Crosses Have Not Banished Yet 作:zoe.
ジョウタロウの世話になってしばらくが経ち、ようやく回道というものが少しずつ理解できてきた。
死神と滅却師ではそもそも霊力の使い方が大きく異なっており、死神は自らの「内側から」霊圧を外に出すことを主としている。自らの「外側にある」霊子を用いる滅却師とは土台考え方が違うため、最初のうちはまず霊力の操作自体にも苦労していたが、半月もすればだいぶ慣れてきたと言えるようになった。
「この私が、死神の力を使うようになるとはな……」
幼い敵愾心を顕にしていた息子程ではないにせよ、竜弦とて死神に対する負の感情は皆無ではない。しかし一方で、腐れ縁になったあの男やその息子達と関わった中で、ある程度の折り合いがついた面があるのも事実で、結局のところ胸中は極めて複雑なのだ。
数字が下るほど治安が悪くなると言われる流魂街の地区の中で、この「紅露」はちょうど中程度である。七十地区を超えるような修羅の国ほどではないが、それなりに荒事で怪我をする者もおり、一方で長く生きる中で病を患う者もいる、と回道の実地にはちょうど良い環境だとも言えよう。
流魂街は「食うに困る」者がごく少数であることもあり、特に治安の悪い地域でもなければそれなりにのんびりとした時間が流れている。竜弦も生きていた時分には極めて忙しく過ごしていたが、大分こちらの生活に慣れてきた。そんなある日、薬草を集めるために集落から少し離れた森を歩いていると、遠くに倒れている人の姿を見つけた。
「大丈夫だろうか?」
地黒な肌にドレッドヘア、そしてこの尸魂界ではまず見ない謎のサングラスを着けた男だ。草履も履かず少し傷んだ衣服を身に着けているなど、この紅露の一般的な水準より低い生活を送ってきた様子が見られる。肝心の安否は……特段命に別状はなさそうだが、どうも衰弱しているようだ。
ひとまず仰向けに起こし、肩を叩きながらもう一度呼びかける。
「大丈夫ですかぁー!!」
現世では幾度となくやった救急救命の基礎の基礎、意識の確認だ。見たところ呼吸はしているようだが、どうやら意識はなさそうだ。
「仕方ない、応援を呼ぶか……」
その後、集落から人手を借りてこの男をジョウタロウの診療所に運び込んだ。
「ありがとう!ユーは命の恩人だ!……ん?死んでいるのに命の恩人はおかしいのか?」
……結論から言おう。この男、ただの飢餓だった。
目が覚めてたらふく飯を平らげてからというもの、ひたすらこの調子でとにかく……五月蝿い。
「で、貴方はなぜあんなところで倒れていたのだ?」
「それなのだよ!」
……いちいち声を張り上げないで欲しい。
「私の居た集落では仕事がなくてな……。なんとか森に食料を探しに出たところ、迷ってしまったのだ」
言われてみればこの男、それなりの霊圧を感じなくもない。……というか、どこかで見たような顔のような気もするが……まったく思い出せない。
「私の顔に何かついているかい?」
「いや、なんでもない」
「ところで、名は何という?」
横でやり取りを見ていたジョウタロウが口を挟む。
「これは失礼。私はミサオと申す」
「私はジョウタロウ。この紅露で医者をやっている」
「……竜弦だ」
それぞれ名を名乗る。流魂街では家族に血縁関係がないから当然といえばそうだが、名前だけで名乗る感覚はしばらく慣れそうにない。
「さて。仕事を探していると言ったな」
「うむ」
「一度瀞霊廷に行ったらどうだ?霊力があるなら、死神を目指す道もあるだろう」
滅却師との戦いが集結した後の中央四十六室の「変化」の筆頭とも言われるのがこの点だろう。瀞霊廷の復興のためということで流魂街から物資や労働力の流入を容易にしたことの副次的な効果として、素養のある者は積極的に霊術院へと勧誘されることになったのだ。
「なるほど、そういう手もあるのか……」
ミサオは少し考え込む。
「君もだよ、竜弦」
いきなり自分にも話の矛先が向いてきた。
「君の霊力はどう考えても私より遥かに高い。死神になった方がより暮らしは良くなるだろう」
確かにそれは間違いないだろう。いくらこの地である程度安定した生活ができているとはいえ、自身の霊力を考えればそれなりの長い生活となる以上、もう少し「良い暮らし」をしたいというのは当然の欲求である。
しかしながら、いくらわだかまりがそれなりに消えているとは言え、流石に自分が死覇装に袖を通すというのには心理的な抵抗が大きいのもまた事実である。
「……少し考えさせてもらいたい」
「ああ。どうせ次の試験はもう少し先だ。ゆっくり考えるといい」
そうしてジョウタロウは仕事に戻っていった。