Crosses Have Not Banished Yet 作:zoe.
シエン・グランツは三つ巴の戦いを続ける中で、謎の頭痛に悩まされ始めていた。本来あれだけ待ち望んだ更木剣八との再戦であって、気分が上がりこそすれど調子が悪くなるというのは違和感を覚える話だ。ただ、どうも両者の戦いに介入した先刻から頭の中に妙な音が響いているのは確かで、これがこの煩わしい症状の原因になっている可能性は高そうに思える。
以前より更木と一対一でやり合いたいと願っていたにもかかわらずよくわからない虚との三つ巴になった時点で不満を覚えているのだが、その第三者がまるで意思の疎通も取れないような異形の虚というのは尚更気に食わない。一体何を考えているのかすらまったくわからないが、こちらから手を出したときのみならず自分と更木がやり合おうとしているところにも介入してくる以上、無視するわけにもいかないだろう。
「あー、もうイライラするなぁ!」
「どうした、集中できてねえみたいじゃねえか」
苛立ちをあらわにした自分に対し、更木はそう返してくる。この頭に響く異音は彼には聞こえていないのだろうか。
「なあ、とりあえずあの邪魔なやつ、先にやっちゃわない?」
「手前がそうしてえなら好きにしろ、俺も好きにやらせてもらう」
共闘してまず一対一にしようと提案してみるものの、そのつもりはないようだ。
「俺たちのレベルでやり合える三つ巴なんてこれほど面白えモンはねえだろ!」
そうだった。
この男は戦いの享楽を悦ぶ者であって、死はその戦いを楽しんだ結果として訪れるものでしかない。自分のように、相手に死を与え、あるいは自身に死が訪れるという終末を目的として力を振るっている存在とは、その表面的な行動こそ似てはいるものの本質的な向き合い方が違うのだ。恐らく自分があの虚に全力を注ごうとしたところで、更木は気にせず両者に斬りかかってくるに違いない。
頭痛と戦いながら更木の剣を受け、迫ってくる虚の触手を切り捨てていくが、脳に響く異音はどんどん耳障りになっていく。
「あァ……?手前……それ、どうした?」
更木が剣を止め指さしてきた自分の腹周りを見てみると、不気味な触手がうねっていた。あの異形の虚から巻き付いて来たのかと思いそちらの方を見ているが、まったくそんなことはないようで、この触手は明らかに自分の腹から生えてきていた。
「何だこれ……」
自分の意思で動かすことはできなそうだが、自分の手で触れてみると「触られた」感覚があり、触覚自体は自身の神経につながっているらしい。触手の雰囲気からしてあの謎の虚が悪さをしているようには見えるが、少なくとも腹部に攻撃を受けた記憶はない。一体どういう仕組で、何のためにこんなものを生やしているのだろうか。
――考えても仕方がない。意思疎通ができる相手であればまだ会話し意図を探り作戦を考えることもできるが、知性すら感じられないような相手ではその意味は全くない。果たしてこの触手が今後どの程度自分の不利に繋がるのかすらわからないが、少なくとも更木の方には影響が出ているようには見えない以上、これを放置すればするほど自分の方が不利になる可能性は高いだろう。ここは更木へ割く注意の水準を少し落とすというリスクを取ってでも、まずこの触手の源を断つ方がより重要度が高そうだ。
更木から距離を取るべく一旦力を込めて虚閃を撃つと、自身は異形の虚の方へと突進していく。頭が複数ありどれが斬るべき「本体」なのかはわからないものの、ありがたいことにすべてが胴体の上に繋がってまとまっている以上は全部まとめて斬れば済む話だろう。相手の触手の射程内に入るところからの最後の数メートルは響転で踏み込み――
その瞬間、多数の顔がすべてこちらに向き直り――表情がまるで読めないにもかかわらず――「かかったな」と言わんばかりの雰囲気を滲ませた。嫌な予感がしてもう一度響転で距離を取り直そうとしたが、その瞬間相手の触手が伸びるだけでなく、自身の腹に蠢いていた触手もまた敵の方向へと伸び、完全に捕らわれてしまった。
「おい、何だよこれ!何すんだ、離せよ!!」
思わず叫ぶが、言葉の通じない相手に何を言ったところで届くはずもない。
繋がった触手は更に太さを増し、どんどん自らの体全体が虚の体へと取り込まれていく。運の悪いことに両腕が最初に取り込まれてしまっており、もはや刀を振るうことすらできなくなっている。
「こうなったら……!」
反動や爆風で自身もダメージを受けること、そして虚のままである相手と比べ超速再生能力を失っている破面の自分の方がダメージを重く見なければならない状況であることを考えても、もはや猶予はないと見て相手に取り込まれた両腕からゼロ距離の虚閃を撃ち出す。弱体化したとはいえ元最上級大虚の虚閃はそれなりのダメージになったようで、虚は大きな咆哮を響かせる。だが、その拘束を多少緩みはしたものの拘束から抜け出すには至らない。
「助けろよ、おい!」
こちらの方を眺めている更木に怒声を浴びせるが、当然介入してくる様子も見せない。いくら戦闘狂の更木剣八とて、流石に上位の破面が得体の知れない力で捕らわれている状況に向こう見ずに突っ込むほど極まってはいないだろう。
そして次の瞬間。
シエン・グランツの意識は完全に消失した。
両者の霊体は完全に融合し、シエン・グランツの破面としての小さな体躯に封じられていた膨大な霊力はすべて異形の虚の体躯へと還元される。相当なサイズであった体軀はむしろ引き締まり小型化したが、そこから発せられる霊圧の強度は成体の破面以上のものになっている。元々仮面を持たない異形の虚であったが故に総表現するのが正しいかは不明だが、斬魄刀らしきものを腰に差していることを考えれば「破面」と表現して差し支えない存在になったようだ。
「スバらしい、コレが力か!」
シエン・グランツを取り込んだせいか、ついに言葉を発するようになったこの虚は、目の前に残るもう一人の的、更木剣八と対峙する。
その様子を見て、相対する更木もまた獰猛な笑みを浮かべていた。
「こいつは面白ぇ、大分愉しめそうじゃねえか!」
これでようやく第五章が終了、次回は久しぶりの幕間回です。