うつろう夢のエレメント   作:カリフラワー

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Stage.3 魔法の学び舎 ~ジンガ・マジーロ~ ①

 

 

 深夜二時過ぎ。

 ホグワーツの管理人を務めるアーガス・フィルチは培った長年の勘と、すこぶる鋭くなった耳で異常を感知した。

 遠くから聞こえる愛しき鳴き声。

 愛猫ミセス・ノリスは基本的にフィルチと別行動し、広い校内を巡回している。

 そして立ち入り禁止の廊下に侵入したり、夜間に外に出たりしている生徒を見つけては、鳴き声でフィルチを呼ぶのである。

 広い校内を本当に一人と一匹で巡回しているのかと思うほどに彼らから逃れるのは難しく、さらにフィルチは生徒たちを脅しつけたり事情があっても一切聞かないことから途轍もなく嫌われていた。

 

 そんなフィルチが聞きつけたミセス・ノリスの鳴き声は、普段の生徒を見つけた時のものとは違った。

 フィルチには分かる。それは自分を呼んだものではない。

 だが、そうでもなければ一体何が起きたのか。フィルチには思い当たる事柄がなかった。

 ガシャガシャとランプを揺らし、やせ細った体に見合わぬ足の速さでミセス・ノリスを目指す。

 鳴き声は移動していた。まさか愛猫が気分よく歌いながら巡回しているとでも言うのか。それならそれで別に良いのだが、ミセス・ノリスの性格からしてあり得ないという確信があった。

 もしも生徒が何か悪さをしていて、それが原因だというのなら校長が止めようと容赦はすまいと決心し、フィルチは鳴き声の場所に駆けつけ――

 

「――お? 確か管理人の……なんとかさん。こんばんは、良い夜だね」

「…………?」

 

 月明りに照らされる廊下を、愛猫を抱えて歩く小さな生徒を見つけた。

 右手に身長よりも長い杖を持ち、抱いた猫を左手で支えるその生徒はフィルチを見つけ、焦ることも顔を青くすることもない。

 ミセス・ノリスが振り向き、フィルチを見てにゃあと鳴いた。

 この生徒は許す。そう言っているようだった。

 

「ねえねえ、この子、管理人さんのペット? 名前はなんていうの?」

「何を……何をしている! 夜の出歩きは校則違反だ! 私の猫を、ミセス・ノリスを今すぐ解放しろ! 脅迫か! 脅迫なんだな!」

「えっと……夜の散歩をしていて、ちゃんと許可が下りていて、この子とは仲良くなっただけで、脅迫なんてしないよ」

 

 怒涛の勢いで叫ぶフィルチに対し、律儀に回答しながら、生徒――ウィズは猫を下ろす。

 手を振るウィズにミセス・ノリスはにゃあと鳴いて返し、フィルチのもとへと歩いていった。

 

「おお……! ミセス・ノリスや……! あの生徒に何をされた!? どんな罰でも与えてやるぞ……!」

 

 文字通りの猫撫で声でミセス・ノリスに接しつつ、フィルチはウィズに一生徒に向けるものとは思えない憎悪を向ける。器用だなとウィズは他人事のように感じた。

 しかし、フィルチがどう聞こうとミセス・ノリスは何も言わない。

 困惑するフィルチに、ウィズは懐から取り出した羊皮紙を広げて見せる。

 

「ほら、許可証。ダンブルドア先生から貰ったやつ。毎月申請しないと駄目だけど」

 

 ミセス・ノリスに声を掛けるのを中断し、フィルチはぎょろりと羊皮紙を睨む。

 ランプに照らされた真新しい羊皮紙には、確かに“種族ゆえの特性”のために夜間の外出を許可する旨と、ダンブルドアの署名があった。

 忌々しそうに歯ぎしりしつつ、フィルチはその許可証の文言を十度は見直した。

 入学初日の夜であるため当然期限は切れていないし、少なくとも今立っているこの場は立ち入り禁止の場所でもない。

 別途で教師からの禁止令が出た場合はこの許可証に優先されるという状況も、歓迎会からの流れからして考えにくい。

 夜間の出歩きと併せたその他の規則違反の動かぬ証拠はなかった。

 ミセス・ノリスがもう一度鳴き声を上げる。何か餌でも貰ったのか、満足気であった。

 

「……私に無断で餌をやるな!」

 

 挙句、それだけ叫んでフィルチは踵を返す。

 じゃあ次は許可を貰ってからにするねー、と背中で聞く呑気な声が堪らなく腹立たしかった。

 

「……何を貰ったんだ、ミセス・ノリスや」

 

 普段与えている餌では見せない様子に、こっそりフィルチが尋ねる。

 やはりミセス・ノリスはにゃあ、と鳴くだけであった。

 

 

 

 二日目の朝、しっかりと三人から精気を貰ったこと、そして後の時間は校内を探検したり、教科書を読んだりして過ごしていたことを話した。

 当然、ハーマイオニーは大激怒である。

 夜の出歩きは禁止されている。教師に見つかれば何十点減点されるかも分からない、規則違反の中でも重いものなのだ。

 その怒りっぷりたるや、ちゃんと正当な許可証があるのにウィズが震え上がるレベルであった。

 一通り説教が終わった後、おずおずと許可証を出すウィズはいっそう小さく見えた。

 この時、ハーマイオニーとウィズとの間に決定的な上下関係が生まれたと、パーバティとラベンダーは確信した。

 

 ルームメイトであるハーマイオニーの一日は「ウィズ、また寝てないの?」で始まる。

 夜の出歩きが許可されていること、それが種族の性質で仕方ないことだと知れば、ハーマイオニーにも止めることは出来なくなる。

 一切寝ていない様子でも授業に支障が見られず、元気なままだったのだから説教のしようもない。

 

 授業が始まって数日で、ウィズの性質は大体、グリフィンドール生や教師陣に伝わった。

 授業内容の覚えは意外と良い。教師の名前は授業の終盤になっても「えーと」が枕詞として付いてきたのにも関わらず、である。

 予習は万全、発言も多い、ついでに面倒見も良いらしく教師と一緒に教室を回り遅れかけた生徒へのケアまで行っている。

 フットワークの異常な軽さはおおよその授業でプラスに働いていた。

 

 教師陣がウィズと並んで名前を挙げるのがルームメイトであり早くも友人となったらしいハーマイオニーである。

 大半の授業ではこの二人が首位を争っている。

 現状、ウィズが明確に上を行っているのが天文学と薬草学だ。

 どちらもこれまでの経験から来ているのか、前提として有している知識の差が違うのだ。

 ――対して、覚えるべき人名やら顔写真やらが山ほど出てくる魔法史はハーマイオニーに二歩も三歩も差を付けられているようだが。

 

 そんな前情報を受け取った上で、マクゴナガルはグリフィンドール一年生最初の変身術の教室にやってきた。

 入ってきた瞬間、生徒たちは空気が変わったような錯覚に陥った。

 グリフィンドールの寮監である彼女は非常に厳格な教師として、上級生からは絶対に逆らってはいけない相手と認識されている。

 教室を見渡し、にこりともせずに出席を取る。

 名前を呼ばれただけで飛び上がってしまうネビルのような生徒までいた。

 

「全員、揃っているようですね。もう自己紹介は不要でしょうが、私はミネルバ・マクゴナガル教授。変身術の教師であり、グリフィンドールの寮監でもあります。覚えていますね?」

 

 明らかに約一名に対しての自己紹介であった。

 教室の空気が僅かに弛緩し、幾つか小さな笑いが零れる。

 ウィズはまるで自分のこととは思っていないかのように気にしていなかった。

 

「結構。変身術は、ホグワーツで学ぶ魔法の中で、最も複雑で危険なものの一つです」

 

 言いながら、マクゴナガルは小さく杖を振るい、教卓を豚に変えた。

 そしてもう一振り。元に戻して、続ける。

 

「何かに変えて、元に戻す。どちらの理論も熟知していなければなりません。いい加減な態度でこの授業を受けることがないように。その場合、私はその生徒に二度と授業を受けさせない用意をしなければなりませんので」

 

 そうして始まった変身術の授業は、それまで一年生たちが受けたどんな授業よりも難しかった。

 教科書とノートでひたすら、理論を学ぶことから始まる。

 最初から杖を振るうなどということはない。

 変身の失敗がどのような危険を生むか、下手に変身させたものを戻せなくなった時どうなるか。それらをマクゴナガルは実演して見せた。

 たとえばもし、それをふざけて人に対して行使したら。間違っても誰かがそのような血迷った悪戯に出ないよう、脅しとも取れる出来る限りの警告を行った。

 注意に次ぐ注意で全生徒に釘を刺した上で、授業の後半、最初の実習に入った。

 

「それでは、今日はこのマッチ棒を針に変えてもらいます」

 

 一人ひとりにマッチ棒が配られる。

 これから行うことは変身術の基礎も基礎だ。

 だが、同時にホグワーツにおける第一の鬼門とも言って良い。何せ、毎年最初の授業で変身に成功する者は片手で数えられるほどなのだから。

 ここで変身術に苦手意識を持つ者も多いが、これを複数回の授業に渡って行う理由があるほどの重要な課題でもある。

 

「はい。出来たよ先生」

 

 ――少なくとも、最初の授業で、一分も経たずにマッチ棒を変化させたのはここ数年例を見なかった。

 普通の杖に比べていっそう小さく振るった杖は、的確に対象に魔法の効果を発揮させる。

 隣の席に座っていたハーマイオニーは思わず二度見した。

 

「……オズ。念のため聞いておきますが、“オズの魔法”を使った訳ではありませんね?」

「使ってないよ。そっちを教える授業じゃないでしょ?」

 

 ウィズが扱う、特殊な魔法。それは他の生徒たちや大半の教師からは『夢魔という種族のみで発展した魔法』という認識になっている。

 本来それが天空聖者との契約によって齎される魔法であるという事実を知る者はきわめて少ない。

 ゆえに付いた通称は“オズの魔法”。ウィズは止めたが、その通称の広まりを防ぐことは出来なかった。

 ダンブルドア曰く、大抵は夢魔としての性質を制御するための魔法であるが、ウィズが使用できるものにはそれに当てはまらないものも多かった。

 今回の課題については、やろうと思えば『ジルマ・マジーロ』の呪文で実現できる。

 ウィズはその経験による理論の習熟を利用はしたものの、呪文そのものはこの授業で学んだものである。

 もう一本マッチ棒を渡し、再度同じことを行わせてみれば、ウィズは先程と瓜二つの針を作ってみせた。

 

「……よろしい。申し分ない出来です。グリフィンドールに五点を与えましょう。では、みんなにアドバイスをするように」

「はーい。得点ありがとう、えっと……マク……えー……」

「一点減点です」

 

 貰った点を余計なことをして減らすことも、グリフィンドール一年生の中では何度か見る光景であった。

 呆れた一同だが、その後の流れも含めていつも通り。

 その後まもなく課題をクリアしたハーマイオニーとの“教え方合戦”である。

 二人の教え方の差異、教えられる側の反応は、ともすれば火種になりかねないものではあったが――どちらが悪いとも言えない以上、マクゴナガルが口に出すことではない。

 ひとまず、此度の授業で重要視すべきは結果である。

 巧拙はあれど最終的に八人の変身術成功者を出し、こんなことは久しぶりだと、授業終わりに珍しい微笑みを見せたマクゴナガルはグリフィンドールに二十点もの点数を与えたのだった。

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