Crosses Have Not Banished Yet 作:zoe.
そこに、一羽の地獄蝶が現れた。
「……そうか」
白哉は改めて千尋の方へと向き直る。
「黒崎樹が捕縛された」
淡々と事実だけを伝えた白哉に対し、千尋は観念した表情で返す。相手の抵抗の意思が消えたことを見た白哉が縛道を解くと、千尋は黙って斬魄刀を鞘に納めた。
「あいつが捕まったならアタシがここでどうこうする意味はないね」
「本当に、他人のためだけなのだな」
「赤の他人なら知らないけど、あんなのでも可愛い子孫だからね。やっぱりアンタには難しい感情かい?」
自身を牢に送るため、手に縄をかけ再度拘束の手順をとっている白哉に軽口を叩く。
「……私とて今や人の親なのだが」
憮然とした表情でそう返した白哉に対し、千尋は心底驚いたといった顔を見せる。隊長格を筆頭として有名な死神の結婚や出産という話は――例えば直近の阿散井夫妻のように――広まって話題になることも少なくないが、一方白哉に関して言えば再婚することもなく養子をとったというのは上級貴族を除けばよほどの情報通でもなければ知ることのない話ではあるだろう。
「そうかい、そりゃあめでたいじゃないか。牢に遊びに来てくれたら子育てのコツでも教えてやるよ」
「御免被る。貴様の言葉を真に受けたら、孫ひ孫の代まで奔放な者ばかりになりそうだ」
おかしい。
自分たち破面のみならず、死神であっても斬魄刀の性質というのは基本的には一つに定まるもののはずだ。無論斬魄刀を使いこなし斬術に習熟することで複数の「技」を得ることはよくあることだが、それらとて基本的には一本通った何らかの性質・法則の発展にあるものに過ぎない。
だがこの女の斬魄刀は何だ。
振るった鋒から高熱の炎が噴出したかと思えば、次の瞬間にはその軌跡から水の壁が出現してこちらの虚閃を防ぐ。距離を取ってみれば氷の礫が飛んでくるし、接近戦を挑めば刀身に帯びた電気で麻痺させようとさえしてくる。いくらなんでも一本の斬魄刀でこれを為しているというのは多芸が過ぎるだろう。尸魂界には精神に作用し幻覚を見せるようなものもあると聞くし、その類と考えた方が良いかもしれない。
そんなことを考えながら刃を交えていたのがよくなかったのだろうか、受け損じて左腕に一太刀を受けてしまった。始解によってさほど形状が変化したわけではなかったが、刀身が普通の斬魄刀に比べ長いためか間合いを見誤ってしまった格好である。そこまで深い傷ではなかったが、刀身が纏っていた炎のせいか傷口にも炎がまとわりついている。間違いない、この炎は幻覚ではない。
「幻惑系の斬魄刀だとでも思ったかい?」
炎を怪訝そうな顔で見ていたのが伝わったのか、大鬼道長がそう声をかけてきた。
「残念だったね、全部現実さ」
そんなはずがあるか。
「複数の性質を持つ斬魄刀などあるはずがない、って言いたそうな顔をしているね」
虚の表情からそこまで細かいことを読み取れることに大分気味悪さを覚えるところであるが、実際それが大きな疑問であることは否定できない。
「知られてどうにかなるものじゃないから教えてあげるよ。虹霓泡影の性質はね、
そう言いながら、再度刀身に炎を纏わせる。
「世の中には徒手空拳で似たことをやる人だっているからね、別に不思議な話でもなんでもないだろう…?」
一気に瞬歩で突っ込み振るった斬魄刀は、次の瞬間には電気を帯びていた。炎を避けたつもりでいたが、刀身に近づいてしまった左腕に電撃が走り麻痺してしまう。
ひとつひとつの技にそこまでの威力は感じないが、とはいえ彼我の距離や状況に応じて後出しでそれが繰り出されている以上、隊長格の霊圧に裏打ちされているそれは極めて厄介であることは間違いない。その上斬魄刀の攻撃にばかり意識を割いていると意識の外から詠唱破棄の低中級鬼道――当然大鬼道長のそれは並の死神が遣うそれの威力の比ではない――が飛んで来るため、切り合いに集中することさえ許されない。
……仕方ない。
死神風情に能力の深奥を晒す羽目になるのは業腹だが、このまま力を隠したまま敗けたら屈辱どころの話ではないのだ。
腹を決め、自身の斬魄刀を顔の前に立てて構える。
「降りよ、
彼の回りを取り囲んだ暴風が収まると、その「真の姿」が露わになる。その背後には触手を編んで作ったかのような隙間だらけで巨大な三対の翼があり、その両腕もまた触手を思わせる巨大なものへと変貌した。だが何より奇妙なのはその下半身で、足があるべきところには大量の触手が大量に絡み合いのたうっている。翼の構造からして飛行ができるはずはないし、この足では自身の体躯を支えることすらできないはずだが、実際には何らかの力によって空中に浮遊していた。
当然鹿良澤もその変容によって生じた隙を見逃すはずもなく、周囲に張り巡らせた鬼道の結界を通じて複数の鬼道を虚に対して射出しようとする。彼女はその結界の「網」に触れて霊力を流し込んだが――
「そんな小細工、もはや通ると思うな」
そのすべてが不発に終わった。
「破道の二十八、弦刃」
「縛道の三十、嘴突三閃」
「破道の三十三、蒼火墜」
半ば諦めたような表情でいくつかの鬼道を試すが、同様にすべてが不発となる。
「なかなか厄介なことをしてくれるね」
「いい加減お前の大道芸に付き合うのも面倒だからな。さっさと殺して目的を遂げさせて貰うぞ」
「…やっぱり『アレ』が目当てなんだね」
「目的がなければ誰がこんなこんなところまで来るものか。我々の目当てを知っているのなら、それを渡せばお前の部下くらいは多めに見てやろう」
「また随分お優しいことを言うね」
鹿良澤は皮肉を返す。
「それにしても、あんな骨董品手に入れてどうするんだい?藍染惣右介がもっと使いやすいものを作ったって聞いたけど」
「私の知る話ではないな。あくまで私は力の対価として彼が求めたものを取りに来たに過ぎない。彼がそれをどう使うかには興味すらないよ」
「へぇ、君は単なる『お使い』なのか。捕らえて情報を吐かせようと思ったけど、その様子じゃ大した情報知ってそうにないね」
自身の有利を確信していた虚は、突如相手が上から目線の発言をしてきたことに露骨に不機嫌な表情を見せた。
しかし、そんな表情の変化を気にも留めず鹿良澤は言葉を継ぐ。
「この感じだと……四十番台くらいまでか。細かい鬼道を封じたくらいで優位に立ったとでも思ったかい?甘いんだよ!!」
ここまでずっと鷹揚な物言いに終始していた鹿良澤三姫が突如として吠える。
「鬼道衆の頂点が、瀞霊廷の隊長格に相当する力が、そんな簡単だとでも思ったのか!!」
激昂した彼女は構えた斬魄刀に今までの比ではないほどの霊力を流し込んでいく。
「ろくに情報を持ってないなら、もう君は用済みさ」
「いい気になるなよ、虚風情が!」
斬魄刀に集められた鬼道が爆ぜる。無数の光弾に分裂したそれは不発になることもなく全てが虚の方へと飛翔する。虚は自身の能力を駆使してなんとか被弾を最小限に留めたが、その間は鹿良澤にとって絶好の隙となった。
「卍解――