだ、足下に気を付けて、付いてこい!」
ランプをゆらゆらと揺らしながら、ハグリッドは狭い小道へと歩いていく。
決して整備されていない道は歩きづらく、何人もの生徒が躓いていた。
旅慣れているウィズでさえわざわざ好んで歩こうとしない道を暫し進むと、急に開けた場所に出た。
大きな湖のその向こう、高い山のてっぺんに塔の並ぶきらびやかな城が姿を見せる。
ひゅう、とウィズは思わず口笛を吹いた。
「四人ずつボートに乗るんだ」
岸辺に並ぶ小舟を指してハグリッドが言う。
ウィズが同船したのは初めて見る女生徒三人だった。
インドから来たという双子のパチル姉妹と、それなりに歴史の長い純血家系だという少女。
先の一件から帽子を脱いでいたウィズの角と耳は当然注目される。
とはいえ、グリーングラス家の長女、ダフネと名乗った少女はドラコのように露骨に避けるようなこともなく、寧ろウィズの種族に興味深々であった。
驚きが隠せていなかったパチル姉妹も、彼女がきっかけでウィズと早くも打ち解けた。
寮の話をしている間に、小舟は崖下のトンネルの奥にある船着き場に辿り着く。
会話を続けながら岩の道を登っていく。
ダフネは家柄的にほぼ間違いなくスリザリンになるとのことで、パチル姉妹の妹パドマはレイブンクローを希望、姉パーバティは特に希望はないとのことだった。
やがて長い石段を登り、巨大な樫の木の扉の前に集まる。
ハグリッドが大きな握り拳で三回叩けば、扉はゆっくりと開き、エメラルド色のローブを着た背の高い魔女が姿を見せた。
厳格な顔つきで新入生たちを見渡している彼女に、ハグリッドは報告する。
「マクゴナガル教授、イッチ年生の皆さんです」
「ご苦労様です、ハグリッド。ここからは私が預かります」
扉を開き切って、魔女――マクゴナガルは新入生たちに入城を促す。
天井の高い石畳のホールを抜ければ、何百人といるだろう騒めきが聞こえてくる。
新入生たちはホールの脇の空き部屋に案内される。その人数を入れるには不相応な、狭い部屋であった。
「まずは、ホグワーツ入学おめでとう。歓迎会が間もなく始まりますが、まずは皆さんが入る寮を決めなくてはなりません。組分けはホグワーツの伝統である、大切な儀式です。この組分けで、この学校での家族となる寮生が決まるのです」
儀式、という言葉に少なくない人数が表情を硬くする。
組分けに際して何をするか、大半の生徒は知らないのだ。
「四つの寮――グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。それぞれ輝かしい歴史があり、過去何人もの、偉大な魔法使いや魔女が卒業しました。ホグワーツにいる間、皆さんの良い行いは寮の得点に、規則の違反は減点になります。最高得点の寮には、学年末に大変名誉ある寮杯が与えられます。皆さんの一人一人が、寮にとって誇りとなるよう望みます――それでは、間もなく始まる組分けの儀式まで、出来るだけ身なりを整えておくように」
誰一人聞き逃すことのないよう厳かに、ゆっくりと話したマクゴナガルは、何名か制服の着崩れた生徒に目を向けてから、部屋を出ていく。
不安げな表情を浮かべている生徒は多かった。
ウィズはすぐ傍にいたハーマイオニーが覚えた呪文を延々と諳んじているのを聞き、思わず声を掛けた。
「そういう類の試験はないと思うよ」
「分からないじゃないの、ウィズ……ウィズ――ウィズ?」
「楽しいリアクションありがとう」
声に反応して振り向いたハーマイオニーは当然とばかりに角と耳に目が行く。
緊張のためか、自分たちに紛れた他種族に気付く者はそういない。
だが、気付いて、打ち解けたダフネやパチル姉妹以外に一切気にしていない生徒はいなかった。
「それって……」
ハーマイオニーが追及しようとしたタイミングで、部屋に変化が訪れた。
壁をすり抜け、半透明のゴーストたちがぞろぞろと入ってきたのだ。
特に新入生へのパフォーマンスとして意識しているものではないようで、それぞれ思い思いに話をしながら部屋を横切っていく。
ようやく気付いたゴーストがぴたりと立ち止まり、興味深げに生徒たちを見た。
「む? 新入生か。これから組分けかね? 結構。ハッフルパフで会えると良いな」
生前はハッフルパフの卒業生であったと告げる太った修道士のゴースト。
そんな彼を咎めようと別のゴーストが振り向き、ウィズと目が合う。
「おや。地底の民……いえ、半分だけでしょうか。また珍しい」
ウィズは目を瞬かせる。まさかそれを当てられるとは思っていなかった。
「――びっくりだよ、知ってるんだ」
「知る者も、古き人間にはいるものです」
何百年前かのことを思い出しているようなゴーストと会話するウィズは、当然のように注目された。
辺りのざわつきに気付きつつも、ウィズは話を続ける。
「それで。ゴースト的にはボクはどういう扱い?」
「私から見れば、受け入れられる存在です。天敵であると同時に、近しい存在であるあなたであれば」
「……なら安心かな。“天敵らしい”ことはかなり無理しないと出来ないし、やるつもりもないよ」
「であれば私たちにとってあなたはホグワーツの一生徒です」
目を閉じて頷き、去っていく女性ゴースト。
他のゴーストたちもウィズにちらちらと目を向けつつも壁の向こうへと消えていく。
やがてそこに新入生以外がいなくなり、ウィズが辺りを見ると、ほんの一部の生徒以外が狭い空間内でもどうにかしてウィズから距離を取っていた。
ゴーストとの会話はまるで理解出来なくとも、角と尖った耳は十分に――魔法界基準でも異質であった。
動こうとしないのはハリーやロン、早々に打ち解けたダフネにパチル姉妹、それから疑問を明かそうとする気持ちの方が強いらしいハーマイオニーくらい。
誰もが注目している状況をこれ幸いと見たウィズは、部屋の誰にも聞こえるような声でアピールした。
「というわけで、みんなと同じ新入生のウィズだよ! この角と耳は、半分夢魔だから! けど、誰彼を襲ったりなんてことは絶対にしないから、仲良くしてくれると嬉しいな! みんなに楽しい夢を見せて、少しだけおこぼれを貰う、良ければそんな関係に――」
「静かになさい。組分け儀式が始まりますよ」
開けたスペースを利用して演説の如く身振り手振りを交えて話していたウィズの真後ろに、マクゴナガルが立っていた。
あまりにも気配を感じず、ウィズはマクゴナガルの方がゴーストっぽいと思った。
ダンブルドアといいマクゴナガルといい気配の察知に不具合があるのか、それとも自信があったというのは大海を知らなかっただけなのか考えつつ、ウィズは話を中断する。
マクゴナガルは一列になるよう促し、新入生たちを先導する。
同じ新入生の突然の人外アピールに度肝を抜いた生徒たちは、そこを一切気にしていないらしいマクゴナガルの方も恐ろしく感じていた。
ウィズの後ろを歩くハーマイオニーは幾らか納得しつつも、さらに疑問が増えたようで目の前――目線よりも下にある角をじっと見ている。
その視線を感じつつもウィズは黙って列に続き、やがて新入生たちは大広間に辿り着いた。
各寮に分かれた四つの長テーブルに上級生たちは着席し、緊張を隠せない一年生たちを眺めている。
天井には星々がきらめいており、とてもそこが屋内だとは思えない。
「あれはね、本当の空に見えるように魔法が掛けられているのよ。『ホグワーツの歴史』って本に書いてあったわ」
「いいね。こういう魔法は早く使えるようになりたいな」
「一年生じゃ習わないわよ。とても高度な魔法らしいもの」
ハーマイオニーと談笑しつつ、ウィズは制止の合図に従って立ち止まる。
自分に向いた視線が上級生からもいくつも感じられた。
教師陣が座る上座のテーブルの前。全員が注目できる場所に一つ椅子が置かれ、さらにその上にはつぎはぎだらけの帽子が置かれる。
誰が見ても使い古された骨董品だと分かる帽子は、大広間の騒めきが消え静かになったタイミングで歌いだす。
新入生たちが所属することになる寮。
四つのうち、いずれに入るのが相応しいのか、それを自身が宣言すると。
とどのつまりそれが“組分けの儀式”だと分かり、呪文の試験を危惧していたハーマイオニーは安堵した。
「ABC順に名前を呼びます。呼ばれたら帽子をかぶって椅子に座ります。帽子が寮を宣言したら、そのテーブルの空いた席に着席するように……では始めます。アボット、ハンナ!」
最初に名前を呼ばれた少女が焦ったように前に出てくる。
目が隠れるほど大きな帽子をかぶり、腰掛けた次の瞬間、「ハッフルパフ!」と宣言される。
名を呼ばれた寮のテーブルから歓声と拍手が上がり、彼女が座るべき場所を示す。
先程のハッフルパフを推していた修道士のゴーストがハンナ・アボットに向けて手を振っていた。
それが組分けの一連の流れであると理解した後続の新入生は、少しだけ焦りが消えた。
二番目に呼ばれたスーザン・ボーンズもハッフルパフとなり、テリー・ブートはレイブンクローを宣言される。
マンディ・ブロックルハーストもレイブンクローで、偏りを感じ始めた矢先、ラベンダー・ブラウンがグリフィンドールになった。
ミリセント・ブルストロードの番で初めて、スリザリンの名が呼ばれる。
ウィズはダフネの言っていた、交流のある純血家系の名を思い出す。その中にブルストロードがあったと記憶していた。
次々と新入生たちの寮が決められていく。
帽子の寮宣言に暫く時間が掛かる場合、その生徒は複数の寮に適性があるとされる。
シェーマス・フィネガンなどは一分間も椅子に座っていた後、帽子はグリフィンドールを宣言した。
「グレンジャー、ハーマイオニー!」
ウィズは名前を呼ばれたハーマイオニーが肩を震わせたことに気付いた。
早足で椅子まで進み、帽子をかぶったハーマイオニー。
帽子は即答はしなかった。今までで一番長い組分けである。あわや組分け困難者かというほどの時間を掛けて、宣言する。
「グリフィンドール!」
ロンが嫌そうに呻いたのをウィズは聞き逃さなかった。
その後、すぐに呼ばれたダフネは自身の予想通りスリザリンに組分けされる。
話の出来た全員同じ寮とはいかないか、とウィズは肩を竦めた。
そしてヒキガエルの件で名前を憶えていたネビルがグリフィンドールに、ドラコは椅子に座るか座らないかの内にスリザリンと宣言される。
残る生徒が少なくなってきた頃、マクゴナガルは僅かに息を呑み、ウィズの名を呼ぶ。
「オズ、ウィズ!」
大広間の入り口近くに座る生徒を除き、多くがウィズの異常に気付いた。
ホグワーツにはハグリッドのような大男はいれど、角の生えた生徒などいる筈もない。
軽い足取りで前に進み出たウィズとダンブルドアの目が一瞬、合う。ウィズは特に気にすることなく、椅子に腰かけ耳が見えなくなるほど深く帽子をかぶった。
――ふむ。しっかりと心に蓋をしているね? そうされると私も君の深奥を覗くことが出来ないのだが。
耳の奥に直接聞こえてくるような声だった。
帽子との対話という新鮮な体験に、しかしウィズは心を開かない。
――ごめんね。あんまり他人に明け渡すと自分がブレちゃうんだ。これだと寮は決められない?
――難しくはなる。君の本心、望むべきものを知らねばならない。君にとって、魔法とはなんだね?
――勇気の証。勇気に応えてくれるもの。
――結構。実に久しぶりだよ、その手の魔法使いが入ってくるのは。君は果たしてどういう道を選ぶだろうね。
「グリフィンドール!」
高らかに帽子が宣言する。歓声と拍手には、少なからず戸惑いが混じっていた。