隣の女子が性処理係に任命された 作:麦茶漬け
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これは例えばの話になるが、もし一般人が突然『飛行機を操縦してください』と無理難題を押し付けられた場合、それをそつなくこなすことは果たして可能だろうか。
考える。
いやムリなんじゃね、と。
普通の高校に通う普通科の生徒という、もはや普通の代表といっても差し支えない程の普通さを極めた普通マスターたる男が、専門技術の粋を結集させた機械の塊を、手足のように動かせる道理など皆無である。
わかり切ったことだが、平々凡々に暮らしていた十七歳の少年が、予備知識も無しに飛行機を離陸させようとしたところで、たぶん恐らくいや確実に十中八九九分九厘目も当てられない結果になることだろう。
ボタンが多くて目が泳ぎ、安全装置の解除方法も迷宮入り。
あまりにも八方塞がりな状況に懊悩し、もはやこれまでと観念しかけた、その時であった。
巨大な機械の塊の、武骨な脚が一歩前進した。
どうやらこの世には神がかった第六感を発揮して、偶然を奇跡に昇華させてしまう豪運の持ち主がいるらしかった。
俺と共にロボットへ乗り込んだクラスメイトの女子が、うんともすんとも言わない飛行機を、最大限努力すれば動かせないこともないマニュアルの自動車にまで退化させてくれたのだ。
把握したのは発進加速停止の三つ。
歩いて走って立ち止まるという、それだけの行動しか行えない巨大ロボットに可能な戦い方といえば、原始戦法の代名詞たるたいあたりのみであった。
あのポケットでモンスターな大冒険でも序盤はそれしか使えないのだからと割り切って、いざタックルをかましてみれば、これまたどうして大惨事。
猛り狂った怪獣さんは、口からビームをまき散らし、その攻撃から病院を庇った巨大ロボットはものの見事に半壊してしまった。
そこから膝をついて沈黙していると、患者たちを乗せて発進しようとしているバスを発見したため、君の父親を守れと言って同乗している藤宮を降ろし、半ば無理やりそこまで送り届け、俺はひとり壊れかけの機体で怪獣のほうへ向かっていった。
勝てないであろう事実は明白だ。
だが、危機的場面でロボットに乗り込んだ男の子である以上、かっこつけないワケにはいかなかったのだ。
溢れ出るアドレナリンに身を任せ、怪獣に正面衝突を続ける機体の内部は、散乱したカバンの中身で埋め尽くされている。
機体本体も操縦席も、自分のメンタルもがんばって書いた大塩平八郎の乱についてのプリントもぐちゃぐちゃだ。
数分後には死神が迎えに来そうなこの状況、まさにどうしよう平八郎って感じだよな──だなんて一人で笑いながら特攻を続けていた、その時だった。
突如として空が光り輝き、隕石が彼方より飛来。
そのまま怪獣に激突してヤツを転倒させたソレは、よくよく見てみれば隕石ではなかった。
円盤、だろうか。
人々にある種の概念として根付いている、異星人が操縦するあの銀色の円盤のような物体が、どうやら絶体絶命の俺を助けてくれたらしかった。
しかも薄っすらと見える丸い窓の中から、何者かがこちらに手を振っている。
それに驚きはしたが、腰を抜かすようなリアクションが飛び出すことはなかった。
異星人など存在しない──元いた世界でのそれが通説だった。
オカルト系のエンターテイメントに傾倒しているクリエイターやらが、過去に起きた事件と結びつけて存在を主張する事例こそ散見されたものの、事実として人間が異星人そのものの証明をできた試しはない。
言ってしまえば空想だ。
いると信じている勢力はあっても現状姿を見られない点で考えれば、それこそ神や悪魔と同列のファンタジーと捉えてしまっても別段問題はなかった。
しかし、眼前には
その事実は、どうあっても受け入れるしかない。
人々に成人向け漫画のような制度を強要する超常の存在や、宇宙より飛来する巨大不明生物やアニメからそのまま出てきたような二足歩行のロボットも、困ったことにこの世界では現実のものなのだ。
常軌を逸した事態が連続して発生しているせいで、俺の脳も若干バグっている。
それに人生最大値とも思えるほどの量のアドレナリンが加わり、もはや何がこようと『そういうものなんだな』と受け入れることが出来てしまう状態に陥っているのだ。
もう神や天使が降臨しようが、街に魑魅魍魎が跋扈しようが知ったことではない。
ひとまず、この怪獣を退ける。
まだ病院にいるかもしれない家族や、バスで避難したクラスメイトの少女を守る。
このどうしよう平八郎の乱における、分かる範囲で集中できる目的はそれだけである。
「──あっ」
だが、やはり俺も人間。
どれだけ非常事態に対して受け入れ態勢が万全になっていたとしても、気の緩みというものは防ぎようがない。
今回は突然飛来した宇宙人が、円盤で怪獣にタックルかまして転倒させたことが、一瞬の油断を発生させた原因だった。
その巨体からは想像できないほどの俊敏さで起き上がった怪獣が、先ほど周囲に拡散したビームとは比べ物にならない迫力の、極太レーザーをこちらへ射出したのだ。
当然、歩いて走って止まることしかできないロボットに、華麗な回避などできるはずもなく。
俺が搭乗する機体と、恐らく宇宙人が乗っているであろう銀色の円盤は、そのレーザーを真正面から受けたことで、跡形もなく爆発四散せしめるのであった。
◆
「私、ほんとは地球を征服しに来たんですよ」
畳張りの四畳半、その中心に木造のちゃぶ台がぽつんと置かれた、よく分からない謎の空間にて。
目の前に鎮座──というかフワフワと浮遊している、サッカーボールサイズの黒い球体から、加工したような甲高い声が発された。
「実は結構科学が進歩した星の出身でしてね。でも、まぁ、知的生命体ではよくある内乱が発生して惑星ごと滅んだんで、新しい母星を探してたんです」
何やら自分の事情を滔々と語る黒い球はさておき、いま現在の状況を冷静に俯瞰して考えてみた。
俺は先ほど、怪獣さん渾身の一撃によってこの世から葬り去られたはずだ。
しかし、なぜか、生きている。
全くもって摩訶不思議な体験だが、科学がメチャクソに発展した星からやってきたと語る、眼前の宇宙人のことを考えれば『コイツの仕業だな』と納得することができた。
自分でも驚くほどに頭が冴えわたっている。
俺はこの状態の名称を知っている。
コレは冷静な分析ではなく、俗に言うところの現実逃避というやつだ。
思い込んだものを”そうだ”と信じれば、人間というものは自然と焦らなくなるのだ。
焦燥して良いことなどない。
いまは現実逃避だろうがなんだろうが、合理的に自分を納得させられることが出来るのであれば、それを信じるだけである。
「……あの、私の話、聞いてます?」
「ん。……うん」
「その反応絶対聞いてなかったですね。肝が据わってるんだか、状況についていけてないのか──えぇい、この際そんなことはどうでもいいんですよ」
どうでもよくないだろ。
こっちは人生初の異星人とのコミュニケーションなんだぞ。もっと寄り添って考えてもらいたいところだ。
「とりあえず、君が疑問に思った事を質問してください。簡潔に答えますから」
それはいい提案だ。
正直説明をされるだけでは頭に入ってこないので。
「年齢を教えて」
「製造されてから経過した年月は十六年と三ヵ月です」
意外にも年下だったらしい。
じゃあ敬語はいらないか。
そもそも地球を征服しに来たとかのたまってるクソ宇宙人に対して、敬った喋り方で接するなど御免だ。
「次の質問、いいか?」
「どうぞ」
「母星にするだとか何とか言ってたが、何でこの星を選んだ?」
「あのギャラクシービーストを追ってきたんで、そのついでに。倒したら地球の皆さん、私に感謝するでしょうし、都合いいかなって」
新しい単語が出てきたが、勇者様の衝撃に比べれば幾分かわかりやすい。
ギャラクシービースト、というのはあの怪獣のことだろう。
どうやら遥か銀河の彼方であっても、あのバケモノの呼称は地球での呼び名である宇宙怪獣とさして変わらないようだ。
「いま、どういう状況?」
「少しだけ時間を巻き戻して、セーフティゾーンに逃げ込みました。ここを出ると、またあのビーストと戦うことになります」
「えっ。……時間、戻せんの?」
「期待した眼差しやめてください、コレが最後の一回だったんですよ。星が滅んで補給もできず、ボロボロの状態でここへ来たんですから」
わかりやすく辟易した声音で言い、宇宙人は話を続ける。
どうやら質問タイムは終わったようで、そこからは彼なのか彼女なのかよくわからん黒い球の身の上話が始まるのであった。
「私たち、本来は他の星々を守る銀河守護警備隊として活動していたんです。ギャラクシービーストがその星に飛来する前に、宇宙空間で奴らを討伐して、宇宙の平和を守っていました。
この地球だって何度か守ったことありますよ。私がね。ここの担当私でした。感謝してください。
で、星を守護する代わりに文化と生命力を秘密裏に徴収していました。私の場合は主に地球のエンターテインメントな文化を視聴したり押収したりして、ときたま現地の人間を攫って生命力を限界ギリギリまで吸い取って星に返すってことを繰り返してたんですけど──まぁ、さっきも言ったように母星が終焉を迎えましてね。
生き残ったとはいえ、銀河守護警備隊としての誇りとかもないんで、適当にスーパー科学パワーで惑星を支配して悠々自適に暮らそうと思ってたんですけど、紆余曲折あってこのザマです。なので」
長い長い長い。
半分も聞いてなかったわ。耳に入った話がそのまま右から左に流れていった。
つまり何?
お前の過去とかどうでもいいから、簡潔に結論を述べてください。
「つまりですね。……君を助けるんで、私のことも助けてください」
「……具体的には?」
「私と君の命をリンクさせてください。時間を戻したとはいえ、私たち一回死んでるんで、生命の源である魂が半分くらい欠けてるんです。その状態でセーフティゾーンから出ると死にます。
なので、二分の一になった魂をくっつけて、なんとか補おうって話をしてるわけですね」
SFなのかオカルト染みたスピリチュアルな話なのか、うまく纏まらないんだが──とりあえず分かった。
この分かったというのは、理解したということではなく、一旦考えるのを放棄した、という意味だ。
とりあえずこの宇宙人と協力して、とりあえずあの怪獣をやっつけて、とりあえずこの事態を収束させる。
いまはそれだけを目的にして動かなければ、津波のように押し寄せてくる情報量に、そのまま流されてしまいそうなほど限界なのだ。
考えるのやめた。
まず、目の前のことを何とかしよう。
「……でも、戻ったところで勝てるとは思えないんだが。俺はロボットをまともに動かせないし、お前の円盤は耐久性がカスだし」
「カスっていうな! ……こほん。えっと、要するにあれでしょ。君はうまく操縦ができないって話なんでしょう」
頷くと、フワフワ浮いていた黒い球が、俺の手元に移動してきた。
「それなら私がそのロボットと君の神経をリンクさせて、直感的に操作できるよう一時的に改造してあげます。それでいきましょう。さあ、レッツゴー」
そして気がついたときには、目の前の景色が畳張りの四畳半から、怪獣の眼前に鎮座するロボットの操縦席に切り替わっていた。急すぎる。
「失礼しますね!」
そして手元にあった黒い球が光り輝き、眩しさのあまり顔をそらしていると、いつの間にか操縦席に座る俺の膝の上には、中学生くらいの外見をした黒髪の少女が乗っていた。
「なに、その姿」
「えっ。だってほら、私たちって一時的なバディでしょう。人外系の相棒はだいたい節操なくヒト型の女の子になるって、ニッポンのアニメで言ってましたよ」
この星を守る対価として違法視聴と誘拐を繰り返していたクソ宇宙人は、どうやらとても歪んだ認識をお持ちのようだ。
──平凡に生きていたら突然別の世界に送られて、ディストピアに苦しんでいる女子を助けたら次は怪獣映画が始まって、流れでロボットに乗ったら一回死んで、しまいには人外ロリっ娘と命を共有することになって。
あまりにも理不尽で、この上なく非常識だ。
これは、まさに。
「どうしよう平八郎って感じだな……」
「は?」
バディだとかほざいていたクソ宇宙人には冷たい反応をされたが、なんやかんやあって怪獣には勝った。
そして間もなく、ロボットの足元に多数のパトカーと警官たちが押し寄せてくるのであった。
……どうしよう、これ。