Crosses Have Not Banished Yet 作:zoe.
「飛ンデ火ニ入ル夏ノ虫、トハマサニコノコトダナ」
既に人外じみた戦闘になっていた更木剣八を置いて更に深部へと進んだ雛森・吉良両名はその先で遂に今回の騒動の元凶と思しき存在と遭遇した。大小様々な無数の触手が集まってできているその体軀は巨大なキノコのような形状をしており、その大きさだけで言えば――進化すればするほど小さく圧縮されていく大虚の性質に照らして考えれば――最下級大虚並であるにも関わらず、その霊圧は今まで対峙してきた通り一遍の中級大虚とは比較にならないほどのものであった。イントネーションが多少おかしいとはいえ状況を認識して言葉を発している時点でそれなりの知性を備えている様子でもあり、そうした面でも図体の大きさのみで判断できないことを示していた。
「死神共ガワラワラト虚圏ニ集マッテ……貴様ラ程度デ私ニ勝テルツモリデイルノカ」
その虚に「顔」があるようには見えないものの、声色や言葉遣いは不機嫌そのものといった様子だ。
「貴様ラ程度、私ガ直接手ヲ下スマデモナカロウ」
大虚がそう言うと、物陰から虚や最下級大虚が相次いで姿を現した。そのいずれもが仮面とともに顔の表皮までを失い相貌の判別がつかない状態であり、また身体からは無数の触手がのたうっている様子からも眼の前の大虚の影響下にあることは明らかであった。
「雛森くん、行くよ!」
「わかってる!弾け、飛梅!!」
「面を上げろ、侘助…!!」
数多の虚・大虚に囲まれた二人は相次いで斬魄刀を解放し、近づいてくる虚の集団に対処していく。長年副隊長として長く勤め上げてきた二人にとって虚は多少強力とはいえ一太刀で処理可能なレベルであり、最下級大虚とてそこまで苦労するほどのものではない。
「ソウカ……私ガ封印サレテイル間ニ死神ノれべるモ上ガッタノカ」
呼び寄せた眷属が一体、また一体と斬り捨てられていく様子を見て大虚は呟く。その大虚がバラガンに敗れ虚圏を去った太古の昔にはまだ護廷隊さえろくに組織されていなかったわけで、当然隊長格の中でも中堅以上に位置するような二人のレベルを測りかねているのは仕方ない話だろう。
「ダガ、何処マデ行ッテモ羽虫ハ羽虫。私ノ力ノ前ニ平伏ス運命ニ変ワリハナイ」
元々眷属たちは自身の霊圧に「あてられて」勝手に変質した虚であったり、自身の身体から無意識の内に分離した断片であったりと言わば「どうでも良い」存在であって、それが蹴散らされたからといって特段困るわけでもない。いくらイヅルの霊圧が副隊長としては高いとはいえ大虚自身のそれと比べればまだ数段劣るレベルなのは事実であり、慢心するのも無理のない話である。
実際、眷属をあらかた片付けた二人がこの虚に斬りかかりはするものの、無数に生えた触手に阻まれまるで有効なダメージを与えることができていない。一方大虚の側からの攻撃もたまに触手を振るわれたり、あるいは虚閃が飛んでくる程度に過ぎないため二人の側もまったくの無傷ではあるが、様子を見る限り単に相手が真面目に攻撃してきていないだけと考える方が適当とさえ思える。
「…モウ良イ、飽キタ。コレ以上私ノ虚圏ヲ死神ニ
そう言った途端、それまで大虚から野放図に垂れ流されていた霊圧がその体内へと一気に収束し始めた。
「狂乱ニ溺レヨ――
「なんてこったい、ここまで差があるとはね……」
200年前刃を交えた朽木銀嶺も護廷隊の隊長に相応しい実力の持ち主であったが、今現在目の前に立っている孫白哉はその比ではない程である。あくまで規律違反した隊士の捕縛を目的としている以上――尸魂界に敵対する勢力を斬り捨てるときほどの――本気を出しているわけではないはずなのだが、それでもその霊圧や威圧感はかつて現世にいた自身を斬りにきていた銀嶺を遥かに上回っている。
「”歴代最強”の呼び声は伊達じゃないってことかい」
自身とて死後この尸魂界で護廷隊士として積み上げてきた研鑽の分それなりには強くなったという自負もあったが、それでどうこうできるレベルではない。幸い飛廉脚のお陰で千本桜の餌食になることはなんとか避けているものの、自身の神聖滅矢はことごとく千本桜に叩き落されておりここを突破できる見込みはまるでないのだ。
「いい加減観念したらどうだ」
白哉は顔色一つ変えずに投降を促す。掟をを重要視するにとって道を踏み外した者をその場で斬り捨てることはもちろん一つの選択肢ではあるものの、一方あるべき姿としては「身柄を押さえた上で然るべき裁きを受けさせる」ことであり、その意味では早いところ相手が降伏してくれるならそれに越したことはない。
「ここまで来て、そう簡単に退けるわけがないことくらいわかるだろ……っ!」
だが黒崎千尋の言う通り、護廷隊隊長に刃を向けるまでのことをしている今、何の成果も得られないのに自らその刃を納める選択肢などあろうはずもない。そんな選択をするくらいなら、最初から反旗を翻す決断などしていないのだから。
「成程、その覚悟があるなら構わぬな」
白哉の表情が厳しさを増す。
「縛道の六十一、六杖光牢」
白哉が指さした千尋の身体を6本の光の帯が拘束する。
「一つ問おう。貴様らの目的は何だ」
後で然るべき手順で取り調べが行われるはずとはいえ、自身も関与することになった以上――そして勝ち目のないことをわかってさえ自身に刃を向けてきたことを考えて――その疑問を投げかけるのは自然なことだろう。加えて言えば、ただでさえ異形の虚が何体も現れて厄介な状況になっているというのに、そこに更なる厄介事を持ち込んだ連中の意図も当然に気にしておくべきことである。
「さあ、知らないね」
「口を割る気は無いということか」
「本当に知らないんだよ、あの子達が何を狙っているかなんてね」
「ならば何故……」
「
子や孫、という言葉を聞き、白哉の脳裏にも一瞬「息子」の顔が浮かぶ。
「こっちじゃみんな長生きだからわかんないかも知れないけどね、うちらは祖先も子孫も自分の一部みたいな感じなんだ」
「我々とて、祖先子孫を軽視しているわけではない。むしろ我々貴族こそ、祖先から受け継いできたものを次の世代へと繋ぐ責任を負っているのだからな」
「他者を踏みつけにすることすらも、かい」
過去の一件を引き合いに出され、白哉は言葉を継げなくなる。もちろん尸魂界側には大義名分もあったことは確かだが、それでも祖父銀嶺を筆頭に――厳密には非戦闘員ではないとはいえ――脅威になり得ないレベルの滅却師まで手にかけていたのは決して彼ら貴族の「誇りに見合う」ことではない。
「アンタらに事情があったのもわかるんだよ。アンタの祖父君もあの時、大分しんどそうにしてたしね。でも、アタシたちにだって事情はあるんだ。うちの連中が何を考えてるかは知らないけど、刑軍が動く前にまずアタシ自身の手で止めてやりたいんだ」
「……それでも護廷隊に名を連ねる以上はその規律に従うことが責任だろう。特に席官という立場にあるのなら」
「生憎アタシにとって立場や肩書なんてのは後からついてくるものでね。そのためにすべきことができないなら、そんなものいくらでもくれてやるよ。……掟のために自らの妹すら差し出そうとしたアンタにゃわからないかも知れないけど」
白哉にとって、藍染惣右介の一件で妹を贄としかけたことは言うまでもなく未だに後悔の残る話でしかない。最終的に黒崎一護の活躍により妹は救われ、また自身の立つべきところに一定の道筋が見えたわけだが、それでも妹夫婦から養子を取ることになった現在でさえ隊長としての責務と貴族としての振る舞い、そして自らや周囲の人間の感情をそれぞれどう折り合いをつけるべきなのかということについては未だに頭を悩ませ続けている話ではある。目の前の女が――奇しくも同じ姓をもつ黒崎一護に似て――その結論を迷いなく口にできる姿を見て、内心の迷いは更に深まっていく。
とは言え、状況は既に「終わって」いた。たとえ白哉が口先で言い負かされたとしても、詠唱破棄とはいえ歴代最強と名高い四大貴族の当主の上級縛道に対し席官レベルの死神にできることがあろうはずもない。血装が齎される前に死んだ黒崎千尋の滅却師の力はユーハバッハに還ることなく未だに自身の内にあるが、とはいえ銀嶺にすら遠く及ばなかったそれが白哉に通じると思うほど千尋も愚かではない。結局、こうして言葉を交わしていられるのも「既に千尋の捕縛という事実が動き得ない」からに過ぎないのだ。