Crosses Have Not Banished Yet 作:zoe.
そして春。
世間的には「心臓発作の大往生」という体を取り繕って、黒崎一心もまた現世を去ることとなった。息子の一護が医業を継がなかったこともあり、かなり長いことずっと前線に立っていた「医師」黒崎一心は地元の人からも愛されており、その葬儀には多くの人が訪れた……のだったが。
『てんめえそこで何してやがる!!!!!』
霊の見えない大多数の弔問客の手前大声を出すわけにもいかず、表情だけで怒りをあらわにする一護。それもそのはず、二日前に穿界門から見送ったはずの父親が、喪主挨拶をしようとした瞬間に目の前に現れたのだから。
『来ちゃった♡』
額に青筋を浮かべながら挨拶を始める一護と、それに茶々を入れる一心。もう見ることはないと思っていた光景がまたしても目の前で展開された夏梨もまた、目を覆っていた。
「そっか、お父さん来てるんだね」
黒崎遊子は一家で唯一霊的な能力に恵まれず、その光景を見られるわけではないが、兄妹の様子から、何が起きているのかを察した。
「あー…、久々に見えないあんたが羨ましいと思ったよ」
夏梨は小声でそう返す。
「……。私も向こうに行ったらまた会えるよね」
いくら目の前で年甲斐もないことをしているしょうもない姿でも、それでもやはり姿を見られないのは寂しいのだ。
「ああ、きっとな」
「あの野郎どこ行った、ぶった切ってやる!!」
その夜、現世組は死神姿で走り回る黒崎一護の姿を久々に見ることになる。
「さて、困ったねぇ……」
ようやく慣れてきた一番隊の隊首室で、京楽春水はそうひとりごちる。
京楽の頭を悩ませているのは、昨日の清浄塔居林での会見だった。
「そうは言っても、急過ぎる話じゃない?」
「むしろ、遅すぎたと言うべきだろう」
総隊長に相対する少女の名は阿万門ナユラ。幼い外見とは裏腹に、尸魂界の最高意思決定機関である中央四十六室の中でも、相当な上位に位置する一員である。
「そもそも、正式な発令の前にこうしてお主の意見を聞いているだけでも、我々の成長を評価してもらいたいところなのだが?」
「それについては確かに感謝するんだけどねぇ」
藍染惣右介の反逆から大戦に至るまでの経緯で生じた空位もようやく解消し、総隊長としての悩みが解決したと思った矢先に舞い込んだ面倒事に、思わず目を覆う。
「そもそも、この150年もの間、代役程度で放置していたことの方が問題だろうて」
「仰るとおりだよ」
「お主もそろそろ新しい環境に慣れた頃だろう、ここまで待ったことを汲んではくれんかね」
「うーん……」
「まあ良い、もし無理というのならば」
「ならば?」
「お主の責任で他の者を立てよ、ということになろうな」
「だよねぇ……」
そう、深くため息をつく京楽であった。
「珍しく真面目な顔で何を悩んでるんですか」
そう言いながら、副隊長の伊勢七緒が隊首に入ってくる。
「総隊長なんてやってるとね、色々面倒事が多くてね」
「そのために私と沖牙さんがいるのでしょう。泣き言言っている暇があるのなら、早く書類を片付けてください」
相変わらずの容赦の無さで、一向に進んでいない書類仕事の続きを催促する。
「そうは言ってもねぇ……」
そう言いながら京楽が執務机の抽斗にしまった書類には、こう書かれていた。
鬼道衆副鬼道長に一番隊副隊長 伊勢七緒を指名する
中央四十六室 阿万門ナユラ
元々護廷十三隊という組織では隊長の下に副隊長が就き、更にその下に第三席以下18名の席官が並ぶというのが原則である。しかしながら志波海燕戦死後の十三番隊が一時期副隊長不在・第三席2名という体制であったように、事情によってはその原則にも例外が設けられることがあり、現在の一番隊はまさにその例外であった。元来一番隊隊長は他の12名の隊長と異なり、自隊の統括のみならず十三隊全ての統率をも担う「総隊長」であり、その職掌は群を抜いて広かった。そのため、先代総隊長の戦死後、京楽は総隊長を引き受ける条件として、副隊長2名体制を中央四十六室に飲ませたという経緯がある。とはいえ、当時八番隊副隊長も代行していた伊勢七緒も今や一番隊に専念しており、そういう面では確かに「慣れた」と言われてしまうのもさもありなん、という話ではある。ただ、結局の所京楽にとっても十三隊全体の統率はまるで不慣れな仕事であり、また沖牙副隊長も現状一番隊の隊務だけである以上、七緒を手放すことは(私情を抜きにしても)厳しい状況なのだ。
ただ、護廷十三隊とは別組織とはいえ、たしかにアユラの言う通り鬼道衆の方がより厳しい状況であることは間違いなかった。魂魄消失案件の際、大鬼道長握菱鉄斎は浦原喜助と共に追放、副鬼道長有昭田鉢玄もまた虚化により現世にて仮面の軍勢の一員となった。結局両名とも、藍染の捕縛後に名誉回復はなされたものの現世に残ったままであり、確かに鬼道衆の戦力は大幅に低下したのは事実だ。特に、他隊と交流のある十三隊と違い独立した組織である鬼道衆は、トップ2人が一度に抜けたことで「下」を育てることにすら困難を抱えているのだろう。現状十三隊からの出向・移籍や生え抜きの者でなんとかポストを埋めているとは聞くが、護廷十三隊きっての鬼道の達人で、かつ隊の取り仕切りの能力も高い伊勢七緒は鬼道衆としても欲しい人材なのは、間違いのない事実である。
「とは言え、だよ」
結局、人材が足りていないのだ。優秀な人間はいつでも引く手数多であり、人事権を持つものはいつでもその配分に頭を悩ませることになる。
とはいえ、中央四十六室がある程度こちらの意見を聞くようになったというのは確かに「成長した」と言える話でもある。以前の四十六室であれば一方的に引き抜いておしまい、だったのだから、代役を探す必要があるとはいえ「拒否」できる余地があるだけマシであることは間違いない。
「じゃあ誰を行かせるのか、って話なんだけどねぇ……」