Crosses Have Not Banished Yet 作:zoe.
侵入を試みた不届き者に遠隔の鬼道で対処した鹿良澤三姫は、別方向から別の強大な霊圧が接近していることを察知していた。常日頃人が訪れることの少ないこの場所にこうも連続して来訪者があるということ自体が珍しいことだったが、それが明らかに友好的でない者であるとなれば尚更のことであった。
「なるほど、やっぱりアレが目的か」
先程の石田誠弦は結局目的を語る前に気を失って隠密機動へと連行されていったが、このタイミングで何か不法な目的をもってこの場に訪れた目的として考えられるものは鬼道衆が太古の時代から蓄積してきた情報や収蔵品だろう。その中でも、ここ数日総隊長からの情報を元に調査していた霊子兵装「虚白の箍」は例の正体不明の大虚の能力との関連性が示唆されており、畢竟何らかの有効性を示す可能性も考えられていた。
「とりあえず観音寺君はここで待ってるんだ、いいね?」
他の同期達と異なり護廷十三隊の指揮下にない観音寺は彼らと一緒に避難することなく、鹿良澤によって大鬼道長の執務室に匿われていた。確かに鬼道衆が管理している領域の中では大鬼道長の執務室ほど安全な場所はそうそうないだろう。鹿良澤は観音寺に待機の指示を出すと、自身は物入れから刀を取り出して外へと向かっていく。
「大鬼道長、それは……?」
「私の斬魄刀さ」
「鬼道衆には斬魄刀が支給されないと聞きましたが……」
観音寺にとって鬼道衆を志望した大きな理由の一つは「斬術を諦めて良い」ことであり、もしその前提が崩れるのであれば自身の選択を考え直さねばならないかもしれない。
「元々私も護廷隊出身でね。こっちに異動するときに特例扱いでそのまま持たせてもらったのさ。ほら、桃ちゃんも日頃ちゃんと帯刀してただろう?」
言われてみれば、確かに副鬼道長の雛森桃も斬魄刀を持ち歩いていたが、他の先輩達は一人として帯刀していなかったように思う。
「まあよほどのことがなければこの子に頼ることもないのだけど、今回はそうも言っていられなさそうだからね」
鹿良澤が詰所の外に出てみると、既に目視できる距離にその虚は接近していた。姿格好を見る限りほぼほぼ完成した人型をしており、それは即ち最上級大虚あるいはある程度成熟した破面であることを示していた。
「君臨者よ 血肉の仮面 万象 羽搏き ヒトの名を冠すものよ」
その姿を確認した鹿良澤は、迷わず詠唱を開始する。
「赤火の
黄火の飛瀑五條に
蒼火の壁に双蓮を刻む」
多重詠唱、それも同時に三種の鬼道を並行して使用するというのは――たとえそれが同系統の鬼道であったとしても――尸魂界の歴史上使えた者はほとんどいないような超高等技能である。
「大火の
大火の
大火の淵を遠天にて待つ」
鹿良澤が詠唱を進めるにつれ、都合十箇所に霊子が収束し始める。前方に
「破道の七十一
破道の七十二
破道の七十三 双蓮蒼火墜……!!」
それらの光点が詠唱の終了と同時にめいめいの軌道で敵の虚へと向かっていく。
瞬間、その虚は鹿良澤の方へと向き直り両腕を掲げる。その能力は他の異形の虚達と同様に空間を歪めるもののようで、鹿良澤の目から見ても明らかにわかるほど周囲の景色が歪んでいた。霊子の光弾は虚に吸い込まれるように飛翔していたはずが最後の瞬間にそれぞれ明後日の方向へと軌道を変え、2発がその身体を掠めた他はすべて周囲の地面や壁へと衝突する。
「やっぱりこうなるか……」
事前情報として「空間を歪める」という能力を持つ可能性が高いことは知っていたため、狙いが外れても周囲に無用の被害を及ぼさないために単発の威力は――相対的には――あまり高くない、多連発系の鬼道による範囲攻撃を選択した判断は正しかったと言えよう。だが、曲がりなりにも大鬼道長が詠唱破棄せずに撃った鬼道がほとんど被害を与えられなかったというのは彼女のプライドに決して小さくはない傷を残したのも事実なのだが。
「このようなもの、私に当たるとでも思ったのか」
敵の破面が言葉を発する。
「なぁに、軽い挨拶がわりさ。知ってるだろう?本来死神が振るうものは
そう言いながら持ち慣れない斬魄刀を抜く。
「
「なあ、アンタ何がしたいんだ?」
十二番隊副隊長、阿近は招かれざる闖入者の攻撃に対処しながらそう尋ねた。隊長涅マユリの命を受けて対処に訪れたものの、所詮は――それも戦闘が本職ではない四番隊の――第六席であり、同じく戦闘を本職とはしていないとはいえ副隊長である自分自身からしてみればまるで驚異になる相手ではない。もちろん滅却師の力は死神としての能力の評価とは別枠である以上並の第六席の水準以上の戦闘力はあるのかもしれないが、結局大元となる霊威の水準が遥か及ばない以上誤差の範囲でしかないのだ。だが一方でその力の差がわからないほどの莫迦ではないはずの者が、あまりに鬼気迫る様子で向かってきている状況には引っ掛かりを覚えるところがあり、こうして「相手が何を目的としているのか」を何とかして知ろうと考えたのだ。
「僕の用があるのは君じゃない、君のところのボスさ」
やはりそうか、と内心で合点する。かつて隊長涅マユリの元で現世に残っていた滅却師に対し――半ば人道にもとるような――「実験」を行っていたのは事実であり、種族としての誇りを重要視する彼らにとっては受け入れられない所業であることは事実だろう。もちろん自分自身もそれには関わっていたのだが、隊長の評判が独り歩きしているのか自身については言及されていないのは幸運と捉えるべきだろうか。
「そんな何百年も前の話でわざわざ瀞霊廷に文字通り弓引くなんざ、随分同族意識が強いんだな、滅却師ってのは」
「そんな大層な話じゃないさ。ただ、大切な友人の尊厳を踏み躙った人間にその報いを受けさせたいってだけのことだよ」
黒崎樹にとって、涅マユリが手にかけた「最後の滅却師」石田宗弦は――彼が見えざる帝国から出奔し現地に定着して以降――自らが現世を去るまで長く付き合った友人であり、尸魂界と現世の融和を目指した宗弦の思いを愚弄したマユリの所業は単に同族を虐殺したという範を大きく超えていたのだ。
「なに、別に彼を殺そうってわけじゃないんだ。ただ、彼が大切にしているものを踏み躙ってやればそれで済むのさ」
その言葉を聞いた瞬間、阿近の顔に影が差す。
以前の副隊長涅ネムの頃から――他者からは理解しがたいようなものであったとしても――そうであったが、現在のマユリにとってネムの脳を引き継いだ眠八號が執着の対象になっていることは隊内上層部の共通認識であったし、純粋な子供らしい彼女の振る舞いからそうした状況抜きに可愛がっている隊員も少なくない。眼の前の男がそこまで理解した上で口にしているとは思えないが、とはいえもはや穏便に済ませてやる義理はないだろう。
「そうかい。その台詞、隊長に聞かれなくて良かったと思うんだな」
――数分後。
護廷隊上層部に四番隊第六席、黒崎樹捕縛の旨が報告された。
先んじて拘束された石田誠弦共々滅却師の能力を持っていることが確認されたため――両者とも未だ意識を回復しておらず同期や背後関係に関しての聴取はできていないながらも――何らかの組織的な動きが当然ながら疑われることとなる。総隊長は同時に裏廷隊から朽木白哉が同様に滅却師の能力を行使する死神と交戦しているという報告も受けており、一連の事態の収束後には間違いなく面倒事になるという確実な予感を覚えていた。
これにて長かった第六章も終わり、次回は久しぶりの幕間回です。