Crosses Have Not Banished Yet   作:zoe.

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第七章: Fateful End (5) ― Soulcage Fiend

アイスリンガーは目の前の光景を信じられないでいた。

いくら隊長格とはいえ、破面化した最上級大虚であったかつてのコヨーテ・スタークをも遥かに上回る霊圧を放ち続けていることもそうだったが、それ以上にその「卍解」が自身の霊体自体を変容させていることは異様としか表現できない現象だった。その肌色は赤黒く変色し、表情も人間離れしたものへと変化した更木の姿は死覇装をまとってさえいなければ死神と言われても信じない者もいるほどだ。

「あれは……?」

「言ったでしょう、面白いものが見られるって」

隣で同じく状況を眺めていた浦原喜助はこの姿を知っていたようで、相変わらず飄々としている。

「アナタの理解は正しいです。本来僕らにとって斬魄刀は体の外にあるモノ。その力をどう解き放ったところで『身に纏う』ことやその効果を自分自身を含めた範囲に及ぼすこと、あるいは自身が何らかの能力を得ることができるだけで、自分の魂魄霊体を『先に』変容させるというのは斬魄刀の能力の原理としてありえません」

そう、それが死神の卍解と破面の帰刃(レスレクシオン)の大きな、そして根本的な違いのはずだ。実際、ただ一振りの例外を除き自分自身を変化させる卍解はなかったし、その例外とて能力の結果として他の霊子構造物と融合しているだけであり、目の前の更木剣八のように魂魄の有り様それ自体を直接変化させているわけではないのだ。

「調べさせてもらったわけじゃないんでアタシの推察に過ぎないんスけどね」

そう前置きをした上で、三界きっての頭脳、浦原喜助は自説を披露する。

「更木サンは我々普通の死神とは、魂魄の構造が違うんじゃないかと思ってます。……そう、どちらかというとアナタ達、虚の方に近いんじゃないか、とね」

「……随分荒唐無稽な話に聞こえるが」

「見てください。さっきまで見ていたものや前提知識を一旦忘れて真っ白な目で見たら、アレは卍解というよりは帰刃と呼んだ方が近いでしょう?_」

確かに、半ば怪物のような外見に変化した更木剣八は、状況を知らぬ者が見れば一瞬破面と見誤っても不思議がないものであるのは確かだ。霊圧の質も――あまりにそれが強大であり自らの「感覚」で捉えきれてはいないものの――純粋な死神のそれとは思えない異質なものである。

「卍解に至った死神がその力を自身の体の中に取り込むこと、あるいは帰刃した破面が自身の内部に戻した斬魄刀を更に解放することはどちらも原理的には可能ですが、そこに自力で至ることはほとんどありません。更木さんのアレはもっと単純なものに見えるんですよ」

かつて「崩玉」という一つの解に到達し、虚と死神の境界を越えようとした天才は自らの知見を披露する。かつて藍染の手によって虚の力を完全な形で手に入れた東仙要の帰刃、あるいは藍染自身の鏡花水月との「融合」は確かに斬魄刀の力を自身の魂魄に取り込んで一体化し霊体を変質させたものであるが、前者は虚化によって、後者は崩玉の作用によってなされたものであり、どちらも斬魄刀、あるいは死神の力の正常な進化によって手に入れたものとは言い難い。そうした異質な干渉を受ける機会があったとは思えない更木の力はまた別の理由によるものだ、という推測にはそれなりの確からしさはあると言えよう。

「だが、彼は元々死神のはずだろう……?」

「それがですね、彼の出自はよくわかってないんスよ。元々更木なんて地区じゃあ当然ろくに記録も残っているハズも無いんスけど、それを差し引いても護廷十三隊に入る前の彼については異常なほどに情報がありません。四番隊の古い記録に更木サンと思しき少年についての記録が僅かに残っていたくらいですが、あろうことかそれはもう千年近く前の話です」

「千年生きる死神……か」

「そうなんス。隊長格の中にはそういう人が稀にいるのは確かっスけど、それでも流魂街出身ということを考えればそうそうある話ではありません。何より、ご本人も当時以前のこととはほとんど記憶にないらしく、そもそもいつの生まれかすらわかってないんス」

「よくそんな者が隊長になったな」

十一番隊(あそこ)は特殊なんスよ」

浦原はそういって遠くに目線を遣る。本来―特にここ数百年、ある程度仕組みが確立して以降の――護廷隊に入るためには原則として霊術院を出る、あるいはそれに準じた育成を経る必要があるが、十一番隊の隊長格に関してだけは伝統として「隊員200人以上の立会いのもと現隊長を一対一の対決で殺す」という――ほぼ十一番隊だけのためにあるような――規定によって交代するものとされており、その資格を得た人間の出自が問われることはない。

「以前彼の斬魄刀が独立して行動していた頃、姿かたちこそ死神のそれでしたが、その力の本質はほとんど虚そのものでした。それを考えれば、持ち主もまた虚の因子を強く備えていると考えることに不思議はないでしょう」

「だが……そうなると、なぜそんな存在が尸魂界の側にいたのかという大きな謎が残るのではないか?」

「それはアタシもわかりません」

実にあっけらかんとした様子で答える。

「まあ、元々流魂街の外側なんて尸魂界にとっても最外縁に位置するところですし。遥か昔、まだまだ三界の境界が不安定だった頃に()()()側の世界から取り残された、なんて可能性もありますけど、今となっては確かめようもないですしね」

「……なるほどな。で、アレは放っておいて大丈夫なのか?」

アイスリンガーが心配するのも当然である。先の大戦のときのように人事不省にはなっていないが、とは言え卍解してからというもの普段以上に戦闘狂の様相を増しており、このまま放置すれば敵の虚を斬るだけで終わる保証はないかもしれない。元より絶対的強者として君臨していたバラガン・ルイゼンバーンやそれ以上の実力を持ちながら虚圏を放浪していたコヨーテ・スターク亡き現在、万が一更木剣八が暴走した場合には三界のバランスが揺らぐ自体になりかねないのだ。

「まぁ、大丈夫でしょう」

即答である。もっとも、浦原の即答はどこまで思慮に基づくもので、どこからがただのいい加減な安請け合いなのかは本人にしかわからないところではあるのだが。

「姿こそ異形そのものですが、以前に比べてちゃんと自身の力を制御できているようです。ああ見えて更木サンは色々ちゃんと考えてる人ですから」

「そう願いたいものだな」

「ま、何かあったらあったで備えはありますしね」

かつて敵の頭目にさえ「未知数の『手段』」として恐れられた男にとって、数十年も「仲間」として見てきた存在への備えなど造作もないことなのだろう。嬉々として――身の丈よりも大きな――戦斧状に変化した()()()を振るう更木剣八を遠目に見続けるその目に、焦りや恐怖といった感情は微塵も映ってはいなかった。

 

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