うつろう夢のエレメント 作:カリフラワー
金曜日の朝、ウィズがルームメイトの三人と共に大広間で朝食をとっていると、ハリーとロンがやってきた。
いつも授業時間が迫ってから駆け込んでくるというのに、今朝は十分に時間がある。
「おはよう、ハリー、ロン。今朝は早いね」
「おはようウィズ。うん、ようやく迷わずここに辿り着けたよ」
「本当、なんだってホグワーツの階段はあんなに意地悪なんだ。あれで遅刻して怒られるんだからどうかしてるよ」
ぶつくさと文句を言いつつロンは席に座りオートミールを引き寄せる。
ウィズはそれに同意する。ホグワーツの階段はとにかく嫌がらせに満ちていた。
特に、中頃まで行くと突然一段消えてしまう階段など狂気の沙汰である。数日前、引っ掛かって落ちかけたウィズは、たまたま通りかかったフレッドとジョージに救出された。
この時ウィズはこのホグワーツに来て怖いと思ったのは三度目だと零した。一度目は二日目の朝、ハーマイオニーの説教を長々と受けたこと。二度目は闇の魔術に対する防衛術の授業で担当教師のクィレルが“吸血鬼避け”のために教室をにんにく臭で満たしていたことである。ウィズ以外が気持ち悪いと感じていた一方で、彼女は「“本物”に知られたら死ぬより悲惨なことになりそう」と一人震えていた。
「それで。今日はなんの授業だっけ?」
「魔法薬学よ。グリフィンドールとスリザリンの合同授業」
ハリーの問いにハーマイオニーがすかさず答える。彼女を毛嫌いしているロンはそれだけで眉を顰めた。
――正確には、その授業の評判を思い出したこともあるが。
「嫌な奴らしいぜ、魔法薬学のスネイプは」
「スネイプ“先生”よ」
「……スリザリンの寮監でさ。いっつもスリザリンを贔屓して、他の寮には絶対に点をあげないんだって」
スネイプについて入ってくる情報は、グリフィンドールだろうと決して贔屓しないマクゴナガルとは正反対であった。
魔法薬学についての苦手意識はほぼスネイプが原因であるとまで言い切る上級生までいる。
スリザリンが六年連続で寮杯を獲得しているのも彼の影響だともっぱらの評価である。
「魔法薬学って、薬を作るんでしょ? 毒でも呑まされないかな」
「あり得るぜ、なんてったってスネイプなんだから」
「スネイプ“先生”よ」
ハリーは気が乗らなかった。スネイプは歓迎会の時、ハリーに決して初対面とは思えない、嫌悪の表情を向けてきたのだ。
そんな事情を知らないウィズは首を傾げる。
流石に教師が生徒に毒を盛ったりはしないと思うが、ともかく不安なままでは集中できないだろうと、齧っていたパンを置いた。
「毒が怖いなら、これ持ってるといいよ。お守り」
ウィズはローブのポケットから萎びた石を取り出し、ハリーに投げ渡す。
「……何これ? 内臓の干物?」
「ベゾアール石」
「べぞ……?」
一見ゴミにしか見えないものを急に渡され、何がなんだかと困惑するハリー。
対して、過剰なまでに反応したのはやはりハーマイオニーであった。
「なんでそんなもの持ってるのウィズ!?」
「手に入りにくいだけで出回る数が少ないわけじゃないから。手に入る場所さえ知っていれば難しくないよ」
何でもないように言うウィズ。少なくとも、彼女にとってはポケットにも入っているようなものではあるらしい。
ハーマイオニーの過剰反応も含めて、訳が分からないといった周囲の視線に対し、パーバティが代表して聞く。
「……ウィズ? その何とか石って?」
「んとね、山羊の胃の中から取れる結石だよ。見た目はあんなだけど、解毒剤としてすごく優秀なんだ」
「……色々な魔法薬の材料になるけどとても貴重なのよ。一つ手に入れるのに何十ガリオンもするらしいわ」
「何十ガリオンがどうしてポケットからぽんと出てくるのよ……」
ラベンダーの指摘は全員の総意であった。
「……いや、僕受け取れないよ。うん、気持ちだけ受け取っとく」
ハーマイオニーの補足を聞いて、ロンもそれがいいと頷いた。
明らかにこんな軽い流れで投げ渡すような代物ではない。ハリーは片手で受け止めたそれを、両手でウィズに返した。
別にいいのに、と再度ポケットに戻すウィズ。彼女の微妙な価値観というか感覚というかは、よく共に行動するルームメイトたちも分かりかねていた。
妙な空気にまたウィズが首を傾げたところで、大広間に何百重もの羽音が舞い込んでくる。
毎朝恒例のふくろう郵便である。
百話を超える大量のふくろうがなだれ込んできて、大広間を飛び回りながら郵便の宛先を探すのである。
今まで一つも郵便を運んでこなかったハリーのヘドウィグが、ハリーの皿に手紙を落とす。
そしてその近く、ウィズの下に飛んできたふくろう数羽が“手紙の代金”を貰っていた。
「はいはいどーも。君たちのご主人様によろしくねー」
ウィズは齧っていたパンを分けてそれぞれのふくろうに渡し、受け取った手紙をまとめてポケットに入れる。
「ウィズ、開けないの?」
「んー。吠えメールもなければ返事が必要なのもないし」
ハーマイオニーたちはここ三日ほど、ウィズに数件の手紙が来ているのを見ている。
しかし、それらを大広間で開けることはしていない。聞けば、全て夜の内に確認しているとのことだった。
ウィズ自身が手紙を出したのも、世話になっている知り合いとやらに一件出したのみ。
つまるところこの手紙は一方的に受け取っているだけのもののようだが、その中身をウィズは話そうとはしなかった。
「魔法薬学ってやっぱり難しいのよね? 苦手意識はスネイプ先生だけが原因じゃない筈よ」
「感覚でやるタイプには向かないかな。薬を作るだけなら、ハーマイオニーみたいなタイプは得意な筈だよ」
「頭でっかちで悪うございました」
地下牢で行われる魔法薬学の授業に向かいながら、ウィズとハーマイオニーは談笑していた。
「……ちょっと待って。ウィズは経験があるの?」
「うん。ママが『魔法薬はいざって時の路銀稼ぎにぴったりだから』って言ってたの。それでパパによく教わってたんだ」
「ご両親に? ウィズのお母さんは夢魔なのよね? 半分、つまりハーフってことはお父さんが魔法使いだったの?」
ウィズはこの学校に来て一番話しているハーマイオニーに対しても、自身のこれまでについて詳しく伝えてはいない。
理由があり数年ほど、両親とは離れて旅をしている。最後に両親に会ったのは一年前。
金銭面は夢魔として“色々やって”やりくりしている――この点については追及したがウィズは答えなかった。
色々と複雑な環境であるとまでしか分かっていなかったハーマイオニーは、この場で一歩踏み込むことにした。
「その辺りも……うん、ちょっと難しいけど、そういう理解でいいよ。ボクはパパから魔法を教わったの。魔法薬はそんなに得意じゃなかったけど」
「じゃあ通称“オズの魔法”はお父さんが作ったの? こう、お母さんの力を制御するために」
「あー、えっと……そういうのも、あるにはあるかな」
自然と早足になる。このまま追及が続けば、話すべきではないことまで話してしまう気がした。
誤魔化そうとしてなおも食い付いてくるハーマイオニーに適当に返しつつ、地下牢に辿り着く。
入った瞬間の、スリザリン生から伝わってくる雰囲気をウィズは感じながらも、空いていた席に座る。
それからすぐ、そんな“ごっこ遊びレベルの敵意”を吹き飛ばす空気を纏ったスネイプが部屋に入ってきた。
淡々と出席を取るスネイプ。
多少なり変化があったのはハリーの名を呼んだ時。それだけならば妖精の呪文のフリットウィックなどもそうであったが、スネイプのそれはまた一風変わっていた。
「――結構。このクラスでは魔法薬の微妙な科学と厳密な芸術を学ぶ。杖を振り回すような馬鹿げたことはやらん――したがって、次回からは自分の身長以上の無駄な荷物を持ってくる必要もない」
嘲笑はスリザリンから。
対してグリフィンドール生はその時点で、スネイプの性質をある程度理解した。
もっとも、その指摘の唯一の対象者は特に気にしていない様子だったが。
「名声の瓶詰め、栄光の醸造、死にさえ蓋をする。この芸術を理解した者にのみ、我輩はそうした秘奥を伝授する心づもりである。諸君らが、これまで教えたウスノロたちよりまともであることを、期待してはおらんが」
演説をそこで切り、突如スネイプがハリーを指名する。
目を丸くするハリーを、虚ろで冷たい、沼の底のような目でスネイプは見据えていた。
「アスフォデルの球根の粉末、煎じたニガヨモギ、刻んだカノコソウの根に催眠豆の汁……これらの材料から、何の薬を思い浮かべる?」
挙げられた材料のどれ一つハリーは知らなかった。スネイプの言葉が呪文にさえ聞こえていた。
そんな材料を使った薬は一年の教科書に書いてあった覚えがない、と思い至った生徒はごく僅か。
そして、スネイプの問いの答えだろう『生ける屍の水薬』にまで辿り着いたのは二名であった。
高く手を上げているハーマイオニー。一方ウィズは、
(いつこの薬を知ったんだっけ――そうだ。『目覚ましき目覚まし薬』を教えてもらった時だ)
などと思考を脱線させていた。
「……分かりません」
一つの材料も知らない状態で答えが出てくる筈もなく、ハリーは降参する。
スリザリン生から零れた笑い声がとても不快だった。
挙手しているハーマイオニーを無視し、スネイプが首を振る。
「有名なだけではどうにもならんか。では――もう一問」
勿体ぶったように続けたスネイプにハリーは顔を青くした。
それを見てスネイプがせせら笑ったのは果たして気のせいか。
とにかく、自棄になったハリーは次の問題も早々に諦める準備をして――
「ベゾアール石を見つけてこいと言われたら、どこを探すかね?」
――ウィズのポケットの中、と言いかけた口を必死で閉じた。
思わずハーマイオニー、パーバティ、ラベンダー、それからハリーとロンはウィズを見たし、ウィズも苦笑した。図らずも“お守り”が一矢報いることになったと。
「どうしたね、ポッター。まさかこの程度も……」
「ま、待ってください――そう、山羊。山羊の胃の中から取れますっ」
スリザリンの笑みが消え、スネイプはごく僅かに瞠目した。
――実のところ、ベゾアール石とはホグワーツの一年生が扱う材料ではない。
だからこそ、この問題をスネイプは出した。ハリーに解答できる訳がない、と。
「……その薬効を答えよ」
「えっと……解毒剤になります」
「――実に……実に端的な解答だ。ではモンクスフードとウルフスベーンの違いはなんだね? 先の問いを答えられるほどなら、この程度は造作もない、失礼千万な問題だとは思うが」
しかし、その反応から、知った経緯を悟ったスネイプはすぐさま追撃した。
安堵した矢先、また二つの“呪文”が飛び出し、ハリーの表情が固まる。
チラ、とハリーは縋るようにウィズに目を向ける。隣のハーマイオニーが立ち上がり、手を震わせながら高く掲げているのが見えた。
ここから声を出して手助けする訳にもいかないウィズは残念と肩を竦めた。
「……分かりません」
「ふん。大方教科書を開くでもなく、どこぞのお節介から偶然、答えを聞いただけと見える。魔法薬学をそうした浅い理解で学ぶつもりであれば、そう遠くないうちに後悔することになるだろう。席に着けグレンジャー」
想定していた方向に戻したスネイプは、黒いマントを翻し、ハリーに背を向ける。
「アスフォデルの球根の粉末、煎じたニガヨモギ、刻んだカノコソウの根、催眠豆の汁……これらの材料で作られるのは強力な眠り薬だ。調合によっては覚めない眠りさえ与えることから『生ける屍の水薬』と呼ばれる。ベゾアール石については今の諸君であればポッター程度の理解で良かろう。あくまで、今の諸君であれば、だが。モンクスフードとウルフスベーンには違いなどない。どちらも同じ、トリカブトのことだ。ノートに書き取ろうともせん諸君は当然、この程度は理解しているということでよろしいな?」
教室中で一斉に羽ペンと羊皮紙を取り出す音がした。
辛うじて一問答えられたからか。その時点でグリフィンドールに減点がなかったのは、奇跡というほかなかった。
『目覚ましき目覚まし薬』
「ナイスな歌を聞かせて育てたバナナ(ナイスじゃないと葉っぱに殴られるよ)、汚れた水の汚れていないところ一リットル(ヒルに注意!)、蜜を集めない筈の女王バチが何故か集めた幻のハチミツ(愛想よくしてちゃんと女王に取り入ること!)、対象者の髪の毛なんかを使って作る魔法薬だよ。眠りから覚めない相手の夢の世界に入って連れ戻すための薬なんだ。ただまあ、本来夢に入れない生き物が無理に夢の世界に入ると危険だからね。戻れなくならないよう、気を付けて」