Crosses Have Not Banished Yet 作:zoe.
「さーて、あいつらも十分離れたな」
守備配置の発令に応え現場に出ていた志波一心は、自らの三番隊の担当区域に虚が出現したとの報を受け自隊の配置を改めていた。以前現世で藍染の作り上げた虚と対峙したときもそうであったように、彼は強大な敵との戦いに際しては単身で臨む傾向は――二度目の――隊長就任後もまるで改善されてはいなかった。もっとも、三番隊は副官が虚圏に派遣されているという状況を考えれば実際隊長格の戦いの近くにいて役に立つ者がそうそういるわけも無いのは事実だし、京楽総隊長指揮下である現在の護廷隊は以前のそれに比べ末端隊士の損害を抑えることを考慮するようになっていたため、隊長格自らが前線で戦う風潮が主流となりつつあったのだが。
何にせよ、部下を周辺地域に割り振り終えた一心は禍々しい霊圧の元へと向かう。
「っと、ありゃ破面……なのか?」
他の地域や虚圏で観測されていた異形の虚達と異なり、多少造形が崩れた部分はあるものの一応は二足歩行の姿をしていた。元々この虚達は面を持たないためそうした面では「破面」と称するのが適切かは分からないが、少なくとも異形の虚とは一線を画する存在であることは事実だろう。
「他のとこに出てる奴は破面じゃねえって聞いてたし、『当たり』引いちまったか」
そうぼやきながら斬魄刀に手をかける。
「ふむ、隊長のお出ましか」
元より霊圧を一切隠さず近づいたからとはいえ、その虚はすぐに一心の接近に気付きそう言葉を発した。
「やっぱ喋れんのか、お前」
「むしろ何故喋れない可能性を考えたのか聞いてみたいところだな」
「……理屈っぽいな」
「そういうお前は随分単純そうに見えるな」
いちいち癪に障る物言いをしてくる相手に苛立ちを覚える一心だが、逆に言えばこれだけのやり取りができるということは相手にそれだけの知性が備わっているということでもあり、まるで油断ならない相手と考えるべきだろう。
「燃えろ、剡月!!」
一切の躊躇なく斬魄刀を開放する。刀身が赤熱し炎を纏い始めると、周囲の温度が上がっていく。
「成程、流石は隊長といったところか」
虚もまた斬魄刀を抜き身構える。藍染惣右介の手によって生み出された「成体」の破面程ではないとはいえ、その刃は並の隊長格に匹敵する程に研ぎ澄まされた霊圧を伺わせる。
「月牙――天衝!!」
踏み込んだ一心が霊圧を込めて剣を振るうと刀身を覆っていた炎が拡がるが、破面は響転でそれを回避し虚閃で反撃する。もちろん一心もまたそれを瞬歩で回避したため、お互いダメージを与えるには至らない。何度か剣戟と虚閃・月牙天衝の応酬を交わすものの、両者の実力は剣術でも歩法でも、あるいは霊圧を用いた技でも大きな差はなく決定打を与えるには程遠い状況だ。
「お前、名はあるのか?」
自我のない低級の虚は言うに及ばず、ある程度の戦闘能力を持つ者、あるいは生前の記憶を色濃く残し凶行に走っていた者でさえ自身の名を名乗る程に自我を取り戻した者はまず存在せず、尸魂界が割り当てた一種のコードネームで呼称されるのが通例である。結果自身の名を名乗るというのはその魂魄の洗練度が低く見積もっても中級大虚レベルであることを意味しており、より強大な相手であるということを覚悟する必要が出てくるだろう。
「本当に智慧がないのか、随分唐突な問いだな……まあ良い。私はカムサ・スカルマリが眷属の一、アビレス・ミラジェス。たとえ頭の足りぬ
「言ってくれるじゃねえか。この黒…じゃねえや志波一心、何をしに来たのかは知らねえが尸魂界に来た虚を見逃すわけには行かねえんだ!」
「アイスリンガーのやつ、ホントいい仕事してくれたぜ」
開戦劈頭に自身の帰刃「
一方厳しい立場に置かれているのは斑目一角だ。彼自身直接戦闘に傾倒した更木十一番隊で副官にまで上り詰めた実力者ではあるものの、斬魄刀の鬼灯丸は三節棍という技巧寄りのもので純粋なパワータイプを相手とするのは実のところそこまで得意なわけではない。実際かつて藍染惣右介配下の巨体の破面チーノン・ポウと交戦した際も大分苦戦を強いられており、今回もまた大分消耗してしまっているのが現状である。
「クソっ……。アンタ、あの
「そうか、お前は誰かの従属官と戦ったことがあるのか」
「なんかクソデケえ奴だったぜ」
「……ほう」
「そうか、俺はあいつを超えたのか」
少しだけ感慨に耽ると、また拳を振るう。龍拳はもちろんガンテンバインの恵まれた膂力からくる物理的破壊力も十分にあるが、それ以上に霊圧から生み出される雷による遠距離攻撃が厄介なものであり、決して交戦距離の長くない一角にとってはそれもまた脅威の一つになっている。
「やっぱ出し惜しみできる相手じゃねえってことか」
一角はそうひとりごちながら覚悟を決める。
「光栄に思いな、『こっち』を見せんのはアンタが初めてだ」
ただならぬ雰囲気を感じ取り、ガンテンバインは一歩引いて身構える。
「卍解!!」
一角がそう声高に叫ぶと、その霊圧が一気に跳ね上がる。
「
展開された卍解は、以前のそれと大きく異なった形状をしていた。
3つの大型の刃が鎖で繋がれているという基本構造、そして中央の一つが龍の文様を持つ円弧状のものである点は共通しているが、右腕側は彼岸花の文様が刻まれた短刀に、そして左腕側は鬼灯の文様が刻まれた戦斧へと変化しており、その外見から受ける印象は大きく変わっていると言えるだろう。
「大層な姿だな」
「褒めるのは食らってからにしな!」
一角の速力自体は卍解前とほとんど変わっていはいないが、獲物が三節棍という線の細いものから大型の刃物に変化したことで思い切った踏み込みはしやすくなった。もちろん相手の攻撃を防ぐことにも使えるが、それ以上に一撃が重くなったことでガンテンバインの側としても回避や防御に意識を割かなければならなくなったことの方が重要だ。
――随分歪な卍解だな。
しばらく刃を交えてみて、ガンテンバインはそう思った。
本来卍解というのは当然に霊圧の劇的な上昇を伴うため、それに伴って膂力もある程度向上するはずであり、当然それは攻撃力のみならず防御力や速力の上昇にも繋がるはずである。だが、一角を見る限り攻撃力は確かに爆発的に向上しているものの防御力も速力も始解とほとんど変わっておらず、いくら好戦的な性格をした死神の卍解とはいえその偏り具合には違和感を禁じえない。
「大分『溜まって』来やがったな」
おもむろに一角がそう漏らす。
確かに、卍解直後はくすんだ色をしていた中央にある円弧状の刃に刻まれた龍の文様が今や六割ほどまで赤く光を発している。
「お待ちかねってことかい」
戦士が自らの手の内を明かすとは思えないが、とりあえず問いかけてみる。
「誰に似たのか俺の斬魄刀はのんびり屋でな。調子が上がってくるのに時間がかかるんだよ」
そう言いながら一角が左手に力を込めると龍の文様の光が減り、一方左腕側の戦斧に刻まれた鬼灯の文様が光る。そして一度光った文様が元に戻っていくにつれて、一角の体中にあった細かい傷の出血が止まっていく。
「治癒能力持ちかよ」
「半分は、な」
そう言いながら、今度は右手の方に力を込める。今度は右腕側の短刀に刻まれた彼岸花の文様が光りガンテンバインの体にある傷口に黒い炎がまとわりつく。
「なんだ、これは」
傷口から発生した炎はそこから広がる様子はなく、そこまでのダメージには繋がってはいないものの、体力は少しずつ奪われるし霊力もそこから漏れ出しているようだ。
「なあに、ちょっと痛みが増えるくれえのもんだ。戦いを楽しむためのアクセントってやつだよ」
そんなアクセントがあってたまるか。戦いが長引けば致命傷に至らない小傷は当然増えていくものであり、相手につけた傷の影響は大きくなり、自身の側の傷は治していくなどというのは随分性悪なものだ。先程まで半分以上光っていた龍の文様は今や二割程度まで減っているが、そうであるなら――時間経過なのか、それとも他の要因によるのかは分からないが――中央部に溜めたリソースを左右に振り分けて使うもの、ということを意味しているのだろう。つまるところ、それが意味しているのは長期戦が不利になるという一点だ。
「見かけによらず、大分タチの悪い物持ってるんだな」
「あァ、俺もそう思うぜ」
そう言いながら斬り込んでくる一角に対し、ガンテンバインは守勢に回らざるをえない。長期戦が不利になるからといって不用意に短期決戦を挑めば当然一発のある相手にしてみれば良い的になってしまうわけで、厳しい二択を強いられる形である。
しばらくの後。
刃を交わし合う中で、案の定ガンテンバインは一方的な消耗を強いられていた。素の戦闘能力で互角か若干上のレベルな相手の方のみに回復の手段や継続的にダメージを与える手段があるのだから、当然その結果は火を見るより明らかなのだが。
「参ったよ、降参だ」
ガンテンバインはそう言いながら帰刃を解く。
自身にとって今回の戦いはあくまで戦うこと自体であり、彼我の優劣が決した今これ以上続ける意味はなかった。無論降参の意を示したところで相手が受け入れる保証があるわけではなかった……が、ここまでやり合って感じたところでは一角もまた自身を殺すことを目的としているわけではなさそうであった。
「そうかい」
案の定、一角もまた卍解を解き斬魄刀を鞘に納める。
そもそも死神にとって、大虚クラス以上の虚というのは斬れば斬ったで魂魄バランスに気を遣う必要が生まれる対象であり、尸魂界と現世に害を及ぼさない限りにおいてはむしろ止めを刺したくない相手である。「格付け」の済んだ相手を斬りたくないという一角の――というよりは更木隊の――流儀も考えれば戦意を失ったガンテンバインを見逃すという選択は当然の結果だろう。一角はそのまま一瞥もせず、他の隊員の元へと向かっていく。
「強えな、アンタ」