Crosses Have Not Banished Yet 作:zoe.
同時刻。
「爆心地」から一足早く去っていった破面が一人いた。
エミルー・アパッチ。額に角のような仮面の名残を残した彼女はハリベルの腹心の一人で、いわば斥候としてメノスの森の異変についての調査の任にあたっていた。かつてはその好戦的な性格から猪突猛進に突っ込んで手痛い反撃を受けることもあったが、近年は上司の立場を汲んだのか慎重さが身についてきたようだ。
今回も、メノスの森の大虚が数を減らしている原因については何ら成果も得られなかったものの、謎の霊的な振動を察知した時点で方針を転換、この現象についての速報をまず伝えることを優先した。以前の彼女であれば、率先してこの異変の中心地に乗り込んだ末に雅忘人同様どこかに吹き飛ばされていた可能性が高く、大分成長したと言えよう。
とはいえ。
結局のところ、今回彼女のその「成長」が状況に役立ったかと問われるとかなり微妙なのも事実である。結局この現れた「何か」が虚のような霊圧であることまでは察知できたが、その強大さから近寄って状況を確認するわけにもいかず、まず虚夜城へと急ぐことになる。
一方虚夜城には、かつて東仙要がザエルアポロ・グランツと共同で作り上げた監視網がある。メノスの森のような僻地にまで映像による監視の目が届いているわけではないが、それでも霊圧の検知程度であれば十分に行き届いている。
「……この反応、最上級大虚クラスですわね」
ここ虚夜城では空間の「歪み」やその後の霊圧振動、そしてその振動によって狩野雅忘人がどこかに飛ばされたことまで感知できたわけではないが、一方で現地にいた彼らたちよりも先に「巨大な何か」が近づいていたことには気がついていた。
「共食いの結果、新たな最上級大虚が生まれたのか……?」
「いえ、データを見る限りこれは『外』から来ていますわ」
中級大虚、最上級大虚といった存在が虚同士の「共食い」の産物である以上、虚が多く集まるエリアで偶発的に強大な虚ができることは確率的には存在しうるだろう。しかしながら、この監視網は「元々そこにあったものが大きくなった」のと「新たに外から大きい物が現れた」の区別くらいはできるものであり、畢竟ある種の緊急事態であることを示していた。
「大変だ!」
そこにアパッチが駆け込んできた。
「なんですの、騒々しい」
「それどころじゃねえんだよ!」
「メノスの森のことでしょう?こちらでもとっくに感知してますわ」
そう、息を切らして駆け込んでは来たものの、結局監視網のお陰で既にハリベルの耳に異常は届いており、悲しいかなアパッチは道化となってしまった。
「……何にせよ実際に確認する必要はありそうだが……本腰入れた戦力が必要、か」
そう言って、ハリベルは少し逡巡する。
「よし、3人で状況を見てきてくれ。危ないと思ったら即撤退すること」
「わかりましたわ」
「了解!」
そうして、ハリベルの従属官3人は、改めてメノスの森の異変への調査に向かった。
「じゃあ、後はよろしく頼むよ」
そう言うと、久方ぶりに隊首羽織のないただの死覇装姿となった鳳橋楼十郎は三番隊隊首室を後にした。先日の隊首会にて正式に引退の旨が共有されてしばらく、ようやく後任への引き継ぎが終わり、晴れて「自由の身」となった。
一方、引き継いだのはこの男である。
「はぁ~~~」
鳳橋の姿が見えなくなると、腹の底から大きなため息をつく。
志波一心。以前十番隊の長であった頃から考えると、百年近いブランクを経て久しぶりの隊長職である。既に先日の隊首会やその後の隊内の集会で「お披露目」は済んでいるものの、いざ前隊長が去ってみるとその立場を改めて実感してしまう。
「どうもなー、吉良もまだ心を開いてくれてねぇんだよなぁ……」
例によって例のごとく尸魂界あちらこちらを飛び回っている部下のことを思う。そもそも三番隊は藍染惣右介の一件の影響もあり、十三隊の中でも特に隊長の入れ替わりが激しかった。根が生真面目な吉良は市丸のみならず天貝、鳳橋ともしっかり関係を構築しようとしており、それが彼の心労に繋がったことは想像に難くない。
「そもそも真面目な副官、苦手なんだよな……」
「お疲れ様でした」
隊舎から出てきた鳳橋に、吉良が頭を下げる。本来であれば新旧隊長の交代に際し立ち会うべき立場のはずだが、本人の性格柄こうして「外」で声をかけてきたことについて、鳳橋もまた特に驚くこともなく向き合う。
「イヅルこそお疲れ。新隊長とうまくやるんだよ」
「鳳橋さんこそ、お元気で」
「ありがとう」
短い挨拶を交わす。
「そうだ、一ついいかな」
「なんでしょう」
「石田君のことなんだけどさ」
声の調子を落として続ける。
「最近何か雰囲気が変わっててね。少し気を配っておいてもらえるかな」
「石田三席ですか……?なんで隊長じゃなくて僕に言うんですか」
「ほら、一心君こういうの苦手そうだし」
「僕ならいいって言うんですか」
不満を隠さないイヅル。たしかに、志波家らしく竹を割ったような性格の一心にとって、部下に疑いの目を向けるようなことは決して得手ではないだろう。
「それは逆でしょう」
「……ほう?」
「もう着任した以上は三番隊の人なんです。うちの隊風にも慣れてもらわないと」
「言うじゃない」
三番隊を象徴する隊花は金盞花、その花言葉は絶望。隊風はある程度隊長によって左右される部分があるとはいえ、やはり長年培われた雰囲気というのはそう簡単に変わるものではない。
「まあ、それだけ言えるなら大丈夫そうだね」
「なんとかやりますよ」
「じゃあ、あとはよろしく」
そうして隊舎を後にした楼十郎は、現世の旧友の元へと向かった。