Crosses Have Not Banished Yet 作:zoe.
現世に点在している滅却師の拠点への一斉侵攻が命じられたのは一週間前のことだった。尸魂界側からの再三の要請にもかかわらず虚を消滅させ続ける滅却師に対し、ついに我慢の限界に達したといった状況である。尸魂界上層部、特に「三界」の現状を作り出した五大貴族――もっとも志波家は例によってこうした話には関与しようとしないが――を中心とした貴族会議は以前から現世に残る滅却師の残党の排除を強硬に進めようとしており、ついに三界の魂魄均衡の保全という口実を手に入れた中央四十六室の決という反論の余地のない結論を経て、殲滅が正式に下令されたのであった。
こうした経緯から、この作戦は特に「世界を盤石とするための規律を求めた者」の末裔である朽木家と関係性の深い六番隊が主導して行われることになった。隊長として全体の総指揮を執る父親の下、もっとも大きい本拠地への攻撃隊をまとめていたのが六番隊副隊長である朽木銀嶺その人である。
作戦は現世側での戦いとなることから入念な事前準備の上、世界同時的・一気呵成に進められた。
元々現世で暮らしていた滅却師は――後に明らかになる「見えざる帝国」に暮らしていた者達とは違い――その方針を巡って尸魂界と対立こそしていたものの、「実際に死神が危害を加えに来る」ことは完全に想定の外だったようで、虚以外の外敵による襲撃に対する備えはまるでされていなかった。また滅却師の伝統として、戦いの序盤に戦闘力で優れる純血統滅却師が参加せず、混血統滅却師のみで対応しようとしたことも被害を拡大させる要因となったと言えよう。純血統が重い腰を上げた頃には混血統の大半が戦死し数を活かした集団戦法を取ることもできない状態まで追い込まれており、既に大勢は決してしまっていたと言えよう。元々幼少期から戦闘技術の訓練を受ける滅却師には「非戦闘員」という発想もあまりなく、老若男女問わず前線に投入されることになったため、半ば絶滅戦の様相を呈していた。
「いくら我々に弓引いてくる者とはいえ、女子供まで手にかけるのは心が痛むな……」
自分の隊に向かって神聖滅矢を放ってきた子供の滅却師2人に双連蒼火墜を撃ち込みながら銀嶺はそうひとりごちる。
「ほんと、こんな年端もいかない子どもたちまで動員するって何考えてるんでしょうね」
今回の作戦で第1分隊の副官を務める第七席、乙坂順之助も銀嶺に同調する。
「子供のうちから戦場に立たせなきゃいけないくらい人手が足りないなら、尚更虚対策は我々に任せておけば良いと思うんですけどね」
「……きっと彼らは彼らにしかわからぬ何かのために戦っているのだろう」
先程から刃を交える相手が口々に言う「滅却師の誇り」という言葉を思い出しつつ、半ば自分に言い聞かせるかのように言った。
そうしていると、銀嶺の方へとひときわ強力な矢が飛んできた。
「純血統か!」
とっさに回避した乙坂がその方向へと向き直り、敵を斬る構えに入る。
「よい、乙坂」
そこに銀嶺が声をかける。
「様子を見るに此奴がこのあたりの顔役だろう。ここは私が引き受けるから、お前は部下を指揮して残敵の処理にあたるように」
部下にそう指示を出し、自らの斬魄刀に手をかける。
「了解しました」
「一人になって良いのかい、副隊長さん」
栗色の長髪を靡かせながら、滅却師はそう問う。
「貴公の相手に余計な手をかけるより、作戦全体での取りこぼしを防ぐ方が重要と判断したまでのこと。滅却師一人の相手が務まらないようでは護廷十三隊の副隊長など到底務まらぬものだからな」
実際には隊長格である銀嶺は尸魂界の規定から現世に出てくるにあたり、現世に不要な影響を及ぼさぬよう限定霊印によってその力を約二割にまで制限されている関係上「副隊長相応の戦闘能力」を発揮できる状況ではないのだが、一方でそうした限定措置が取られているということは「その限定された戦闘能力でも十分に戦える」と尸魂界が考えていることに他ならない。
「それが油断であってくれたらアタシは大助かりなんだけどねぇ」
もっとも、その発言が油断ではなく客観的な戦力分析からくるものであることは彼女自身もわかっており、厳しい戦いとなることを予期していた。
「滅却師の誇りにかけて、倒れていった仲間のためにアンタを倒すよ!」
たとえ事実として敵わない相手であったとしても、純血統の滅却師として、そしてなによりこの地域の滅却師の実質的なまとめ役を担っていた身として、背を向けて逃げるわけにはいかない。覚悟を決めた彼女は神聖弓を構え直した。
「誇り……か」
斬魄刀を抜きながら、銀嶺は少し考える。個人的な信条だけで言えば今回の任務は納得の行くものではない。確かに三界のバランスを考えれば滅却師を放置できるものではないが、だからといってせいぜい身近に現れた虚を倒すのが精一杯なレベルの者まで斬らねばならぬほどの状況とも思えない。自分は何のために戦っているのか、そして自分は何を背負っているのか、改めて少し自問自答する。
そして。
「良かろう。朽木家の誇りにかけて、この朽木銀嶺が貴様を斬る」
一方その頃、現世の別の地域でもまた、滅却師のコミュニティが六番隊による襲撃を受けていた。
「避難状況はどうですか!」
「まもなく非戦闘員の退避は終わります!」
緊迫する状況の中、彼らは非戦闘員である子供たちを見えざる帝国へと退避させていた。現世で生活していた滅却師も必要に応じ見えざる帝国との交流――多くの場合においては帝国側からの離反者を受け入れるに過ぎないが――をある程度は維持しており、今回の襲撃に際して一部の共同体では「非戦闘員の退避先」として帝国を頼ることになったのだ。
無論見えざる帝国はその歴史的経緯から尸魂界にその存在を察知されることを極端に忌避しており、退避に先立って周囲の安全を確保するために戦闘員の更なる犠牲が強いられたことは言うまでもない。しかしながら、それでも死神たちに一方的に殲滅されるよりは被害を減らせたと言えよう。退避があらかた終わった今、既に周辺は老若男女を問わず戦死した滅却師が死屍累々といった状況であり、もはや戦えるものはほとんど残っていない状況である。
「非戦闘員の退避が終わったら、あなたも隙を見て逃げなさい」
「えっ」
「非戦闘員の退避が終了した今、もう我々に戦う理由はありません。少しでも我々の戦力を将来に繋ぐことの方が重要でしょう」
「キルゲさんは…」
「私も皆さんが逃げる時間を稼いだら向かいますから、早く!」
「分かりました、ご武運を!」
そうして部下を去らせ、キルゲ・オピーは最後の一踏ん張りへと向かう。
この地域の滅却師コミュニティではエース格扱いだった自分でさえ、今回侵攻してきた死神の相手をするのは厳しい状況であった。既に戦友たちの大半は息絶えており、自身も万全とは程遠い状況ではあるものの、部下たちが逃げる時間を稼ぐためにもう少しだけ前線に戻らねばならなかった。