Crosses Have Not Banished Yet 作:zoe.
日乱派の人はごめんなさい。
「大分キツいわね……」
油断がなかったと言えば嘘になるかもしれない。滅却師の集団や藍染配下の破面との戦闘を経験してきた乱菊にとって、面も剥いでいない単なる虚に過ぎないこの相手はいくら図体が大きいからといってさほど強いものだとは思えなかったし、彦禰という更なる強敵とも刃を交えた修兵にとっては尚更そうであった。ただ、曲がりなりにも――方や卍解にさえ至っているほどの――隊長格が二人がかりにもかかわらず苦戦を強いられている現状は、そうした若干の慢心の影響だけというよりは、やはり相手がそれだけ厄介な存在であると考えた方が。相手取っている虚は彼らの「距離感」を狂わせているのか、うまく攻撃の狙いを定めることすらできていないのが現状である。鬼道による遠距離戦闘はもちろんのこと、修兵も乱菊も斬魄刀は中距離型であるため斬術による対抗も難しい状況に至っていた。
「すみません乱菊さん、後は頼みました」
「あんた何言ってんのよ」
覚悟を決めた様子の修兵はそう言い残すと、一気に敵と距離を詰める。
「言葉もわからなそうな奴に使う力じゃねえんだがな、本当は」
そう言いながら自身の斬魄刀、風死の両端に繋がれた鎖鎌を握り直す。当然攻撃の手が緩んだことで相手の虚の方は動きやすくなり、その巨体から伸びる8本の巨大な脚のうち1本を修兵の向かって繰り出して接近を阻もうとする。
「――卍解 風死絞縄」
相手からの反撃も無視して一直線に突っ込んだ修兵の体を虚の脚が貫こうとしたその瞬間、両の鎌を繋いでいた鎖が爆発的な勢いで伸び、修兵の頭上で渦巻いて球体をなしていった。球体からは幾多の鎖が下に向かって生み出され、それらは両者の体へと絡みついていく。虚の脚は確かに修兵の腹部を貫いたはずだったが、鎖の動きが一段落する頃にはその傷口は塞がっていた。
「修兵、あんた……」
少し離れたところで見ている乱菊にとって、この姿は初めて見るものであった。先の大戦で彼が卍解に至ったという話は聞いていたもののそれを使う機会は訪れず、かつてはそれを仲間と共に揶揄っていたことすらある。
死神にとって、たとえ相手が味方である護廷隊士であったとしても自身の能力を必要もなく明かすことはしないことが普通であるし、特にそれが自身の力の極地である卍解についてであれば尚更である。乱菊も当然修兵の卍解がどういう力を持っているのかは何も知らされていないが、周囲に満ちた冷たく重い霊圧からそれが――普段の二枚目半といった感じの彼の雰囲気には似つかわしくもないような――極めて陰湿な能力であることを感じ取っていた。とはいえ能力の本質もわからず、効果範囲に踏み込んだ者を巻き込む可能性すらありそうな姿であり、何より修兵自身が連携について口にすることなくこの力を発動したということから考えても、自身の出番は彼が言い残した通り「後」に来るのだということを理解し、修兵の戦いを見守る覚悟を決めた。
言葉を発することはないものの、相手方の虚は明らかに苛立ちを抑えきれないといった様子であった。修兵の卍解、風死絞縄はお互いの霊圧を用いてお互いの傷を治癒し続ける性質のものであり、畢竟それは「いくら相手にダメージを与えてもその損の半分は自分が背負う」ことを意味している。とはいえ敵方からしてみれば修兵にこの卍解を解除させなければ勝ちはないということでもあり、手を緩めるわけにもいかないのは事実である。幸か不幸か傷が治癒されるとはいえ痛みはすべて残るということもあり、完全に我慢比べといった様相である。
一方修兵としても、こういう意思疎通のできない相手にこの能力を使うことは想定していなかった。以前この卍解を初めて実戦で使った際は最終的に相手の戦意を奪って勝利するに至ったが、それはひとえに彦禰に彼の言葉が届いたからであって、こうしてコミュニケーションがとれない相手に対して卍解を使うということは最終的には「お互いの霊圧が尽きそれ以上戦えなくなる」状況に至ることを前提とせざるを得ないということであり、それこそが乱菊に後を任せざるを得なくなった最大の理由である。
しばらくして。
遂にお互いの霊圧は底を突こうとしていた。特に「いくら手傷を負っても死なない」ことをわかっている修兵は――傷ついたことによる痛みはあるというにもかかわらず――反撃を無視して突っ込み続けた結果として、双方の霊圧の消耗は相当に加速していた。どうやら虚も自身の能力を使うためにはそれなりの霊圧消費があったのか、既に距離感を狂わせたり空間を歪めたりといったことはできずに自身の触手や手足による直接攻撃を繰り返すのみとなっていた。
そして「その時」は訪れる。
両者の霊圧がほぼ尽きたタイミングで修兵は卍解を解く。
「破道の六十三、雷吼炮!!」
その瞬間、離れたところで様子を見ていた乱菊が一撃を放った。既に限界まで消耗していた虚は能力でそれを逸らすことも回避することもできず、まともに食らってしまう。そして放った鬼道に合わせて瞬歩で距離を詰めた乱菊は、最後斬魄刀の一太刀で虚を両断し戦いに幕を引いたのだった。
「ありがとうございました、乱菊さん」
「無茶したわね、修兵」
力を使い果たし寝転がった修兵の元に乱菊が駆け寄る。卍解、風死絞縄によって修復されるのはあくまでお互いの霊体のみであり、身につけている死覇装などは損傷したまま回復することはない。本来であれば数回死に至るレベルの傷を負った修兵の死覇装は当然ボロボロになっており、彼を抱きかかえた乱菊は修兵が今回の戦いで負った傷の多さを改めて思い知らされた。
「乱菊さんが無事でよかったです」
だが、その状況に至ってなお、消耗した修兵が息も絶え絶えに口にしたのは乱菊を気遣う言葉であった。その言葉を聞いた途端、それまで修兵を気遣うような表情をしていた乱菊の顔に怒りが灯る。
「何が『よかった』よ」
「えっ……」
「男ってみんなそうよ、ホント腹立つわ!」
そう言いながら乱菊は修兵の襟元を掴み引き寄せる。
「ギンも、あんたも、志波隊長も!何なら一護だってそうだし日番谷隊長だってちょっと前までそうだったけど!!勝手に自己完結して、残される女の気持ちなんかちっとも考えやしない!」
そう一気にまくし立てた乱菊の目尻には、うっすら涙が浮かんでいる。
「アタシ達だって死神なの、一方的に守ってもらう立場じゃないのよ!何でちゃんと頼ってくれないのよ!!」
「乱菊さん……」
「第一ね、人を女扱いするならまずちゃんと男見せなさいってのよ」
そう言いながら額を修兵の胸元へ寄せた乱菊の頬には若干の朱が差している。
「いつまでいなくなった奴の影気にしてんのよ、情けない。そんなヘタレでナメられっぱなしの男がそばに居るなんて、私は願い下げだからね」