Crosses Have Not Banished Yet 作:zoe.
第一章: Lingering Souls (1) ― Dauntless Warrior
忘れられることは怖くない
ただ、自分が忘れてしまうことを
「おめでとう、雛森くん」
久しぶりに同期の副隊長三人で、という酒の席にも関わらず、「ほら、コレがコレでよぉ」などと二昔も三昔も前の表現でさっさと帰っていった阿散井恋次を見送った吉良イヅルは、二軒目で改めて祝いの言葉を口にした。
「でも、本当に私でよかったのかな……」
もう副隊長としてのキャリアも百年になろうかというベテランだが、未だに自分への自信の薄さを時折覗かせる。
「何言ってるんだ、元々雛森くんは鬼道の達人じゃないか。正当な評価じゃないのかい?」
「ほら、だって七緒さんの方が……」
「伊勢副隊長も確かに凄いけど、だからといって雛森くんの実力がないことにはならないだろう?」
「それはそう、だけど…。でも、実際今回も七緒さんの代わりだって噂もあるんだもん」
「いっそそれでもいいんじゃないかな」
「え?」
「そもそも代わりが誰もいないなんて組織としては間違ってるんだ。あの伊勢さんの代わりを任されるってことは、それだけ評価されてるってことだよ」
「私に務まるかなぁ……」
「雛森くんの実力なら、大丈夫に決まってるさ」
そして数日後。
雛森桃は五番隊を離れ、鬼道衆副鬼道長に就任した。
虚圏の奥地。
「メノスの森」と呼ばれる地域に数百年留まり続けている死神がいる。
かつて特別任務としてこの地に辿り着いた彼は、その後逝った戦友の想いを引き継いでここで戦い続けている。
数百年という時間は時の流れの遅い尸魂界から見ても長いもので、彼が尸魂界を離れている間に多くのことがあった。藍染惣右介の暗躍や滅却師との戦いもせいぜいこの百数十年の間の出来事であり、そもそも彼の所属する十一番隊は当時から数えて4人も代替わりしているのだ。もっとも、それを彼が知ったのも数十年前にたまたま迷い込んだ若い死神から聞いた話であり、彼女の知らない話――例えば元上司、刳屋敷剣八の最期であるとか――については未だに彼は知らないのだが。
そもそも、このメノスの森というところは虚圏の中でも相当の「はずれ」であり、その藍染惣右介が虚圏までその手中に収めていたときでさえ、その影響はほとんど届いていなかった。その後滅却師が大挙して乗り込んできたときもまた同様である。ある意味で、このメノスの森は尸魂界以上に時の流れが遅いのだ。
そんな中、彼はここしばらく周囲の雰囲気に違和感を覚えていた。周囲の敵のレベルが目に見えて下がっているのだ。
「手応えがなくなってきたな……。これはついに狩り尽くした、のか…?」
そうひとりごちる雅忘人。
「いい加減、帰ってもいい頃かもしれねえな」
戦いに散った仲間のために、と戦い続けていた彼だが、一方でその仲間の死を尸魂界で弔ってやりたいという想いも持っていた。長い戦いで遺品の一つも残ってはいないが、戦士の散り様を故郷に伝えるのは生き残った者の責務だろう。
とは言え、数十年前の機会でも結局このメノスの森からの脱出に失敗しており、まずどうやってここから帰るのかを考えなければならない状況ではあるのだが。
「さぁて、どうここから出たものやら……」
所変わって虚夜城。
虚圏の王城とも言うべきこの場所も、ティア・ハリベルがその主となってもう数十年が経過していた。かつて『虚圏の王』バラガン・ルイゼンバーンから藍染惣右介が簒奪したこの王城も、その両者ともが虚圏を去って以降は彼女の管理下にあった。
尸魂界と滅却師の戦いでは巻き添えを食う形で侵攻を受け、挙げ句にはその後も尸魂界の内紛に巻き込まれた虚圏であったが、なんとかその後は平和を謳歌していた。
「メノスの森に異変だと……?」
「ええ。どうもあそこにいる大虚の数が減っているようですわ」
従属官シィアン・スンスンは昨今の状況について報告する。
「確かあそこには迷い込んだ死神がいたはずだが…」
「別の要因ではないかと」
狩野雅忘人の存在は彼女達の知るところではあったものの、異変の原因ではないと切り捨てる。
「良くも悪くもあの死神の実力はあそこの環境と拮抗していましたわ。いきなり強くなりでもしていない限りは原因としては考えにくいですわね」
「だとすると、別の要素があると…?」
「可能性は高いですわ。今アパッチが調べに行っていますから、そのうち報告が来るはずですわね」
「―わかった、ありがとう」
かつてバラガンが王として君臨していた時分は、それこそ部下を二つの軍に割って戦わせようとさえ考えるほどいい加減な統治がされていた虚圏だが、二度の侵略を経て随分様変わりしたと言えるだろう。もちろんそれは、ハリベルの生真面目さからくるものであるというだけでなく、そうした気遣いなくしては成り立たないレベルにまでこの虚圏が追い込まれた、ということを象徴しているのだが。
ということで新章です。
本格的に物語が動き始めますので、ご期待ください。