うつろう夢のエレメント   作:カリフラワー

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Stage.2 勇気の卵 ~マジーネ・マジュナ~ ④

 

 

 あえて言うならば、ではあるが希望通りの寮に選ばれたウィズは帽子を脱ぎ、グリフィンドールのテーブルへと歩いていく。

 よりはっきりと角が見えるようになり、上級生たちの騒めきは強くなったが、それを気にすることもなくハーマイオニーの隣の席に座った。

 

「やあ、ハーマイオニー。さっきぶり」

「ああ良かったわウィズ! 知っている子がいると安心するもの。それと色々聞きたいことも――」

「はいはい。そういうのはまた後で。みんなもよろしくね」

 

 先程中断させられた追及を再開しようとするハーマイオニーを止め、辺りに座る生徒たちへの挨拶を始めるウィズ。

 背が特別小さいため、半ば椅子に立つようにして向かいの生徒と握手をしたりしている。

 

「また面白そうな新入りが入ってきたぞ、ジョージ」

「ああ。その角って魔法か何か?」

「本物だよ、正真正銘のね――わ、そっくり。複製魔法(ジェミニオ)? ドッペルゲンガー?」

「双子だよ、正真正銘のな」

「ジョージで、こっちがフレッドだ。よろしく」

 

 ウィズの席までこそこそと歩いてきた瓜二つの双子それぞれと、右手と左手で握手する。

 双子の離席を見咎めた背の高い生徒が組分けの邪魔にならない程度の声で叱責した。

 

「フレッド、ジョージ、静かにするんだ。今は組分けの時間だぞ」

「っと、我らが法の守護神、監督生パーシー様だ」

「こわーい説法の前にずらかるぞ。んじゃ、また今度な」

 

 ウィズが言葉を交わしている間にも、組分けは進んでいた。

 椅子に目を戻せば、パチル姉妹の姉のパーバティがグリフィンドールに組分けされた瞬間だった。

 上級生や既にグリフィンドールに組分けされた新入生たちに倣いぺチぺチと手を叩いていれば、パーバティはウィズの隣――ハーマイオニーの反対側に座った。

 

「ウィズ、私たちの組分け、見てなかったでしょ」

「そんなことないよ。ところでパドマはどこ?」

「レイブンクローよ」

 

 分が悪いと判断し、ウィズは黙った。

 目を細めたパーバティがウィズの角に指を当てぐりぐりと押す。

 

「まったく失礼するわ。あら思ったよりすべすべ。妹が聞いたらショック受けるわよ。飽きない触り心地ね」

「文句言うか触るかどっちかにしてくれないかな」

 

 そういうとパーバティは口を閉じた。触る方を選んだらしい。

 種族として、魔力の集中点の一つでもある角をひたすらぐりぐりされ、むず痒さに身をよじる。

 ふとハーマイオニーが物欲しげな表情で見ていることに気付いた。ウィズは見なかったことにした。

 

「ポッター、ハリー!」

 

 そんなことをしているうちに、真打登場とばかりに少しだけ力の入った呼名が行われた。

 大広間中がしんと静まり返る。パーバティも手を止めた。離してはくれなかった。

 生徒たちも教師陣も見逃すまいと前に出ていくハリーを見据える。

 中には立ち上がり、食い入るように見つめる者までいた。

 何事か、ハリーは呟いていた。誰にも聞こえない独り言。或いは、ただ口を動かしているだけかもしれない。

 やがて緊張が表れているように椅子の縁に置かれた手が強く握り込まれ、次の瞬間帽子が叫んだ。

 

「グリフィンドール!」

「ハリー・ポッターを取った!」

 

 割れるような歓声にウィズは拍手を忘れ耳を塞いだ。

 キンキンと震えるような耳鳴りに耐えている間に、ふらふらとグリフィンドールのテーブルにやってきたハリーは、“我らが法の守護神”で“監督生”のパーシーと握手していた。

 まだ呆然としているハリーと目が合う。ウィズは耳を塞いだままだったので、ひとまず微笑みを返した。

 ようやくウィズが耳鳴りから解放された頃、残り二人となったタイミングでロンの名が呼ばれた。

 青ざめた顔のロンは震えた手で帽子を深くかぶる――前に、帽子は宣言する。

 

「グリフィンドール!」

「ロン、よくやったぞ!」

 

 ハリーに負けず劣らずふらふらとした足取りでやってきたロンにパーシーが声を上げる。

 どうやら知り合いらしいとウィズは考え、そこでようやく、汽車でロンの話に出てきた兄の名だと思い至った。

 そういえばフレッドとジョージもそうだ。ロンの一つ上の双子だ。

 なるほど、確かに似ているとウィズが納得している内に、最後の生徒だったブレーズ・ザビニがスリザリンに選ばれる。

 全員の組分けが終わると、マクゴナガルが椅子と帽子を片付け、頃合いを見計らってダンブルドアが立ち上がった。

 

「おめでとう! ホグワーツの新入生、おめでとう! これから歓迎会を始めるが、その前に二言三言、言わせていただこうかの。では――それ、わっしょい! こらしょい! どっこらしょい! 以上じゃ!」

「ホグワーツのノリってこんなの?」

「私に聞かれても困るわ」

 

 軽口を言いつつ上級生の拍手に続いていると、テーブルの上に並べられた金の大皿に山ほどの料理が現れた。

 取りたいものを好きなだけ取れと言わんばかりの豪勢さに新入生たちは思わずたじろいだ。

 パーシーを筆頭に上級生たちが好きなものを食べるよう促せば、思い思いに手を伸ばし、宴が始まった。

 ウィズも分厚いステーキを筆頭にあれこれと料理を取る。

 

「ウィズ、お肉ばかりじゃない」

「肉ばっかりなのはボクのチョイスじゃなくてこの歓迎会の問題だね。まあボクは全然気にしないけど」

 

 ウィズの皿にこんもりと盛られた肉の数々を指摘したハーマイオニーだが、ウィズの物言いには賛同する。

 全体的に料理が茶色いのである。子供として、テンションが上がらざるを得ないレパートリーであることは否定しないが、野菜が少なすぎると感じた。

 ステーキを大き目に切り分け、頬張る。その味はウィズも滅多に味わえないほどの代物だった。

 

 ウィズの皿に積まれた肉はみるみるうちに減っていった。

 そして再度盛り付け、また減らしを二度繰り返す。

 

「……どこにそんな量、入ってるの?」

「んぐ?」

 

 ハーマイオニーもパーバティも引いていた。

 一通り全員が満足した頃に現れたデザートになっても、ウィズの手は止まらない。

 食べながらフレッドとジョージ、パーシーなど何人かの上級生が角や耳について尋ねてきた。

 その度に夢魔であるということを話し、案外避けるようなことがないなとウィズは不思議に思う。

 パーシーが言うには、グリフィンドールの性質とのことだった。

 来るものを拒まずの精神、歴史を調べてみれば、過去にも亜人とのハーフの生徒などがいることをパーシーは教える。

 そんな話をしているうちに、近くに座っていた生徒たちもウィズへの警戒は薄くなった。

 

「――さて。全員よく食べ、よく飲んだことじゃろう」

 

 匙を持つ者がいなくなると、ダンブルドアが再び立ち上がる。

 談笑していた生徒たちも黙り、注目が集まったことを確認するとダンブルドアは続ける。

 

「新学期を迎えるにあたりいくつかお知らせがある。まず、構内にある森は立ち入り禁止じゃ。一年生も気を付けるように。それから、廊下での魔法の使用は禁止、管理人のフィルチ氏の仕事を増やさぬようにな」

 

 生徒たちを睨みつけている管理人を指して言うが、真面目に受け取っている生徒はあまりいない。

 新入生にも威圧を遠慮するような雰囲気はなく、この時点で良い印象を抱いていない者までいる始末だ。

 

「それから、今学期のクィディッチ予選は二週目にある。寮対抗のチームに入りたい生徒はマダム・フーチに伝えるとよい。そして、最後に――とても痛い死に方をしたくない者は、今年いっぱい四階右側の廊下には入らぬようにな」

「……ジョークだよね?」

「紛れもなく冗談だよ。理由は分からないが。僕ら監督生にも知らされていないんだ」

 

 伝達されていないのが不安なのか、パーシーが顔を顰めて言う。

 

「では、校歌を歌い、解散としよう。皆、好きなメロディーで歌うように」

 

 四階廊下の警告にざわついていた生徒たちの注目を、ダンブルドアが引き戻す。

 杖を振り上げ、浮き上がった金のリボンで文字を形作っていき、歌詞を示す。

 世も末な歌詞だ、と一年生の誰かが呟き、周囲が頷いた。

 メロディーを指示しないせいで、歌い出しも歌い終わりもバラバラだった。ウィーズリーの双子はとびきり遅い葬送行進曲で歌っており、その間に二、三回は歌えそうだった。

 双子のノリは定番のようで、パーシーも呆れている。ダンブルドアがそれを杖で指揮し、終わると同時に拍手する。

 

「音楽とは何にも勝る魔法じゃ!」

 

 やっぱりおかしいなあの人、とウィズは改めて思った。

 

 

 そうして寮ごとに解散し、パーシーに続いてグリフィンドール一年生たちはぞろぞろと大広間を出る。

 眠気を感じる生徒たちは目を擦りつつ、遅れないように足を速める。

 不意にパーシーが立ち止まる。

 前方に杖が一束浮いていた。

 

「……ポルターガイストのピーブズだ。気を付けるように。授業に行く途中に目を付けられるとこの上なく面倒な奴なんだ」

 

 名前を呼ばれたことに応じるように、宙に浮いた大きな口の小男が現れる。

 

「どこかへ行け、ピーブズ。血みどろ男爵に言いつけるぞ!」

「一年生だ! 初々しい一年生! おおぉぉぉぉ!」

 

 パーシーの怒鳴り声を気にもせず、一年生たちが驚いている隙にピーブズは急降下してくる。

 みんな思わず身を屈め、被害を免れようとする中で、ウィズは接近したピーブズに向かっておもむろに手を振るう。

 

「ふべっ」

 

 引っ叩かれたピーブズは空気の抜けるような音を零し、壁の向こうへと吹っ飛んでいった。

 杖の束だけが壁にぶつかり、ばらばらと床に落ちる。

 

「行こっか」

「……驚いた。触れるのかい?」

「触ろうと思えばね」

 

 ハーマイオニーはふと、組分け前の小部屋でのウィズとゴーストとの会話を思い出した。

 ゴースト、つまりは精神体や魂魄の類の天敵だというウィズの性質。

 その一端として、ポルターガイストへの直接の干渉も叶うのではないか。

 そんなことを考察している間にハーマイオニーは列から遅れそうになって、慌てて駆け出す。

 やがて一行は太った婦人の肖像画が掛かる、廊下の突き当たりに辿り着いた。

 動く絵画は先頭のパーシーに向けて聞く。

 

「合言葉は?」

「カプート ドラコニス」

 

 聞き届けた婦人は頷いて、肖像画を扉のように開いた。

 その向こうは穴が開いており、奥へと続いている。

 

「さあ、この先がグリフィンドールの談話室だ」

 

 穴の先の通路を進めば、広い円形状の部屋があった。

 全体的に真紅で統一された家具が揃えられた、居心地の良い部屋だ。

 

「合言葉は定期的に変わる。変更の時はこの談話室に貼り出されるから、しっかりと覚えるように。忘れると入れなくなってしまうからね。さて、男子寮はあっちの階段で、女子寮は向こうの階段を上った先にある」

 

 談話室の奥にある二つの階段を指し、パーシーが男子側の階段に歩いていく。

 

「荷物は既に、各部屋に届けられている。今日教えることはこれで全部だ。明日から授業が始まるから、早めに休むように。では、解散。男子は僕についてきたまえ」

 

 パーシーや一年生の男子と別れ、女子生徒は反対側の階段を上る。

 幾つかの空き部屋の前には名前が貼り出されており、ウィズは自分の名前がある部屋を見つけて入室する。

 天蓋付きのベッドが四つと、四人分の荷物が置かれ、なおも余裕がある、寝室としては広い部屋だった。

 自分のリュックサックが寄り掛かる手前のベッドに飛び乗ったウィズ。それと同じタイミングで、同室であるらしい三人が入ってきた。

 

「ウィズ、同じ部屋だったのね」

「おー。ハーマイオニーにパーバティ。あと、えっと……」

「ラベンダーよ。ラベンダー・ブラウン」

「よろしくね。ボクはウィズ・オズ。ウィズでいいよ、ラベンダー」

 

 一人、特に会話をしていなかった相手と握手を交わす。

 自己紹介を終えるや否や、もう待っていられないとばかりにハーマイオニーが切り出した。

 

「それで。そろそろ聞いていいかしら。あなたについて」

「うん、いいよ。ルームメイトには特に、信頼してほしいしね」

 

 ベッドに腰掛け、足をぶらつかせながらウィズは微笑む。

 当然というべきか、ハーマイオニーがその話題を出せば、パーバティやラベンダーも乗ってきた。

 組分け前のカミングアウトは聞いていれど、それ以上の情報はない。

 まだ互いに殆ど話したことのない三人だったが、中断されたその件を掘り下げようという気持ちは共通であった。

 

「じゃあまず、あなたの種族について。夢魔って言ってたわよね?」

「うん。もっと正確に言うとなると、ボクの事情とか前提知識が山ほど必要になるから省略したけど。概ねとしては、ボクは夢魔って理解でいいかな」

「えっと、グレンジャー? そもそも夢魔って?」

「私が知る限りでは、魔法生物の一種よ。女性の場合は“サキュバス”とも言うわ。人と同じ姿をしていて、人間に夢を見せて精神力を吸い取る……って本に書いてあったわ」

「精神力を吸うって……危険なの? その、ウィズの前で聞くのが失礼なのは分かってるんだけど」

「んーん。理解のためだし、別にいいよ。精神力ってのは、つまりはやる気の源だね。減ってしまうと元気がなくなるし、何も手に付かなくなっちゃう。だから、うん。危険って言えば、危険だよ」

 

 そう前置きした上で、ウィズは真面目な顔になって続ける。

 

「けど、さっきも言った通り、そこまでは絶対にしない。毎日誰かから、本当に少しずつ――分からないくらいの量だけ吸うようにするって、ダンブルドア先生と約束してる」

 

 少しだけ語調を強めた。ウィズなりの、偽りのない真摯の表明だった。

 ダンブルドアの名を出したことで違う方面での困惑が生まれた三人の顔色を見つつ、ウィズはリュックサックから杖を引っ張り出す。

 

「例えばだよ。ちょっとごめんね、ハーマイオニー」

「え?」

「マジーネ・マジュナ――何か感じる?」

 

 杖がきらりと光れば、ハーマイオニーからほんの僅かに、白い煙のようなものが零れた。

 目を凝らさないと見えないようなかずかな白を、ウィズは手元に集める。

 それを見て目を瞬かせるハーマイオニーは、怪訝そうに首を傾げた。

 

「……本当に、何かした?」

「今のが、精を取り出す魔法。起きている人が相手だとこのくらいしか出せないけど、感覚としては同じ。目が覚めた時に吸ったことを気付かせないくらいの加減をするよう、この魔法は調整されてる。だから――お願いします」

 

 ウィズは頭を下げた。

 ここが割り当てられた部屋である以上、最もその機会があるのはルームメイトである三人に他ならない。

 利用しなければならない隣人。夢魔としての性質に負い目など感じていないウィズではあったが、出来る限り作らないでいた関わりに対して引け目はあった。

 ハーマイオニーたちは目を見合わせる。

 声色には表れていないが、ウィズが“ルームメイトとの関係を不安視している”ことは伝わってきた。

 

「……私は、その。構わないわよ。勿論、何か気付くようなことがあれば、すぐに言わせてもらうけど」

「私も。問題があるようなら、入学できるとも思えないし。ラベンダーは?」

「二人がとんでもなくスムーズに受け入れられている方が不思議なんだけど……とりあえず、お試し期間ね。不調になるようなことがあれば即刻禁止するからね」

 

 ラベンダーの消極的な許可も含め、拒否がなかったことに、ウィズは顔を上げる。

 

「……今、ボクが言うのもあれだけど。物好きだね、三人とも」

「禁止されたい? 三人全員から」

 

 ぶんぶんと首を振り、杖を置いて両手を挙げる。せっかくの優しい隣人を失いたくはなかった。

 その手に集めていた精気がふわりとたなびく。

 

「ところでそれ、取り出してからどうするわけ?」

「普通に食べるのが好きかな、ボクは」

 

 すう、と息を吸うのと同じ感覚で、ウィズは手元の精気を口から取り込む。

 珍しいものを見たというパーバティとラベンダー。一方でハーマイオニーはどうにも気恥ずかしくなった。

 

「……ウィズ? 吸うのは良いけど、くれぐれも私たちが寝ている間に終わらせてちょうだい。なんだか見ていて恥ずかしくなるわ」

「そのつもりだよ。見世物でもないし。にしてもハーマイオニーは美味しいね。ごちそうさま」

 

 にっかりと歯を見せて笑うウィズ。

 独特な言い回しに顔を赤くしたハーマイオニーは自分のベッドに顔を埋める。

 疑問が山積みだった彼女を撃沈させたことで、その日の追及は強制終了したのだった。




《マジーネ・マジュナ》
「他者から精気を抽出する魔法だよ。夢を見ている人に行使するのが正しい使い方で、起きている人に対してだとほんの少ししか効果がないんだ。吸い過ぎる前に魔法が止まるように調整されているよ」
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