Crosses Have Not Banished Yet   作:zoe.

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実は本作でこの人のこと描きたかったんですよ。
ちょっと軽めの分量ですが動けるデブの本領発揮、ご期待ください。


第六章: Confront the Unknown (2) ― Mace of the Valiant

「ぶえーっぅし。畜生、誰か俺の噂してやがんな」

盛大なくしゃみをした二番隊副隊長、大前田希千代は斬魄刀から片手を離し袖で顔を拭う。

彼もまた、尸魂界で謎の虚と対峙していた。守備配置についていたところ部下の担当地域に突如として出現したため、急遽場所を入れ替えて彼が対応することになったのだった。

「それにしても、随分やりにくい相手だな……」

彼が対峙している虚は、下半身こそ二足直立してはいるが、両腕の先には巨大な二本の鉤爪が生えており、また頭部からは複数の触手が伸びるなど、他の地域に出現しているそれら同様異形という表現以外で形容できないような姿形である。幸い共有されていた情報にあった「空間を歪める」能力に関しては尸魂界に来る際に力を使い果たしたのか、はたまた機動的に使うのが難しいのかは分からないが戦闘中にはほとんど使われてはいないものの、両腕と触手という手数の多さだけでも大前田にとっては決して相性の良い相手ではない。彼の斬魄刀、五形頭は鎖付きの中距離武器で直接攻撃系であり特段手数を増やせるものではないし、父親と異なり特段鬼道の才に恵まれているわけでもないのだ。

 

「仕方ねえ。アレ、やるか」

大前田は大きくため機を一つつくと、始解を解除し納刀する。

「瞬閧・紫焔(しえん)烈迸(れっぽう)!」

そう叫ぶと、彼を中心に爆風が立ち上がる。死覇装の上半身がすべて吹き飛び、さながら相撲取りのような体軀が露わになった。両肩の後ろからは紫色の炎が真っ直ぐ斜め後方へと吹き出し続けている。

「この技、本当に燃費が悪ぃんだ。さっさと終わらせるぜ」

言い終わらないうちに一気に踏み込み、虚との距離を詰める。もともと隠密機動の分隊長を務める大前田は――その外見に反して――瞬歩を得意としており機動力は護廷隊でもトップクラスであったが、この瞬閧状態では背中から炎の形で霊圧を一気に噴出することで、更にその速力を高めている。

突っ込んできた大前田に対し、虚は右腕の鉤爪をその後ろ側から振るいつつ頭部の触手を防御へと繰り出す。先程までの五形頭ではこの触手を排除することすらできておらず、このままでは前方の触手と後方から迫りくる鉤爪で挟み撃ちになる構図だ。

「そんなんで止まると思ったか?」

大前田は自身の目前に迫った触手に向かい拳を振るう。その拳が触手に触れた瞬間、拳から青い炎が直線的に噴出し、そこから一本の触手を焼き切った。異形の虚にも痛覚はあるのか、この世のものとは思えないような叫び声をあげたが大前田は顔色一つ変えず、その腕を後ろへと振り戻し、背後から迫る鉤爪に返す刀で手刀を打ち込む。再び手刀に沿う形で青い炎が吹き出し――今度は焼き切るまではいかないかったが――それでもある程度の深い傷を与えたようだ。

こうなってくると厳しいのは虚の側だ。この異形の虚は攻防の手段をその触手や鉤爪といった大振りな物理的なものに頼っており、それが通じないというのはジリ貧一直線ということになる。なんとか反撃の糸口を掴もうと触手や鉤爪を大前田にむかって振るってはいるものの、その速度を捉えるとはできず逆に触手の一部を失う結果になっている。虚はこの状況に焦りを覚えたのか、虚は残された鉤爪を大きく広げカウンターを狙う構えを見せる。どの道このまま削られるのであれば、一か八かで一発入れてやろうという肚だろうか。

だが、それは大前田が待ち望んでいた展開でもある。自身で口にした通り彼の瞬閧は――元々鬼道の細かいコントロールが苦手であった彼にとってはなおさら――燃費の悪い能力であり、持久戦は極力避けたいというのが実情であった。そうであるがゆえに、相手の方が先に痺れを切らして一発勝負に出てきてくれるというのは願ってもない展開だったのだ。

「そいつを待ってたんだ」

背中の炎を一気に噴射し、上空十数メートルまで上昇した。大前田を見失った虚は次の突撃に備え身構えるが、その腕や触手はすべて水平方向からの攻撃に備えている。

「瞬閧・紫焔烈迸・震霆墜(しんていつい)!!」

上昇の頂点で方向転換して再度炎を噴射、今度は一転急降下である。迫りくる大前田に気付いた虚は触手や鉤爪をすべて上方向へと向けて防御を試みる。

「うおおぉぉっ!!」

衝撃の瞬間に拳を突き出し、合わせて背中からの噴射に回していた霊圧もすべてその拳へと送り込む。相当な速度と大前田自身の重量からくる膨大な運動エネルギーに加え霊圧による高温の炎がすべて一点に集中した破壊力は虚の鉤爪をへし折り触手を焼き切り、ついにはその頭部を打ち砕いた。

「あー…やっぱ痛えわ、これ」

高速で落下してその衝撃をすべて叩き込むということは、当然その反動は自身の体で受けるということでもある。最終段で拳から噴出した炎の反作用で多少は緩和されたところで限界はあり、そうそう気軽に使える技ではないだろう。

 

「お疲れ様です、こちら替えの死覇装です」

大前田は一旦体制を整えるべく隊舎に戻り、部下に着替えを用意させる。

「大分…凄い格好になっているが、そんなに手強い相手だったか」

総隊長の命を受けて二番隊の担当範囲に派遣されてきていた沖牙一番隊副隊長が声をかける。彼が到着する頃には既に大勢は決しており、総隊長への報告を預かるために大前田の元を訪れていた。

沖牙の懸念はもっともだろう。本来戦闘中に死覇装が損傷するということは普通に考えれば相手からの攻撃の結果であり、上半身全体が裸になるようなダメージを受けたのだとすれば相当な重傷さえ想像される。

「心配要りませんよ、これは……まあウチの隊長のお考えっすわ。瞬閧んとき、見るに耐えねえからいっそ全部吹きとばせっつわれてんすよ」

瞬閧は両肩の後ろに高濃度の鬼道を纏って戦うものである関係上肩から背にかけての部分は吹き飛ぶが、本来前側の方まで吹き飛ばす必要性はない。ただ、四楓院家の姉弟や砕蜂と異なり大前田のような外見の人間があの袖なしの刑戦装束を身に纏うのは確かに見目麗しいとは到底言い難いだろう。

「なるほど、確かにそうだろうな」

沖牙は脳裏に一瞬浮かんだ悍ましい絵図に瞑目した。

 


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