Crosses Have Not Banished Yet 作:zoe.
楽しみです。
一瞬のうちに爆発的に放出された霊圧がその魂魄の内側へと収束していくと、大虚の姿は先程までと明らかに違うものになっていた。元々は無数の触手が絡み合い、空中に浮遊するキノコのような異形の姿をした化物だったはずだが、今や巨大な一対の翼を持つ――現世で言うところの――天使のような整った姿となっている。
「……久方ぶりだが、この姿はやはり面倒だな。さっさと終わらせるぞ」
先程まで片言とも言うべき辿々しい言葉を発していたはずが、姿のみならず言葉まで洗練されたのか矍鑠とした言葉遣いになっている。その霊圧もまた野放図に垂れ流されていた奔流から研ぎ澄まされた殺意を感じるものへと変化しており、その迫力は二人が以前空座町で対峙した成体の破面はおろか、先の大戦で襲来した星十字騎士団の滅却師をも遥かに超える程の危機感を覚えさせるものであった。
「破道の七十三、双蓮蒼火墜!」
雛森が様子見に放った鬼道も、両手に持った長剣であっさり両断されてしまう。いくら詠唱破棄で多少威力が落ちているとはいえ、曲がりなりにも尸魂界トップクラスの鬼道の使い手が放った上級鬼道でさえこともなげに対処されてしまうということが、目の前の敵が途方もない戦闘力を備えていることの何よりの証左であった。
「さて…どうしようか」
状況に対処するためには何かしらの策が必要と悟った吉良は雛森に声をかける。眼前の敵はどう見ても副隊長より一回りも二回り格上であり、いくら副隊長級の中では上澄みの彼ら二人であってもしっかり策をもって対抗しなければ届かない相手だろう。
「やっぱり、やるしかないんじゃないかな」
「そうだね……。それじゃ、打ち合わせ通りいこうか」
「卍解!
雛森の卍解に呼応し、周囲の空が朱色に染まる。
本来天気という概念の存在しない、一面夜空に塗り潰されている虚圏では見られることのないようなどす黒い雲が一気に広がり、その内部では無数の雷が渦巻きはじめた。当の雛森本人は強力な光に包まれ浮き上がり、最終的には斬魄刀本体とともにその中心部の空高くにまで到達した。
一通り周囲の変容が落ち着き、雛森が敵の方に視線をやると、天から炎弾と雷が降り注ぎ始める。それは主敵である虚本体だけではなく、あらかた二人に斬られたとはいえまだ少数を残していた眷属へも同様に向かっていく。元々雑兵レベルでしかなかった眷属はこの強烈な攻撃を回避することも防ぐこともできず、直撃するたびにそれらの霊体は跡形もなく消滅していった。
「随分な火力だな……!」
さすがの大虚とて想定していなかったレベルの火力が渦巻く状況に、素直な驚きを口にする。先程まで撃っていた上級鬼道を上回るような威力の攻撃がこれほどの物量・密度で打ち込まれ続けるという状況は、いくら卍解で戦闘力が爆発的に伸びるとはいえ予想の範囲を大きく超えていたのだ。
「だがこれだけの力、何の代償もなく振るえるものではなかろう」
当然、その想定を大きく越えた力には何らかの対価や制限があると考える。大虚は一旦体勢を立て直すべく、雛森から距離を取ろうとするが――
「卍解――
その瞬間、後ろに控えていた吉良イヅルもまた自身の斬魄刀を更に解き放つ。
純白の砂に覆われていた虚圏の大地が一転して一筋の反射光もない程に漆黒に塗り潰された闇へと変化する。物体としては元々の砂の大地そのままから変化していないはずだが、如何せん視覚的には完全な黒一色であり、地面がいかなる状況であるかさえ測り知ることはできない。
「…下らぬ。私が空を飛べることをもよもや忘れたわけではあるまいな」
先程までの浮遊と違い、巨大な翼を羽ばたかせて空へと飛び立とうとする。
しかし地面を離れようとした瞬間、地面を埋め尽くしていた漆黒が腕のように伸び大虚の足に絡みついた。
「飛ばせると思ったかい?」
大虚はより強い力で地面を離れるべく翼を動かすが、闇から伸びる腕はその本数を増し、足のみならず腰まで捕らえていく。動きを制限された大虚は両腕の剣で応戦を試みはするものの、雛森の卍解から放たれる攻撃のすべてを受け切ることはできず少しずつダメージを受けていく。
だが、イヅルの卍解の真価は単に動きを奪うことだけではなかった。その「腕」が最初に触れた大虚の左足が
「貴様、何をした…!」
「思った通り、大分罪を重ねてきたんだね」
「何を言っている……?」
「この力がそこまでになったのは流石に初めてさ」
そう言葉を交わしている間も大虚はその沼から脱出しようともがき、またそこに向かって膨大な量の炎弾と雷が飛来し続ける。
「君が引き込まれているその闇の深さは、君がここまで奪ってきたものの重さだよ。君の動きは君が作ってきた骸の山に奪われ、君の霊力は君が
イヅルの言葉通り大虚はその霊力をイヅルの卍解に奪われ続け、特に卍解と直接触れている脚部は幾度となく透けて見えるような有様である。当然霊体の実存性が揺らぐほど霊力を奪われれば霊圧も低下し、それは必然霊体の膂力にも影響する。もはやその大虚に雛森の卍解を耐えきる程の強度は残されていなかった。
「流石に霊体が保てなくなるほどの影響が出るとは思わなかったよ」
大虚の霊圧が目に見えて低下していくにつれ、飛梅の攻撃が少しずつ敵から逸れるようになっていく。それらは虚圏に生える白亜の木々や遠方にいる野生の虚、そして仲間であるはずのイヅルにさえ、周囲のありとあらゆるものへと無差別に飛び始めている。
「さあ、そろそろ終わりにしようか」
「成程、そういうことか……」
その様子を見て、大虚は何かを悟ったように言う。
「多分お察しの通りさ。ああ見えて彼女は怒らせると怖いからね。
そう言いながら、崩壊していく大虚の霊体の方を見る。
「さようなら、名も知らぬ大虚よ」
「――さて、もうひと頑張りだね」
大虚の体が霧散し戦いに決着がついたところで、イヅルは雛森の方へと向き直る。未だ雛森本人は飛梅とともに雷雲の中心部に空高く浮かんだままで、イヅルを始め周囲のありとあらゆるものへと「流れ弾」を放ち続けている。
イヅルがその流れ弾を避けながら手を伸ばすと、地に満ちたイヅルの卍解が再び「腕」を伸ばし、空高く浮かんだ飛梅本体に触れた。接触の刹那、拒むように激しい電撃が全方位に飛び周囲を明るく照らしたものの、すぐにイヅルの卍解の力によって抑え込まれる。
「耐えてくれよ……!」
イヅルが手を握った途端、先程の大虚よろしく飛梅の姿が一瞬揺らぐ。そして、その次の瞬間には開放前の姿に戻りそのまま地面へと落下した。それにより、周囲の空を覆っていた分厚い雷雲もまた姿を消していた。
「おっと危ない」
飛梅同様に空中から落下した雛森の体をイヅルが抱きとめる。
「お疲れ様、全部終わったよ」
「ありがとう、吉良くん。手間かけちゃったね」
「お互い様だよ。むしろ飛梅は大丈夫かい?侘助もあまり加減が得意な奴じゃなくてね……」
「うん、大丈夫。今は気を失ってるみたいだけど、特にダメージ受けたりはしてなさそうだから」
覚束ない足取りで飛梅を拾い、鞘に納めながら言う。
「ちゃんと自分でコントロールできればいいんだけど、まだ難しくて……」
「むしろ、そういう前提の能力だと割り切っていいんじゃないかな。隊長達の卍解だって結構無差別なのが多いみたいだしね」
実際彼女の元上司である平子真子の卍解「逆様邪八宝塞」、あるいは現総隊長の「花天狂骨枯松心中」などはまさに制御の効かない範囲攻撃的なものの代表格であり、そうした無差別的な能力であろうともそれに見合った制圧力さえあれば評価されるのが護廷隊である。
「鬼道衆がどういうところなのかはよくわからないけど」
そう言いながら立ち上がり、雛森に手を差し伸べる。
「足りないところはお互いが補えば良い、っていうのが個人じゃなくて組織でやる最大の利点だからね」
「なるほど、たしかにそうかも」
「さて、浦原さんのところに戻ろうか。多分これで一通り片付いただろうし」
そうして二人は来た方向へと戻っていくが、二人とも慣れない卍解での戦闘で――目立った傷を負ってはいないものの――大分消耗しており、あまり移動の速度をあげるわけにもいかない。畢竟、特に雛森が鬼道衆に異動してからはまるで会う機会もなかった二人は久方ぶりに色々な話をする時間を得ることになる。
「それにしても、ほんと凄い火力だよね、飛梅…」
「そうなのかな。わたし、卍解しちゃうと自分の意識も結構遠くなっちゃうんだよね……どのくらい撃って当てたのか、ってあまり覚えてないの」
「なるほどね……だから無差別になっちゃうのか」
「飛梅、ああ見えて怒ると手がつけられないから……あの状態、だいたいあの子が怒りに任せてやってる感じなんだ」
「あー……うん、なんとなくわかったよ。やっぱり雛森くんの斬魄刀なんだなって」
「吉良くん、それどういう意味かな?」
口を滑らせたイヅルを据わった目で見つめる雛森。
「あっ……」
「なんてね、冗談だよ」
一瞬剣呑な雰囲気になりかけたものの、すぐにいつもの様子に戻る。
「でも、もうわたしは鬼道衆なんだし。あまりこの子に頼ってばかりいるわけにもいかないんだよね。せっかくの卍解だけど」
「それは僕らだって同じさ。結局のところ、僕らはその力を振るわないで済む日のために、刃を研ぎ続けているんだよ」
ついにこれで第7章も終わりです。
あとは最後の幕間、そして後日譚となります。
後少しばかりお付き合いいただければ幸いです。