Crosses Have Not Banished Yet 作:zoe.
いつも読んでくださりありがとうございます。
もうストーリーも大分終盤が見えてきましたが、今しばらくお付き合いいただければ幸いです。
その羽が美しいのは
飛ぶことを忘れたから
その花が美しいのは
実を結ぶことを忘れたから
「ねえ、頼むよ綾瀬川君」
総隊長の威厳をまるで感じさせない猫撫で声で懇願する京楽春水一番隊隊長を前にして、綾瀬川弓親は額に手をやった。
いくら日頃からそれなりに重要度の高い任務を与えられる機会が多い方だとはいえ一介の第三席に過ぎない自分が何故か一番隊の隊首室に呼び出された時点で嫌な予感はしていたが、そこで投げかけられた総隊長からの「お願い」は自身の想定以上に面倒な話であった。
「何故僕に言うんです?更木隊長はそういう話に興味ないとしても、総隊長は更に上の立場なんだから直接命令を出せばいい話じゃないですか」
「ボクが直接そんな指示出したらそれこそ角が立つじゃない。そもそもボク、知らないって
そう、そもそもそこが問題なのだ。もちろん彼がひたすらに隠そうとしてきた「それ」が完全に隠せてきたかと言えばそうではなく、例えば自分や阿散井恋次のように自ら明かした相手もいれば、過去の経緯から射場隊長や狛村前隊長などごくごく少数の隊長格には知られていたのは事実である。ただ、そうして彼の秘密を知った者がよりにもよって総隊長にそれを明かしたとは考えづらく、どこからそれを知ったのかからして不信の種でしかない。
「そんなに不思議かい?」
京楽はこちらの不信を見透かしたかのように問いかける。
「彼、昔名前呼ばずに始解したりしてたし、第一彼の斬魄刀が昔使ってたでしょ。本人がどこまで隠すつもりなのかは知らないけど、一部の隊長は気づいてると思うよ」
斬魄刀の始解に必要な解号と名前のうち、前者は鍛錬……というよりは斬魄刀との関係性が深まることで省略可能になるものだが、後者は斬魄刀を屈服状態に置かなければ省略することはできない。即ち、名前を呼ばずに解放できるということはその者が卍解に至っていることを示すものなのだ。
「で、僕に何をしろっていうんですか」
「ただ彼の背中を少し押して欲しいだけさ。彼が真面目に聞くのは更木隊長か君の言葉だけだし、更木隊長はこういうことに興味を示さないからね」
「まあそうでしょうね」
「今の護廷隊はね、昔みたいに常人離れした隊長一人が強ければ良いってもんじゃないのさ。もちろん今の隊長が昔に比べて弱くなってるなんて言うつもりはないけど、それ以上に副隊長や
殊更に上位席官という言葉を強調しながら言葉を続ける。
「力が足りないならつければいい。でも、力があるのに理由をつけてそれを使わないのは護廷の隊士としてどうなのかな?って話さ。君ならわかるんじゃないかな、綾瀬川三席」
「……交換条件ってわけですか」
「交換?何の話だい?ただ僕は、十一番隊の戦力は皆が見てるよりもっと充実してるはずだろ、って言ってるだけさ」
元来同期の浮竹前十三番隊隊長と対照的に、流儀より実を取ることを優先し続けた男である。こうした話に対して矜恃や流儀の話をしたところで翻意させることはほぼ不可能だろう。本当にやりづらい相手だ。弓親はそう思い嘆息した。
「……ってことがあってね。まあ総隊長の手前、一応義理は果たさないといけないから伝えるだけは伝えておくよ。悪いけど、断りは自分で入れてくれないか」
「悪ぃな、手間かけて」
「謝る必要はないさ、面倒を持ち込んだのは僕だからね」
数刻の後、弓親は斑目一角に総隊長とのやり取りを伝えていた。一角は予想通り間に挟まれた弓親に一言詫びを入れてきたが、弓親としては自身の力に関する秘密が半ば対価になっている部分もあり、少し気まずさを覚えるところでもある。
「いい機会かも知れねえな、確かに」
予想外の言葉が相棒の口から出たことに驚き、弓親は思わず一角の顔を見る。
「なんだよ、そんなに驚くことか?」
弓親があまりの反応を示したため、笑いがこみ上げてくる。
「総隊長の言う通り、時代は変わったんだよな。隊長の席はもう埋まってるし、卍解一つで隊長の席を断れない時代じゃねえ。実際、恋次の卍解はとっくに有名になってるし、修兵もこないだ卍解使ったって言うしな」
先日の綱彌代時灘の一件の際、檜佐木修兵が産絹彦禰相手に卍解で活躍したというのはしばらく護廷隊でも話題になるほどのインパクトのあるニュースであった。実際先の大戦で戦死した雀部前一番隊副隊長の卍解も――皮肉にも敵に奪われたことによって――語り草になっており、そういう面では以前に比べると「副隊長が卍解を行使する」ということに対する温度感は変わっているのかもしれない。
「まあ、君も今や副隊長だからね。そもそも隊長が首を縦に振らなきゃどこかに呼ばれたりはしないだろうけど」
「久しぶりじゃねえか、相棒」
数日後。深夜の十一番隊鍛錬場に斑目一角の姿はあった。彼と向き合っているのは自身の斬魄刀、鬼灯丸。遥か昔に卍解に至った彼が斬魄刀を具象化させられるのは無論当然のことだが、今まで卍解のことをひた隠しにしてきたことからその姿を呼び出すことはほとんどなかった。
「そうでもねえだろ。ツキツキの舞一緒に踊ったの、たかだか数年前じゃねえか」
以前ある死神の反乱で隊長格の斬魄刀が軒並み実体化するという事件が起きた際、鬼灯丸もまた例に漏れず実体化していた。それぞれの斬魄刀は持ち主に対する不満などを擽られる形で反旗を翻したのだったが、鬼灯丸はどちらかといえば持ち主と意気投合した上で戦いを楽しんでいた節がある。
「懐かしいな」
「てめえ、あの時卍解まで使いやがったろ。折角隠してんのによ」
「そんなこと気にしてるから戦いを楽しめねえんだよ、お前は」
結局鬼灯丸は持ち主の思いを無視して卍解「龍紋鬼灯丸」を振るい、その姿は他の隊長格何人にも目撃されるに至っている。元々一角が卍解を使えることに薄々気がついていた者もいたし、そうでない者も一角の意図を察してその事実を広めたりはしなかったものの、あの一件で一角が自身の斬魄刀に対し一番不満を覚えたのはその点であった。
「それで相棒、久々に呼び出して何の用だ」
「ちょっと状況が変わってな。もう一度卍解と向き合わなきゃいけなくなったんだよ」
「ふん、相変わらず勝手なもんだな。やれ卍解を寄越せ、いざ使えるようになってみたら知られると面倒だから使わない、それで今度はまた使いたいから力を貸せだと?お前は斬魄刀をなんだと思ってるんだ」
「言うと思ったぜ。まあ納得してくれるとも思っちゃいねえよ」
一角はそう言いながら斬魄刀を構える。
「どうせ俺らの関係なんてこんなもんだろ、どっちかが納得するまでやり合うだけだ!」
「わかってるじゃねえか相棒!」