Crosses Have Not Banished Yet   作:zoe.

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幕間三: Defense of the Heart (2)

「あんまり長く見てたくないんだけどなぁ、アレ」

しばらく遠距離から神聖滅矢を射掛けてはみたものの、必ずしも十分なダメージが与えられているとは言い難い状況だった。とはいえ眼前の虚から生えている触手は本数も長さもどんどん増大しており、それによる防御や反撃があることからあまり長期戦にするのは好ましくなさそうな状況である。そして何より、このあまりにも不気味な虚はさっさと片付けてこの場を離れたいというのが率直な思いだ。だが……都合の悪いことにどうもこの虚は何らかの方法で空間に干渉しているらしく、先程から急所(と思しき場所)に当たりそうな矢をすんでのところで回避しているようで、致命傷を与えるはずが十分なダメージになっていない。

「仕方ない、こっちも使うしかないね」

そう言いながら、夏梨は右手で胸元に下げた別のペンダントに触れる。

その瞬間、ペンダントから吹き出た霊圧が夏梨の体を覆い、銀色の鎧のようなものへと変化する。両足はしっかり覆われているものの、腰から上は急所のみが護られているような形状であり、機動力を重視したもののように見える。

姿が変わったことを認識したのか虚が虚閃を飛ばして来たが、夏梨はそれを蹴り返す。

「うん、やっぱりこんなもんか」

さほど強度があるようには見えない夏梨の鎧だが、見かけより大分強度はあるようで虚閃を蹴り返したというのに傷一つついていない。一方蹴り返された虚閃は見事に虚に吸い込まれるように直撃し、虚が叫び声を上げる。

「飛び道具が当たらないなら、触りたくないけど近寄るしかないよね」

覚悟を決めた夏梨は、虚との距離を一気に詰める。ここまで距離を取っての引き撃ちに徹しておりその速力をあまり認識していなかったためか、虚は完全に対応が遅れてしまう。虚にとって不運だったのは、夏梨の能力が鎧のように見えるからといって攻撃手段が剣や拳といった近距離攻撃に変わるというわけではなかったことだ。その速力が向上したのも交戦距離やのコントロールや回避力の向上、そして何より死角へと回り込むためであって攻撃手段自体はあくまで弓矢のままであり、それは虚にとって「多少相手の距離感を狂わせたところで攻撃を受けることに変わりはなく、今までより対処時間が限られる分逸らせる幅にも限りが出てくる」ということを意味していた。

このままではジリ貧と判断したのか、虚は防御に回していた触手にも霊圧を回し虚閃を放とうとする。いくら夏梨が虚閃を蹴り飛ばせるとはいっても、これだけの本数の虚閃を同時に打ち出されれば全てに対処することは不可能だろう。

 

――発射できれば、の話だが。

夏梨が待っていたのはまさに「それ」だった。相手がしびれを切らし状況を動かしにかかる瞬間というのは必然大きな隙を晒す瞬間でもある。弓から「釣り」の矢を射掛け、虚の意識がそちらに向かった瞬間、逆側へと移動する。

「さよならっ!!」

かつてのお転婆娘として知られていた頃よろしく、大きく後方へと振り上げた右足に霊圧が集中する。そして次の瞬間全力で放たれた蹴りから飛び出した霊子弾は、今まで射掛けていた神聖滅矢の比ではない霊圧強度であり、直撃した虚の胴体が爆散する。

「居るんでしょ、死神さん。あとは任せたわ」

虚は大半を失った体をなんとか再生しようとするものの、再生力の源になるはずの霊圧も大きく失っており再生速度は目に見えて遅い。戦闘中、既に仮面の軍勢の面々の霊圧を感じていた夏梨は最後の止めを彼らに任せ、自らに纏った能力を解く。

「お疲れ、夏梨ちゃん」

後ろから現れた愛川羅武は手際よく斬魄刀で虚を処理しながらねぎらいの言葉をかける。

「ほんま兄貴に似て失礼なやっちゃな。人にモノ頼むなら相応の態度ってモンがあるやろ」

一方猿柿ひよ里は夏梨に対して不満をぶつける。諸般の事情から現世に残ることを選択したとは言え、隊長格である彼女は現地で霊的な力を行使する人間達は――たとえそれがあの黒崎一護の親族であろうと――格下であるという意識を未だに持っており、その彼女からしてみれば最後の止めだけを任されるというのは気分の良いものではないだろう。

「そういうわけにもいかないでしょ。虚を斬魄刀で斬らなきゃいけない、ってのはボクらの事情なんだから」

虚を「(たお)す」方法はいくらでも考えられるが、その中で「斬魄刀で斬る」というのは他の方法と比べて異質である。それは「虚になってから重ねた罪を洗い流し、浄化された魂を魂の循環に還す」という役割があるからであり、滅却師の力を筆頭とした他の方法が魂を消滅させてしまうのとは考え方からして根本的に異なるのだ。強大な虚であればあるほどそこには多くの魂魄が内在しているわけで、これらが魂魄の循環に還らないということは三界のバランスに悪影響を及ぼすということに直結する。鳳橋楼十郎の言うとおり、三界のバランスを調整する役割を負った死神にとって、その違いは誰よりも気にするべきことなのだ。

「それにしても…その能力、滅却師って考えていいのかな?」

先の大戦で滅却師との戦いの前線に立った経験のある鳳橋にとって、「滅却師は弓矢しか使わない」という先入観はない。ただかつて戦った、あるいは話に聞いた滅却師の能力と比べて考えても身に纏う能力というのは少し異色のものだったし、彼女の歩法は純粋な飛廉脚とは違うものに見えていた。

「あー…、まあ半分はそうなんですけど」

夏梨は少しきまりが悪そうに答える。

「私の力も兄ほどではないですけど純粋なものってわけじゃないみたいで。”こっち”の力は兄の知り合いに手ほどきしてもらったんですよ」

「なるほどね」

黒崎一護が話題に上り、鳳橋は得心する。彼もまた当時から純粋な死神とは程遠い力を平然と行使していたのは事実で、虚や滅却師、そして完現術者の力をも持っていた彼の知り合いが関与しているのであれば、夏梨の力もまた何かしらの「混ぜもの」になっているのは必然と言えるかもしれない。

「まあ私自身もこの能力の具体的な仕組みをよく知ってるわけではないんですけどね。石田さんもリルカも細かいところまで教えてくれたわけじゃないですし、結局二人とも『どうしてそうなるのかわからない』って感じでしたし。父や兄なら知ってるのかも知れませんけど、きっと教えてくれませんからね」

そう苦笑する夏梨は遠い目で尸魂界に戻った父のことを思い出す。

 

「さーて、帰って次に備えるでー。次先越されたらタダじゃおかんからな!」

事後処理を終えたひよ里が残りの二人に声をかける。今回はいわば中立、黒崎家側の人間であったからまだ良かったものの、因縁深い浦原商店側のメンバーに先を越されるとなればひよ里としては今回以上に不愉快な事態である。現世にまた別の眷属が現れるかどうかは未知数であるが、次こそ先陣を切りたいという前のめりな意思がひしひしと伝わってくる。

「やれやれ、相変わらずひよ里は元気だねぇ……」

鳳橋は数十年ぶりに合流した旧友が以前と変わらないことに、多少の心地よさを覚えるのであった。

 




来週から第六章に入ります。
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