Crosses Have Not Banished Yet 作:zoe.
「なるほど、ここが尸魂界か」
病室で意識が薄れたと思ったら、次に目にしたのは眼前に続く和装の老若男女の列だった。それも、相当に長い。以前から尸魂界については知っていたが、実際に目にするとやはり不思議な感覚は否めない。そしてしばらくの後、彼は西流魂街三十四地区「紅露」へと送られた。
「なるほど、生前の服装には関係なく皆和服で送られるわけか」
ひとまず冷静に状況の把握に務める。
「それに……若返った……のか?」
死ぬ寸前の自分は末期の肺癌で、控えめに言っても半ば死体のような見かけだったはずである。ところが、今自分の手を見る限り相当血色が良く、肌の状況を見る限りはまるで3~40代の頃を思わせるような状態である。
だが彼にとって、目下の問題は左手に感じる忌々しい重さであった。
「雨竜め……」
滅却十字。滅却師としての能力を行使するためのそれが、霊体であるはずの自分の身についていたのだ。
「どうやら、力はこの姿でも残っているらしい」
霊力を少しばかり体に回して見て、そう結論付けた。
流魂街では、基本的に見ず知らずの人と「家族」として共同生活を送ることになる。
私が一緒に暮らすことになったのは、黒髪で落ち着いた雰囲気の女性、高校生くらいの雰囲気の男の子、そして小学生くらいの女の子だった。
「ところで竜弦さん、お腹は空きますか?」
一通り自己紹介や周辺の説明などが終わった後、不意にこの「一家」の長らしき女性――どうやら「カナコ」というらしい――が徐にそう聞いてきた。
「こちらの世界では普通お腹は空かないんですけど、霊力がある方は別みたいなんです」
なるほど、それはなかなかに厄介な話だ。
「私たち3人はみんな力がないので…もしかすると、ちょっと大変かもしれません」
表情に出ていたのか、私に霊的な力がある前提で話を続けられる。
「食料の調達に問題があるということか?」
「このあたりはそこまで治安が悪いわけではないですし、私達も別に物をまったく食べないわけではないので、そこまで深刻な問題ではないと思います。ただ――」
そこまで言って一息つく。
「お腹が空かない私達とでは、必要な量がもしかしたら違うのかな、と」
「なるほどありがとう、お気遣い感謝する」
「確かこのあたりだと、3軒先のジョウタロウさんは力がある方なので、何かと力になってくれるかも……」
「私はこのあたりで医者をやっておるジョウタロウだ、よろしく」
ジョウタロウと名乗る男は、鼻がやたら目立つ白髪の老人だった。
「まあ医者と言っても、こっちじゃ薬草をあてがうか、申し訳程度の回道――つまり治癒能力を使うか、くらいしかできんがね」
と、自嘲気味に言う。
「……現世でも、医師を?」
「まあな。遥か昔の話しさ」
「奇遇ですね。私も医師でした」
「そうか」
ふと逡巡するジョウタロウ。
「そういえば、結構若く見えるが……」
「ええ、そこが気になっているんです」
尸魂界に来てから気になっていた疑問を投げかけてみる。
「私は現世で80も過ぎて死んだはずなのですが……」
「なるほどな、だとしたら君は随分霊力があるらしい」
「…と、言いますと?」
「尸魂界での魂魄の寿命は、その霊力と大きく結びついておる」
そう言いながらジョウタロウは立ち上がる。
「つまり、霊力があればあるほど『老いる』のも遅くなる、ということだな」
「ふむ」
「霊力のない魂魄であれば、その寿命はさほど長くないから、死んだ時から大きく若返ることはない」
「なるほど、霊力が強ければ魂魄の寿命に対して経た年数が短いから、その分若返りがおきるということですね」
「そのとおりだ」
一冊の本を差し出して、更に続ける。
「まず、これを読んでみるといい」
「これは……?」
「回道の基礎の基礎についての覚書だ。十分な霊力と医学の知識があるなら、この程度はできるようになるだろう」
思わず怪訝な顔をしてしまったのか、ジョウタロウは更に言葉を繋いだ。
「腹が減るということは、我々は何かしらの稼ぎが必要ということだ。君さえ良ければ、しばらくはうちの手伝いをしたらどうかと思ってな」