Crosses Have Not Banished Yet 作:zoe.
綱彌代家から資料が見つかったという報告が上がったのは、指示を出してから数日後のことであった。本来綱彌代家の書庫は護廷十三隊隊長はおろか本来中央四十六室であっても立ち入りを許されない完全禁踏区域の一つであり、通常であれば「照会された資料を綱彌代家の者が持参する」という形になるはずだった。しかしながら、京楽自身もまた――諸般の事情から綱彌代家と縁浅からぬ――上級貴族の人間であり、また時灘の一件により綱彌代家自体がもはや書類上の存在になりつつあるといった事情なども含め、多少の無理が効く状況であるのも確かだった。そうした諸々の手管を行使して京楽自らが調査に訪れたのは、単に資料発見の報に留まらず気がかりな点が報告されたからである。
「涅隊長、どう思う?」
京楽は同行させた涅マユリにそう問いかける。
「確かに妙だネ、この痕跡は……死神のものではないヨ。残念ながら君の見立ては間違いだったと言うわけだ」
「そりゃぁ……厄介だねぇ。こんなものに興味を示すとしたら藍染か時灘か、あるいは痣城君くらいかと思ったんだけど」
「これを見給えヨ。巧妙に偽装されてはいるが、錠前はすべて
確かに、綱彌代家の当主として「普通に鍵を開ける」ことができた時灘は言うに及ばず、錠前を直接操作できる痣城双也にしろ、鏡花水月を有し他人に何かを誤認させることができる藍染惣右介にしろ、鍵の内部構造を破壊するなどという面倒な方法を取る合理的な理由は思い当たらない。
「で、誰の痕跡なんだい」
「具体的に誰かは詳細に調べてみないとわからんヨ。何しろあれから50年、この瀞霊廷でこんな力を行使した莫迦は一度も感知されていないのだからネ」
「50年……まさか、滅却師かい?」
「ご名答。これは、鍵を構成する霊子を奪うことにより破壊されているんだヨ」
「なるほどねぇ……」
京楽は逡巡する。滅却師と聞いて真っ先に思い浮かぶのは護神大戦で侵攻してきたユーハバッハ達であったが、大戦後半はここ綱彌代家の屋敷はおろか瀞霊廷全域が見えざる帝国に「上書き」されており、彼らがこれらの記録に触れる機会があったとも思えない。
「まあ、私は一足先に帰ってこの痕跡の主を探らせて貰うヨ。古びた紙束を漁るのは君の領分だろう」
そう言うと、マユリは自らの研究室へと去っていった。
実際に発見された資料の内容は、概ね予想していた通りの内容であった。
太古の時代、霊王によって三界が分かたれた頃から存在していた強大な力を持つ大虚の一体として、時間や空間を変質させる虚についての言及があった。後に虚圏の統治者となるバラガン・ルイゼンバーンや、零番隊に敗北し已己巳己巴という名に歪められて封じられた虚と並び立つ程の存在であったものの、最終的にはバラガンと対立し敗北したと思われる、と記されている。ただ、今現在より世界全体の魂魄総量が遥かに少なかった当時ですら三界のバランスが揺らがなかったことを踏まえれば、バラガンに敗北したとはいえその存在が消滅したわけではなく、恐らくどこかに姿を隠しているものだろうという見立ても併せて記されており、空間を歪めるという能力を踏まえて考えればその可能性は十分に考えられるものだった。
そうした状況を考えればこの虚が虚圏以外の場所、即ち尸魂界や現世に現れる可能性は否定できるものではなく、総隊長としては「虚圏にこちらから乗り込んで対処しに行く」か「来た場合に備えて防衛体制を整えるか」といった大方針から検討する必要があるだろう。そして一方で、謎の滅却師と思しき存在が瀞霊廷内に――それも四大貴族の屋敷の最奥部に――侵入している可能性があり、しかも意図はともあれ太古の虚に関する情報に触れていた可能性が高いという点についても別立てで対処する必要が生じており、考えるべきことが途端に増えてしまった。
「久々に面倒なことになったねぇ、これは……」
取り急ぎ当面の対処方針を定めるべく、彼もまた自らの隊首室へと綱彌代家を後にした。
現世空座町、浦原商店。
護神大戦以降虚圏と尸魂界の関係はいくぶん改善したとはいえ、元来相容れぬ存在である以上直接連絡を取ることを極力避けている両陣営にとって、この場はこうした緊急時に対処するためには格好の場所であった。元々現世に足繁く通っている九番隊副隊長、檜佐木修兵が本件に関する尸魂界側の使いとして派遣され、今後の対処方針について虚圏側のネリエルや浦原喜助との協議の席に就いていた。
「なるほど、太古の虚っスか」
「総隊長の情報によると、そういうことらしいです。なにぶん護廷隊が今の形になるより遥か昔に行方を晦ました存在らしく、具体的な情報はあまりないのが実情です」
「まあ、そうでしょうね。ネリエルさん、虚圏の状況はいかがですか」
「現状
「率直に聞きましょうか。尸魂界はどの程度動くつもりですか」
この会談の場は尸魂界側からの要請によって開かれたものであり、それは即ちこの事態について護廷隊が介入する覚悟を決めつつあることは容易に推測された。焦点は、その規模と方法である。
「虚圏側が受け入れられるのであれば、ですが――」
檜佐木はそう重要な前置きをする。言うまでもなく虚圏は死神が介入する前提の場所ではなく、少なくとも筋としては――それこそ藍染惣右介やユーハバッハのような特級の緊急事態に限って――虚圏側が受け入れを表明して初めて成立する話である。
「一旦隊長格数名を派遣し、現状の調査及び状況への対処を検討したいと考えています。技術開発局は早晩こちら側や現世にも影響を及ぼす可能性が高いと見ており、そのためにはまず状況の確認が必要だと思われます」
「アタシも同意見っスね。現状虚圏でも対処できてない以上付け焼き刃の戦力でどうこうできるシロモノではなさそうっスけど、そろそろちゃんと現地に行く必要はあるんじゃないっスかね。虚圏はどう考えてます?」
「来る顔ぶれはある程度こちらの意見を汲んで欲しいけど、基本的に歓迎するわ。残念ながらこちらは私たちの指揮下に付かない破面も多くて、戦力が足りてるとは言い難いのよ」
「それは総隊長も承知しています。『来て欲しい人』というご希望は受けづらいですが、こちらが出す候補について『避けて欲しい人』のご希望は極力受け入れます」
過去何度か死神が虚圏に展開していたことはあるものの、その際の経緯等々から虚圏にとって「好ましからざる人物」は存在する。そうした事情から、虚圏が派遣される死神の人選に対してある程度の注文を付けてくることは、京楽としても想定の範囲内であった。
「とりあえず、その存在と最接近していた関係上、先日そちらより帰還した狩野さんは確実に選出されるでしょう。そして――」