少年Bは黒橋西菜を覚えてない。
「じゃあ、俺もお前のこと覚えていない」
『えっ……』
少年Bは(意図的に)黒橋西菜を覚えてない。
電話越しに絶句したような声が聞こえた。
「そんな簡単に忘れられるわけないだろ? だってお前、俺の人生を滅茶苦茶にした張本人なんだからな!」
『そっか……そうだよね』
「お前のせいで俺は友達を裏切って、バイト辞めさせられたんだぞ! それでお前はのうのうと生きているなんて、虫唾が走るんだよ!」
『ごめんなさい……』
「それにお前、今どこにいる?」
『……言えないよ』
「言えよ」
『……家にいるよ』
「嘘つくんじゃねえよ。もう夕方だから外にいるはずだろうが!」『ううん、本当に家に居るの!』
「証拠見せろよ!」
『しょうこ?』
「ああ、証拠だよ。お前が家の中に居ないことを証明しろって言ってんだよ」
『それは無理かなぁ……』
「じゃあ今すぐ出てこいよ。俺が行ってやるからさ」
『分かったよ……でも絶対に来ちゃダメだよ。特にお母さんには絶対内緒にしてね。あとお兄ちゃんにも』
「は? 何であいつが出てくるんだよ?」
『だってお兄ちゃんも私と同じクラスだったんでしょ? それにあの日、私のこと探しに来てくれたし……』
「…………」確かにあの時、あの場所にいたのなら、高坂のことを知っていたとしてもおかしくはない。
だが何故、彼女がそれを知っているのか。
「おい、なんでそれを……」
『だから言ったじゃん。私は全部知っているよって』
「どういう意味だ?」
『教えてあげようか?』
「早く話せ」
『まず私がどうしてこの電話番号を知ってるか分かる?』
「知らねえよ」
『そう言うと思った。じゃあヒントをあげるね。あの日、教室にいた人の中で、スマホを持っていた人は何人かいたと思うんだけど、その中に一人だけずっと電源を切りっぱなしの子がいたよね? その人の番号は?』
「それがどうしたんだよ」
『分からない? 黒板の上の時計を見てみて』
言われた通りに見てみると、針は午後五時半を指していた。そして彼女の声が続く。『今は夕方の五時過ぎ。つまりあの子は授業中にこっそり抜け出したことになる』
「それがどうかしたのか?」
『気づかなかった? あの子だけが教室にいなかったことに』
「あっ……まさか!?」
『やっと気づいたみたいだね。あの子は授業が始まる前にトイレに行くと言って教室を出たきり戻ってきていなかった。つまり、あの子が携帯を持っていった可能性が高い』
「だけどそんなことをしたらバレるはずだろ!」
『うん、普通ならそうなるね。でも、もし誰かが先生に連絡していたとしたら?』
「いや、そんなことありえないだろ!」『でも実際にありえたんだよ。その可能性を消せるのは一人しかいない』
「誰なんだよ!」
『お兄ちゃんだよ』
「……嘘だろ」
『本当だよ。だってお兄ちゃんが私を探しに来た理由はただ一つ。自分のせいかもしれないって思ったからだと思う。だからお兄ちゃんは自分がやったように見せかけるために、その子の机の上にあったペンケースの中に入っていたシャー芯を折ったんだよ。きっとその子が慌てて取りに行った隙に逃げたんじゃない?』
「……ふざけんなよ」
『ふざ……けてなんかいないよ。私は真剣だし、これが真実。だからお願い。もうこれ以上、お兄ちゃんを傷つけないで』
「うるさい! 黙れ!」
『ごめんなさい……』
「謝るくらいなら最初からするんじゃねえよ」
『そうだね……。本当にゴメンナサイ』
「……」電話の向こう側から嗚咽が聞こえる。
そこで僕はようやく我に返った。
「おい、泣いているのか?」
『……うん』
「泣くほど辛いことがあるんだったら相談してくれれば良かったのに……」
『ううん。これは私の問題だから、誰にも迷惑かけたくないんだ。それにお兄ちゃんが傷つく姿なんて見たくないから……』
「お前はバカか。お前がいなくなった方が俺にとってはよっぽど辛かったんだぞ」
『えっ……』
「俺がお前のことを覚えていないって言ったとき、お前は凄く悲しそうな顔をしてた。本当は覚えているけど忘れてるふりをしたんだ。お前が俺の前から姿を消した理由を知りたかったから。でもお前が答えてくれなかったから、俺は自分の記憶を消し去ったんだ。お前を忘れられるぐらいの衝撃的な出来事があったから」
『……』
「なのにお前がまた俺の前に現れて、今度は俺のせいで傷ついたって言われても困るんだよ」
『でもお兄ちゃんも苦しんで……』
「ああ、苦しいさ。だけどお前が居なくなった後の方がもっと辛くて痛かったんだよ。それこそ死ぬんじゃないかって思うくらいに」
『そっか……』再び沈黙が流れる。
「……じゃあ今から行くから」
『えっ?』
「だから今すぐ家を出る準備しろ。いいか、絶対に逃げるんじゃねぇぞ」
『ううん……もう逃げられないよ。だってお兄ちゃんは私を捕まえにきたんでしょ? 私を殺すために』
「は? 殺すって何言ってんだよ」
『だってお兄ちゃんは私のことが嫌いなんだもん。あの時だって私に酷いことばかり言ってた。それにお兄ちゃんは私に暴力を振るっていたし、お父さんとお母さんには内緒にしてたでしょ? それに私とお兄ちゃんが一緒に暮らしていること知ったら、お母さんもお兄ちゃんも怒ると思うし……』
「……それはお前が悪いんだろ」
『私のせい? 何で? どうして私が悪いの? 私は何も悪くないじゃん!』
「じゃあお前の言う通り何もしないで大人しくしているっていうのか?」
『うん、私はこのまま殺されるのを待つだけだし……』「おい、待てよ。勝手に決めつけるなよ」
『だってそうしないと私が死んじゃうし……』
「そんなこと知るか。大体、殺さない方法がないわけでもないだろ」
『無理だよ。私はもうあの時の恐怖で体が動かないの。きっとお兄ちゃんは知らないと思うけど、あの日、私を殺そうとした人たちはみんな殺されちゃったんだよ。ほら、ニュースとか見てない? 連続殺人事件が起きたんだけど……』
「あれってお前の仕業なのか?」
『うん。まぁ正確には違うけど、そういうこと。それでね、あの事件を起こした犯人はまだ捕まってなくて……。多分、次狙われるのは私だと思う。だから早く逃げた方がいいよ』「嫌だね。俺はお前を助けるためにここまで来たんだ。それに、お前が本当に悪い奴だったら、あんな風に泣きながら謝ったりはしないだろう」
『そんなこと……』
「それにお前は俺の妹なんだよ。たとえ血が繋がっていなくても、例えどんな過去があっても、例えお前のことを思い出せなくても、それでもお前は俺の妹なんだよ。だから俺を信じろ」
『分かったよ。お兄ちゃんのこと信じるよ……』
「よし、じゃあさっさと用意しろ」
『うん……って、ちょっと待って! その前に聞きたいことがあるの。お兄ちゃんはあの時、私を殴ったの?』
「えっと……」
『正直に答えて欲しいんだ』
「……ああ、そうだよ。お前が消えてからしばらく経った頃、俺はお前の部屋に入って、そこでお前が使っていた教科書を見つけたんだ。そしてそこに書かれていた内容を見て怒りを覚えたんだよ。だけどその時は何もできなかった。ただ自分の無力さに絶望するだけで……それからそれからしばらくして、今度は俺が自分の部屋を整理していたら、偶然お前への日記帳を見つけてしまった」
『日記?』
「そうだ。そこにはお前に対する恨みつらみが書かれたページが沢山あった。それを読んでいるうちに、俺の心の中にあった何かが崩れていったんだ。今まで抑えてきた感情が爆発して俺はお前を殺したくなったんだよ」
『……』
「だけど、いくら憎んでいたとしても、実の兄が妹に手をかけるなんて許されないことだと思った。だから必死に堪えたよ。でも、あの日のことは今でも忘れられないし、許せない。だから俺は、あいつらと同じことをして復讐することにした」
『同じこと?』
「ああ、殺したくなるほどムカついた相手を、この世から消すんだよ。だから俺はお前を探し出して殺すことにしたんだ」
『そっか……。じゃあ私の推理は間違ってなかったんだね』
「何が言いたいんだ?」『お兄ちゃんは私を殺しに来たんじゃないってこと』
「当たり前だろ。もし殺すつもりならこんな回りくどいことしないし……」
『えへへっ、ありがとう』
「別に礼を言われるようなことじゃないけど……」
『あっ、それともう一つ質問してもいいかな?』
「何だよ」
『お兄ちゃんが私を助けに来てくれたってことでいいの?』
「そう言っただろ」
『でも私はお兄ちゃんを騙してたのに……』
「それはお互い様だろ。それにお前は昔から嘘をつくのが下手だし、すぐに顔に出るタイプだからな。何となくお前の考えていることは分かるよ」
『そっか。じゃあ今度こそ信じても大丈夫なんだよね』
「ああ、安心しろ。俺はお前のことを傷つけたりなんかしねぇから」
『じゃあ今からそっちに行くから、もう少し待ってて』
「わかった。」
いやぁ…なんか黒橋西菜さん1000人突破して嬉しくなっている今日この頃であった。