Crosses Have Not Banished Yet 作:zoe.
元滅却師という出自でかつ現在席官以上の地位にある者の中では特に穏健派として知られる黒崎千尋は、同様に滅却師の血筋を持つ死神たちの交流組織「十字組」の一部メンバーが浮足立っていることに苛立ちを覚えていた。そもそも悪いのはリーダー的立場にありながら独断専行で何かよからぬことを働いた挙げ句捕縛された石田誠弦だが、その状況下で浮足立っている他のメンバーもそれはそれで腹立たしい。どうも自分の預かり知らないところで良からぬことを企んでいた勢力がいたことには気づいていたが、だからといって尸魂界が緊急事態にある今そんなことをしている場合ではないはずだろう。
ふと霊圧を探ると、一人技術開発局の方に向かっていったらしいことに気がついた。現世での生まれ年は相当離れていたらしいとはいえ自身の子孫に当たる顔見知りが軽率な行動に出ているというのは流石に見過ごせない事態であり、できれば事が大きくなる前に彼を止めるべく持ち場を離れて技術開発局の方へと向かうことを決断した。
「何処へ行く」
だが、技術開発局へと向かう道中で、六番隊隊長朽木白哉と遭遇した。
「八番隊の担当区域は違ったはずだが、黒崎五席」
このあたりは六番隊の範囲でもないはずで、第五席に過ぎない自分のことを認識していることからも恐らく自分自身の出自を踏まえた上で――つまり石田誠弦捕縛に伴う元滅却師の死神に対する対応として――声をかけてきたのだろう。
どう答えたものか、少し逡巡する。今の時点で自分はまだ単に「持ち場を離れた不真面目な席官」レベルの話であって、正直に事情を話せば大きな問題になることはないかもしれない。一方で、そうしてしまえば当然技術開発局に向かった子孫はそこにいる涅マユリ以下十二番隊の戦力のみならずこの朽木白哉からも狙われるということであり、それは単に捕縛では済まない目に合うこととほぼ同義である。そして何よりの懸念事項は、目の前にいる男が「あの」朽木家の者であり、正直に話したところで情状を酌んでくれる保証もないことだ。先々代の銀嶺はたとえ自身の流儀に反したとしても尸魂界の秩序のためであれば剣を振るえる男であり、それが朽木家の誇りだとするならこの白哉も同様の矜恃を持ち合わせている可能性は高い。
「……祖父君は元気にしてるかい」
千尋は突然話を変える。
「何の話だ」
「200年前の話さ。まだアンタは生まれてなかったのかい?」
白哉は顔を顰める。
「アンタの祖父さんには当時随分世話になったからね。『ご挨拶』したかったんだけど、生憎アタシが護廷隊に入った頃にはもう引退されてたからね」
千尋とて当時の銀嶺が負っていた任には察しが付いているし、彼自身その任に対して思うところがあったのは当時刃を交えたときに感じ取っている。畢竟過去の因縁とはいえそこまでの恨みがあるわけではないのだが、一方でその状況を引き起こした尸魂界上層部・上級貴族達の思い上がりに対しては――自身のみならず犠牲となった仲間たちのことを思えば――怒りという言葉では足りぬほどの思いがあるのは事実である。特にその貴族としての振る舞いを象徴する朽木家の当主を目の前にした現在、そのわだかまりは長い時を越えて自身の心に再度影を落とし始めていた。
「アタシは不肖の子孫を助けに行かなきゃいけないんだけどさ、見逃しちゃくれないか」
朽木家の当主、そして六番隊隊長である眼の前の男はこのような情が通じる相手ではないだろう。それでもやはり樹をそのままにしておくというのは自分自身の主義に反する以上、やはりここでの衝突を避けて通ることは難しそうだ。
「何を言っているのかは知らないが、何にせよ貴公が今護廷隊の指揮の下にないというのであれば、然るべき対応をせざるを得ないな」
「毒せ、
単なる斬り合いでは分が悪いと見たのか、ロリ・アイヴァーンは帰刃して雛森桃と相対する。「相方」のメノリ・マリアは遠巻きに見て戦いに参加しようとはしないが、概ねそれはロリの帰刃の能力を知っているからだろう。帰刃の能力は「毒」。触手に変化した両腕から触れた物を溶かしていく溶解系の毒液を分泌するが、特段交戦距離がそこまで伸びるわけではない。元々斬魄刀も――隠し持って不意を突くことに特化している関係上――小振りで接近戦向きということもあり、その身軽な体軀と身のこなしを活かしたインファイターというべきだろう。
「弾け、飛梅」
帰刃を見た雛森もまた自身の斬魄刀を開放する。彼女の斬魄刀は焱熱系斬魄刀の中でもかなり遠距離に特化したものであり、必然戦闘の主導権は彼女の側にあると言えよう。藍染惣右介から雛森のことを少なからず聞いていたはずのロリがそうしたことを無視して戦いを挑んでいるのは、まさに彼女らしいと言ったところだろうか。
「ほらほら、そんな引いて戦ってどうするの?」
距離を取って戦う雛森をひたすら煽る。触手を振るうことでその軌道の延長上に毒液を飛ばすことはできるし、毒液自体はかなり殺傷力が高いためそれなりの脅威ではあるものの、飛梅から遠距離で繰り出される火球に干渉する術を持たない以上は隙を見つけて接近するか、あるいは雛森の方から距離を詰めるように仕向けるか、あるいは虚閃に頼るか、といったところだが、彼女の魂魄強度で放つ虚閃がそこまで強力かといえば残念ながらそうではない以上、やはり接近戦を前提とするしかない状況だ。
「貴方と戦う理由はありませんから。刀を納めて退いてくれるならそれでいいんですよ」
実際相手はそれほど強大でないとはいえ破面の一員、不用意に斃してしまえば三界の魂魄バランスに影響が出ることも考えれば雛森の側に戦う理由はまったくないのだ。無論藍染惣右介の元部下という因縁や相手の言動の不愉快さにそれなりの苛立ちは覚えているが、鬼道衆を代表して派遣されているという責任を自覚している彼女にとっては――特に今回の任務がこんな下っ端の破面の討伐ではなく、尸魂界全体の脅威となりかねない未知の虚の調査にあるということを考えれば――いかにこの場を収めるかということの方がより重要性が高い問題だ。
「張り合いがないわねぇ、そんなんだから捨てられるのよ」
「自分のコンプレックスを相手にぶつけて何がしたいのかしら」
「……っ!!」
相手を苛立たせるつもりで心理戦を挑んだつもりが、見事にカウンターを食らってしまう。彼女自身の自尊心は結局藍染惣右介の寵愛を受けていたという一点によって保たれているものの、結局彼がここ虚圏を離れる際に置いていかれたことを考えれば自身もまた藍染に「捨てられた」側であるのは事実だ。かつての心酔から自ら抜け出し、その後周囲の力添えもあり――「藍染惣右介の副官」ではなく――護廷五番隊の副隊長としてのアイデンティティを取り戻した雛森に比べると、未だに藍染の側近であったということを心の拠り所にしてしまう彼女の方がより根深いとすら言えるだろう。特に彼女にとって誤算だったことは、てっきり自分と同じ立場であったと思っていた雛森は藍染と単なる上司部下の関係でしかなかったことだ。自身に対して藍染が向けていた「それ」が彼女に向いていなかったのだとすれば、ある意味ではもちろん「女としての自分」の優越感に結びつくものではあるものの、一方では彼女がそういう武器を使わずとも藍染の興味を惹いていたということでもあり、それは「戦士としての自分」の劣等感を引き起こすものであった。
「いい気になるんじゃないわよ!!」
そうした苛立ちを乗せて全力の虚閃を撃ち出す。副隊長相手では分が悪い技ではあるものの、それでも破面が消耗覚悟で放つ全力の虚閃は当たればそれなりの痛手になるであろう威力にはなる。だがもちろん、その手は雛森の読み筋の一つであった。
「縛道の三十九、円閘扇」
鬼道によって形成された円形の盾は真正面ではなく少し上方向を向いており、虚閃を完全に受け殺すのではなくその軌道を逸らす形で作用する。正面から虚閃を受け止めようとすればそれは当然にそれなりの強度も必要になるし反動も受けてしまうが、こうして受け流すのであればより強度の低い――つまり霊力消費を抑えたものでも十分ということになる。こうした細かい調整は雛森の得意とするところであった。
「畜生、やっぱりかよ!」
虚閃が弾かれたのを見てロリは再度接近を試みるが、雛森がこうして霊力を節約したということは当然「次」の手のためである。
「破道の五十八、闐嵐」
雛森から大きな竜巻状の風が放たれる。咄嗟に飛び退いたロリはすんでのところで巻き込まれずに済んだものの、その視界は完全に遮られてしまう。
「幽谷の
――縛道の六十三、鎖条鎖縛」
ロリの周囲四方から霊子の鎖が現れ、その体を拘束していく。本来は太い鎖が雁字搦めに巻き付くことで動きを阻害するものだが、雛森の制御によって本来の姿よりも遥かに細い鎖が順序よく編まれていき、五体それぞれを緊縛し一切の動きの余地を奪っていく。
「貴方のような品のない女にはお似合いの姿よ。それでしばらく頭を冷やしていなさい」
最終的に上体は後手縛りのような形に編み上がる。ロリの下卑た挑発に対して一切取り合う様子を見せなかった雛森だが、内心堪えていたとはいえやはり苛立ちや嫌悪感は相当なものであったようだ。鬼道の達人にとってその発動をある程度コントロールすることは容易いものだが、その技術をこのような形で無駄遣いするというのは普段の彼女からすればなかなか珍しい光景である。
「貴方もやる気ですか?」
遠巻きに見ていたメノリ・マリアに目をやるが、当のメノリは拘束された相方に心配そうな目を向けるばかりで戦おうという意思を見せない。
「心配要りませんよ、そのうち解けるように組んでありますから。私たちの邪魔をしないのなら、それで結構です」
鬼道の詠唱ってそれ1つ考えるだけで相当な気力を消費しますね。