トレーナーくん大丈夫?話聞こうか?   作:最低保証

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境界線

 

 ぼくは、ぼく自身の死を忌避していない。ぼくは生まれてからずっと死と隣人で、死に親しんできた。死が近かったとも言えると思う。とはいっても、別に病気だったり、虚弱だった訳ではない。

 ぼくは母親から虐待を受けていた。上京するまでぼくは暴力とずっと隣り合わせで、ある種生存するためのファクターとなっていた。体のどこかにある痛みが、自分の生存を肯定している。痛覚が生きているから、この体は生きている。痛覚が切れたときがぼくという個体の死であると、信じて疑わなかった。今もその考えは変わっていない。だけど、ぼくは他の死の形もあると考え始めた。

 心の死、というものだ。人間には体と心があって、この世界で生きている。肉体的な死はとてもありふれているが、心の死はどうなのだろうか。心が死ぬとは、どういう事象なのだろうか。ぼくはそれをずっと考えていて、最近漸く答えに近いものを出せた気がする。

 ぼくは、選択できなくなった時が心の死と結論を出した。世界の事象に対して、自分の答えを選べなくなった時。それが、心の死なんだと思う。

 

 心の死と体の死。どちらの死が先なのかは人それぞれで、そもそも尊ぶ死の形が違う人だっている。あの二つの考えはぼくに当てはまるとても局所的なもので、一般論ではない。

 

 だから君に聞きたい。君の死の形について。君の体が死んだのはつい最近だけど、君の心はいつ死んだのか。体と同じ時に死んだのか。体が死ぬ前に死んだのか。体が死ぬ前だとしたらいつなのか。退学以降なのか、以前なのか。レースで大敗したあのときかい? それとも、もっと前? 才能なんてないって突きつけられたときかい? 

 

 君の心は、いつ死んでしまったのか。分からない。分からないんだよ。ぼくには分からないことだらけで、知らないことばっかりだ。

 

「ぼくの心はずっと死んでるよ。多分、生まれたときから生きていない。ぼくの時間はずっと止まったままで、セピア色の光景を見続けている。ぼくは多分、呪われているんだ。母親から、父親から。或いは、世界から。暴力が、ぼくというものを定義した。痛覚と怨嗟がぼくの物心という記憶装置を起動させた。

 心の底で、どこか生き物に対する苦手意識があるんだ。呼吸が、穢らわしいとも。なんとなく自分が良くない物だと漠然とした強迫観念があって、さ……」

 

 単純に、生きるのに向いていない。それが、ぼくという命の真実だった。

 

「だけど、多分君たちといる時は……あぁ、自分を肯定できた気がするんだ。君たちみたいな子に慕われているなら、ぼくはここにいてもいいんだ……ここで呼吸しても、許される命だって。本当に、笑えるよ。ぼくは君たちを存在肯定の材料に使っていたんだ。許されたかったのは、ぼくだけだ」

 

 君たちの前で、ぼくは教師として振る舞えていたのか。この醜い心の底を見せずに入れたのか。

 ここにいられなくなった君たち。ここにいるべきではないぼく。排除されるべき存在は誰だってはっきり分かるはずなのに、何故かしがみついているぼくに対する絶望。それが、今日の自殺を選択した最後のトリガーだ。

 

「ぼくの絶望はぼくだけのもので、ぼくだけが変える権利を持つ。ぼくの命も同じで、生も死もぼくの意志だけが決定権を持つ。だからぼくの死は……誰かのためじゃない。君たちのためではないんだ。君たちの為に死ねれば、それはそれで美しい物語の帰結だとは思うけど……その選択は、ぼくには不可能なんだ」

 

 

他人のために生きれない/自分のために生きれない

 他人のために死ねない/自分のために死ねない

 他人に尽くせない/自分に尽くせない

 他人を愛せない/自分を愛せない

 他人を信じれない/自分を信じれない

 他人が分からない/自分がわからない

 

「この心の中にあるのは、身を焦がすような自己否定と……冷たく澱んだ他者否定だけだ」

 

 自分を否定し、他人を否定する。その跡に残るものを、ぼくは尊ぶ。ぼくは、何も尊べない。

 

「ぼくの罪は、生まれたこと。父と母がぼくを産んでしまったことが、ぼくの罪であり罰だ。ゴミから生まれるのはゴミだけで、そこにあっても周りの人を不愉快にすることしかできない。ぼくという個体は、生まれるべきではなかった。生まれた瞬間に自刃を選ぶべきだった。今日の自殺は、あまりにも遅かったんだ。

 君たちとも関わるべきではなかったんだ。僕が君たちを損なわせてしまった。君たちが僕をどう思うかなんて関係ない。結局のところ、ぼくは納得ができないんだ。ぼくがあの場所にいれたこと、君たちがぼくを慕ってくれたこと。全部がわからない」

 

 ぼくという命が、もう誰かに名前を呼ばれることもなくなったぼくが、積み重ねてきた罪悪の精算。告解と呼んでも差し支えないだろう。24年間積み重ね、目を背け続けてきた命の代償を支払う。

 24年間向き合わなかった、向き合いたくなかった心の底。それを切開して、少しだけ楽になった気がする。心という容器に沈殿した澱みのような絶望が空になった。まるでビーカーをひっくり返したみたいに、心が空っぽだ。

 

「この死に意味はない。この生に価値はない。呼吸には対価が必要で、命には理由がある。ぼくは、それを終ぞ見つけることが叶わなかったんだ。今日、この日の決断はぼくにとって大切なもの。生まれてからずっと生きていなかったぼくが、死ぬことで初めて生存を肯定できる気がするんだ。だから、さ……」

 

「止めないでよ、桐生院葵さん」

 

 後ろにいる同僚に、ぼくは語りかけた。





 ウマ娘とトレーナーの脳死イチャラブが書きたい。
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