Crosses Have Not Banished Yet 作:zoe.
「隊長、来ましたよ」
十二番隊、技術開発局の中央執務室で監視機器のモニタリングをしていた副隊長の阿近が隊長に報告する。
「この規模は……本体じゃァなさそうだネ」
涅マユリはデータを精査し、そう結論づける。先日の隊首会で例の未知の大虚についての情報が共有されて以降、十二番隊は尸魂界側にその大虚が現れることに備え全土の監視体制を整えていた。その「空間を歪める」能力が大虚単体の能力であればまだ良いが、かつてピカロという群体の虚が各個体ごとに能力を行使していた事例もあり、いわば「眷属」のような虚が尸魂界に襲来する可能性が考えられていたのだ。結局蓋を開けてみれば今回の反応は情報にあった程の変移量ではなく、恐らく想定が正しかったと考えて良いだろう。
「関係各所へ伝令、我々は後続に備え監視を続けるヨ」
「了解です」
十二番隊からの伝令を受けた京楽春水は、総隊長としての対応を早急に進めた。当然最優先すべきことは現場での対応、即ちその現れた虚への対処だが、その他にもいくつか準備しなければならないことがある。その一つは各隊の無用の損耗を避けるための対策であり、いわゆる戦闘配置と呼ばれる体制であった。想定される敵のレベルに応じて前線に配置する隊士を制限し、その水準に満たない者を後方支援等に回す対応で、これは主に先の大戦で一般隊士が多く犠牲になったことに対する反省から策定されたものである。特に霊術院から各隊に配属されている研修生はこうした緊急時の戦力としてみなされてはおらず、原則として各隊から集められて霊術院などの安全な地域に避難するものと定められている。
「全体に通達、第三種守備配置」
「了解しました」
副隊長の伊勢七緒に伝達を下命する。現行制度の第三種配置は上位席官以上による対応を前提とした対応で、下位席官以下は後方に回される。第二種以上の配置では席官全員が前線を離れ人数に大きな不足が生じるため、この体制が人数と戦力のバランスが取れる最大限のレベルと言えよう。
「十二番隊からの報告を見る限り、二番隊の担当地域になると思われます。私も出ましょうか」
守備配置において一番隊は自らの担当地区を持たずある種の予備戦力として扱われている。前総隊長時代から隊長・副隊長自体がまずイレギュラーな戦力であり、畢竟その麾下にある部隊全体がワイルドカードとして真に必要とされるところに逐次投入されるのが通例である。
「沖牙副隊長、出られるかい」
「はっ。勿論」
控えていたもう一人の副隊長、沖牙源志郎に声をかける。元々伊勢七緒は京楽の「総隊長として」の側面の補佐が主であり、「一番隊隊長として」の側面を補佐するのは沖牙の役目である。
「じゃあ、よろしく」
「了解しました」
「そこで何をしているんですか、石田第三席」
ようやく鬼道衆の隊舎近くまで来た石田誠弦に声をかけたのは、六番隊第三席の行木理吉であった。
「先程守備配置の指示があったはずです。五番隊の担当範囲はこちらではなかったはずですが」
確かに、鬼道衆の詰所をはじめとする瀞霊廷の重要施設周辺は六番隊の担当であり、五番隊の自分がこの場に現れるのは担当を逸脱しているととられて当然だろう。とはいえ、もはや状況から鬼道衆詰所への侵入は不可避であり、相対的に警備が手薄になる守備配置の発令はむしろ渡りに船という判断である。ここ鬼道衆の詰所に配備されていたのも読み通り隊長格ではなく席官止まりであり、最悪の場合は強引に押し通ることも可能と状況は有利な方向に流れていると見えた。
「今回の件に関して鬼道衆に急用があってね」
とは言え実力行使は最後の手段であり、まずは平和的な手段で解決を試みる。納得ずくで通してもらえるならそれに越したことはないし、隙を突いて通るのでも実力行使で強引に行くよりはいくばくかマシだろう。
「なるほど……。わかりました、一旦鬼道衆の方に確認して来るのでそこで待っていてください」
やはりそうなるか。流石に舌先三寸でどうこうなるほど莫迦ではなかったらしい。まあ、次善策で行くしかないだろう。行木が鬼道衆詰所に入って行くのを見届けたら瞬歩で裏口に周り、そこから侵入すればなんとかなるだろう。ここで彼に見咎められたのは懸念事項ではあるものの、全てが片付いたあとであれば三席程度が何を言っても言い逃れることは可能だ。
しかし行木を見送り裏口へと向かおうとした途端、誠弦の体を六本の光が拘束した。
「石田第三席、やはりそうなんですね」
これは――六杖光牢か。席官レベルでこんな上級の縛道を詠唱破棄できる者がいたのは想定外だったが、確かに六杖光牢は朽木六番隊隊長の得意技であることを考えれば行木が使えるのはおかしくはないかもしれない。
「このまま拘束させて貰いますよ!」
しかし悲しいかな、まだ彼の実力では六十番台の詠唱破棄は無理があったのだろう。一瞬の足止めはされたものの、大した拘束力は発揮できていない。
「残念だな、行木第三席。この程度で私を止められると本当に思ったのか?」
拘束を白打で砕き四肢の自由を取り戻すと、斬魄刀を構える。
「こうなっては仕方がない。ここは力づくで通らせてもらうよ」
「久しぶりじゃねえか、死神」
破面の集団から一人先行したイグアラダ・フィルボは死神の派遣部隊の隊列にいた狩野雅忘人に声をかけた。他の死神もそれぞれ後続の破面に対応すべく身構えている中で、雅忘人は一足先に剣を交える形になる。
「誰だお前」
「あァそうか、こないだはこの姿になる前だったからな」
そう言われて雅忘人は目の前の破面の霊圧を探る。
「……あん時の虚か」
仮面を剥いで姿形が大きく変わり、霊圧も破面のレベルまで強化されたとは言え、その「質」は早々簡単に変わるものではない。雅忘人は目の前の相手が以前虚圏を去る直前に決着を付けそこねた相手であることを知る。
「この間は邪魔が入りやがったからな。今度こそてめえを斬ってやる」
イグアラダはそう言いながら、自身の斬魄刀を抜く。
「まどろっこしいのは抜きにしようぜ。こないだの『アレ』で来いよ」
「言われなくてもそうしてやるよ」
数百年の間メノスの森という僻地に籠もっていた雅忘人にとって、出来損ないではない破面という存在と刃を交えるのは初の経験である。「成体」の破面の戦闘力は元々の大虚と比して数倍レベルになることが知られており、以前同様に斬魄刀を開放しないまま戦える相手ではないだろう。
「刺し貫け、
納刀状態の斬魄刀を構えると、雅忘人は斬魄刀の名を呼ぶ。
「相変わらずでけぇ斬魄刀だな」
雅忘人の斬魄刀、紅沙参は解放されると大型の突撃槍のような形状に変化する。確かに始解としては――斬月や野晒といった規格外のものを考えなければ――かなり大型の部類だろう。
「いいだろ。行くぜ」
雅忘人は腰を落として構えに入ると、そのまま斬魄刀を握る手に霊圧を込める。込められた霊圧が大きくなるにつれ、斬魄刀に取り付けられた飾り布が激しく発光していく。そして次の瞬間飾り布が大きく爆ぜ、その勢いを駆ってイグアラダに向かって突進する。
「なんだと…!」
虚を突かれたイグアラダは咄嗟に斬魄刀で突進を受けるが、全体重に霊圧による加速を上乗せされた突進を受けきることはできず、押し負けてだいぶ後退してしまう。
「やるじゃねえか……!」